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4.ナナミとキャスト達との初対面時2
しおりを挟む『化けの皮が剥がれたらわからない。こいつだって、中身は絶対醜いはず』
皆は先のナナミの様子で絆されたようだが、シノだけは違った。シノは店の中で最年長というだけあり、長くこの業界にいる。だからこそ、見目の整った人間の残酷さをよく知っているのだ。
店が軌道に乗っていない頃、一度だけ見目の整った男の相手をしたことがある。他の娼館のブラックリストに載っている人物らしく、店長が断りかけていたのをシノが名乗りを上げて自分の部屋へ上げたのだ。彼は他の店のキャストをいたぶり、恐怖心を植え付けた最悪な客とされていた。でもシノは、彼はそんな人じゃないと思った。
シノが受け入れてくれたことに喜んだ彼は、物腰が柔らかい紳士のような人だった。かなり年上だが、シノは初めて自分に優しくしてくれる整った顔の人間に淡い恋心を抱いたのだ。
しかし、部屋に入った途端に豹変した。こちらの承諾を得ずにいきなり口淫をさせられ、よく解されもしないうちに無理矢理身体を繋げられた。抵抗したら顔を殴られ、身体を揺さぶられながら首も絞められた。あの時は本当に、死ぬかと思った。
途中で物音と悲鳴に気づいた他のキャスト達と店長に助けられたが、シノはしばらくキャストとして働くことができなかった。あの時の、首を絞めながら苦しむシノを見下ろしてくる恍惚とした表情が、忘れられずにいたのだ。
仲間達の慰めと励まし、他の客からの応援によって今では克服できたものの、あの出来事はシノの中に深い傷跡を残した。
ナナミも表面上は優しい男だ。モモが抱きついてくるというイレギュラーな出来事が起きても一切表情を崩さずに、上手く皆の心に入り込んだ。カシアとモモに挟まれても嫌な表情一つせず、困ったような顔をするだけのただの美しい好青年のように見える。
それに、彼は昨日あの嫌な態度でキャスト達に嫌煙されているリリアム兄弟の相手を務めたという。彼らは態度は最悪なものの、容姿はシノたちに近い。なのに、彼らを満足させる接客をし報酬として大金貨を得たのだと聞いた。容姿の整った奴のプライドを考えると信じられない話だが、実際に店長はにこにこ顔で話していたし、それを疑っていたキャストたちも今はもう信じているだろう。
だが、シノはナナミを信じられずにいた。
『きっとどす黒い感情を殺して演じるのが上手いだけなんだろう。俺は絶対に欺されないぞ』
ナナミから遠ざけるようにしてカシアとモモの背中を押し、シノは冷たい態度でナナミに自己紹介をすると、すぐにその場から離れていった。
翌日、教えられたことを忠実にこなすナナミの姿を、キャスト達は溜息を吐きながら見つめていた。カウンターに立ちグラスを磨くその様子はまるで絵画のように美しい。隣に立つ店長が透明人間のように霞んでいた。
「シノ兄、どっか具合悪い?」
「え、シノ兄大丈夫!?」
ざわざわと各々が店の準備をする中、テーブルの上を拭いていたシノの様子を見てカシアが声をかけてくる。近くを掃除していたモモがそれを聞いて、シノに近寄ってきた。
「ちょっとね・・・・・・。昨日の人が激しくて、少し切れちゃったみたいで」
恥ずかしいことでもなく、正直に肛門が痛むことを告げる。するとカシアもモモも、共感したように痛い顔をした。
「そりゃ痛そうだな・・・・・・」
「昨日の人、大きそうだったもんね。今日は控えた方がいいよ」
「うん、そうする」
シノたちの会話を聞いていた他のキャストたちも心配そうに声をかけてきてくれて、シノ自身も今日は無理しないようにしようと心に決めた。
「それでさぁ、俺、言ってやったんだよね~――」
「へぇ~・・・すごい!」
薬をぬったものの、ひりひりと、痛い。臀部を気にしながらも、シノは客の話に大仰に相槌を打った。
今日の客はかなりの常連で、シノの太客の一人だった。顔はまぁまぁ醜く、しかし建築士で金払いは良い方である。人の良さそうなタイプなのだが酒が入ると意外と面倒な性格で、話は長く、やや強引になる傾向があった。今も真っ赤な顔をして大声で自慢話をしている。そして先ほどから腰に回された手が尻を弄ってきているのを、シノは笑顔のまま耐えていた。
『これは、マズいかも・・・・・・』
こういう日は大抵、『上がり』を要求してくることが多い。最近この客とはシていなかったため、今日辺り誘われるだろうと予感した。しかし、肛門が思ったよりも痛い。どうやって断ろうかと考えていたとき、いきなり手を掴まれた。
「シノちゃん、今日、ヤリたいんだけど。いいよね?」
危うい目つきで見つめてくる。その目には既に欲望の火が燃えていて、断られるとは微塵も思っていない様子だ。手を引かれて立ち上がるが、シノは重たい口を開いた。
「あのー・・・・・・実は今日はちょっとぉ・・・・・・」
「何?ダメなの?」
突如目つきがきつくなる。彼は、気分が良いときに水を差されることが嫌いなのだ。
「そうなんです。なので、後日にでも――っひゃぁ!」
しおらしく拒絶を述べると、思いきり手を引っ張られ相手に抱きつく形になり、さらに臀部を服の上から引っ掴まれた。指が割れ目に食い込み咄嗟に変な声を出してしまう。
「そんなこと言って、いっつも準備してきてるくせにぃ~。ね、良いデショ?」
「だからっ、嫌って――」
抵抗しても、尻から手を離してくれない。いつの間にか両手を一纏めにされており、上手く引き剥がすこともできなかった。指が傷を掠めて、ちりっとした痛みが襲う。
「痛っ」
「お客様!シノさんの手をお離しくださいっ!」
身体を離そうとしていると、ふっと臀部から手が離れていく。
「痛テテテテテ!!」
なんと、ナナミが客の腕を掴んでシノから離させていた。
掴んだ手を振り落とすと、今度はシノの腕を拘束する腕に触れると、ギリリと掴み上げる。
「痛いよ!っ何すんだよてめぇ――って、え!?」
痛みに瞑っていた目を開け、整ったナナミを前にして固まる客の男。ナナミとは初対面で、目の前にいる美男子に驚愕の表情を浮かべる。この店にこんな人間がいることが信じられないようで、目を見開いたまま直立していた。腕はナナミに掴まれたままである。
ナナミはその腕を引き寄せると、その客に顔を近づけた。
「お客様、宜しければこのナナミがお相手させていただきますよ。がっつりバリタチですけど」
鼻が触れ合うほどの至近距離でにこりと笑顔を向けられ、客の顔はみるみるうちに真っ赤になっていく。
「い、い、いや~ん!!!」
ガタイの良い大男が乙女のように真っ赤にさせた顔を両手で覆い、店から走って逃げいていってしまう。その場にいる皆が唖然とした。ナナミも予想外の反応だったらしく、手が握っていた形のままになっている。
店の雰囲気が戻って来た頃、同じく唖然としていたシノを支えるように、背中に大きな手が触れた。
「大丈夫ですか?少し休んでください」
心配げに見つめてくるナナミ。その目は真剣そのもので、その中に侮蔑や残虐な色は見えない。
『この男は――・・・・・・』
シノは、目の前の男がどのような奴なのかよくわからなくなった。油断は大敵だ、と思っていたらこれだ。自分はナナミに助けられたのだ。
ナナミに促され、大人しくソファに座る。いきなり立ったため零した酒を、テーブルの上の布で拭き取っている姿をぼぅっと見つめていた。
「あの、店長が休んできて良いって言っていましたよ」
「っ!!」
ふいにこちらを見てくる。その顔を見てシノは・・・・・・
『ん゛ん゛っ、顔が、顔が・・・・・・良い!!!』
クソッ!と思いながらも胸にときめきが走ってしまった。ナナミは本当に、顔が良いのだ。なおも心配そうに顔を近づけてくるナナミに、心臓がバクバクと煩い音を立てる。
「シノさん?」
「おっ、おっ、」
シノは先ほどの客同様顔が熱くなるのを感じながら、目の前の美丈夫に向かって言い放った。
「俺の客を取るなよなっ!!」
最初はあたりが強かったものの、シノのナナミに対する態度は軟化し、今では心底惚れている。確かに化けの皮を被った者も世の中に沢山いる。それは醜い者も、そうでない者も、である。しかしナナミは、ヨヨギ ナナミは完璧な美男だと断言できるとシノは思うのだった。
因みにあの客は数日後、素面の状態で謝りに来た。そして時々ナナミに浮気をするものの、今でもシノの客である。
――ナナミとキャスト達との初対面時
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