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11.次期執事長の自分語り2(メイドル)
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セイラ様の婚約相手は、あの有名なルシュワート子爵家の長男、ルキ=ルシュワートであることがわかった。
俺はセイラ様の婚約相手が決まったという噂が屋敷内に広まり始めた早い段階でカルテン様に書斎に呼ばれ、ルキとかいう婚約相手の専属の召使いに任命された。突然侯爵家で生活することになる子爵令息の身の回りの世話をすることが主な内容だ。
そのような重要な職に任命されたことは素直に喜ばしいことだった。この屋敷に来てやっと努力が認められるようになり、そしてセイラ様の婚約相手である令息の専属の使用人にまでなった。働き始めた頃から考えれば、飛び上がって嬉しさを表したくなるほどの大出世だ。
しかし、胸には一抹の不安があった。心の中にはまだ実家の者たちへの恨みの気持ちが残っている。容姿が良く努力を馬鹿にする奴への怒りがある。
容姿の良い奴=性格が最悪という方程式がもうすでに自分の中に確立していた俺は、どうせルキとかいう令息も性根が腐りきっており、俺のような顔の奴らを人間とも思わない奴なのであろうと決めつけていた。会ったら相手は嘔吐するかもしれない。まぁ今更そんなことをされてもこれっぽっちも傷つかないが。
このように勝手に作り上げていた架空の令息に対し、俺は悪い印象しか抱いていなかった。どうせ侯爵家の金が目当てなのだろう、化けの皮を剥いでやって早い内に追い返しセイラ様をお護りしよう、と思っていたのだ。
しかし田舎の端の方に小さな領を持つ子爵家へ令息を迎えに行った際、良い意味で予想を裏切られたことは今でも記憶に新しい。
ルシュワート領は、本当に田舎の端の方にある。メイゼン家も誰も寄りつかない植物の生い茂った場所に屋敷を構えているが、道路は馬車が通りやすいようちゃんと舗装されている。しかし子爵領に近づくと共に、その舗装はなくなり、馬車の揺れが激しくなってきた。
酔ったのか少し気分が悪くなりはしたが、馬車が静かに止まったので到着したらしい。馬車の窓に目を向けるとメイゼン家に比べるとかなり小さな屋敷が建っていた。
取っ手を掴み馬車から降りて門番のいるところまで近づいていき、息を飲んだ気配のする彼らにメイゼン家の執事であることを証明するものを提示した。彼らは甲冑を被っているため顔は見えなかったが、おそらく俺の醜さに顔を合わせたくもないのだろう。一人がすぐさま屋敷へと走って行き、もう一人は甲冑を被りつつも思いきり顔を逸らしていた。
すぐに門番が戻ってくると、二人は門を開き俺を中へと促してくる。その対応の早さに、どうやら子爵は俺に早く帰って欲しいようだと気づき、鼻で笑いたくなったのを我慢した。
見送りに出てくる使用人達は、驚くほど皆容姿が整っていた。失礼だが、メイゼン家とは大違い、だ。メイド一人一人のレベルがとにかく高く、ここで仕事を全うした後でも婚約相手には困らないだろう。執事たちも、皆男前だ。
だが、誰一人として俺の顔を見ず、顔を顰めていたり真っ青な顔色の者もいた。皆の心は『早く帰ってくれ』と一致していることは容易く想像できる。
さて、ルキとはどのような奴なのか・・・・・・。
使用人たちが全員外に出たのか、執事長のような落ち着いた壮年の男性が扉を開くと中から当主らしき人物が鷹揚な様子で階段を降りてくる。
その目は薄くやや目尻にかけて上に上がっており、鼻は細長く唇も驚くほど薄い。噂に違わない美男子ぶりに、そこまでの美形とあまり顔を合わすことのなかった俺は少したじろいだ。表情には出していなかったが、思わず下唇を噛みしめたい衝動に駆られる。
羨ましい・・・・・・。自分も、こんな顔だったら。
自分もこんな顔だったら、伯爵家を継ぐことができ、努力が認められ、誰からもちやほやされていただろうか・・・・・・。いや、わざわざ努力をしなくてもいいかもしれない・・・。勝手に周りが囃し立て、担ぎ上げ、どうせ何もしなくてもそれ相当の地位につけるのだから。
しかし、と思い直す。俺は努力を自分の成長に必要なものだと思っている。顔は関係ない。第一俺は今、ちゃんと自分のやった仕事を認められる場にいる。
そう思うと、自然と彼を羨む気持ちが引いていった。
彼の後ろからは子爵夫人らしき女性が出てきた。彼女も勿論非常に美しい女性だと思ったが、俺の容姿を視界に入れるなり顔を真っ青にさせハンカチを口に当てよろめきながら外に出てきた。
態度が出過ぎていることに眉を潜めそうになったが我慢だ。
そして、よろめいた夫人の後ろから一人の男児がひょこ、と顔を見せた。彼は馬車に目を止めた後、視線を彷徨わせると俺と視線が合う。
その時俺は無表情、無反応を努めていたものの、思わず肩を踊らせてしまいそうになるほどの驚きを受けた。
彼はまだ幼いながらに、この国一の美形になると容易に想像がつくような子どもだったのだ。白い肌に映えるのは、思わず視線が惹き付けられるほどの真っ赤な唇。父親譲りの細い目と小ぶりな鼻とが胸を擽る愛らしさを持っており、灰色の混ざった黒髪は触れてみたくなるほどに艶やかで柔らかそうである。セイラ様とローシュ様は俺たち使用人にとって天使だが、彼はこの世界で通用する天使といえるだろう。
そして驚いたのは彼の容姿だけではない。
彼は俺と目が合ったが、そこに見慣れた侮蔑の色がなかったことと、俺のことを恐れなかったことだ。
一瞬真っ黒に見える深い藍色。その美しい瞳に吸い込まれそうになる。俺と目が合うと、皆すぐに目を逸らすか目に恐怖の色が滲むか、または目を瞑ってまるで化け物から自分の身を守るように悲鳴を上げながら手で顔を覆う。
てっきり彼も、すぐに目を逸らすか近くにいる母親に泣きつくかするだろうと冷めた目で態と自分からは目線を外すことはしなかった。
もうしばらくすると恐怖に涙がじわじわとにじみ出てくるだろうと意地悪く待っていると、彼の瞳がくるりと光を持ち、まるで満点の星空のようにキラキラと輝き始めたのを目撃した。
そして目を逸らすどころか頬を染め、俺の上から下までじっくりと観察すると、再び視線が俺の顔に向けられた。
一方で、もう一人いる小さな方の男児は母親の背中に必死にしがみついて俺の方を指差し、泣き喚いている。
そうだ。これは本来の子どもの俺に対する態度・・・・・・。
だがどうだ。ルキという彼は今そんな態度の弟を見て、そして皆の俺に対する目つきを見て、その瞳に悲しそうな色を宿した。
きっと見間違いだ。容姿の良い奴は全員醜い奴のことを下に見て嫌悪や嘲笑をする。婚約相手の令息も、きっと俺に同情を寄せているに違いない。余計な世話だ!
心のどこかでは、彼の瞳にそんなものはないこと、彼は単純に彼の家族に対して寂しさを感じているということをわかっていた。それなのに俺は、顔が良い人間を心の底から信用することができなかったのだ。
こっちもさっさと仕事を終わらせようと思い、レディーにするように彼をエスコートして馬車へと乗せる。
その際に『どうだ。どれだけ同情をして偽善者ぶろうが実際こんな醜い奴に触れられることに我慢ならないだろう』という意地の悪いことを考えつつも、身長の低い彼が一人では上れないため手を添えるよう差し出したのだが、なんと彼はおずおずとその小さな手をこちらに委ねてきたのだ。
しかも顔を見ると嫌々というよりもむしろ照れていた・・・・・・そこでハッとし、醜い俺に照れるはずがない!!と見間違いだということにした。
小さな子どもと、しかもこんな最上級といえるほどの美形な人物と触れる機会は今までになく、さらにいうと人間とそれほど触れ合ってきたことのない俺は、自分の手に触れる温かな存在に不思議な心地がした。
小さくてぷっくりとしていて、弾力があって可愛いらしい・・・・・・
そこで自分が考えていたことにまたハッとなる。
俺は今『可愛らしい』と思ったのか!?こんなしおらしい態度だって、メイゼン家に取り入るために決まっているじゃないか。馬鹿らしい思いを振り切り、名残惜しそうに家族たちを振り返りながら足を進める彼を、無情にも早く車内に促した。
窓のガラスに顔を近づけ、眉を下げて家族たちに手を振る。彼の弟・・・ロイ=ルシュワートなどはまだ現状を理解しておらず、おそらく兄に懐いているだろう彼は後から荒れるに違いない。しかしそれは両親の自業自得であり、例え後悔したとしても彼らは愚かな選択をした自分たち自信を恨むしかないだろう。
顔が整っているだけに、悲しそうな顔をするルキ=ルシュワートの様子を見ていると胸が苦しい思いがした。
そして馬車がゆっくりと走り出し、とうとうルキ=ルシュワートは自分の育った屋敷から離れることになる。
道路の舗装がされておらず、馬車がガタガタと音を立てて走る。
容姿の良い奴が大抵が我儘で、そういう奴は馬車が揺れるだけで機嫌を損ねるのだが、目の前に座るルキは苛立ったような様子はなく至極大人しい。だがしかしやはり尻が痛いのか、黙りながらも頻繁に体重移動をしているのが健気に思えてきてたまらない。クッションは引いてあるものの、やはり慣れていないと振動が辛いらしい。
それにしても大人しい・・・。俺は、馬車に黙って揺られている彼を視界に入れながら、彼の行儀の良さに意外さを感じていた。
外面は良くとも使用人と二人きりになったときにその態度が豹変することはよくあることである。ましてやこんな美形な主人に俺の様な醜男の使用人・・・。普通だったらあからさまに嫌な顔をし口汚く俺のことを罵ってもよいはずなのに、相対して座っている彼は居心地悪そうにしつつも怒っている感じではなかった。むしろ、俺のことを時々眩しそうな目で見てくるのが気になって仕方がない。
『どうしてそんな目で見るんだ?』そう、問いかけたくなるようにむず痒くなる視線だったのだ。
そして徐ろに開かれた彼の口。
『あの、』と声が馬車内に零れた瞬間次には俺への罵倒の言葉がくると身構えたのだが、その後に述べられたのは信じられない言葉だった。
「メイドルさん・・・・・・これから、よろしくお願いします」
そう言うだけでなく、彼は俺に向かって頭を下げたのだ。
あり得ない!!使用人に挨拶をすることどころか頭を下げる貴族なんて初めて見た。しかも、顔の良い奴が顔の悪い奴に、だ。
とても信じられたものではなかったが、俺はなんとか気を持ち直すと『こちらこそ、よろしくお願い申し上げます』と絞り出した。
もしかしたら・・・もしかしたら彼は、顔で差別をしない人間・・・・・・それに、誰にでも礼儀を払う“出来た”人間なのではないだろうか。と、今まで相手に抱いていた疑惑が揺らいだ瞬間だった。
もしそうだったら・・・・・・これほどセイラ様にお似合いになる方はいない、そう思った。
********
揺れはしばらくしたら止まり、舗装された道に出たようで緩やかな走行になった。
街の中を通る際、物珍しいのかルキ様は窓にへばりつき、キョロキョロと首を忙しそうに動かしては一人でわぁわぁと楽しそうに騒いでいた。
目は星がその中に落ちてきたかのようにキラッキラと瞬いていて、頬は興奮でか紅潮し、まさに齧り付いて街道に並ぶ店々を興味深そうに眺めている。
『かっ・・・・・・可愛い・・・・・・!!』
思わず、噛みしめた。
素知らぬふりをしながらも耳を側立てていると、ルキ様のお口からは小さく『うわぁ・・・、あれも美味しそうだな・・・・・・!あれも!あれもあれもあれも!!じぇんぶおいしそう・・・・・・じゅるっ』と聞こえてきた。
もう、ダメだ・・・・・・。可愛すぎて我慢ができない・・・・・・。
俺は子どもよりも子どもなルキ様の様子に耐えきれず、思わず顔を俯かせ口に手を当てて塞ぎ、肩を震わせて笑ってしまった。
可愛い・・・!可愛いすぎる・・・・・・!!
こんなに笑ったのは、初めてだ。
俺の強ばっていた心は、春の陽気に解けていく冬の氷のようにじゅわりと溶けていった。
可愛らしい姿で人の心も和ませる、そんな天使が、メイゼン家にやって来た。
俺はセイラ様の婚約相手が決まったという噂が屋敷内に広まり始めた早い段階でカルテン様に書斎に呼ばれ、ルキとかいう婚約相手の専属の召使いに任命された。突然侯爵家で生活することになる子爵令息の身の回りの世話をすることが主な内容だ。
そのような重要な職に任命されたことは素直に喜ばしいことだった。この屋敷に来てやっと努力が認められるようになり、そしてセイラ様の婚約相手である令息の専属の使用人にまでなった。働き始めた頃から考えれば、飛び上がって嬉しさを表したくなるほどの大出世だ。
しかし、胸には一抹の不安があった。心の中にはまだ実家の者たちへの恨みの気持ちが残っている。容姿が良く努力を馬鹿にする奴への怒りがある。
容姿の良い奴=性格が最悪という方程式がもうすでに自分の中に確立していた俺は、どうせルキとかいう令息も性根が腐りきっており、俺のような顔の奴らを人間とも思わない奴なのであろうと決めつけていた。会ったら相手は嘔吐するかもしれない。まぁ今更そんなことをされてもこれっぽっちも傷つかないが。
このように勝手に作り上げていた架空の令息に対し、俺は悪い印象しか抱いていなかった。どうせ侯爵家の金が目当てなのだろう、化けの皮を剥いでやって早い内に追い返しセイラ様をお護りしよう、と思っていたのだ。
しかし田舎の端の方に小さな領を持つ子爵家へ令息を迎えに行った際、良い意味で予想を裏切られたことは今でも記憶に新しい。
ルシュワート領は、本当に田舎の端の方にある。メイゼン家も誰も寄りつかない植物の生い茂った場所に屋敷を構えているが、道路は馬車が通りやすいようちゃんと舗装されている。しかし子爵領に近づくと共に、その舗装はなくなり、馬車の揺れが激しくなってきた。
酔ったのか少し気分が悪くなりはしたが、馬車が静かに止まったので到着したらしい。馬車の窓に目を向けるとメイゼン家に比べるとかなり小さな屋敷が建っていた。
取っ手を掴み馬車から降りて門番のいるところまで近づいていき、息を飲んだ気配のする彼らにメイゼン家の執事であることを証明するものを提示した。彼らは甲冑を被っているため顔は見えなかったが、おそらく俺の醜さに顔を合わせたくもないのだろう。一人がすぐさま屋敷へと走って行き、もう一人は甲冑を被りつつも思いきり顔を逸らしていた。
すぐに門番が戻ってくると、二人は門を開き俺を中へと促してくる。その対応の早さに、どうやら子爵は俺に早く帰って欲しいようだと気づき、鼻で笑いたくなったのを我慢した。
見送りに出てくる使用人達は、驚くほど皆容姿が整っていた。失礼だが、メイゼン家とは大違い、だ。メイド一人一人のレベルがとにかく高く、ここで仕事を全うした後でも婚約相手には困らないだろう。執事たちも、皆男前だ。
だが、誰一人として俺の顔を見ず、顔を顰めていたり真っ青な顔色の者もいた。皆の心は『早く帰ってくれ』と一致していることは容易く想像できる。
さて、ルキとはどのような奴なのか・・・・・・。
使用人たちが全員外に出たのか、執事長のような落ち着いた壮年の男性が扉を開くと中から当主らしき人物が鷹揚な様子で階段を降りてくる。
その目は薄くやや目尻にかけて上に上がっており、鼻は細長く唇も驚くほど薄い。噂に違わない美男子ぶりに、そこまでの美形とあまり顔を合わすことのなかった俺は少したじろいだ。表情には出していなかったが、思わず下唇を噛みしめたい衝動に駆られる。
羨ましい・・・・・・。自分も、こんな顔だったら。
自分もこんな顔だったら、伯爵家を継ぐことができ、努力が認められ、誰からもちやほやされていただろうか・・・・・・。いや、わざわざ努力をしなくてもいいかもしれない・・・。勝手に周りが囃し立て、担ぎ上げ、どうせ何もしなくてもそれ相当の地位につけるのだから。
しかし、と思い直す。俺は努力を自分の成長に必要なものだと思っている。顔は関係ない。第一俺は今、ちゃんと自分のやった仕事を認められる場にいる。
そう思うと、自然と彼を羨む気持ちが引いていった。
彼の後ろからは子爵夫人らしき女性が出てきた。彼女も勿論非常に美しい女性だと思ったが、俺の容姿を視界に入れるなり顔を真っ青にさせハンカチを口に当てよろめきながら外に出てきた。
態度が出過ぎていることに眉を潜めそうになったが我慢だ。
そして、よろめいた夫人の後ろから一人の男児がひょこ、と顔を見せた。彼は馬車に目を止めた後、視線を彷徨わせると俺と視線が合う。
その時俺は無表情、無反応を努めていたものの、思わず肩を踊らせてしまいそうになるほどの驚きを受けた。
彼はまだ幼いながらに、この国一の美形になると容易に想像がつくような子どもだったのだ。白い肌に映えるのは、思わず視線が惹き付けられるほどの真っ赤な唇。父親譲りの細い目と小ぶりな鼻とが胸を擽る愛らしさを持っており、灰色の混ざった黒髪は触れてみたくなるほどに艶やかで柔らかそうである。セイラ様とローシュ様は俺たち使用人にとって天使だが、彼はこの世界で通用する天使といえるだろう。
そして驚いたのは彼の容姿だけではない。
彼は俺と目が合ったが、そこに見慣れた侮蔑の色がなかったことと、俺のことを恐れなかったことだ。
一瞬真っ黒に見える深い藍色。その美しい瞳に吸い込まれそうになる。俺と目が合うと、皆すぐに目を逸らすか目に恐怖の色が滲むか、または目を瞑ってまるで化け物から自分の身を守るように悲鳴を上げながら手で顔を覆う。
てっきり彼も、すぐに目を逸らすか近くにいる母親に泣きつくかするだろうと冷めた目で態と自分からは目線を外すことはしなかった。
もうしばらくすると恐怖に涙がじわじわとにじみ出てくるだろうと意地悪く待っていると、彼の瞳がくるりと光を持ち、まるで満点の星空のようにキラキラと輝き始めたのを目撃した。
そして目を逸らすどころか頬を染め、俺の上から下までじっくりと観察すると、再び視線が俺の顔に向けられた。
一方で、もう一人いる小さな方の男児は母親の背中に必死にしがみついて俺の方を指差し、泣き喚いている。
そうだ。これは本来の子どもの俺に対する態度・・・・・・。
だがどうだ。ルキという彼は今そんな態度の弟を見て、そして皆の俺に対する目つきを見て、その瞳に悲しそうな色を宿した。
きっと見間違いだ。容姿の良い奴は全員醜い奴のことを下に見て嫌悪や嘲笑をする。婚約相手の令息も、きっと俺に同情を寄せているに違いない。余計な世話だ!
心のどこかでは、彼の瞳にそんなものはないこと、彼は単純に彼の家族に対して寂しさを感じているということをわかっていた。それなのに俺は、顔が良い人間を心の底から信用することができなかったのだ。
こっちもさっさと仕事を終わらせようと思い、レディーにするように彼をエスコートして馬車へと乗せる。
その際に『どうだ。どれだけ同情をして偽善者ぶろうが実際こんな醜い奴に触れられることに我慢ならないだろう』という意地の悪いことを考えつつも、身長の低い彼が一人では上れないため手を添えるよう差し出したのだが、なんと彼はおずおずとその小さな手をこちらに委ねてきたのだ。
しかも顔を見ると嫌々というよりもむしろ照れていた・・・・・・そこでハッとし、醜い俺に照れるはずがない!!と見間違いだということにした。
小さな子どもと、しかもこんな最上級といえるほどの美形な人物と触れる機会は今までになく、さらにいうと人間とそれほど触れ合ってきたことのない俺は、自分の手に触れる温かな存在に不思議な心地がした。
小さくてぷっくりとしていて、弾力があって可愛いらしい・・・・・・
そこで自分が考えていたことにまたハッとなる。
俺は今『可愛らしい』と思ったのか!?こんなしおらしい態度だって、メイゼン家に取り入るために決まっているじゃないか。馬鹿らしい思いを振り切り、名残惜しそうに家族たちを振り返りながら足を進める彼を、無情にも早く車内に促した。
窓のガラスに顔を近づけ、眉を下げて家族たちに手を振る。彼の弟・・・ロイ=ルシュワートなどはまだ現状を理解しておらず、おそらく兄に懐いているだろう彼は後から荒れるに違いない。しかしそれは両親の自業自得であり、例え後悔したとしても彼らは愚かな選択をした自分たち自信を恨むしかないだろう。
顔が整っているだけに、悲しそうな顔をするルキ=ルシュワートの様子を見ていると胸が苦しい思いがした。
そして馬車がゆっくりと走り出し、とうとうルキ=ルシュワートは自分の育った屋敷から離れることになる。
道路の舗装がされておらず、馬車がガタガタと音を立てて走る。
容姿の良い奴が大抵が我儘で、そういう奴は馬車が揺れるだけで機嫌を損ねるのだが、目の前に座るルキは苛立ったような様子はなく至極大人しい。だがしかしやはり尻が痛いのか、黙りながらも頻繁に体重移動をしているのが健気に思えてきてたまらない。クッションは引いてあるものの、やはり慣れていないと振動が辛いらしい。
それにしても大人しい・・・。俺は、馬車に黙って揺られている彼を視界に入れながら、彼の行儀の良さに意外さを感じていた。
外面は良くとも使用人と二人きりになったときにその態度が豹変することはよくあることである。ましてやこんな美形な主人に俺の様な醜男の使用人・・・。普通だったらあからさまに嫌な顔をし口汚く俺のことを罵ってもよいはずなのに、相対して座っている彼は居心地悪そうにしつつも怒っている感じではなかった。むしろ、俺のことを時々眩しそうな目で見てくるのが気になって仕方がない。
『どうしてそんな目で見るんだ?』そう、問いかけたくなるようにむず痒くなる視線だったのだ。
そして徐ろに開かれた彼の口。
『あの、』と声が馬車内に零れた瞬間次には俺への罵倒の言葉がくると身構えたのだが、その後に述べられたのは信じられない言葉だった。
「メイドルさん・・・・・・これから、よろしくお願いします」
そう言うだけでなく、彼は俺に向かって頭を下げたのだ。
あり得ない!!使用人に挨拶をすることどころか頭を下げる貴族なんて初めて見た。しかも、顔の良い奴が顔の悪い奴に、だ。
とても信じられたものではなかったが、俺はなんとか気を持ち直すと『こちらこそ、よろしくお願い申し上げます』と絞り出した。
もしかしたら・・・もしかしたら彼は、顔で差別をしない人間・・・・・・それに、誰にでも礼儀を払う“出来た”人間なのではないだろうか。と、今まで相手に抱いていた疑惑が揺らいだ瞬間だった。
もしそうだったら・・・・・・これほどセイラ様にお似合いになる方はいない、そう思った。
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揺れはしばらくしたら止まり、舗装された道に出たようで緩やかな走行になった。
街の中を通る際、物珍しいのかルキ様は窓にへばりつき、キョロキョロと首を忙しそうに動かしては一人でわぁわぁと楽しそうに騒いでいた。
目は星がその中に落ちてきたかのようにキラッキラと瞬いていて、頬は興奮でか紅潮し、まさに齧り付いて街道に並ぶ店々を興味深そうに眺めている。
『かっ・・・・・・可愛い・・・・・・!!』
思わず、噛みしめた。
素知らぬふりをしながらも耳を側立てていると、ルキ様のお口からは小さく『うわぁ・・・、あれも美味しそうだな・・・・・・!あれも!あれもあれもあれも!!じぇんぶおいしそう・・・・・・じゅるっ』と聞こえてきた。
もう、ダメだ・・・・・・。可愛すぎて我慢ができない・・・・・・。
俺は子どもよりも子どもなルキ様の様子に耐えきれず、思わず顔を俯かせ口に手を当てて塞ぎ、肩を震わせて笑ってしまった。
可愛い・・・!可愛いすぎる・・・・・・!!
こんなに笑ったのは、初めてだ。
俺の強ばっていた心は、春の陽気に解けていく冬の氷のようにじゅわりと溶けていった。
可愛らしい姿で人の心も和ませる、そんな天使が、メイゼン家にやって来た。
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