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「イテッ!」
夏休みの課題はあらかた全て終わり、研は残された家庭科の課題に取り掛かっていた。補習も終わり、完全に夏休みが訪れた。が、もう夏は終わる寸前。そして残された大きな課題。裁縫など手先の不器用な研にはもはや苦行でしかなかった。先ほどから何度も針で指を刺してしまい、小さな穴からぷくりと血が出る、を繰り返している。
『めんどくせぇ~~!!!まち針とか最悪すぎる・・・・・・』
心の中で愚痴りながら糸を通すと、またチクリと指を刺してしまった。
「クッソ!もう知らん!!」
堪忍袋の緒が切れ、取りかかり中の作品を机の上に投げ出した。だが針が行方不明になってしまったら大変だとすぐさま玉止めをして針を針山に刺す。
気晴らしに外をぶらつこうと服を着替え、裕にその旨を伝えて下へと降りていくと、リビングでは鈴音が背中を向けて、ゲームに勤しんでいた。声をかけても嫌な顔をされそうなので、静かに家を出ることにする。
「あづい・・・・・・」
それにしても、いつまでも暑い。外は茹だるような暑さだった。家の中ではエアコンが効いているためあまり意識はしなかったが、やはり外に出ると暑さは格別だ。
じっとりとした空気が体を纏い、汗を滲み出していく。服と肌とが密着し、それが不快感を増大させるのだ。
研はふらふらと危なげな足取りで進み、近場にあった喫茶店に逃げ込んだ。そこは以前鈴音と出かけたときに入った場所であり、扉を開けるといつも接客してくれる女性が声をかけてくれた。
「ご注文は何になさいますか」
お気に入りの席である窓際に座ると、すぐに水とおしぼり、メニュー表を持ってきてくれた。とりあえずアイスコーヒーを頼み、注文を伝えに行った店員を目で追う。前回来たときは声の調子が違ったようだったが、今日はいつも通りなところを見ると夏風邪でも引いていたのだろうか。
あの時は眼鏡をしていなかったため店員の様子も店内もぼんやりとしか把握できなかったが、今は通常通りビン底眼鏡をかけているので周りの様子がよく見える。コンタクトにするつもりはないが、やはり眼鏡は便利である。
ふと目線を前に戻すとテーブルに置かれたコップは汗をかいていて、表面についた水滴が喉の渇きを思い出させる。窓から射す太陽の光がさらにその水を煌めかせていた。
干からびた喉で唾を飲み込み、目の前のコップを手にする。手は濡れるが、キンキンに冷えている水を喉に通すと水を得た魚のような心地になった。使い方は違うけれども。
『っはー!生き返った!!』
勢いよくコップの3分の2ほどを飲み干し、テーブルに戻す。研は満足げに溜息を零した。
二人がけのソファに思いきりよしかかり、ゆっくりと呼吸しながら目を閉じる。空調から送られる涼しい風に身を委ね、店内を流れる心地よい音楽に耳を傾ける。
この空間が、研は好きだった。静かで、でも静かすぎない空間。植物が置かれているからか木の匂いもしていて、窓からは自然光が入ってくる。空調はいつも完璧で、絶妙に調度良い。椅子とテーブルの高さも研に合っていて、腰を下ろした際の足の角度も無理がない。
それらに加え、ここのコーヒーは美味いのだ。
「お待たせいたしました、アイスコーヒーでございます。どうぞ、ごゆっくり」
「ありがとうございます」
そして店員の持つ雰囲気も、研は好感をもっていた。混んでいるときも笑顔を絶やさず丁寧な接客をしてくれる。いつでも明るい声で迎えてくれ、「ごゆっくり」と行ってくれるのだ。
ミルクには手を出さずに、そのままコーヒーを口に含む。ひんやりとした口内に、独特な苦みが広がってくる。爽やかな口当たりだが果物の香りが舌に染み込んでいき、それが鼻へと抜けていく。
冷たいのに、飲み下すとほぅと息を吐きたくなる。ついさっきまで家庭科の課題をしていたことを、すっかりと忘れてしまっていた。
研は一時間弱の間、落ち着く喫茶店で穏やかな時間を過ごしたのだった。
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