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メールを、送ってしまった。
研治から送られてきた『ok』という文字を見つめ、しばらくの間余韻に浸る。顔が信じられないほど熱く熱をもっていて、体もなんとなく気怠い。
この週末に研治とまた会えるという嬉しさがじわじわと実感でき、鈴音は小さく『やった!』と呟いた。なんとなく裕には見せたくない携帯を鞄に入れて立ち上がると、足のしびれを感じる。
充電器に繋いである携帯をしゃがみ込んで見ていたため、折り曲げていた足に針を刺すような痛みが走った。
「ん~~!」
立ち上がって伸びをするとすっきりとし、鈴音はリビングにやりかけの課題をしに戻っていった。
***
土曜日。いよいよこの日がやって来た。
朝、襖越しに差し込んできた明るい光に心地よい空気の中、鈴音は目覚めた。昨夜は緊張と期待でなかなか寝付くことができずに悶々としていたが、いつの間にか寝入っていたようで、頭は冴え気持ちも落ち着いていた。
目を擦りながらクン、と鼻を動かすとふんわりと卵焼きの良い匂いがしてくる。
皺の寄ったパジャマのまま襖を開けてリビングへ向かうと、エプロン姿の裕が鈴音に気づき、『おはよう』と爽やかな笑顔を向けてきた。
「裕兄ちゃんおはよう。いいにおい・・・・・・」
「鈴音っ、ふふっ・・・・・・」
「なぁに?」
皿を並べ終えた裕が鈴音に目を向けた途端、口に手を当ててクスリと笑った。何に笑っているのだろうと頭を傾げていると、裕が口に笑みを作りながら近づいてきて、わしゃりと頭を撫でられる。
「髪の毛、すごいことになってるよ」
「えっ!!本当!?・・・・・・うわっ、本当だヤバい!!」
頭に手をやってみると、確かに後頭部の髪がもしゃもしゃに絡まっている。それに、変に膨張しているようにも感じる。
自分で触ってみて寝癖のすごさを実感すると、一気に頭から血が下がっていく。全速力で洗面所に駆け込み鏡を覗き見ると、裕に言われた通り、鈴音の頭は鳥の巣状態だった。
『んもぅ~どうしよぉ~~!!!』
今日は研治さんとのデートの日なのに!!
苛立ちにさらに頭をぐしゃぐしゃにしてやったが、それを直すのも自分だ。
「鈴~、まず朝ご飯食べちゃいなよ。それから直そう。時間なら大丈夫、十分間に合うから」
うう~と唸っていると、リビングから優しい声がかかり、鈴音は一端落ち着いて裕に従うことにした。どうせ今直したって上手くいかないだろう。
「兄ちゃん、ありがと・・・・・・」
「ううん、別にいいよ。じゃ、食べよう」
「あれ、研は・・・・・・?」
若干むくれたまま席に着いて食べ始めると、皿が並べられているのは裕と自分の分だけであることに気づく。疑問に思ってそう尋ねると、裕が鮭の骨を箸で避けながら苦笑した。
「夏休みの課題が全く終わってないらしくてね、朝早くから図書館に行ったよ」
「うっわ、研らしい。ほんと裕兄ちゃんとは似ても似つかないよね。あ、コレおいしい!」
箸の圧力にふわりと解ける卵焼きを舌に乗せると、その上で卵がほろりと溶ける。その美味しさに頬を緩めると、裕がさも嬉しそうに笑ってくれた。
何となく、研治と裕との仲の良さに危機を感じるため今回のデートのことを裕に話したくはなかったが、あまりに浮かれていたためペロッと口を滑らせてしまい、結局裕に話してしまったのだった。
驚きはしていたが、恥ずかしさに顔を逸らしていた鈴音に向かい、裕は『良かったね』と賞賛をしてくれた。
自分と研治が仲良くするのを良く思わないんじゃないのかと思っていたので、心のどこかに引っかかっていた重い荷物がなくなったかのように感じられた。それから鈴音は素直に着ていく服についてなど相談をするようになったのだ。
「あ~すごくおいしい。裕兄ちゃん、本当料理上手いよね・・・・・・いいなぁ、何でもできて」
優しさに加え料理も美味い。これで顔良し運動神経良しでさらに頭も良いのだから、だれが裕の敵になろうか。課題に関しても恋愛事に関しても優しくアドバイスをしてくれいつも鈴音の話を真剣に話してくれる。目の前にいる完璧としか言いようがない従兄弟を覗き見、再び口に入れたものの美味しさを呟いた。
そして鈴音は、裕が恋のライバルではなかったことに心底胸をなで下ろした。
あまりのお似合いさに、てっきり裕も研治のことが無意識ながらも気になっていたのではないかと勘ぐっていたのだ。しかし、鈴音が改めて真剣に研治のことが好きであることと、昔彼に助けて貰ったことがあったこと、そして週末に出かける約束をしたことを話したとき、裕は特別変わった反応は見せず至って普通であった。
『ほんと、裕兄ちゃんがライバルだったら僕負けちゃうよ。裕兄ちゃん、お風呂上がりとかすっごくセクシーだし、僕にはそんなセクシーさないし』
「どんどん食べて。まだあるから」
真っ白な歯を見せて上品に笑う裕に、溜息が出てしまう。そして再び、彼が敵でなくてよかったと思うのだった。
***
「・・・・・・っと、よし!終わり」
「綺麗になった!!ありがとう!」
「どういたしまして」
後ろに手を回すと、綺麗にまとまっている髪に触れた。先ほどとは違い、絡まっていた髪は解かされ、頭の形に合わせて綺麗にまとめてくれたようだ。
鈴音は拝むようにして櫛を持つ裕に礼を言った。
そして、時計を見るとちょうど出かけようと思っていた時間になっており、鈴音は急いで鞄を持つと玄関へと駆けていった。腕時計を覗くと予定の時間ぴったりで、やはり裕の時間感覚は畏怖すべきものだと感心する。
絶望の淵から救ってくれた裕に心の底から感謝をし、精一杯の笑顔で鈴音は言った。
「行ってきます!!」
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