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「うわっ、見てあの子かっわいー」
「ホントだ。声かけちゃおうか」
「誰待ちだろー?」
 『うわ、来た』
 鈴音は、こちらに視線を寄越しにやにやと笑みを浮かべながら自分に近づいてくる男子生徒たちに、嫌気が差した。
 ああいう視線は、苦手だ。
 ねっとりと、粘着質な視線。無遠慮に見られるのも好きじゃない。
 彼らは口元に笑みを浮かべたまま、門の側に立つ鈴音を取り囲んだ。『何歳?』『どこから来たの?』など、どうでもいいことばかり聞いてくる。
 無視していると、周りから笑いが起こり、それにムキになったリーダーのような生徒がやや苛つきながらしつこく質問をしてきた。
 本当に、ウザい。
 『あーあ、早く研治さん、来ないかなぁ。あんな超弩級のイケメンが来たら、この人たちきっと勝てないとわかってすごすごと去っていくんだろうなぁ』
 鈴音はあれから、頭の中に研のことしか浮かばずヤキモキとしていた。そして気持ちをすっきりとさせ勉強の意欲を駆り立ててくれる存在に会おうと、研治の通う高等学校にまで来て校門の外で待っているのだった。
 目線を彼らに向けず携帯画面に目を向けていると、リーダーの男が苛立った声を上げて突然腕を掴んできた。
「どうせ誰も待ってないんでしょ?」
「いや、だから――
「先輩たち、何をされているんですか?」
 『人を待ってんだって言ってんじゃん!!』
 そう言おうとしたところ、人の輪の外から聞き慣れた男の、陰気な声が聞こえてきた。ボサボサの前髪に、顔が確認できないほどの分厚い眼鏡。研だ。
「はぁ?何――って、生徒会長の弟のダサ男くんじゃーん」
「あっは、マジだ。何何?格好つけ?」
「別にお前に関係ねーし」
 なんで来たんだよ。ほら、馬鹿にされてんじゃん。しかも、上級生に向かっていくなんて・・・馬鹿。なんで、顔が熱いんだよ・・・。
 上級生に馬鹿にされながらも一向に引く気のない様子に、なぜだか頼もしさを感じてしまう。
「先輩、そいつ俺の従兄弟なんですけど。何か用ですか?」
「・・・・・・っはぁ!?この子とお前が、従兄弟ぉ!?」
「えっ、うっそぉ・・・・・・」
 研がかなり威力ある言葉を放ったことで、彼らの中に動揺が走る。
 それほどまでに、鈴音と研とが血縁者であるということが意外らしい。これだけ驚くのだから、裕と兄弟であるということも研は皆から意外視されているのかもしれないと思った。
「嘘じゃないし!僕、研を待ってただけだから!!研、早く行こっ」
「え、あっ、ああ・・・」
 研が学校でどのような扱いをされているのかを想像し、鈴音は何故か苛立ちを覚えた。輪の中から抜け出し、研の手を取って後ろも見ずに歩き出す。
 後ろからはまだ声がかけられていたが無視をして、どちらが帰路なのかもわからずとにかく歩き続けた。
 先ほどの学生の、歪んだ口に嫌悪感が募る。
 気持ち、悪い・・・・・・。
 その時思い出したのは、鈴音が小学校低学年だった頃のこと。休日出勤で両親共に家にはおらず、家にいてもつまらないため公園で一人、遊んでいたときだ。
 知らない中年男性がブランコに乗っていた鈴音に近づいてきたかと思ったら、下卑た声で『かわいいね』と言って、鈴音に触れようと手を伸ばしてきたのだ。
 その時の恐怖は、今でも身体に染みついている。身体がその時の記憶に反応し、研の手をより強く握りしめてしまう。
 だが待てよ・・・・・・。
 確かその出来事には続きがあったはずなのだ。
 そう。あれは鈴音が男に手を掴まれ連れて行かれそうになったとき、どこからか走ってきた男の子がその男を追っ払ってくれたのだ。
『おいオッサン!!その子の手を離せ!!!』
『こわかったね。もう大丈夫。いい?今度から人がいるときに遊ぶんだ。君、かわいいんだから』
 そう言って、自分よりも大きいけど両親よりも小さな手で、優しく頭を撫でられたのを覚えている。優しさに溢れた心地良い声と、温かい手の平の感触。
 彼の顔は――・・・・・・
「おいっ、おい鈴音!もういいだろっ」

 そこで鈴音は思い出した。その驚きと感動に、思わず足を止めてしまう。
 ヤバい・・・・・・。そんなことって、・・・・・・ある?
 『もう大丈夫』。そう優しい声で泣いている鈴音を安心させてくれた男の子の顔は、凜々しい眉に優しげな瞳をしており、まさに『研治』にそっくりだったのだ。
 興奮に息を飲み込み、熱い顔にさっと両手を当てる。
『これは、運命だ。絶対に。そんな、そんな・・・・・・!!研治さんが、あの時助けてくれた僕の王子様だったなんて・・・・・・』
 どきどきと鼓動が煩い。バクバクと、脈拍に合わせて血管が張り巡らされた身体が動く。
「どうした?・・・・・・顔が、赤いぞ?」
 気がつくと、目の前では研が鈴音の顔を覗き込んでいた。改めて彼の顔を見ると、どこに良いところがあるのかわからないほどのダサ男。
 こんな男のどこにドキドキしていたのだと、先ほどまで存在していた熱が一気に冷めた。
 あのドキドキは、きっと昨夜あんなのを見せられたからだ。研治に比べれば天と地ほども違うこの男に、懸想することなどあり得ない。
 この野郎。変なもの、見せやがって!!
「うっさい、変態!」
 だが、研の弱みを握ったことには違いはない。鈴音はにやりと笑うと、心配そうに自分を見つめる研に対しそう言い、走り出した。
 後ろでは研が『はっ!?』と素っ頓狂な声を上げており、遅れて足音が聞こえてくる。
 鈴音の小さな胸は、喜びと嬉しさで溢れていた。
 今度研治に会ったら、昔自分に会ったことについて聞いてみよう、そしてお礼を言おうと思うのだった。


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