天野兄弟のドキハラ!な日常生活

狼蝶

文字の大きさ
上 下
13 / 57

13

しおりを挟む

 ☆ ☆ ☆


「はぁ~~・・・・・・あづい゛・・・・・・」

 休日を挟んでの再びの補習日。研は裕手製の朝食を取って、太陽の照る中高校へと向かっていた。
 太陽は朝なのにギラギラと光線を発しているし、木々にいるであろう蝉たちの合唱は耳の中まで焼く。彼らはそれが仕事なため仕方のないことなのだが、その爆音で頭がガンガンと痛い。
 鈴音が来てもう早数日が経った。当然その間裕とキスを含めた過度なふれ合いはできていなかった。夜などは、ベッドで寝ていてもムラムラしてきてあまり眠れない。
今までは最後までしないものの、裕と触れ合うことで精欲が収まっていた部分もあったのだろう。昨夜も、下半身に熱が溜まり眠ろうにも寝付けなかったのだ。
 ダメだと思うと、余計に欲しくなるものだと心底理解できる。あの幸福な金曜日が懐かしい。この夏休みが終わる頃には、聖人になっているかもしれないな・・・・・・と自嘲気味に笑い、肩からずり下がっていた鞄の紐をかけ直した。


 『ふへー・・・・・・面倒くさ・・・・・・』
 研は冷房の効いた部屋で、机の上にあるプリントを眺めながら顔を顰めた。今日は数学の補習だ。前回は英語だった。
 研は勉強が苦手な訳ではない。むしろ出来る方だった。しかし、人と付き合うことに苦手意識を持ち始めた頃から一切目立つような行動は控えるようになり、また自分に対する全ての自信もなくしていった。どうせダメな自分が何をしてもダメなのだ。
 何もかもが完璧な裕とは違う。
 裕だとて完璧ではない。それは、今はわかっていることだった。皆は裕が完璧な生徒会長だと勘違いをしているようだが、裕にだって苦手なことはある。そのことを自分だけが知っていると思うと、研は気分が良かった。

 研が裕の気持ちに応えたのは、研もまた裕に恋心を抱いていたからだった。
 気がつけば、というのがしっくりくる。裕と一緒にいると、心が落ち着くのだ。『ああ、自分の居場所はここだ』と思える。
 元から臆病で引っ込み思案だった研は、小学校で好意を持っていた女子に思いきり拒絶されたことをきっかけに、人と距離を置くようになった。研の母親と父親の仲が悪く、さらに母親が再婚しても両親どちらも仕事で忙しかったため、昔から研は『心の拠り所』となる場所がなかった。どこに身を置いても安心できない、そんな状態だった。
 そんな研に居場所を作ってくれたのが、裕だ。
 引っ込み思案の研に丁度良い距離で接してくれ、皆に距離を置かれて自分の容姿に絶望しても『みんな、研が格好良すぎるから、逃げるんだよ』なんて冗談まで言って慰めてくれた。目尻から零れる涙の粒をすくい取る親指がすごく優しくて、柔らかくて、気持ちがよかった。
 あるときから、女子生徒が裕にベタベタとくっついているのを見て心がざわつくようになった。胸がムカムカして、もやもやして、苛つく。かと思うと、風呂上がりの蒸気を纏った裕の姿を見て、下半身が暴走したこともあった。
 そして考えに考え抜いて、自分は裕のことが好きなのだとわかったのだ。
 彼も同じ気持ちだとわかったときは、まさに天にも昇る気持ちだった。初めてキスしたときの恥じらう裕の姿も、その裕の柔らかな唇も、記憶に深く刻まれるほど素晴らしく、今でもすぐに思い出すことができる。
 ・・・と、いかんいかん。研は、熱が溜まってきた下半身に慌てて頭を机上にあるプリントに切り替えた。
 プリントは半分から左側に基本問題、そして右側に応用問題という風に並んで載っている。前の教卓には教師が船を漕いでおり、周りではやる気のない奴らが携帯を盗み見てはメールを打つ動きをしていた。
 ああ、面倒だ・・・・・・。研は再び顔を歪める。
 プリントなど家でもできる。わざわざ学校にまで出向く必要はないだろう・・・・・・と、補習を受ける分際でそう偉そうに大声を上げてしまいたい衝動に駆られた。ああ、早く帰って裕に会いたい。裕の顔を見たい・・・・・・そう思っていると、机の中に入っていた研の携帯が震えた。
 なんだろうと画面を覗くとメールが届いたようで、なんと相手は鈴音だった。そういえば、『研治』として連絡先の交換をしたのだった。
 ちらりと教師の様子を窺い、すらりと机の中に手を滑り込ませて携帯のロック画面を開く。すると鈴音からのメールと、その後に可愛らしいスタンプが送られてきていた。
『研治さん、今日会える?』
 その簡単な問いかけに、どう返そうかと逡巡する。というよりか、焦った。今の研はあの『ダサくて』『底辺』の研だ。そんな研が研治だと名乗って鈴音に会えるはずがない。一瞬で彼の目から出る視線に凍り付いてしまいそうである。『お前は呼んでいない』と。
 さてさて、どうしたものか。既読をつけてしまったため、このまま見なかったフリなど出来るはずもない。
 どうしようかとあわあわしていると、続けてメールが送られてきた。
『研治さんに話したいことがあるんだ。研治さん、忙しい?』
 それと共に送られてくる、可愛らしい羊が涙を溜めた瞳で懇願するような顔のスタンプ。
 人との付き合いに気を遣うようになってから人の心情に敏感な研は、人の眉を寄せる仕草などのちょっとした動作に弱い。しかも、涙を目に堪えているでもしたら、すぐにでもその人物の言うことを聞いてしまうだろう。こんな風に懇願されたら、断るなんていう選択肢は研にはなかった。
 すぐさま送ってしまった『大丈夫。今学校なんだけど、終わってからでもいいかな?』という文章を眺め、はぁっと溜息を吐いた。
 本当に自分は、何をやっているのだろうか・・・・・・。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】ぎゅって抱っこして

かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。 でも、頼れる者は誰もいない。 自分で頑張らなきゃ。 本気なら何でもできるはず。 でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。

ある少年の体調不良について

雨水林檎
BL
皆に好かれるいつもにこやかな少年新島陽(にいじまはる)と幼馴染で親友の薬師寺優巳(やくしじまさみ)。高校に入学してしばらく陽は風邪をひいたことをきっかけにひどく体調を崩して行く……。 BLもしくはブロマンス小説。 体調不良描写があります。

血のつながらない弟に誘惑されてしまいました。

まつも☆きらら
BL
突然できたかわいい弟。素直でおとなしくてすぐに仲良くなったけれど、むじゃきなその弟には実は人には言えない秘密があった。ある夜、俺のベッドに潜り込んできた弟は信じられない告白をする。

Take On Me

マン太
BL
 親父の借金を返済するため、ヤクザの若頭、岳(たける)の元でハウスキーパーとして働く事になった大和(やまと)。  初めは乗り気でなかったが、持ち前の前向きな性格により、次第に力を発揮していく。  岳とも次第に打ち解ける様になり…。    軽いノリのお話しを目指しています。  ※BLに分類していますが軽めです。  ※他サイトへも掲載しています。

灰かぶりの少年

うどん
BL
大きなお屋敷に仕える一人の少年。 とても美しい美貌の持ち主だが忌み嫌われ毎日被虐的な扱いをされるのであった・・・。

怒られるのが怖くて体調不良を言えない大人

こじらせた処女
BL
 幼少期、風邪を引いて学校を休むと母親に怒られていた経験から、体調不良を誰かに伝えることが苦手になってしまった佐倉憂(さくらうい)。 しんどいことを訴えると仕事に行けないとヒステリックを起こされ怒られていたため、次第に我慢して学校に行くようになった。 「風邪をひくことは悪いこと」 社会人になって1人暮らしを始めてもその認識は治らないまま。多少の熱や頭痛があっても怒られることを危惧して出勤している。 とある日、いつものように会社に行って業務をこなしていた時。午前では無視できていただるけが無視できないものになっていた。 それでも、自己管理がなっていない、日頃ちゃんと体調管理が出来てない、そう怒られるのが怖くて、言えずにいると…?

弟、異世界転移する。

ツキコ
BL
兄依存の弟が突然異世界転移して可愛がられるお話。たぶん。 のんびり進行なゆるBL

4人の兄に溺愛されてます

まつも☆きらら
BL
中学1年生の梨夢は5人兄弟の末っ子。4人の兄にとにかく溺愛されている。兄たちが大好きな梨夢だが、心配性な兄たちは時に過保護になりすぎて。

処理中です...