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 ☆ ☆ ☆

 急がないと・・・・・・急がないと麺が不味くなる・・・・・・っ!
 研は袋に入れられたつゆを手に持ち、家に向かって急いでいた。あのまだ遠くに見える角を曲がったらあとは家だ・・・・・・というところでポケットから振動が伝わってくる。
 速度を落し、歩きながらポケットから携帯を取り出すと、それは裕からだった。何か追加で買うものがあるのかな・・・と思いメールを開くと、なんとここに鈴音が来ているらしい。
「マジか・・・・・・」
 鈴音というと、嫌な記憶が蘇る。
 鈴音と研は従兄弟同士だが、厳密に言うと研とは赤の他人だ。裕との従兄弟であり、自分とは何の繋がりもない。
 鈴音を苦手だと感じる理由はそれだけではなく、何故か初対面時から睨まれ裕を独り占めされることもその原因だった。研と二人きりのときは牙を剥いたように毒舌のオンパレードのくせに、裕がいるときはわかりやすく猫を被って裕にかまってもらうのだ。
 鈴音は裕のことが好きだ。それは態度を見ればわかる。
 研にとって鈴音が驚異なのは、彼には研にはない『可愛さ』があることだった。鈴音は小さな頃から女の子と見違うほど顔立ちが可愛らしく、それは成長した今でも健在である。そんな可愛さで裕に迫られたら・・・・・・研には一溜まりもないだろう。裕と恋人となった今、その座は死守しなければならない。せっかく誰にも邪魔されずに裕と過ごせるように二人暮らしになったのに、また邪魔をしてくるなんて・・・と、研はメールを読みながら眉根にしわを寄せた。
 それに裕からのメールに『他人のフリを』と描かれていることも、混乱を呼んだ。
 普段は瓶底メガネに前髪を下ろしている状態だが、今はそれらはなく顔を隠しているものは何もない。ド近眼なことからどれだけ鏡に顔を近づけても、自分の顔はぼんやりとしか掴めず一体自分はどんな顔をしているのかよくわからなかった。
 だが、おそらく自分は醜いのだな、と研は思っていた。
 研は、昔から人との付き合いができない。今でもよく覚えているのは幼稚園でのこと。自分の周りには人は寄りつかず、声をかけようとしても避けられていた。
 自分の根暗にさらに拍車がかかったのは小学校に入学してすぐのことだった。好きになった女の子に声をかけようとしたところ、その子がきゃっ!と悲鳴を上げて逃げて行ってしまったのだ。そのショックは大きかった。
 それから人の目が怖くなり、前髪を伸ばしていたら目が悪くなっていって、今ではメガネも顔を隠す一役を買っている。
 そうか・・・・・・。研は裕の言わんとしていることがなんなのか、わかったような気がした。
 おそらく、今の何も隠していない自分と研が同一人物ということが鈴に知られたら、醜さにさらに研が嫌われてしまうことを心配しているのではないか。
 きっとそうだと考えていると、角を曲がった瞬間あちら側から走ってきた人物と思いきりぶつかってしまった。
「わっ!」
「大丈夫ですか?」
 手から袋が落ち中身も出てしまったが、先に尻餅をついてしまった相手に手を伸ばし大丈夫か尋ねる。すると、どこか聞いたことがあるような声が聞こえた。
「だいじょうぶで――って、・・・・・・へっ!!?」
 あれ・・・・・・その声は鈴音・・・・・・って危なっ!思わず名前呼んじゃうところだった・・・・・・そう思いながら、研の手を借りて起き上がった鈴音が無事だとわかり、ほっと胸をなで下ろす。
 無事に立ち上がったので手を離そうと引いたが、何故か力を込められこちらからは離せない。
「・・・・・・ん?」
「あっ・・・・・・!いや、すみません!お兄さん、イケメンですね!!」
「へっ!?」
 メガネを掛けていないためどんな顔をしてるのかわからないが、鈴音が突拍子もないことを言い出したので思わず変な声が出てしまった。
「あっ!お兄さんの買ったものが・・・・・・すいませんっ!・・・・・・あれ?だしつゆ・・・・・・」
 パッと手を離されたかと思うと手を離したときに転がったのだろう、買ったつゆのボトルを拾ってくれたのか背後でしゃがみ込んでいる鈴音を振り返りお礼を言おうとすると、袋から投げ出されていたつゆを元通りにして手渡してきた鈴音がそのままガシィ!と手を掴んできた。
「僕、これからつゆを買いに行こうと思ってたんです。これ、お兄さんの落としてしまったの僕のせいだから、これは僕が貰います。その代わり、今からお兄さんの分買いに行きましょう!僕が払います!!」
 矢継ぎ早に言われ、そのまま手を引っ張られて歩き出す。
 話を全然聞かない!鈴音はいつもそうなのだ。行動一つ一つが素早く、だが人の話を全く聞かない。鈴音の行動からして、おそらく彼が買おうとしているのは天野家へのつゆだ。だとしたらもうそれは研が買っているので、さらに買ったら二本になってしまう。そうするとまた賞味期限以内に使うことができず無駄に・・・・・・強引に引っ張られ歩きながらぐるぐると頭の中で考え、もうどうすれば良いかわからなくなり、研は一先ず鈴音を引き留めた。
「どうしたんですか・・・・・・?」
「え、と・・・・・・これ、すぐそこの天野ン家に持っていくやつで、その・・・急がないといけないんだ」
 わっ、しまった!と思ったが、もう遅い。テンパって“天野”というワードを言ってしまった。だがまだ自分が研だとバラした訳でもないので、セーフだろう。
 このまま掴まれている手を抜いてフェードアウトしよう・・・・・・と思っていると、研を掴む手にさらに力が込められた。
「お兄さん、裕兄ちゃんの友達!?僕、今日からそこに泊まるんだ!」
 はぁ!!?と思わず裏返った声が出そうになる。
 泊まるだってぇ!?ただでさえ苦手な鈴音が来ただけでもしんどいのに、これからあの二人の愛の巣に宿泊するなんて・・・・・・期間もよくわからないし・・・・・・。最悪だ、と研はげっそりしながら、またもや『じゃあ一緒に行こ!』と行動の早い鈴音に腕を取られ引きずられるのだった。

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