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「兄さん、朝は簡単なものでいいっていったじゃないか」
「育ち盛りの研に適当なものは食べさせられないよ。それだけは勘弁してくれ、なっ?」
「うっ・・・兄さんがそう言うなら・・・・・・」
裕が上目遣いにそう頼めば、言葉を詰まらせた研が赤い顔を俯かせた。
激しい運動(注:キス)を終え、上でしばっていた前髪が乱れたため裕は大人しく座る研の前髪をゴムで縛る。
研の髪には独特の癖があり、自分で縛るのは難しいといつもは伸ばしっぱなしでいるのだ。だが家では勉強に邪魔だろうと、裕が研の髪を上手く縛ってやっている。
また研は酷い近眼であるが、本人曰くメガネをかけると頭痛がするというので家では必要な時以外は外している。ので本人は自分の顔を鏡で見ても全く美醜がわからないのだが、裕は、裕だけは研の素顔を知っていた。
実は研の顔は、学校一の美男子と言われている裕と同じくらい、いや別の系統でいうと裕以上と言えるほどに整っているのであった。
裕は綺麗で人形の様な美形。それに対し研は野性的な、男らしい美形である。当の本人は自分で確認しようもなく、昔のトラウマで自分は他の人間に比べ醜いのだと自ら目立たないように努めているのだが。
だがそれは裕にとっては都合が良かった。
裕と研は小さい頃に両親が再婚したことによってできた兄弟同士である。初めて会ったのは、裕が小学校二年生だったので、研はまだ幼稚園児だった。
小さくてもわかるその整った顔。くっきりとしたラインの眉が男らしく、今思えば会った瞬間に恋に落ちたのだと思う。しかし顔に似合わず研は人見知りしやすく気弱な性格で、とても友達を作りにくいタイプの子どもだった。
昔から人付き合いを上手くできる裕に比べ不器用で泣き虫な研は、いつも裕に慰められ、段々と心を許していった気がする。それが嬉しくて、研を独り占めできる喜びに自分が一生研を独り占めしたいという欲望をも抱いたのだった。
研が小学校に上がってすぐのこと、好きな女の子にこっぴどく嫌な態度を取られたことがトラウマになり、そこから研はさらに内気になってしまった。人が嫌う自分の容姿を隠す名目と共に人の視線を遮るために前髪を伸ばし、姿勢は猫背に、格好にも気を遣わなくなっていった。
前髪のせいか視力も悪くなり、研は分厚いレンズの瓶底メガネをするようになって美貌は完全に隠れ、ますます裕にとって都合の良い状況になった。
そこから裕は時間をかけ、研には自分だけだと思い込ませ、ゆっくりと自分に溺れさせていったのだった。その結果、二人は晴れて兄弟と並び恋人という関係に。
裕が実家から離れた高校に行くことになり一人暮らしを始めたが、一年を空け研も裕と同じ高校に進学した。なので今は二人暮らしをしている。
めでたく同じ高校に入学した研と裕は、蜜月の日々を送っていた。その生活はとても穏やかで、そんな二人に嵐など訪れるとは思いも寄らなかった。
「でも・・・、あんまり味わえなくて・・・・・・ごめんね」
しゅんと垂れた耳が見えそうなほどに肩を落とした研に、裕は胸がきゅんと疼くのを感じる。
研は、寝起きの機嫌が非常に悪い。だから起きてすぐ食べるものなど時間もかけずにかき込んで食べてしまうのだ。寝起きの機嫌の悪さにいつ気づいたかは忘れたが、何度か無理矢理起こしに行ったときに裕に向かって乱暴な言葉を放ったことがあった。目が覚めてからそのことを認識した研は、目に涙を溜めて裕に誤り倒したのが懐かしい。研は、すごく優しい子なのだ。裕は、研のそのすごいギャップも好きなのである。
しゅんとしている研の頭に手を乗せ、わしゃわしゃとかき混ぜる。
「いいって!わかっててやってるんだから、気にするな。さっ、飯を作ろう」
「う、うん・・・・・・」
服を整え裕がエプロンを着けると、慌てて降りてきた研も自分のエプロンを着けて裕の隣に並ぶ。
朝ご飯や弁当は裕が作るが、夜はこうやって二人で作る。この時間が、裕が大好きだった。包丁の使い方が壊滅的な研には包丁を握らせられないが、その代わりに野菜を洗ってもらったり裕が切ったのを炒めたりをしてもらっている。二人で今日のことなどを話しながら手を動かして二人で食べる物を作るという作業が、溜まらなく楽しい。この時間は、裕にとって心を癒す時間の一つだ。
「おいしいね」
ご飯を頬張りながら微笑む研の顔を見ると、幸せな気持ちが広がる。二人で『おいしいね』と笑い合える、そんな日々が裕にとって尊いと心の底から思えるのだった。
夜、裕は裸足のままぺたぺたと研の部屋まで歩いて行く。いくら仲が良くても生徒会長である裕と新入生の研では家を出る時間に差が出るので、寝るのは別々の部屋だ。しかし今日は金曜日。明日は学校は休みで、だからこそ夜もいちゃいちゃできる。
「けん~、もぉ寝たぁ?」
そろりと扉を開けると、そこにはベッドに寝っ転がって本を読んでいる研がいた。
「よかったぁ~。よいしょっ」
扉を閉め、本を読む研の隣に飛び込むと、研は裕のスペースを作る。そのまま本を読み続ける研の横に寝転がり、裕は研の胴体に手を回して瞼を閉じた。
自分よりも一回りほど大きな身体。温かい、自分のもの。
風呂上がりに再び裕によって前髪を上げられており、真剣に本に目を通すその横顔が彫刻のように綺麗で、学校にいる女子が見たら皆恋に落ちてしまうだろうと裕は思った。それは嫌だな~と研の横腹に頭をぐりぐりと擦り付ける。
『もぉー寝ようよぉ~』と言いながらそれを続けていると、スタンドの明かりを消した研が、本を机に置いて裕を抱きしめた。研は子どもの頃から真っ暗な部屋を嫌い、そのため両親は考えて真っ暗な中でも光るシールを彼の部屋中に貼ることを提案した。それから研の部屋は星空のようになったが、今の研の部屋もその仕様になっていることから、見上げると部屋一杯が星に満ちている。
金曜日の夜は、こうして二人で星空を眺めながら眠りに就くのが習慣になっている。
ああ、今日もすごく幸せだな。
そう思いながら、裕はゆっくりと瞼を閉じた。
そんな、天野兄弟のとある金曜日。
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