上 下
2 / 57

2

しおりを挟む
 
 ☾ ☾ ☾

「兄さん、朝は簡単なものでいいっていったじゃないか」
「育ち盛りの研に適当なものは食べさせられないよ。それだけは勘弁してくれ、なっ?」
「うっ・・・兄さんがそう言うなら・・・・・・」
 裕が上目遣いにそう頼めば、言葉を詰まらせた研が赤い顔を俯かせた。
 激しい運動(注:キス)を終え、上でしばっていた前髪が乱れたため裕は大人しく座る研の前髪をゴムで縛る。
 研の髪には独特の癖があり、自分で縛るのは難しいといつもは伸ばしっぱなしでいるのだ。だが家では勉強に邪魔だろうと、裕が研の髪を上手く縛ってやっている。
 また研は酷い近眼であるが、本人曰くメガネをかけると頭痛がするというので家では必要な時以外は外している。ので本人は自分の顔を鏡で見ても全く美醜がわからないのだが、裕は、裕だけは研の素顔を知っていた。
 実は研の顔は、学校一の美男子と言われている裕と同じくらい、いや別の系統でいうと裕以上と言えるほどに整っているのであった。
 裕は綺麗で人形の様な美形。それに対し研は野性的な、男らしい美形である。当の本人は自分で確認しようもなく、昔のトラウマで自分は他の人間に比べ醜いのだと自ら目立たないように努めているのだが。
 だがそれは裕にとっては都合が良かった。
 裕と研は小さい頃に両親が再婚したことによってできた兄弟同士である。初めて会ったのは、裕が小学校二年生だったので、研はまだ幼稚園児だった。
 小さくてもわかるその整った顔。くっきりとしたラインの眉が男らしく、今思えば会った瞬間に恋に落ちたのだと思う。しかし顔に似合わず研は人見知りしやすく気弱な性格で、とても友達を作りにくいタイプの子どもだった。
 昔から人付き合いを上手くできる裕に比べ不器用で泣き虫な研は、いつも裕に慰められ、段々と心を許していった気がする。それが嬉しくて、研を独り占めできる喜びに自分が一生研を独り占めしたいという欲望をも抱いたのだった。
 研が小学校に上がってすぐのこと、好きな女の子にこっぴどく嫌な態度を取られたことがトラウマになり、そこから研はさらに内気になってしまった。人が嫌う自分の容姿を隠す名目と共に人の視線を遮るために前髪を伸ばし、姿勢は猫背に、格好にも気を遣わなくなっていった。
前髪のせいか視力も悪くなり、研は分厚いレンズの瓶底メガネをするようになって美貌は完全に隠れ、ますます裕にとって都合の良い状況になった。
そこから裕は時間をかけ、研には自分だけだと思い込ませ、ゆっくりと自分に溺れさせていったのだった。その結果、二人は晴れて兄弟と並び恋人という関係に。
裕が実家から離れた高校に行くことになり一人暮らしを始めたが、一年を空け研も裕と同じ高校に進学した。なので今は二人暮らしをしている。
めでたく同じ高校に入学した研と裕は、蜜月の日々を送っていた。その生活はとても穏やかで、そんな二人に嵐など訪れるとは思いも寄らなかった。

「でも・・・、あんまり味わえなくて・・・・・・ごめんね」
 しゅんと垂れた耳が見えそうなほどに肩を落とした研に、裕は胸がきゅんと疼くのを感じる。
 研は、寝起きの機嫌が非常に悪い。だから起きてすぐ食べるものなど時間もかけずにかき込んで食べてしまうのだ。寝起きの機嫌の悪さにいつ気づいたかは忘れたが、何度か無理矢理起こしに行ったときに裕に向かって乱暴な言葉を放ったことがあった。目が覚めてからそのことを認識した研は、目に涙を溜めて裕に誤り倒したのが懐かしい。研は、すごく優しい子なのだ。裕は、研のそのすごいギャップも好きなのである。
 しゅんとしている研の頭に手を乗せ、わしゃわしゃとかき混ぜる。
「いいって!わかっててやってるんだから、気にするな。さっ、飯を作ろう」
「う、うん・・・・・・」
 服を整え裕がエプロンを着けると、慌てて降りてきた研も自分のエプロンを着けて裕の隣に並ぶ。
 朝ご飯や弁当は裕が作るが、夜はこうやって二人で作る。この時間が、裕が大好きだった。包丁の使い方が壊滅的な研には包丁を握らせられないが、その代わりに野菜を洗ってもらったり裕が切ったのを炒めたりをしてもらっている。二人で今日のことなどを話しながら手を動かして二人で食べる物を作るという作業が、溜まらなく楽しい。この時間は、裕にとって心を癒す時間の一つだ。
「おいしいね」
 ご飯を頬張りながら微笑む研の顔を見ると、幸せな気持ちが広がる。二人で『おいしいね』と笑い合える、そんな日々が裕にとって尊いと心の底から思えるのだった。

 夜、裕は裸足のままぺたぺたと研の部屋まで歩いて行く。いくら仲が良くても生徒会長である裕と新入生の研では家を出る時間に差が出るので、寝るのは別々の部屋だ。しかし今日は金曜日。明日は学校は休みで、だからこそ夜もいちゃいちゃできる。
「けん~、もぉ寝たぁ?」
 そろりと扉を開けると、そこにはベッドに寝っ転がって本を読んでいる研がいた。
「よかったぁ~。よいしょっ」
 扉を閉め、本を読む研の隣に飛び込むと、研は裕のスペースを作る。そのまま本を読み続ける研の横に寝転がり、裕は研の胴体に手を回して瞼を閉じた。
 自分よりも一回りほど大きな身体。温かい、自分のもの。
 風呂上がりに再び裕によって前髪を上げられており、真剣に本に目を通すその横顔が彫刻のように綺麗で、学校にいる女子が見たら皆恋に落ちてしまうだろうと裕は思った。それは嫌だな~と研の横腹に頭をぐりぐりと擦り付ける。
 『もぉー寝ようよぉ~』と言いながらそれを続けていると、スタンドの明かりを消した研が、本を机に置いて裕を抱きしめた。研は子どもの頃から真っ暗な部屋を嫌い、そのため両親は考えて真っ暗な中でも光るシールを彼の部屋中に貼ることを提案した。それから研の部屋は星空のようになったが、今の研の部屋もその仕様になっていることから、見上げると部屋一杯が星に満ちている。
 金曜日の夜は、こうして二人で星空を眺めながら眠りに就くのが習慣になっている。
 ああ、今日もすごく幸せだな。
 そう思いながら、裕はゆっくりと瞼を閉じた。
 そんな、天野兄弟のとある金曜日。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

風紀“副”委員長はギリギリモブです

柚実
BL
名家の子息ばかりが集まる全寮制の男子校、鳳凰学園。 俺、佐倉伊織はその学園で風紀“副”委員長をしている。 そう、“副”だ。あくまでも“副”。 だから、ここが王道学園だろうがなんだろうが俺はモブでしかない────はずなのに! BL王道学園に入ってしまった男子高校生がモブであろうとしているのに、主要キャラ達から逃げられない話。

管理委員長なんてさっさと辞めたい

白鳩 唯斗
BL
王道転校生のせいでストレス爆発寸前の主人公のお話

推しの完璧超人お兄様になっちゃった

紫 もくれん
BL
『君の心臓にたどりつけたら』というゲーム。体が弱くて一生の大半をベットの上で過ごした僕が命を賭けてやり込んだゲーム。 そのクラウス・フォン・シルヴェスターという推しの大好きな完璧超人兄貴に成り代わってしまった。 ずっと好きで好きでたまらなかった推し。その推しに好かれるためならなんだってできるよ。 そんなBLゲーム世界で生きる僕のお話。

冷酷な少年に成り代わってしまった俺の話

岩永みやび
BL
気が付いたら異世界にいた主人公。それもユリスという大公家の三男に成り代わっていた。しかもユリスは「ヴィアンの氷の花」と呼ばれるほど冷酷な美少年らしい。本来のユリスがあれこれやらかしていたせいで周囲とはなんだかギクシャク。なんで俺が尻拭いをしないといけないんだ! 知識・記憶一切なしの成り代わり主人公が手探り異世界生活を送ることに。 突然性格が豹変したユリスに戸惑う周囲を翻弄しつつ異世界ライフを楽しむお話です。 ※基本ほのぼの路線です。不定期更新。冒頭から少しですが流血表現あります。苦手な方はご注意下さい。

俺は成人してるんだが!?~長命種たちが赤子扱いしてくるが本当に勘弁してほしい~

アイミノ
BL
ブラック企業に務める社畜である鹿野は、ある日突然異世界転移してしまう。転移した先は森のなか、食べる物もなく空腹で途方に暮れているところをエルフの青年に助けられる。 これは長命種ばかりの異世界で、主人公が行く先々「まだ赤子じゃないか!」と言われるのがお決まりになる、少し変わった異世界物語です。 ※BLですがR指定のエッチなシーンはありません、ただ主人公が過剰なくらい可愛がられ、尚且つ主人公や他の登場人物にもカップリングが含まれるため、念の為R15としました。 初投稿ですので至らぬ点が多かったら申し訳ないです。 投稿頻度は亀並です。

【完結】異世界転移パパは不眠症王子の抱き枕と化す~愛する息子のために底辺脱出を望みます!~

北川晶
BL
目つき最悪不眠症王子×息子溺愛パパ医者の、じれキュン異世界BL。本編と、パパの息子である小枝が主役の第二章も完結。姉の子を引き取りパパになった大樹は穴に落ち、息子の小枝が前世で過ごした異世界に転移した。戸惑いながらも、医者の知識と自身の麻酔効果スキル『スリーパー』小枝の清浄化スキル『クリーン』で人助けをするが。ひょんなことから奴隷堕ちしてしまう。医師奴隷として戦場の最前線に送られる大樹と小枝。そこで傷病人を治療しまくっていたが、第二王子ディオンの治療もすることに。だが重度の不眠症だった王子はスリーパーを欲しがり、大樹を所有奴隷にする。大きな身分差の中でふたりは徐々に距離を縮めていくが…。異世界履修済み息子とパパが底辺から抜け出すために頑張ります。大樹は奴隷の身から脱出できるのか? そしてディオンはニコイチ親子を攻略できるのか?

束縛系の騎士団長は、部下の僕を束縛する

天災
BL
 イケメン騎士団長の束縛…

悪役令息の従者に転職しました

  *  
BL
暗殺者なのに無様な失敗で死にそうになった俺をたすけてくれたのは、BLゲームで、どのルートでも殺されて悲惨な最期を迎える悪役令息でした。 依頼人には死んだことにして、悪役令息の従者に転職しました! スパダリ(本人の希望)な従者と、ちっちゃくて可愛い悪役令息の、溺愛無双なお話です。 ハードな境遇も利用して元気にほのぼのコメディです! たぶん!(笑)

処理中です...