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一章

カノンの拠点で(3)

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製造装置の試運転として、少量ながら飲料水の精製に成功にした。
セドナに水源が存在したおかげで、サバイバルとしては非常に順調な滑り出しだ。

「ひとまずこれで、製造装置先生の試運転はおっけーだな。
 いい仕事してくれそうで楽しみだ」
「他にも、つくって、みる? その、……服、とか」

恐らくは俺を気遣ってそう提案してくれるカノンの言葉に頷きたい気持ちはある。
だがそれに手をつけるとなると、本格的にそちらに時間を割くことになる。
そろそろ夕食時だし、それに……その前に、少し確認しておきたいこともある。

「うん、それもやりたいな。
 でも……先にちょっと確認したいことがあるんだけど、そっちからでいい?」

それは俺が、この拠点の前で、カノンにこの拠点のマスター登録を行ってもらった時のこと。

「カノンの拠点を俺の拠点として登録させてもらったとき、俺が「拠点に生還した」扱いになったらしくて、その時にいろいろウィンドウが生えたんだよな。
 それがさっきから、ちょっと気になっててさ」

そのとき俺の前に表示されたのは、たぶんマスター登録完了の通知ウィンドウだけではなくて――

「あっ、技能、とか?」
「たぶんそう」


*────


この世界では、新規技能の取得・技能の成長タイミングは「拠点に生還したとき」だ。
未開地開拓中に勝手に技能が生えることはないし、技能がその場で成長することもない。

えっ、わくわくが少ない、土壇場で覚醒とかしないのかって?
いやほら、このゲームの技能って、アクションアシスト機能だろう。
だから、技能が成長すると、そのアシストの挙動がちょっと変わってしまうんだ。
たとえばロッククライミング中とかに、勝手に技能に成長されると、アシストの感覚が変わって困ることがあるかもしれない。
自力でロッククライミングしている最中に、勝手に【登攀】が生えるのも同様だ。
だからこの世界では、その辺で致命的な感覚のずれが生じないように、拠点外での行動中は技能の新規取得も成長も行われないようになっている。
……いや、その辺の説明が公式から成されているわけではないけどね。
拠点生還時にしか新規技能取得が行われない理由を、俺なりに推測しているだけだ。

それと、忘れてはならない重要なこと。
未開地探索における経験を反映して新しい技能が取得できるのは「拠点に戻ったとき」ではなく「拠点に生還したとき」だ。
だから、たとえば死に戻ったりすると、探索中にいろいろやったことは、技能の取得に値する経験としては反映されない。
つまり、適当に死んでばっかりだとアバターがまったく育たないわけだ。
この点は、プレイヤーがちゃんとサバイバル生きようとしている限り、それほど心配する必要はない。

この話は、当然テレポバグにも関係してくる。
たとえば俺は、先ほどのテレポで跳んだり跳ねたり飛んだりしたが、それらの経験すべては、今回の技能取得につながってはいないはずだ。
テレポバグは、ゲーム的なメリットをなに一つプレイヤーに残さない。
だから初手からヤバい地域に吶喊してヤバい経験を積みまくって、技能レベル爆上げスパルタ式ブートキャンプ、なんてのは無理だ。

ただし、技能が成長しないと言うだけで、俺という人間の記憶には残る。
前作で死に重ねた経験は、ゲーム的な経験値として残っていなくとも、俺という人間の脳に刻まれている。
その経験に基づいて、できるだけ生き延びやすい動きを試みることもできる。
まあ、覚えてても身体が動かなきゃ意味ないけどね。
さきの森の出口でも、俺が思い描いた動作に対してフーガの足が持ち上がらなかった。
現実の俺がまったく超人でないのと同様に、ゲーム開始時点のプレイヤーに与えられるアバターは挙動しか取ってくれない。
その辺補ってもらうためにも、頼りたい技能についてはどんどんレベルを成長させていきたい。
そうすれば俺なんかでも、いずれめいた挙動に至ることができるかもしれない。


*────


「俺はテレポバグから死に戻ったばかりだから、たぶん大したものは生えないけどな。
 カノンはなんか生えた?」
「えと、最初に取った、【危機感知】、だけ。
 ほかは、まだ、かも?」

カノンは初手【危機感知】か。
つよいムーブだ。カノンは今日も正しいな。


*────


【危機感知】とは、いわゆる「嫌な予感がする」というやつだ。
近くに自身の生存を脅かすような存在がいたり、なにか異常な点があったりすると、それに気づきやすくなる。
それは勘とか第六感というあいまいなものではなくて、たとえば自分に向かって飛んできたものに対して焦点が合いやすくなったり、その飛翔音を普段より拾いやすくなったりと、実際に知覚能力が向上する。
ヘッドマウントディスプレイを用いていた『犬』では視覚と聴覚限定だったが、フルダイブであるこの世界では、全感覚が危険に対してやや鋭敏化するという感じだろうか。
危機感知の名の通り危機に際してのみはたらくため、常時知覚能力が強化されるというわけではないが――
あれ、フルダイブの『犬2』だと【危機感知】めっちゃ有能じゃない?
カノンさんまじヤバくね?

……そういやさっき、カノンが水の匂いを訝っていたけど。
あれはカノンの【危機感知】技能が反応したからじゃないだろうな。
さすがにレベルの低いうちはそんな有意な差をもたらさないだろうから、多分杞憂だが。
杞憂のはずだ。
やめてくれよ?
そんなフラグを立てたわけじゃないだろう?


*────


嫌な汗が背中を流れるような錯覚を覚えながら、俺は仮想端末を立ち上げ、「詳細な生体情報」の仮想ウィンドウを展開する。
いや、別に毒状態になっていないか咄嗟に確認してしまったというわけではなくてね。
その項目から、拠点生還時に取得した技能の確認ができる。
……そもそもこのゲームでは「状態異常:毒」なんて具体的な指標が存在するわけでもないしな。

(――ん?)

予想通り、俺の技能スロット付近には、新規習得技能があることを示す「new」のポップアップが点灯している。
だがその近くに、見慣れない項目と、同じくそこにも「new」の吹き出し。

(「実績 / achievement」?)

――ああ、『犬2』のテザーサイトで見たやつ。今作からの追加要素。
たしか、ゲーム的にはまったくメリットをもたらさない、収集要素的なものだとか。
しかし、もうそんな実績が解放されるようなことあったっけ?
他のプレイヤーの拠点に一度以上入った、とか。そのあたりはありそうだ。

まあ、いまはいったん後回し。
先に新規取得した技能を見るとしよう。

突然だがここで、現在俺が取得しているイカれた技能たちを紹介するぜ!
―――――――――――――
【 装備換装 】 ―― Lv 1
【 潜水 】   ―― new!
【 測量 】   ―― new!
―――――――――――――
以上だ!

なにこの……なに?
この技能スロットをみて、俺というプレイヤーがどのようなプレイスタイルのプレイヤーなのか推し量るのは難しいだろう。
なんだろう、水中建設作業員とか?
あとは配管工とか?赤い服着て帽子被って、あと【跳躍】は取らないと……。

【潜水】はわかる。
死に戻った後に川に墜とされたからな。
自分から川に飛び込んで泳ぎもした。
たったあれだけの経験で技能として取得できたのか。
前作ではもうちょい本格的に泳がないと取得できなかった気がするが……。

【測量】は……なんだろう。
たぶん、この拠点に入る直前に俺がしたことが関係している。
たしかに測量は「技能」と言って差し支えないだろう。測量術とか言うしな。
こちらについても、たった一回の経験で取得できるのは意外だ。
前作では、ものによっては1時間くらい経験詰まないと技能として出なかった。
今作から技能の新規取得の条件緩くなってる可能性が高いな。
レベルの上り方についても合わせて、あとでちょっと検証しよう。

しかし……うん。
なかなかマイナーというか、汎用性が低そうな技能たちだ。
新しく取得した技能はどちらも『犬』ではあまり縁がなかった技能たちだ。
これらの技能の使い道を、俺はまだ十分に探り切れていない。
今後少々、こまかく検証していく必要があるかもしれん。

他にセットする技能もなし、新規取得した技能をすべて技能スロットに放り込む。
これで俺の技能スロットは現在3つ埋まっていることになる。
あとから変更も可能なので、こうして放り込んでおくことにはメリットしかない。


*────


さて、技能の確認はこのあたりにして。
今度は先ほどちらりと見た、実績についても見てみようか。
ゲーム的なメリットがないと言っても、ゲームをやるモチベーションとしては侮れないよな。
広大なオープンワールドを舞台とするMMOでは、「~~を訪れた」を全部埋めるだけでも半年くらいかかったりして、それがまたいい――

等と考えながら実績のページを開く。
―――――――――――――――――――――――――――――――
【ウェルカム・ワンダラー!】
取得条件:この世界にはじめて降り立つ。
―――――――――――――――――――――――――――――――
【ウェルカムバック・ワンダラー!】
取得条件:『ワンダリング・ワンダラー!』のアバター・データを引き継ぐ。
―――――――――――――――――――――――――――――――
【それが大事】
取得条件:死亡せずに、はじめて拠点に生還する。
―――――――――――――――――――――――――――――――
【ミスター・ワン】
取得条件:死亡によって、はじめて拠点に戻される。
―――――――――――――――――――――――――――――――
【ハロー・ネイバー】
取得条件:はじめて他のプレイヤーの拠点を訪れる。
―――――――――――――――――――――――――――――――
【スタンド・バイ・ミー】
取得条件:他のプレイヤーから「フェロー」以上の権利を付与される。
―――――――――――――――――――――――――――――――
【最強のふたり】
取得条件:他のプレイヤーから「マスター」以上の権利を付与される。
―――――――――――――――――――――――――――――――
実績名を考えた人は映画好きなのかな。
あの邦題やっぱおかしいよな。
などと、考えながら。

つらつらと、解放された実績を眺めていた俺の目が――とある実績に留まる。

(――、――、……――ッ!?)

それは、解放された実績の中で、一番下にある、
――――――――――――――――――
【■■■■■との遭遇】
取得条件:■■■■■に遭遇する。
――――――――――――――――――

(……なんだ、これ。……読めな、い――?)

黒塗りじゃない。文字化けじゃない。
そこにはたしかになにかの文字がある。
それなのに、その文字を俺は読めない、というか。
そこには確かに文字が書いてあるのに、その文字を知らない、というか。
アルファベットでもひらがなでも漢字でもない文字がそこに在る。
ミミズがのたくったような、なにかの記号のような――

「……お、おいカノン。ちょっといい?
 ……これ、なに? ……というか、カノンはこれ、出てる?」

俺の横手からウィンドウを覗き込んでくるカノンに合わせて、ウィンドウを下げる。

「あ……え? なに、これ。
 読めない、よ? 文字っぽい、けど?」
「そうか、カノンの方には」
「ん、と……。わたしの方には、出てない、みたい?」

なんぞこれ。
こんな文字を、俺は知らない。

俺は死に戻りしたあと、ほぼその直後にカノンに出逢った。
そのあと俺とカノンはずっと一緒に行動している。
そのあとに俺だけが得た経験はない。
つまり、この実績を解除する経験があったとすれば、俺とカノンが出逢う前。
だがその前にあるのは、テレポバグによる死に戻りだけだ。

(――「テレポバグ」に遭遇する?)

……いや、幾らなんでもこの世界の中で「テレポバグに遭遇する」なんて言い方はしないだろう。
このゲームの雰囲気を楽しむための実績で、そんなメタなものを突っ込まれても困る。

ならば考えられるのは……その死に戻りの前。

テレポバグで飛ばされた、あの奇妙な森。


……なんだ?

あのとき俺は、いったいに遭遇した?


*────


(……わからない、か)

あの森では、ロクな情報収集が行えなかった。
推測こそできるが、とても確からしさなど与えようがない。
さいわい、実績はプレイヤーにメリットを与えないお遊び要素だ。
それは当然、デメリットも与えないはずなんだ。
この実績が読めないということが、俺になんらかの呪いのような影響を与えるとは考えにくい。

今は、放っておこう。
元検証勢の端くれとして血が騒ぐけどな。
これは、敢えて読めないようにシステム側でバグらせてあるのかな。
それともこの文字列は、この世界に実際に存在する解読可能な言語なのかな。
どのタイミングで解放され、どのタイミングで解読できるようになるのかな。
やべぇな、今後の楽しみが増えたぜ。

「んむ、確認はこんくらいにしとく。お待たせ、カノン」

気持ちを切り替えて、俺はカノンにそう声を掛ける。

「さて、これからの予定だけど――どうする、いったん飯落ちでも挟む?
 それか今日は、この辺で落ちるとか。けっこう時間も遅いけど」

惑星カレドのセドナの時間ではない。リアルの話だ。
現在時刻は既に21時近く。
飯落ち、というのは、いったんゲームをダイブアウトして、外で夕食を取るという意味だ。

「ん、んと……ぇ、と。
 ……フーガくんは、今日、まだ、やる?」
「俺はまだやるつもり。
 今日という日をそりゃあ楽しみに待ってたからな。
 ……あ、でもカノンが切り上げるなら俺も今日はいったん引っ込もうかな?
 せっかくうまいこと合流できたし、しばらくは進捗を合わせるのもいいかもしれん」

そのうち予定が合わなくなって、ソロで遊ぶようなことも増えるだろうけれど。
一緒に進められるうちは、歩幅を合わせておくのが楽しいだろう。
ソロの時は既存の資源採取に走ってもいい。
合流できた時は新しい未開地に行くとかね。

「わた……しも、今日は、まだ、やりたい。
 フーガくんとも、逢えたし。……久しぶり、だし」
「……そっか。じゃあ、飯食ったらもうちょい続けようか。
 でも、眠くなったら無理はするなよ?
 フルダイブシステムさんに怒られるぞ」

俺の場合はニューロノーツ先生だ。
最新機器に叩き起こされるなんて情けないことは……できるだけ避けたい。
熱中してると時間跳ぶからなぁ。
遠からずその危惧は現実のものになるだろう。

「だいじょうぶ。わたし、夜型、だから。
 じゃあ、また、22時くらいに?」
「りょーかい。……じゃあ、またあとで」

そう言って俺は、脱出ポット内に設えられた訪問者用の無骨な椅子――というかハードル状の腰掛け――に腰を下ろし、仮想端末を立ち上げ、この世界からの離脱ダイブアウトの手続きをする。

その様子を外から見ると、まるでポータルによる転移処理のようなことになっているだろう。
身体が微細な青白い光の粒子に包まれ、ホログラフィックなエフェクトが被さり、やがて覆いが解かれた後には光の粒子だけがあり、くるくると渦巻きながら空気中へと霧散する。
俺はまだこの世界で自分以外のプレイヤーが転移するのを見たことはないが、『犬』ではそんなエフェクトだった。

予想通り、俺の視界が徐々に白に染まり、キャラメイク時にアバターを形作られる前に感じられたような、形がないのに感触だけがあるという不思議な状態になり。
そうして、この世界から離脱ダイブアウトしようとして――

「……。」

空気中に溶けていく俺を、彼女が見ている。

その眼に浮かぶの色は、

まるで仕事に出かける親を、

引き留めようとする、幼子おさなごのようで、

もはや届くかどうかはわからないが、

白い視界の中で思わず、咄嗟の言葉を放つ。


「――すぐに、戻――


そして、視界は暗転する。



*────


そうして、

一人取り残された女は、

まるで、夢遊病者のように、

ふらふらと、歩み、

彼が腰を預けていた、無骨な腰掛けに触れる。

――

そうすること、しばし。

やがて自らの仮想端末を立ち上げ。

消えた男の後を追うかのように、

この世界から消失ダイブアウトした。
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