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一章
ウェルカムバック・ワンダラー(3)
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『続いて、生体能力の確認シーケンスを行います。
目の前に表示される仮想スクリーンから、生体能力を確認してください。』
そうして俺の前に展開される仮想スクリーンに、30数個ほどの小さな項目が表示される。
それぞれの枠に書かれている文字列は――
【 剣術 】あなたは剣の取り扱いの心得がある。
【 跳躍 】あなたは軽やかに跳ねることができる。
【 耐寒 】あなたは寒さに強くなる。
【 マーシャルアーツ 】あなたは格闘術の心得がある。
【 石工 】あなたは石工術の心得がある。
:
:
:
エトセトラ、エトセトラ。
どれも『犬』で見覚えのある技能たちだ。
レベルがあるのも同じ。魔法や超能力がないのも同じだ。
ざっくり言えば「地味でしょぼい」――人間の可能性のうちに存在する技術しか、そこにはない。
だがそれでいい。
それがいいんだ。
それらの技能一つ一つが、人間の創意工夫という水と、発展可能性という広がりを得て、驚くべき大樹に育ちあがる。
【跳躍】とかすごいぞ。
いや、敢えてこう呼ばせてもらおう。
(【跳躍】先輩……ッ!)
俺が頭の中でくだらない寸劇をしている間も、機械音声さんの解説が続く。
どうやら技能の仕様は『犬』とほとんど変わらないようだ。ありがたい。
『これらの生体機能は「技能」と呼ばれるものです。
技能は、この世界におけるあなたの身体機能や行動を補助します。
技能に関するより詳細な情報は、仮想スクリーン上部に表示されている
インフォメーションボタンよりご確認頂けます。
『技能を取得し、それを「技能スロット」にセットしている場合、
あなたはその技能に類する行為を、よりうまく行うことができます。
ただし技能による補助は「人間」の可能性の限界を容易に突破させるものではありません。
あなたは、あくまで頼りなき一個の「人間」であることにご留意下さい。
『技能を取得・セットしていなくても、あなたは当該の行動を行うことができます。
その場合、ほかならぬあなた自身の身体技術でそれを行う必要があります。
『初期取得可能な技能は「1つ」です。
技能は該当する技能に類する行動を経験することで、新たに取得できる可能性があります。
あなたはこの技能を同時に「5つ」まで組み合わせ、その補助を受けることができます。
技能は自身の拠点にて自由に換装可能です。
『技能の取得数に制限はありません。
技能の取得に必要な対価はありません。
現在表示されているすべての技能は、後に取得できる可能性が保証されています。』
――と、そんな感じらしい。
『犬』の技能の仕様を知っている人ならば、特につっかえるところもない。
当該の技能に類する行為を「よりうまく」行うことができる。
あまりにも曖昧な表現だが、フルダイブ型のVRゲームで行われる行為補助機能がいったいどんな感覚なのか、それは言葉で説明するより慣れたほうが早いだろう。
技能の取得方法や技能スロットも健在だ。
なにごとも制限があるってのは大事だ。特にゲームでは。
制限がないならば、できるだけ手広く深く多く長くやるプレイスタイルが「最善で強い」ってことになりかねない。
制限があるからこそ、無数の組み合わせのなかで「よりよい」選択を探し続けられるってものだ。
しかし……今作から初めて『犬』を始める人は戸惑うかもしれない。
そもそも剣と魔法のファンタジーじゃないVRMMOはそこそこ珍しい部類だ。
そうなると、最初に選ばれやすいのは……【剣術】【マーシャルアーツ】あたりだろうか。
最初に攻撃手段を確保しようって考えは、ある種ゲームの常識ともいえる。
ただこのゲームが『犬』のデザインを受け継いでいるのなら、戦闘行為は必ずしも必須じゃないはずだ。
『犬』の肝は、どこまで行っても、
(――生き残れば、いい)
なんなら戦う手段を持っていない方が、下手な考えを起こさない分、却って生存率は高かったかもしれない。
逃げて逃げて逃げまくっても、生き残り、資源を得て、開拓を進めることができればそれでいいのだ。
とはいえ。
「よくわからんからとりあえず剣術とっとこ」ってプレイスタイルも、決して悪いものじゃない。
その選択は決して腐ることはない。
自身の生存を脅かす先住種との遭遇に際して「闘争で打ち勝つ」選択を取ることが可能になるのだから。
それに、憧れや理想を実現できるのがゲームのいいところだ。
「開拓の最前線に立ち、剣で道を切り開く」なんて超カッコいいじゃないか。
理想を追った先にあるのが絶望とは限らないし――限らないよな、うん。
自身の生存を脅かすものが、「剣で切れるもの」であることを祈ってくれ。
俺も彼らの初デス事由が「窒息」や「病死」でないことを祈る。
……もしも【剣術】を取って絶望している新規プレイヤーがいたら優しくしよう。
ゴーイングマイウェイ。
君の楽しみ方は正しい、君は君のやりたいようにそのまま突き進め。
*────
さて、さて。
俺はどの技能を取ろうかな。
機械音声さんが述べたように、現在仮想スクリーンに列挙されているこれらの技能は、『犬』ではどれもゲームを始めて数時間もあれば取得可能な経験を得ることができたものだ。
見たところ前作になかった新しい技能や、前作で珍しかった技能、前作に存在した複合系技能――いくつかの技能を成長させていくと取得できる可能性がある高階の技能――は存在しない。
前作アバターを引き継いだ特典とか、そういうのもないようだ。
誰でも選択できる技能の中から、1つだけを選ぶ。
それがこの「フーガ」の個性の芽となるだろう。
いいねえ。
そういうの好きだよ俺は。
このゲームは役柄を演じるゲームの名を冠してはいない。
だが「フーガ」というアバターには、俺が「フーガ」であった長い年月の間に、幾層にも降り積もった思い入れがある。
できれば俺に似合った技能を与えたいところだ。
となると、【跳躍】か【投擲】あたりがいいか――
と、
そんなウィンドウショッピングを楽しむ女性のような気分|(たぶん)で提示された初期技能を眺めていた俺の目が、ふと、とある技能に留まる。
──────────────────────────────
【 装備換装 】あなたは身に着けている装備や道具を
すばやく精確に入れ替えることができる。
──────────────────────────────
*────
それは。
その技能は。
文字通り、ただ所持している装備や道具をすばやく入れ替えるというもの。
それ以上でも以下でもない。
初期技能としてなんの変哲もない。
誰でも容易に取得でき、
起こる事象も想像の範疇を出るものではない。
装備や道具の数が少ない序盤で取っても生かせない。
武器の持ち替えや装備の咄嗟の換装の必要があり、
しかもそれらが困難な状況であってこそ生きるもの。
そんな技能だ。
だが。
だが――。
*────
ピッ、という軽い電子音とともに、【装備換装】技能の枠が押下される。
押したのは当然――俺の指だ。
『初期技能として【 装備換装 】を取得します。
この技能に決定する場合は [ 確認 ] ボタンを、
訂正したい場合は [ 戻る ] ボタンを押してください。』
続けて確認ボタンを押下する。
(――俺は、いったい何をやっているんだ?)
いまこれを取っても仕方ないだろう。
いや、そうじゃない。
冷静になれ、俺。
現実を、現状を直視しろ。
ここは『犬』ではないのだ。
この世界でこれを取っても仕方ないだろう。
だが、自然と俺の――フーガの指は動いていた。
バーチャルリアリティの感動や、「フーガ」のアバターの再現ですっかり忘れていた。
脳裏に刻み込まれた、あの熱を思い出す。
記憶の奥底にしまい込んでいた、あの色を思い出す。
……ああ。
やっぱり俺は、俺でしかない。
「フーガ」というアバターが引き継がれるまでもなく、
俺は『犬』の前では、俺でしかいられない。
そのことを、どうしようもなく、理解させられてしまった。
キャラメイクを続行する旨を伝える機械音声を聞きながら。
俺は呆然と立ち尽くす。
『続いて、初期所有物の確認を行います。
目の前に表示される仮想スクリーンから、あなたが所有している道具を確認してください。』
『現在のあなたが所持している道具は「1つ」です。
この時点であなたが所有しなかった道具はすべて、今後製作できる可能性があります。
また、これらのアイテムはすべて他のプレイヤーとの自由な交換・取引が可能です。』
[ 軍用コンバットナイフ ]
[ 刃のある鉄塊 ]
[ 二対の万能磁石 ]
[ 歪んだ警棒 ]
[ 金属製の500ml魔法瓶 ]
[ 煤けた火打石 ]
[ 500ml のオキシドール消毒液 ]
[ 10Lの鉄製バケツ ]
[ バールのようなもの ] ……
そんな「いかにも原始的サバイバル」なラインナップが数十個と並ぶ中で、
俺の目はまたしても、たった一つの枠に吸い寄せられる。
そして、俺の指もまた。
『初期所有物として『100MBの白紙の本』を取得します。
このアイテムに決定する場合は [ 確認 ] ボタンを、
訂正したい場合は [ 戻る ] ボタンを押してください。』
――押下。
*────
『100MBの白紙の本』。
それは『犬』にも存在したとあるシリーズアイテムの一つで。
もしもその仕様が同じなら。
ちょっと頑張れば早期入手も可能なアイテムの一つだ。
『100MBの白紙の本』という道具は、プレイヤーがさまざまな方法で検証・測定し、自らの拠点にて自動で集積・更新される集合データバンクの中から、プレイヤーが選んだデータを100MBぶんだけこの本……というか書き込み専用のメモリーに記録・編纂することができるという電子アイテムだ。
本来通信技術が確立されていない限り拠点の外では閲覧できないそれらのデータを、この本に記録編集しておけば拠点の外でも閲覧できる。
電子データとしてインベントリに収納でき、閲覧する際もホログラムとして投影させることができるため、嵩張らないのも利点ではある。
自分だけの図鑑を作って他のプレイヤーに贈ったりする楽しみもある。
容量は食うが、動画やスクリーンショットも添付すればさらに楽しい。
というかそれがメインの使い道だ。
通信系統さえ発達してしまえば拠点の外でも己の端末からいつでも拠点のデータバンクに常時アクセスできるようになるのだから。
ちなみにより大きな容量を持つ『1GB~の白紙の本』も存在する。
それだけだ。
ただそれだけの道具だ。
*────
俺は、いったいなにを考えているんだ。
というか、なぜ初期選択できる所持品のなかに、よりにもよってこれを置いたんだ。
確かに、通信系統が使えない序盤にこそ役立つ道具ではあるが、
こんなものが、導入に置かれていなければならない理由なんてなかっただろう。
ゲーム開始時のプレイヤーは、有効な使い方なんてほとんど思いつかないだろう。
なのに、なんで――。
(――あ?)
待て。
思い出せ。
7年足らずの昔の事だ。
頑張れば思い出せるだろう。
俺が『犬』で「フーガ」をキャラメイクしたとき。
今と同じようにゲーム開始時点の所有物を一つだけ選ぶシーンがあった。
「コンバットナイフ」…「万能磁石」…「歪んだ警棒」…「金属製の水筒」…「煤けた火打石」…「10Lの鉄製バケツ」…「バールのようなもの」……
そうしたいかにも「サバイバル」なラインナップが数十個と並ぶ中で、あの時の俺はたしか『オキシドール消毒薬』を選んだけれど。
(『100MBの白紙の本』は……なかったんじゃないか?)
ということは、
『100MBの白紙の本』は、『犬2』で新しく、
初期所有物のリストの中に加え入れられたんじゃないか?
――なんのために?
(――ッ!?)
ぞわっと、五感があるがゆえの悪寒をその背に感じる。
視界が急速に狭まる。目の前に見えているものが、急速に意味を成さなくなる。
機械音声のナレーションがなにかを喋り続けているが、その意味が頭に入って来ない。
頭の中に渦巻くちりぢりの思考が、なにか形を成していく。
『犬』。
『犬』を全面的に踏襲した『犬2』の導入。
引き継がれた各種の仕様。
アバター・データの引継ぎ。
初期選択可能な技能【装備換装】。
初期選択可能なアイテム『100MBの白紙の本』。
俺は。
それらを選んだ。
導かれるように。
追われるように。
俺が俺である以上、何度やってもそれらを選んだだろう。
だってここは、あまりにも『犬』と同じだから。
『犬』であると俺は信じてしまっているから。
引き継がれたもの。
残っているもの。
だから。
かつてと同じように。
俺が、これからやることは――
『――すべての生体認証プロセスが終了しました。』
ピコンッ
軽い電子音と共に、目の前に仮想スクリーンが出現する。
そこに、メッセージの受信を通知するポップアップが表示される。
『バックグラウンドで実行されていた着陸地点決定シーケンスのすべてのタスクが完了しました。
あなたの仮想インベントリに『異世界への招待状』を転送されました。
この電子データはホログラム形式で外部に取り出し、その手に装備することができます。
あなたの『異世界への招待状』には、「着陸地点決定シーケンス」において
あなたが着陸地点として選択した地形の座標が登録されています。
このアイテムを装備することで、あなたは指定した座標に着陸することができます。
装備が完了次第、着陸地点への着陸シーケンスが開始されます。
『異世界への招待状』を装備したまま、しばらくお持ちください。』
なんということはない、それはただの電子データの装備チュートリアル。
俺は機械音声の指示に従い、電子データとして格納されたそれを、仮想インベントリから取り出す。
俺の手に、ホログラフィーで投影された『異世界への招待状』が浮かび上がる。
きっと「新生セドナ」の座標が記されているであろうその赤い表紙の薄い本には、こう書かれている。
【 Welcome back to Wandering Wonderers !! 】
(……そう、か……。)
俺は帰ってきた。
帰ってきたんだ。
あの世界に。
ワンダリング・ワンダラーズの世界に。
『『異世界への招待状』、確認。
着陸地点の地形座標、確認。
――お待たせしました。
これより当機は着陸シーケンスに移行します。
30秒後、惑星カレドの大気圏への突入を持って、
あなたの『ワンダリング・ワンダラーズ!!』が始まります。
フルダイブシステムへのアクセスに伴う転移の衝撃に備えてください。』
ここまでやれって言われてるんだ。
だったら、やるしかないよな。
どうなるかはわからない。
そうなるかはわからない。
だけどさ。
あの世界に置き忘れた俺の青春が。
あの煮え滾る熱と極彩色の世界が。
俺が手を伸ばせば、すぐそこにあるかもしれないってんなら。
『転移まであと20秒』
(――4年ぶりだぜ。……行けるかよ、俺?)
数百数千と繰り返した動作だ。
感覚は文字通り体が覚えている。
それをやるのに必要なものは、まるで俺がそれを試すことを望むかのように、ここに用意されていた。
技能【装備換装】。
仮想インベントリに保存・外部に投影可能な電子データアイテム『100MBの白紙の本』。
そして、特定座標が記録された転移用アイテム『異世界への招待状』。
これらとまったく同じ組み合わせでやったことはないが、条件は満たしている。
『犬』でなら、恐らくできる。
だから、問題は――ここが『犬』ではないってことだけだ。
『転移まであと10秒』
失敗したら――どうなるんだろう。
なにも起こらない?
それが普通だ。ここは『犬』ではないのだから。
ゲームがエラー吐いて強制シャットダウン?
それならまだいい。きちんと運営に報告だ。
できれば「不具合の不正利用」とか「意図的なクラック行為」とか、
そのたぐいの利用規約の違反に引っかかるような事態にはならないでくれ――
『5、』
こんな初対面になってすまん。
許せ、神ゲー。
俺はもう一度、お前に逢いたいんだ!
そしてすまん、俺に手紙を出してくれた「誰か」。
ちょっと寄り道してから向かわせてもらう!
約束の時間までにはきっと間に合わせるから、俺の寄り道を許してくれ!
『4、』
脱出ポッド内の揺れが激しくなる。
俺の周囲を白い光が満たし始める。
『3、』
右の手のひらに『異世界への招待状』を浮かべ、
インベントリ内に電子データとして保存されている『100MBの白紙の本』を強く意識する。
『2、』
俺の身体が白い光に包まれていく。
転移処理が始まったのだ。
『1、』
まだ早い。まだ待て。
『ゼ――』
まだ、まだ――
『――r』
――此処だッ!
(装備、換装ッ!!)
ホログラムとして投影される形で、俺の手のひらにあった『異世界への招待状』は、
それが投影された質量を持たないアイテムであるがゆえに、
「装備換装」の効果によって、概ね現実準拠な挙動として、
同じく電子データとしてインベントリ内に保存されていた、
『100MBの白紙の本』のホログラムと、瞬時に置き換わ――
そして――意識は、暗転する。
目の前に表示される仮想スクリーンから、生体能力を確認してください。』
そうして俺の前に展開される仮想スクリーンに、30数個ほどの小さな項目が表示される。
それぞれの枠に書かれている文字列は――
【 剣術 】あなたは剣の取り扱いの心得がある。
【 跳躍 】あなたは軽やかに跳ねることができる。
【 耐寒 】あなたは寒さに強くなる。
【 マーシャルアーツ 】あなたは格闘術の心得がある。
【 石工 】あなたは石工術の心得がある。
:
:
:
エトセトラ、エトセトラ。
どれも『犬』で見覚えのある技能たちだ。
レベルがあるのも同じ。魔法や超能力がないのも同じだ。
ざっくり言えば「地味でしょぼい」――人間の可能性のうちに存在する技術しか、そこにはない。
だがそれでいい。
それがいいんだ。
それらの技能一つ一つが、人間の創意工夫という水と、発展可能性という広がりを得て、驚くべき大樹に育ちあがる。
【跳躍】とかすごいぞ。
いや、敢えてこう呼ばせてもらおう。
(【跳躍】先輩……ッ!)
俺が頭の中でくだらない寸劇をしている間も、機械音声さんの解説が続く。
どうやら技能の仕様は『犬』とほとんど変わらないようだ。ありがたい。
『これらの生体機能は「技能」と呼ばれるものです。
技能は、この世界におけるあなたの身体機能や行動を補助します。
技能に関するより詳細な情報は、仮想スクリーン上部に表示されている
インフォメーションボタンよりご確認頂けます。
『技能を取得し、それを「技能スロット」にセットしている場合、
あなたはその技能に類する行為を、よりうまく行うことができます。
ただし技能による補助は「人間」の可能性の限界を容易に突破させるものではありません。
あなたは、あくまで頼りなき一個の「人間」であることにご留意下さい。
『技能を取得・セットしていなくても、あなたは当該の行動を行うことができます。
その場合、ほかならぬあなた自身の身体技術でそれを行う必要があります。
『初期取得可能な技能は「1つ」です。
技能は該当する技能に類する行動を経験することで、新たに取得できる可能性があります。
あなたはこの技能を同時に「5つ」まで組み合わせ、その補助を受けることができます。
技能は自身の拠点にて自由に換装可能です。
『技能の取得数に制限はありません。
技能の取得に必要な対価はありません。
現在表示されているすべての技能は、後に取得できる可能性が保証されています。』
――と、そんな感じらしい。
『犬』の技能の仕様を知っている人ならば、特につっかえるところもない。
当該の技能に類する行為を「よりうまく」行うことができる。
あまりにも曖昧な表現だが、フルダイブ型のVRゲームで行われる行為補助機能がいったいどんな感覚なのか、それは言葉で説明するより慣れたほうが早いだろう。
技能の取得方法や技能スロットも健在だ。
なにごとも制限があるってのは大事だ。特にゲームでは。
制限がないならば、できるだけ手広く深く多く長くやるプレイスタイルが「最善で強い」ってことになりかねない。
制限があるからこそ、無数の組み合わせのなかで「よりよい」選択を探し続けられるってものだ。
しかし……今作から初めて『犬』を始める人は戸惑うかもしれない。
そもそも剣と魔法のファンタジーじゃないVRMMOはそこそこ珍しい部類だ。
そうなると、最初に選ばれやすいのは……【剣術】【マーシャルアーツ】あたりだろうか。
最初に攻撃手段を確保しようって考えは、ある種ゲームの常識ともいえる。
ただこのゲームが『犬』のデザインを受け継いでいるのなら、戦闘行為は必ずしも必須じゃないはずだ。
『犬』の肝は、どこまで行っても、
(――生き残れば、いい)
なんなら戦う手段を持っていない方が、下手な考えを起こさない分、却って生存率は高かったかもしれない。
逃げて逃げて逃げまくっても、生き残り、資源を得て、開拓を進めることができればそれでいいのだ。
とはいえ。
「よくわからんからとりあえず剣術とっとこ」ってプレイスタイルも、決して悪いものじゃない。
その選択は決して腐ることはない。
自身の生存を脅かす先住種との遭遇に際して「闘争で打ち勝つ」選択を取ることが可能になるのだから。
それに、憧れや理想を実現できるのがゲームのいいところだ。
「開拓の最前線に立ち、剣で道を切り開く」なんて超カッコいいじゃないか。
理想を追った先にあるのが絶望とは限らないし――限らないよな、うん。
自身の生存を脅かすものが、「剣で切れるもの」であることを祈ってくれ。
俺も彼らの初デス事由が「窒息」や「病死」でないことを祈る。
……もしも【剣術】を取って絶望している新規プレイヤーがいたら優しくしよう。
ゴーイングマイウェイ。
君の楽しみ方は正しい、君は君のやりたいようにそのまま突き進め。
*────
さて、さて。
俺はどの技能を取ろうかな。
機械音声さんが述べたように、現在仮想スクリーンに列挙されているこれらの技能は、『犬』ではどれもゲームを始めて数時間もあれば取得可能な経験を得ることができたものだ。
見たところ前作になかった新しい技能や、前作で珍しかった技能、前作に存在した複合系技能――いくつかの技能を成長させていくと取得できる可能性がある高階の技能――は存在しない。
前作アバターを引き継いだ特典とか、そういうのもないようだ。
誰でも選択できる技能の中から、1つだけを選ぶ。
それがこの「フーガ」の個性の芽となるだろう。
いいねえ。
そういうの好きだよ俺は。
このゲームは役柄を演じるゲームの名を冠してはいない。
だが「フーガ」というアバターには、俺が「フーガ」であった長い年月の間に、幾層にも降り積もった思い入れがある。
できれば俺に似合った技能を与えたいところだ。
となると、【跳躍】か【投擲】あたりがいいか――
と、
そんなウィンドウショッピングを楽しむ女性のような気分|(たぶん)で提示された初期技能を眺めていた俺の目が、ふと、とある技能に留まる。
──────────────────────────────
【 装備換装 】あなたは身に着けている装備や道具を
すばやく精確に入れ替えることができる。
──────────────────────────────
*────
それは。
その技能は。
文字通り、ただ所持している装備や道具をすばやく入れ替えるというもの。
それ以上でも以下でもない。
初期技能としてなんの変哲もない。
誰でも容易に取得でき、
起こる事象も想像の範疇を出るものではない。
装備や道具の数が少ない序盤で取っても生かせない。
武器の持ち替えや装備の咄嗟の換装の必要があり、
しかもそれらが困難な状況であってこそ生きるもの。
そんな技能だ。
だが。
だが――。
*────
ピッ、という軽い電子音とともに、【装備換装】技能の枠が押下される。
押したのは当然――俺の指だ。
『初期技能として【 装備換装 】を取得します。
この技能に決定する場合は [ 確認 ] ボタンを、
訂正したい場合は [ 戻る ] ボタンを押してください。』
続けて確認ボタンを押下する。
(――俺は、いったい何をやっているんだ?)
いまこれを取っても仕方ないだろう。
いや、そうじゃない。
冷静になれ、俺。
現実を、現状を直視しろ。
ここは『犬』ではないのだ。
この世界でこれを取っても仕方ないだろう。
だが、自然と俺の――フーガの指は動いていた。
バーチャルリアリティの感動や、「フーガ」のアバターの再現ですっかり忘れていた。
脳裏に刻み込まれた、あの熱を思い出す。
記憶の奥底にしまい込んでいた、あの色を思い出す。
……ああ。
やっぱり俺は、俺でしかない。
「フーガ」というアバターが引き継がれるまでもなく、
俺は『犬』の前では、俺でしかいられない。
そのことを、どうしようもなく、理解させられてしまった。
キャラメイクを続行する旨を伝える機械音声を聞きながら。
俺は呆然と立ち尽くす。
『続いて、初期所有物の確認を行います。
目の前に表示される仮想スクリーンから、あなたが所有している道具を確認してください。』
『現在のあなたが所持している道具は「1つ」です。
この時点であなたが所有しなかった道具はすべて、今後製作できる可能性があります。
また、これらのアイテムはすべて他のプレイヤーとの自由な交換・取引が可能です。』
[ 軍用コンバットナイフ ]
[ 刃のある鉄塊 ]
[ 二対の万能磁石 ]
[ 歪んだ警棒 ]
[ 金属製の500ml魔法瓶 ]
[ 煤けた火打石 ]
[ 500ml のオキシドール消毒液 ]
[ 10Lの鉄製バケツ ]
[ バールのようなもの ] ……
そんな「いかにも原始的サバイバル」なラインナップが数十個と並ぶ中で、
俺の目はまたしても、たった一つの枠に吸い寄せられる。
そして、俺の指もまた。
『初期所有物として『100MBの白紙の本』を取得します。
このアイテムに決定する場合は [ 確認 ] ボタンを、
訂正したい場合は [ 戻る ] ボタンを押してください。』
――押下。
*────
『100MBの白紙の本』。
それは『犬』にも存在したとあるシリーズアイテムの一つで。
もしもその仕様が同じなら。
ちょっと頑張れば早期入手も可能なアイテムの一つだ。
『100MBの白紙の本』という道具は、プレイヤーがさまざまな方法で検証・測定し、自らの拠点にて自動で集積・更新される集合データバンクの中から、プレイヤーが選んだデータを100MBぶんだけこの本……というか書き込み専用のメモリーに記録・編纂することができるという電子アイテムだ。
本来通信技術が確立されていない限り拠点の外では閲覧できないそれらのデータを、この本に記録編集しておけば拠点の外でも閲覧できる。
電子データとしてインベントリに収納でき、閲覧する際もホログラムとして投影させることができるため、嵩張らないのも利点ではある。
自分だけの図鑑を作って他のプレイヤーに贈ったりする楽しみもある。
容量は食うが、動画やスクリーンショットも添付すればさらに楽しい。
というかそれがメインの使い道だ。
通信系統さえ発達してしまえば拠点の外でも己の端末からいつでも拠点のデータバンクに常時アクセスできるようになるのだから。
ちなみにより大きな容量を持つ『1GB~の白紙の本』も存在する。
それだけだ。
ただそれだけの道具だ。
*────
俺は、いったいなにを考えているんだ。
というか、なぜ初期選択できる所持品のなかに、よりにもよってこれを置いたんだ。
確かに、通信系統が使えない序盤にこそ役立つ道具ではあるが、
こんなものが、導入に置かれていなければならない理由なんてなかっただろう。
ゲーム開始時のプレイヤーは、有効な使い方なんてほとんど思いつかないだろう。
なのに、なんで――。
(――あ?)
待て。
思い出せ。
7年足らずの昔の事だ。
頑張れば思い出せるだろう。
俺が『犬』で「フーガ」をキャラメイクしたとき。
今と同じようにゲーム開始時点の所有物を一つだけ選ぶシーンがあった。
「コンバットナイフ」…「万能磁石」…「歪んだ警棒」…「金属製の水筒」…「煤けた火打石」…「10Lの鉄製バケツ」…「バールのようなもの」……
そうしたいかにも「サバイバル」なラインナップが数十個と並ぶ中で、あの時の俺はたしか『オキシドール消毒薬』を選んだけれど。
(『100MBの白紙の本』は……なかったんじゃないか?)
ということは、
『100MBの白紙の本』は、『犬2』で新しく、
初期所有物のリストの中に加え入れられたんじゃないか?
――なんのために?
(――ッ!?)
ぞわっと、五感があるがゆえの悪寒をその背に感じる。
視界が急速に狭まる。目の前に見えているものが、急速に意味を成さなくなる。
機械音声のナレーションがなにかを喋り続けているが、その意味が頭に入って来ない。
頭の中に渦巻くちりぢりの思考が、なにか形を成していく。
『犬』。
『犬』を全面的に踏襲した『犬2』の導入。
引き継がれた各種の仕様。
アバター・データの引継ぎ。
初期選択可能な技能【装備換装】。
初期選択可能なアイテム『100MBの白紙の本』。
俺は。
それらを選んだ。
導かれるように。
追われるように。
俺が俺である以上、何度やってもそれらを選んだだろう。
だってここは、あまりにも『犬』と同じだから。
『犬』であると俺は信じてしまっているから。
引き継がれたもの。
残っているもの。
だから。
かつてと同じように。
俺が、これからやることは――
『――すべての生体認証プロセスが終了しました。』
ピコンッ
軽い電子音と共に、目の前に仮想スクリーンが出現する。
そこに、メッセージの受信を通知するポップアップが表示される。
『バックグラウンドで実行されていた着陸地点決定シーケンスのすべてのタスクが完了しました。
あなたの仮想インベントリに『異世界への招待状』を転送されました。
この電子データはホログラム形式で外部に取り出し、その手に装備することができます。
あなたの『異世界への招待状』には、「着陸地点決定シーケンス」において
あなたが着陸地点として選択した地形の座標が登録されています。
このアイテムを装備することで、あなたは指定した座標に着陸することができます。
装備が完了次第、着陸地点への着陸シーケンスが開始されます。
『異世界への招待状』を装備したまま、しばらくお持ちください。』
なんということはない、それはただの電子データの装備チュートリアル。
俺は機械音声の指示に従い、電子データとして格納されたそれを、仮想インベントリから取り出す。
俺の手に、ホログラフィーで投影された『異世界への招待状』が浮かび上がる。
きっと「新生セドナ」の座標が記されているであろうその赤い表紙の薄い本には、こう書かれている。
【 Welcome back to Wandering Wonderers !! 】
(……そう、か……。)
俺は帰ってきた。
帰ってきたんだ。
あの世界に。
ワンダリング・ワンダラーズの世界に。
『『異世界への招待状』、確認。
着陸地点の地形座標、確認。
――お待たせしました。
これより当機は着陸シーケンスに移行します。
30秒後、惑星カレドの大気圏への突入を持って、
あなたの『ワンダリング・ワンダラーズ!!』が始まります。
フルダイブシステムへのアクセスに伴う転移の衝撃に備えてください。』
ここまでやれって言われてるんだ。
だったら、やるしかないよな。
どうなるかはわからない。
そうなるかはわからない。
だけどさ。
あの世界に置き忘れた俺の青春が。
あの煮え滾る熱と極彩色の世界が。
俺が手を伸ばせば、すぐそこにあるかもしれないってんなら。
『転移まであと20秒』
(――4年ぶりだぜ。……行けるかよ、俺?)
数百数千と繰り返した動作だ。
感覚は文字通り体が覚えている。
それをやるのに必要なものは、まるで俺がそれを試すことを望むかのように、ここに用意されていた。
技能【装備換装】。
仮想インベントリに保存・外部に投影可能な電子データアイテム『100MBの白紙の本』。
そして、特定座標が記録された転移用アイテム『異世界への招待状』。
これらとまったく同じ組み合わせでやったことはないが、条件は満たしている。
『犬』でなら、恐らくできる。
だから、問題は――ここが『犬』ではないってことだけだ。
『転移まであと10秒』
失敗したら――どうなるんだろう。
なにも起こらない?
それが普通だ。ここは『犬』ではないのだから。
ゲームがエラー吐いて強制シャットダウン?
それならまだいい。きちんと運営に報告だ。
できれば「不具合の不正利用」とか「意図的なクラック行為」とか、
そのたぐいの利用規約の違反に引っかかるような事態にはならないでくれ――
『5、』
こんな初対面になってすまん。
許せ、神ゲー。
俺はもう一度、お前に逢いたいんだ!
そしてすまん、俺に手紙を出してくれた「誰か」。
ちょっと寄り道してから向かわせてもらう!
約束の時間までにはきっと間に合わせるから、俺の寄り道を許してくれ!
『4、』
脱出ポッド内の揺れが激しくなる。
俺の周囲を白い光が満たし始める。
『3、』
右の手のひらに『異世界への招待状』を浮かべ、
インベントリ内に電子データとして保存されている『100MBの白紙の本』を強く意識する。
『2、』
俺の身体が白い光に包まれていく。
転移処理が始まったのだ。
『1、』
まだ早い。まだ待て。
『ゼ――』
まだ、まだ――
『――r』
――此処だッ!
(装備、換装ッ!!)
ホログラムとして投影される形で、俺の手のひらにあった『異世界への招待状』は、
それが投影された質量を持たないアイテムであるがゆえに、
「装備換装」の効果によって、概ね現実準拠な挙動として、
同じく電子データとしてインベントリ内に保存されていた、
『100MBの白紙の本』のホログラムと、瞬時に置き換わ――
そして――意識は、暗転する。
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