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第十九話 「物事は一途な気持ちが無くては成就しない」
しおりを挟む根岸鎮衛著 「耳嚢」巻之一
「物は一途に無之候では成就なき事」より
全ての物事は、たとえ神仏に祈ったとしても、一途な気持ちが無ければ叶わないのが道理である。
僅かな初穂を神に捧げて祈る農夫の心は真剣であり一途である、その捧げ物の多い少ないは関係がない。
銭十二銭の灯明料もその身分によることだ。
大阪の道頓堀の河原に、乞食同様の恰好で加持祈祷、まじないをする出家がいた。
その霊験あらたかな出家は、その後江戸へ下ったという。
大阪に足の不自由な男がいた。
「俺は、まだ若いのに足が不自由で残念だ、どうにかしてそのご出家のまじないで足を治してもらいたいものだ、そうだ、俺もご出家の後を追って江戸へ行こう・・・」
もとより金など持っていない男は、乞食同様に物乞いをしながら江戸へと向かった。
やっと江戸にたどり着いた男が出家を探すと、人々が「まじないをするご出家が来たぞ!」と言って集まっている所に出くわした。
足の不自由な男もその人だかりの中に入って、出家と対面した。
「貴方様は、大阪道頓堀におられたご出家ではございませんか?」
「ああ、そうじゃ、いかにもその出家じゃが・・・」
「長年あなた様を探しておりました、どうかご出家の加持祈祷で私の足を歩けるようにしてください・・・」
男が頼むと、出家は意外なことを言った。
「なるほど、まじないをしてやってもいいが・・・・何を布施(謝礼)に出す?」
これを聞いた男は大変に怒った。
「ああ、今まで苦労をしてこの出家を尋ねて来たのが馬鹿らしくなった、聞いていたのとは全く違う強欲坊主だ!俺の姿を見て分かるだろう、俺は乞食になって江戸までやって来て、今は往来の人からの御恵みで命を繋いでいる身なのだ、どうしてお布施にするようなものがあろうか!」
男の言葉を聞いて、出家はからからと笑った。
「人にものを頼むからには、その気持ちが一途でなければ、神仏のご利益などあろうはずがないではないか。それ・・・お前さんが持っている桶の中に汚らわしい食い物が残っているであろう、それを布施にしたらどうじゃな?」
男は手に持っている桶の中に、路上で人々から恵んでもらった食い残しの飯が残っているのに気が付いた。
「・・・・なるほど、このご出家の言うのももっともだ、この食い物は汚らわしいものだが、俺の命を繋ぐのに必要なものだ・・・しかしながら、これを布施にしよう」
「・・・その気持ちが大事なのじゃ」
男が残飯を差し出すと、出家はそれに水をかけて一粒残らず食った。
「それでは加持祈祷をしてしんぜよう」
出家はなにか呪文を唱えてから男に向かって言った。
「汝の決心のうえには神仏の御加護がある、さあ、今ここで立ってみよ」
男がおそるおそる立ち上がると、何の苦も無く歩けるようになっていたということだ。
ご書院番、小納戸役などを務めた水野日向守近儀が語った話をここに記す。
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