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第六十話 「小野次郎右衛門遠流の事 附 御免にて被召帰事」
しおりを挟む根岸鎮衛著 「耳嚢」 巻之一
「小野次郎右衛門遠流の事 附 御免にて被召帰事」より
愚かな者が両国橋の近くで、
「我は剣術無双の者である、誰とでも真剣での立ち合いを申し受ける、斬り殺しても沙汰は無用」
という挑発的な看板を出し、対戦相手を募っていた。
これに見物人が殺到して、腕に覚えのある者達が試合を申し込んだが、その男を斬れた者はいなかった。
逆に木刀で打ち負かされた者達が彼の弟子となり、江戸の話題をさらっていた。
将軍家剣術指南で小野派一刀流の小野次郎右衛門が聞き及び、
「このような愚かな者を天下の御膝元たる江戸に跋扈させているのもつまらない」
そう考え、門弟を引き連れてその興行を見物に行った。
桟敷より男の試合の様子を見て、門弟一同がその剣術の拙さに微笑していたところ、男が二郎右衛門に気付き、大いに憤って詰め寄る。
「どうして笑うことがあるか、看板にも書いてある通り、誰とでも真剣にて勝負をいたすぞ!笑う気持ちがあるなら我と立ち合い申されよ!」
と次郎右衛門を罵り始めた。
見物人の一人が「あの桟敷においでの方は、将軍家剣術指南の小野次郎右衛門様でございますよ・・・・」
そう注意をしたが男は、「たとえ将軍家御師範だろうと何を恐れることがあろうか」と言って聞き入れない。
次郎右衛門も、そこまで侮辱されては引き下がるわけにはいかない、仕方なく下へ降りて、
「そこまで言うならお立合い申そう・・・」
そう言って、鉄扇を取り出す。
男が刀を清眼に構え初太刀を振り下ろすところを、鮮やかな早業で次郎右衛門の鉄扇が男の眉間を打ち砕く。
男はそのままあっけなく死んでしまった。
その話が徳川三代将軍・家光公のお耳に入り、「師範たる者の行状に非ず」として、遠島を申し付けられてしまう。
その後、次郎右衛門が流された先でこんな出来事があった。
畑の瓜や西瓜を盗み食いしていた盗人が島の百姓達に見つかり、捕らえようとした百姓達を大勢疵付け、小屋に立て籠もるという事件が発生した。
盗人は、立て籠もった小屋の周りに西瓜の皮を並べ、捕り手が足を滑らせ転ぶところを斬り付け、多数の死傷者が出る。
どうにも手に負えず、百姓たちが次郎右衛門の所に駆けつけ、事件を解決して欲しいと頼み込む。
次郎右衛門は、百姓達の頼みを軽く承諾し、脇差一本を差して駆けつける。
「賊は小屋の周りに西瓜の皮を並べております、足元が悪いので用心してください」
そう忠告されたのも聞き流して、小屋に近づいた次郎右衛門はあっけなく西瓜の皮に足をとられ、仰向けにひっくり返ってしまった。
そこに待ち伏せしていた賊が飛び出して、拝み打ちに斬りかかる。
しかしさすがは天下の一刀流、その刃を避けながら脇差を上へと払うと盗人の両腕は胴体から離れて宙に飛ぶ。
賊は駆けつけた捕り手に召し捕られて事件は解決した。
この話が江戸表にも聞こえ、将軍・家光公から赦しが出て、次郎右衛門は即座に江戸に召し返され元の禄を下されることになった。
江戸に帰った次郎右衛門は家光公の御前に呼び出される。
「お主は遠島の間剣術の稽古を怠っていただろう、余は日々剣術の修行を欠かしておらぬぞ、とうだ、ここで勝負をしないか」
家光公が言う。
すぐにその場に毛氈が敷かれ、家光公が木刀を構えると、次郎右衛門は毛氈の端に手をついて畏まっている。
家光公が木刀を振り上げ次郎右衛門を打とうとした瞬間、次郎右衛門が毛氈の端を掴んで思い切り引いたため家光公は後ろにひっくり返ってしまった。
家光公は、いよいよ感心しその後も小野派一刀流を修行し続けたという。
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