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第二十九話 「箱根にて死したる者に逢ふ事」
しおりを挟む「善悪報ばなし」:編著者不詳 元禄年間板行
「箱根にて死したる者に逢ふ事」より
若狭の男が武州へ下る際、箱根の橿木坂(かしのきざか)を通った時の事。
ふと傍らを見ると五、六畳敷ほどの地面から黒煙が上がり燃えている部分があった。
奇怪なことだ・・・と、その男が見ていると、その炎の中に背丈が三~五尺ほどの黒いものが見える。
・・・いよいよ怪しいものだ、と思いながら足早に通り過ぎようとする時、その黒いものが自分の名を呼ぶではないか。
こんな場所に来て、自分の名前を呼ぶものがあるとは思いもしなかったので、ギョッとして後ろを振り返ると、その黒いものが手を伸ばして自分を招いているのだった。
男は少しその場に留まり、その黒いものに向かって言う。
「俺の名を呼ぶお前は一体何者だ、俺に何の用だ・・・・」
「俺は、越前の次郎作だ・・・三年前に死んだのをお前も知っているだろう、俺が生きている時に小浜でお前に銭百文の貸しがあったな・・・まだ返してもらっていないので、今ここで会えたのは幸いだ、あの時の金を返してくれ!」
・・・黒いものはそう言って男を罵り出した。
男は次郎作から借金をしたことをはっきりと覚えていたが、ここで返すのも惜しくなったので、そのまま通り過ぎようとした。
しか、一町ばかりも歩くと、とたんに足がすくんで一歩も動けなくなる。
慌てて戻ろうとするが戻ることもできない。
・・・・一体どういうことだ。
そう思っていると、また真っ黒な男が出てきて、
「・・・なぜ俺の言うことを聞かずに行こうとする、あの金を今ここで返さなければお前を取り殺すぞ・・・」
そう言って男の前に立ち塞がる。
男が仕方なく銭を払うと、真っ黒い男は消えて居なくなり、男の足も動くようになった。
・・・このようなことを思えば、この世で借りた金を返さないようなことをすると、来世で返済することになるというのも真実かもしれない。
この話をしてくれた人は、これは天に誓って実際にあった事だと言っていた。
・・・・箱根の「橿木坂」(かしのきざか)は、現存する地名だとか・・・。
現在もその場所が判っているというのは、なんとなく小説や映画等よりリアリティがあって怖かったりします(笑)
描写されている「炎に焼かれている真っ黒い人間」というビジュアルは、ハリウッド映画「サイレントヒル」に出でくるモンスターを思い出しました。
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