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墓前に捧げる血闘 ~愛を貫く若侍の剣~【六】

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 丹之介は頬に伝う涙を拭うと袴の股立を大きく取り、浅葱色の柄糸を平巻きにした刀の柄に手をかけて叫んだ。

 「・・・・武井殿、いざ尋常に勝負!」

 しばらく思考が停止したように押し黙っていた武井武左衛門であったが、以外にも落ち着きを払った声で、笑みさえ浮かべて言った。

 「・・・・なるほど、よく判った・・・確かに貴殿の言うとおりだ、これは仇討ちに相違ないな」

 「わたくしは、貴方様にかけらほどの恨みもございません・・・心願が成就しましたら、わたくしもこの場で自害し、すぐに大右衛門様の元に参る心積もりでございます・・・・そのために卒塔婆も建てておいたのでございます」

 「・・・その心意気よく判った!しかし仇討ちとなれば俺も容赦はしない・・・全力で当たる・・・・そう心得て欲しい・・・」

 「それはもとより承知のうえ!・・・さあ、武井殿、勝負!」

 武井が刀の鞘を払い正眼の構えとったのを合図にして、丹之介が上段から踏み込んで初太刀を振り下ろす!
 武術に優れた武左衛門は、丹之介の太刀筋を見通して左に素早く体をかわし、返す刀で横ざまに斬りつける。

  ・・・・シュンッ・・・・

 丹之介の美しい頬がザックリと斬られ血が流れ落ちる。

 「ぐううっ!」

 低い唸り声を上げ、丹之介が体格差を逆手に取り武左衛門の足元をに狙いをつけ、したたかに腿を斬りつける。
 武左衛門の袴の右股が大きく切れ、鮮血が流れ出る・・・・手応えのある一撃だった。

 武左衛門はよろめきながらも、脇構えから丹之介の肘を狙う。

 互いに日頃鍛えた剣の技を全て出し尽くしての血闘!

 ・・・・既に二人とも五箇所ほどの疵を受けている。

 しかし決め手となる一撃が出せず、双方の肩や膝、肘を血に染めながら激しい白刃の応酬が続く。

 血闘は四半刻しはんとき程も続いた・・・丹之介も武左衛門も全身鮮血に染まり、顔は死人のように真っ青になりながらも、目だけばギラギラと異様な輝きを見せ相手の一挙手一投足を必死に注視しているのだ。


 ・・・・と武左衛門がガックリと膝をついた。

 出血が酷く、ついに立っている事が出来なくなったのである。

 丹之介はその好機を逃さず、よろめきながらも武左衛門の胸先めがけて刀を突き出すが、そのきっさきは宙を泳ぎ、逆に武左衛門の二尺五寸が左の脇腹に深々と突き刺さる。

 ・・・もはや吹き出る鮮血も弱々しく、タラタラと丹之介の膝を伝って流れ落ちる。

 ・・・・互いにもう精根尽き果て動けない・・・足元に血の池を作りらながら、武左衛門が息も絶え絶えにかろうじて言葉を吐き出す。

 「・・・・も、もはやこれまで・・・俺も存命はおぼつかない・・・が、そなたも同じであろう?」

 丹之介は朦朧とした意識の中で首を縦に振った・・・声を出すのも苦しいのだ。

 「・・・そなたもよくやった・・・ここで・・・潔く刺し違えようぞ・・・・」

 丹之介は激しい出血でかすむ、ほとんど見えない目で武左衛門を凝視するとニッコリと微笑み、かろうじて一言だけ言葉を発する。

 「・・・はい・・・・」

 二人は最後の力を振り絞って刀を引き、ほとんど同時に互いの左胸を突き通したのだった。

 そのまま抱き合うようにして大右衛門の墓前に倒れ込む血に染まった二人・・・・。


 丹之介の殆ど見えなくなった霞んだ目に、うっすらと愛しい大右衛門が微笑んでいるのが見えた・・・確かに彼にはそう見えたのだ。


  ~~ 完 ~~


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