上 下
2 / 55

第ニ話 不思議な村の第一印象 ~どこか心に引っかかる違和感の正体~

しおりを挟む
  


 「ほれ、おまえさん、着いたぞ・・・起きんさい!」

 ・・・幸介はいつの間にかウトウトと居眠りをしていたようだった。

 彼が目を覚ますと、遠くの谷あいに小さな村落が陽炎にゆらめいて見えていた。

 ・・・あれが目指す「目名来村めなきむら」なのだろう。


 青々とした水田が美しい、のどかな山村である。
 三方を山に囲まれた、低い谷地に存在するその村落はいかにも不便な場所で、幸介が目を覚ました峠の頂から、さらに八町ほども下る細道が村へと続く唯一の交通路のようだった。

 ・・・伝説によく聞く「隠れ里」とか、平家の落人おちうど村というのは、まさにこういう村なんだろうな・・・

 今までの交通の便の悪さ、そして実際にその目で見た目名来村は、まさに仙境という印象だった。
 ・・・と同時に、他の村々と隔絶したこの村の住人は、ほとんどが代々この土地に住み着いている土着の人達なのだろうと容易に想像された。

 こういう閉鎖的な村には、往々にして独特の風習や習慣が残っているものだ。


 「悪いがこの先は歩いて行ってくれ、ワシはあの村には入りたくないのでな・・・もしワシに何かあったらかかあが泣きよるでな、ワハハッ!」

 人の良さそうな農夫がちょっと冗談めかして笑った意味が幸介には分からず、やや不思議に思ったが、このまま峠を下って七、八町ほどの距離だ・・・大した苦ににはならない。
 幸介は事前に約束した料金にほんの少し酒手を加えて農夫に渡すと、彼は何度も例を言い、喜んで今来た道のりを帰って行った。

 「・・・・いやぁ、これは想像した以上の田舎だな・・・町へ出るにも一日かかりだ、まったくエラいところに来たな、ここからはとうとう歩きか・・・」

 幸介はそう言いながらも、元気な足取りで峠の一本道を下り「目名来村」の中へと入っていった。


 ごくありふれた、田んぼや畑に囲まれた山村、しかし幸介はちょっとした違和感を持つ。
 幸介が村に入ると、炎天下のなか、田んぼや畑で農作業をしている村人達が、みな手を止めてジッと彼の方を凝視するのだ。

 どの顔も、田や畑の雑草を取っている手を止め、かがめていた腰を伸ばして幸介の方を眺めているのである!
 まさか洋服を着た男が珍しいというわけでもあるまい。

 その顔は無表情で、頭を下げて幸介に向って挨拶もしなければ、逆に敵意を持っている様子もない・・・ただ、やや驚いたようにジッと彼を凝視しているのが妙な感じだ。


 ・・・ちょっとヘンな村だな、でも人の交流が少ない田舎の村なんて言うのは案外こんなものかも知れないな、僕は彼らにとってはよそ者なんだから・・・

 幸介は、村に入った途端感じた視線をそう解釈したが、それでもまだ心のどこかに引っかかるものがあった。


 しばし村の中を歩いていると・・・彼はハッと気が付く・・・・その違和感の正体に!

 この村で農作業をしている村人は女性が目立つのである!彼の視界に入っている、およそ二十人ほどの村人の実に十五、六人は女なのだ!
 二十代ほどの若い女から腰の曲がった老婆まで、その年齢もまちまちだが、明らかに女が多い!

 ・・・間違いなくそう言っていい。


 男もポツポツと・・・数人いるにはいたが、彼らは老人が四十代ほどの年齢で、不思議なことに皆、陰気な暗い顔をしていた。
 幸介は村の入り口からまっすぐに伸びた道を歩きながら辺りを見回す。
 村の西はずれのちょっと小高い場所にある平屋の殺風景な小さな建物、外見からしておそらくはあれが目名来村の役場に違いない。

 ・・・峠の上から見た時は山に囲まれていたせいが随分と小さく見えたけど、中に入ってみると意外と広い村だなぁ・・・


 幸介が改めてグルリと村の周囲を見回すと、村役場らしい西の建物とは反対方向の東の山の中腹に、ひときわ立派な屋敷が建っているのが目に飛び込んでくる。

 山肌に張り付くように石垣を積み上げた、戦国時代の城塞のようにも見える威風堂々とした大きな屋敷が、ちょうど村を睥睨へいげいするようにそびえ立っているのである!

 ・・・あれは!・・・随分と大きな家だな!おそらくはこの土地の名主とか庄屋さんを務めていたような家なのかな?

 幸介はジッとこちらをみている村人の視線を一瞬忘れて、その壮大な屋敷に見入っていたが、まずは役場に顔を出すのが先決であると思い出す。
 彼は、舗装もされていない村の広路を、革靴が砂埃だらけになるのも気にせずスタスタと足早に歩み、田の草取りをしていた三十代くらいの女性に声をかける。


 「あの、わたくしは東京からきました小田切と言うものです、目名来村めなきむら役場は・・・あの、丘の上にある平屋の建物でしょうかね?」

 場違いに背広を着た、東京から来た者だと名乗った幸介に声を掛けられ、野良着に日除けの編み笠を被った色白の主婦は、ちょっと緊張した声で答える。

 「・・・東京から?・・・と、いいますと、今度新しく村役場に来なさった官員さんですか?」

 「・・・ええ、そうです・・・新聞広告で募集していたのを見て応募しましてね、こちらの村役場でお世話になることになりました小田切と申します、どうぞよろしくお願いいたします」

 幸介が形の崩れたカンカン帽を脱いで丁寧にお辞儀をすると、その主婦は急いで田んぼから出て、自分も編み笠を脱いでペコペコとお辞儀を返す。

 「そうでしたか!貴方が・・・わざわざ東京から!・・・ご苦労様でございます、いま役場から人を呼んでまいりますから・・・その間、どうぞウチで休んでいってください、むさ苦しい所ですが・・・」

 農作業に明け暮れる田舎の女性には意外なほど白い肌と、やや小太りのムッチリとした体が健康的な女性だった。

 彼女は、幸介のことを役場に配属になった官員だと聞き、さかんに恐縮しているようだった。
 昭和四年のその頃は、もう東京などはそうでもないが、田舎の村ではまだ「お役人」というと、旧弊な価値観が残っている村人達は畏敬の念を示すものだ。

 それでもやや不自然なほどに、心なしか火照ったような・・・興奮したような顔で幸介の顔や体つきをジロジロと無遠慮に眺める視線が、幸介にはちょっとした違和感として残ったのである。

 ・・・まるで自分のことを、外国人かなにかのように見るその視線がいかにも不思議なのだ。




しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

早く惚れてよ、怖がりナツ

ぱんなこった。
BL
幼少期のトラウマのせいで男性が怖くて苦手な男子高校生1年の那月(なつ)16歳。女友達はいるものの、男子と上手く話す事すらできず、ずっと周りに煙たがられていた。 このままではダメだと、高校でこそ克服しようと思いつつも何度も玉砕してしまう。 そしてある日、そんな那月をからかってきた同級生達に襲われそうになった時、偶然3年生の彩世(いろせ)がやってくる。 一見、真面目で大人しそうな彩世は、那月を助けてくれて… 那月は初めて、男子…それも先輩とまともに言葉を交わす。 ツンデレ溺愛先輩×男が怖い年下後輩 《表紙はフリーイラスト@oekakimikasuke様のものをお借りしました》

【完結】一回ヤッたら溺愛されました〜甘えたがりの甘え下手〜

大竹あやめ
BL
「そうだ、お前ら付き合っちゃえば?」友人からそう言われ、なんだかんだと同棲することになった駿太郎と友嗣。駿太郎は理性的で大人なお付き合いをしたかったのに、友嗣は正反対の性格だった。下半身も頭も緩い、しかもバイセクシャルの友嗣に、駿太郎は住まいだけ提供するつもりだったのに、一回ヤッてみろという友人の言葉を信じた友嗣にホテルに誘われる。 身体を重ねている途中で、急に優しくなった友嗣。そんな友嗣に駿太郎も次第に心を開いて……。 お互い甘えたがりなのに甘え下手な、不器用な大人のメンズラブ。

俺の異世界先は激重魔導騎士の懐の中

油淋丼
BL
少女漫画のような人生を送っていたクラスメイトがある日突然命を落とした。 背景の一部のようなモブは、卒業式の前日に事故に遭った。 魔王候補の一人として無能力のまま召喚され、魔物達に混じりこっそりと元の世界に戻る方法を探す。 魔物の脅威である魔導騎士は、不思議と初対面のようには感じなかった。 少女漫画のようなヒーローが本当に好きだったのは、モブ君だった。 異世界に転生したヒーローは、前世も含めて長年片思いをして愛が激重に変化した。 今度こそ必ず捕らえて囲って愛す事を誓います。 激重愛魔導最強転生騎士×魔王候補無能力転移モブ

性奴隷は泣かない〜現代ファンタジーBL〜

月歌(ツキウタ)
BL
性奴隷として生きた青年の物語です。 完結しました。

Tragedian ~番を失ったオメガの悲劇的な恋愛劇~

nao@そのエラー完結
BL
オメガの唯一の幸福は、富裕層やエリートに多いとされるアルファと、運命の番となることであり、番にさえなれば、発情期は抑制され、ベータには味わえない相思相愛の幸せな家庭を築くことが可能である、などという、ロマンチズムにも似た呪縛だけだった。 けれど、だからこそ、番に棄てられたオメガほど、惨めなものはない。

生まれる前から好きでした。

BL
極力目立たないように静かに暮らしてきた高校生の相澤和真の前に突然現れた年下の容姿端麗な男、三峰汐音。彼は前世の記憶があり、和真を自分が前世で護衛をしていた王女の生まれ変わりなどだと打ち明ける。王女の面影を追って和真を一途に慕う汐音に和真の生活は乱されていく。汐音の出現で和真の唯一の友人である福井奏の様子もどこかおかしくなってきた。年下男から一途に愛される生まれ変わりラブ。

できそこないの幸せ

さくら怜音
BL
溺愛・腹黒ヤンデレ×病弱な俺様わんこ 主人公総愛され *** 現役高校生でありながらロックバンド「WINGS」として地道に音楽活動を続けている、今西光と相羽勝行。 父親の虐待から助けてくれた親友・勝行の義弟として生きることを選んだ光は、生まれつき心臓に病を抱えて闘病中。大学受験を控えながらも、光を過保護に構う勝行の優しさに甘えてばかりの日々。 ある日四つ葉のクローバー伝説を聞いた光は、勝行にプレゼントしたくて自分も探し始める。だがそう簡単には見つからず、病弱な身体は悲鳴をあげてしまう。 音楽活動の相棒として、義兄弟として、互いの手を取り生涯寄り添うことを選んだ二人の純愛青春物語。 ★★★ WINGSシリーズ本編第2部 ★★★ 高校3年生の物語を収録しています。 ▶本編Ⅰ 背徳の堕天使 全2巻 (kindle電子書籍)の続編になります。読めない方向けににあらすじをつけています。 冒頭の人物紹介&あらすじページには内容のネタバレも含まれますのでご注意ください。 ※前作「両翼少年協奏曲」とは同じ時系列の話です 視点や展開が多少異なります。単品でも楽しめますが、できれば両方ご覧いただけると嬉しいです ※主人公は被虐待のトラウマを抱えています。軽度な暴力シーンがあります。苦手な方はご注意くだださい。

【R18】聖処女騎士アルゼリーテの受難

濡羽ぬるる
ファンタジー
清楚な銀髪少女騎士アルゼリーテは、オークの大軍勢に屈し、犯されてしまいます。どんなに引き裂かれても即時回復するチート能力のおかげで、何度でも復活する処女を破られ続け、淫らな汁にまみれながらメスに堕ちていくのです。

処理中です...