ヒトの世界にて

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外伝6 【守護者―ハッタリ―】

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「……ロス! お……ゼ……!」

 声が聞こえてくる、優しい女性のような美しさを表す様な柔らかな声ではない。
 これは脂ぎった中年男性の声だ。
 こういうのって綺麗で美しい女性の声で目覚めて欲しいものだろう、恋人のいない寂しい自分に目覚めの声をかけるならそうあって欲しい。

「……いや、流石に目覚めが悪いだろ」

 そう思ったか、呟いたか、自分でも解らない。
 でも心地のよい目覚めってとても大事だと思う、兵士が先に倒してしまうとは言えコルキスという城壁の中に住んでいても怪獣は襲ってくるし、豊かな資源のあるコルキスは恵まれているが故に裏で犯罪者が多い。
 だから爽やかな目覚めっていうほんの少しの幸せくらい享受したっていいじゃないか――

「今は授業中だゼロス! 起きろ!!」
「おぉ!?」

 頭を丸めたノートでぽこん、と叩かれて目が覚める。
 辺りからはくすくすと笑い声が聞こえる、視界に入ってくるのは見慣れた教室の中で隣では丸めたノートで手のひらをポンポンとしている小太りの数学教師が笑顔で自分を見つめていた。

「ゼ~ロス? 私の授業はそんなに目覚めが悪いかぁ~?」
「あ、いや……えっと……美女のモーニングコールには勝てないと思う、けど?」
「よ~し美女より綺麗な数式を沢山見れるようにお前にたっぷり宿題を出してやろうかぁ?」
「うげ」

 流石に予想外の追撃にエンスとエルフのハーフであるゼロスは目を泳がせるのだった。



「ゼロス、ちょっとゼロス」
「ん? ああエニュオか」

 授業が終わって欠伸をしながら教室を出ると後ろから幼馴染であるエニュオが話しかけてくる。

「授業中に居眠りなんて珍しいわね……昨日寝てないの?」
「ああ、父さんが遺跡から何か変なのを見つけてね……その研究で徹夜しちゃったんだ」
「パラスおじさんが?」
「うん、これから父さんの所へ行くんだけどエニュオもくる?」
「うん、遺跡で見つけた物ってどんなの?」
「えっとね……」

 昨日見せてもらった物はとても不思議な物だった。
 手のひらより少し大きな、恐らく握って使うであろう武器らしき物。
 ボタンが数個あり何れを押しても聞いたことのない声らしき物が聞こえるだけ。

「どこにあったの? そんなもの……」
「それがさ、遺跡の瓦礫に人と一緒に埋まってたんだ」
「ひ、人と!?」
「うん、その時は鎧を着た人が埋まってて掘り起こした途端鎧が消えて残ったのは死体とその武器のような物、だけだったんだ……人はエンスだったんだけど瓦礫に埋もれた時に死んだっぽくて死体は埋葬したんだけど……」
「……ねぇ、死体って言ってたけど遺跡に鎧を着て潜った人が死んだってことじゃないの?」
「俺も最初はそう思ったんだけど……その遺跡って調査が始まったばっかりでさ、何百年も瓦礫を動かした形跡が無かったらしいんだ」

 しかしそれでは矛盾が起きる。
 何百年も瓦礫の下に埋まっていたとしてその死体は死後何百年も体がそのままだったことになる。


「鎧に何か仕掛けがあったのかな?」
「うーん、そうだとしても鎧は消えちゃったしなぁ……と、着いた着いた。父さ~ん」
「おお? おぉゼロスにエニュオちゃんかぁ! いらっしゃい、今お茶淹れるヨオ」

 話しながら父親の待っている研究室に着いた。
 ドアを開ければ派手な白衣を着てサングラスをかけたエルフの男性が二人に手を振っている。
 この初老の男性がパラス、ゼロスの父親で遺跡調査の権威ある男だ。

「父さん、お茶もいいけどアレを見せてくれよ。アレから何かわかった?」
「んお? おぉアレか! それがんなぁにも解んないのじゃよ。ほれいじってみ」

 パラスから例の武器を受け取る。
 事前にゼロスが言っていた通り、握る部分がありボタンが何個かある。
 真珠の様に白い部分と金色の装飾が何処か美しく感じるが綺麗、というより不思議な色合いをしている。

「これが……?」
「うん、えっとここを押すと喋るんだよ」
『Information. please register your biometric information……Start registration』
「わ、本当だ……なんて言ってるの?」
「それが全然解らない、先端にちょっと出てるトゲがあるんだけど……」
「最初は殴る威力を補強する武器なのかと思ったんじゃが、使ってみても木の板一つ割れんかったわい」

 手で掴んで使う、と言うのは何となく解る。
 しかしそこから先がどうにも解らない、武器として使えるのかそれとも他の使い道があるのか。

「あ」
「ん? どうかした?」
「今、中のトゲが少し動いた様な気がして……」
「え!?」
「な、何ぃ!?」

 エニュオの言葉に二人がトゲの収納されている部分を覗き込む。

「お、おいゼロス! お前さっきボタン押したじゃろ!? もう一回押してみろ!」
「お、おう……!」
『Information. please register your biometric information……Start registration』

 先ほどと同じようにボタンを押してから様子を見る、すると言葉が終わって3秒後に勢い良く一瞬だけトゲが飛び出して元に戻った。

「うおおおおお!?」
「ちょ、父さんこれ、もしかするとこれで殴るのかも! なんか殴っていいのある!?」
「お、おぉうこれこれ、この木の板さっき実験してワシが拳痛めたやつ!」
「何やってんだ父さん……よし、エニュオ。少し下がってて」
「う、うん……」

 机の上に放り込んであった木の板をパラスが持ってその場に立つ。
 どの位威力が出るのかは解らないがとりあえずエニュオを少し下がらせておく。
 そしてボタンを押してから護身術として教師に教わっていた格闘技の構えをする。

『Information. please register your biometric information……Start registration』
「タイミングは……ここ!」

 タイミングはきっちり3秒、正拳で突く要領で木の板にトゲが当たる様に当てる。
 パァン、と乾いた音と共に木の板に大きなへこみが出来上がった。
 その音にエニュオは目を丸くする。
 しかし、男二人の反応は違ったものだった。

『Error biometric information could not be obtained』
「わ……!」
「……え? こんなもん?」
「そ、そうじゃの……? 思った以上に威力無かったの……?」

 エンスであるエニュオにとっては木の板をへこませるなど簡単には出来ないだろう。
 しかしこの程度の木の板なら獣人や怪獣と戦う人なら簡単に割ることが出来る。
 木の板のへこみに驚いたがエニュオだって魔法を使えば木の板を割る事は簡単だ。
 古代の兵器を使ってそれすらもできないとなるととんだ期待外れになってしまう。

「ワシ、これで新しい論文とか作ろうとしたんじゃが……?」
「論文所か悪人退治にも役に立たなそうだよな……」
「え、えぇ~と……」

 何とも言えない結果に微妙な沈黙ができたのだった。



「あ~あ、もうこんな時間になっちゃったよ……父さん、少しは整理しなよ」
「すまんすまん、ど~にも整理整頓は苦手でなぁ」

 日も沈んだ時間帯、公園の近くをゼロスとパラスが歩いている。
 帰り道が途中違うエニュオとも別れて二人で帰路についていた。
 遺跡で拾ったあのアイテムの使い道は結局解らないまま、何か衝撃を与える事ができるのだろうが、どうにも実戦で使える様な威力ではなかった。

「あれって結局何だったんだろうな……」
「う~ん……あの鎧を呼び出す魔法があるのかもしれんが、その方法が解らんことにはなぁ」
「だよなぁ、使い道が解らないってのがどう、にも……?」

 ふと、視界の端で何かが動いた。
 公園の方で黒い人型の影が何かを運んでいる。
 そんな様子が視界に映ったのだ。
 黒い影は人にしては妙に線が太く筋肉質な人なのが解る。

「どしたん?」
「嫌、あれ……なにやってんだ?」

 日も沈んでしまった故に公園の様子は良く見えない。
 しかし朧気ではあるがその様子を確認していると。

「ひ、人じゃ! 人が引きずられて運ばれておる!」
「何だって!? おいお前! なにやってるんだ!?」

 公園の柵を乗り越えて影に駆け寄る。
 黒い影はゼロスの声に耳を貸すことも無く倒れている人を引きずる様に移動させている、ゼロスに声を掛けられても無視をしまるで意に介してない。
 そんな姿に少し腹を立てながら近寄ると黒い影は男の様で奇妙な装飾品を付けている。

「おい、何をして――う!?」
「な、なんじゃ!? 魔族、なのか!?」

 そんな誰も居ない公園で黒い影の肩を掴む。
 ぐるり、と振り向いたその姿をみた二人の表情が凍り付いた。
 遠くから見たシルエットは人の物だったのだがその表情は人の物とはかけ離れていた。
 まずは目、不気味な赤黒い目が八つありそのどれもに眼球ではなく前後に移動する先端にガラス玉の付いた筒の様な物が埋め込まれている様だった。
 そして体はよく見ると金属で出来た手足に腕の様なモノが巻き付いており、これがこの怪物を筋肉質に見せていたのだ。

「シャー!!」

 怪物の口が”横”に開く、その中身には鋸の様な鉄の牙がある。
 濁った紫色の唾液が地面に滴り落ちると土が溶けて異臭と煙が上がる。
 この蜘蛛の様な怪物に引きずられていたのは顔面を食いちぎられている男性で既に事切れている。

「な、あ――!?」
「ゼロス!!」

 あまりの光景に固まっていたゼロスの胸を蜘蛛の怪物の腕が貫こうとする。
 一早くその動きを察したパラスのタックルで突き飛ばし二人は地面を転がる様に攻撃を回避した。

「と、父さん!?」
「逃げるんじゃ!! このサイボーグ正気じゃないぞ!!」

 サイボーグ、そう言われてようやく頭に思考が走り始める。
 全身を機械で覆っている蜘蛛の怪物は二人に殺気を孕んだ視線を向けている。
 このままここに居れば、確実に殺される。
 言葉にされなくても解る、空気が背筋に氷の刃を突き立てるほど不気味なサイボーグは一歩、こちらに足を動かした。

「うわあああああああ!!」

 その瞬間、二人は脇目も振らずに走り出した。
 此処に居ては確実に殺される、足が無くなったっていい、走って走ってあのサイボーグから逃げなくてはならない。
 背後から迫ってくるかの確認をしている余裕すら無い、そのまま恐怖に駆られて走り抜けることしか出来なかった。

「何だ? 見られたのか?」

 闇夜の中から一人の男が現れた。
 頭を丸いガラスの様な物で覆っており痩躯で機械改造をされたローブの男、その名は。

「ヴァ、ヴァルカン……様?」
「人体改造は強力な力を与える分その判断力を奪うのが欠点だな。あの二人の顔は覚えてるか?」
「は、はい……匂いも……覚えて、ます」
「よかろう、なら殺せ。家族も全員だ方法は好きにしろ」
「はっ」



「ん、あぁ……」

 朝日の眩しさに目が覚める。
 良かった、生きている、昨日の蜘蛛の化け物は自分達を追ってこなかったのだろう。
 あの後逃げ帰ったゼロスとパラスは家族の顔を見た安心感から一気に走った疲労が襲い掛かってきて夕飯を食べる間も無く泥の様に眠ってしまった。
 時計を見ると普段の時間より少し遅めに起きた様で少し寝すぎたのか体が固まってしまっている。

「何だったんだよ。昨日のあれ……」

 脳裏に焼き付いた地獄の様な光景、その光景を思い出して思わずため息が出てしまう。
 あんな事が現実としてあり得るのだろうか、人が蜘蛛の化け物に撲殺される事が、普通の街の中で。

「お兄ちゃ~ん? 朝ごはんできたわよ~?」
「おっと? ああ解ったよニケ、今起きる~」

 妹からの声に目が覚めてくる、昨日の事はきっと何かの間違いだ、そう思考を放棄してゼロスは起き上がる。

「おはよう、ニケ」
「お兄ちゃん、珍しくお寝坊ね」
「ああ悪い悪い、父さんと母さんは?」
「二人とも仕事だよ、お母さんは午前中に帰ってくるって」
「そっか、じゃあ俺も朝飯食べちゃおうかな」

 椅子に座って何時も見ている朝ご飯に安心してしまう。
 トースト、サラダ、ベーコン、スクランブルエッグにコーヒー。
 ちょっと贅沢な朝ご飯でゼロスは喉の渇きを潤すためにとりあえずコーヒーから口に付けようとする。
 コーヒーの香ばしい香りが脳を活性化させて目がしっかりと覚めてくる。
 それ故にマグカップを持ったまま考え込んでしまった。

(……昨日のあれは、見間違えでも夢でもない。本当にあった事なんだ……問題は何故、誰があんな事をしたのか、と言う事だろう……狂ったサイボーグが暴走しただけだったのか? 嫌、あんなサンボーグ見たことが無い、戦闘特化にしたってあの武装は怪獣を倒すことを想定ているとは到底思えない……一体何を目的にあんな――)
「わ!」
「う、お!?」

 考え込んでいるゼロスの姿がぼんやりしてる様に見えたのだろう。
 ニケが無邪気に背後からゼロスを脅かす。
 完全に油断していたからか思わずマグカップを落としてしまう。
 中に入っていたコーヒーが床にぶちまけられてマグカップが音を立てて割れる。

「あ、ご、ごめんなさい」
「こ、こらニケ……悪戯も大概に――ぐ!? ニケ! 水持ってこい!」

 ぶちまけられたコーヒーが何故か発火を始める。
 唐突な事態にこれ以上炎上しない様にと消火を急ぐのだった。



「……ほれゼロス、これじゃ」
「これは?」
「怪獣の体内にある毒の成分に近い、このコーヒーを飲んでいたら内臓が焼けただれていたぞ」

 消火をした後割れたマグカップに残っていたコーヒーを持って学校のパラスの所へ来た。
 最低限の道具があるのでそこでコーヒーの成分を調べにきたのだ。

「怪獣毒は普通は持ち込めるものではない、ニケがこれを使うことは不可能じゃな」
「そもそもニケを疑う理由は無いだろ」
「可能性の話じゃよ、家の中に誰かが入ってきてお主の飲むコーヒーにこの毒をいれたんじゃろ……それも、其奴は我々の想像を遥かに越えた存在じゃ」
「想像を、遥かに越えた……それって昨日のあいつみたいな……!?」
「……そうかも知れんな、ゼロス。警備隊に話しに行くぞ、何かの間違いだと思いたかったが仕事をしている場合では無い様じゃな」

 荷物をまとめて風光走機のカギを取る。
 相手の正体が解らない以上どこまで信じて貰えるかは解らない。
 それこそ最悪幻覚だと言われてしまうかも知れない。
 しかしそれでも、二度も命を狙われているのだ、偶然と片づける訳にはいかない。

「よし、行くぞゼロス」
「わかった、父さん」

 何時次の手が二人を襲うか解らない。
 辺りを警戒しながら風光走機に乗り込む。
 朝の状況からして相手は音もなく忍び寄り刃を喉元に突き立てようとしているのだろう。
 そう思うと常に誰かに見られている気がするし視界の端にちょっとでも動きがあるとついその方向を見てしまう。

「ゼロス、落ち着くんじゃ。なるべく普段通りにしろ」
「ご、ごめん……」
「いいか? 相手に自分の恐怖心を悟られてはいかん。恐怖心を感じ取られればあっさりとやられてしまうものじゃ。相手が正体不明の怪獣等と戦う時の心得じゃよ」
「……分かった」

 あの蜘蛛の化け物はどちらかと言うと怪獣の様な恐ろしさを感じた。
 学校に通う以上怪獣との戦いを見せてもらった事もある。
 遠く離れた位置からでも恐ろしい怪獣の殺気が感じられて震える程だった。
 あの殺気を放つものが、何処かで自分を見ていると考えるとそれだけで身震いしてしまう。

「ここから風光走機で約10分……最短で走るぞ」

 風光走機を起動し二人が乗り込む。
 風光走機は速度が出てしまえば馬並みに早く走れるのだ、追手が来ても十分逃げ切れるだろう。

「結局、あの化け物は何なんだろう……」
「解らぬ、しかし普通の技術で作られたサイボーグとは思えんな……そもそもサイボーグは無くなった手足を補うための技術じゃ。実生活位なら不便なく過ごせるが戦いに使えるサイボーグパーツ等聞いたことがないわい」

 サイボーグの技術は怪獣との戦いや事故で手足を失った人が日常生活を送るために使う物だ。
 戦闘行為を行える程のサイボーグパーツはまだ作られてなく、蜘蛛の化け物に使われているサイボーグパーツは今までの人類が使っていた技術とは全く違うものだろう。
 何処の誰が、何の目的で、あの様な怪物を作ったのだろうか。

「……よし、この山を越えれば街中じゃな」
「うん、警備隊の支部も俺達の家もあるから直ぐに母さんやニケと合流できる、よな?」

 風光走機を走らせ始めるとあっという間に山奥へ移動し更に走り続けられる。
 馬と同等に動けるのにエネルギーが尽きない限り走り続けられる風光走機に乗っていると少しだけ安心でき、心が休まる。

「安心せい、きっと大丈夫じゃよ。わしらがあの怪物を何とかする手口を掴むんじゃ、よいな?」
「あ、あぁ……う、お?」

 ガタン、と一瞬風光走機が揺れた。
 小石でも踏んでしまったのだろうか、しかし少しだけ風光走機の速度が落ちている。
 まるで、重めの人が一人、乗り込んだ様な――

「と、父さん! あいつだ!」
「な、なんじゃと!?」

 風光走機の後ろパーツに太い蜘蛛の糸が巻き付けられていた。
 その蜘蛛の糸を伝ってあの蜘蛛の化け物が此方に確実に近づいてくる。

「糸を切るんじゃ!」
「やってる! でもダガーじゃ切れない!」

どの様な繊維で編まれた糸か解らないが鋼のダガーを突き立てても金属音と共に弾かれてしまう。
 何度も何度もダガーを突き立てても糸に傷すら付かずむしろダガーが欠けてしまった。

「くそ、ゼロス! 捕まっておれ!」
「う、おお!?」

 ハンドルを思いっきり切り山肌ギリギリで走る。
 勿論糸でぶら下がっていた蜘蛛の怪物は遠心力で山肌にぶつかる。
 しかし風光走機の影響で蜘蛛の化け物は山肌を削りながら、それでもなお此方に確実に糸を伝ってくる。

「シャー!」
「く、そ! ぐあ!?」
「ゼロス!? ぐ、か、はぁ!?」

 ダガーを突き立ててやろうと手をだしたゼロスを片手一本であしらう様にはね除けパラスの首を締め上げる。
 獣人以上の怪力によってミシミシと骨の軋む音が聞こえハンドル操作もおぼつかなくなる。
 そんな状態でまともに走れる筈もなく、風光走機は当たり前の様に山を歩く者への安全の為に立てられた柵を壊しながら乗り越えて崖から落下していく。

「後は……家族だ……」

 最後に、蜘蛛の化け物がそういって素早く風光走機から離れていった。



「ぐ、ぁ、ぐうぅ……!?」

 焦げた匂いと共にパラスは意識を取り戻した。
 木々の燃える音が聞こえる、自分の視界が半分赤く霞んでいる、頭から流れた血が右目を覆っている。

「ぜ、ゼロス……無事、か? ……ゼロス!?」

 近くにゼロスが倒れているのを見つけた。
 しかし呼吸をしていない、崖から落ちたショックで心臓が止まった様だ。

「い、いか――ん……? くっ」

 数歩の距離だが立ち上がって駆け寄ろうとしたがそこで自分の体の違和感に気がついた。
 下半身の感覚が無い。
 否、感覚ではない、恐らく今の自分は腰から下が無くなっている。
 自分は助からない、そう瞬時に思える程の重症だった。

「く、うぅ……せめて、せめてゼロス、を……」

 力の入らなくなってきている腕で何とか這いずりゼロスの近くへ近寄る。
 落ち方が良かったのか、それとも蜘蛛の化け物にはね除けられた時に座席に転がり込んだのが良かったのか、ゼロスには見た限り大きな怪我は無かった様だ。

「一度、でもいい……ゼロスの、心臓に、刺激、を……」

 そう思ったがゼロスの近くに行くのが精一杯だった。
 もう意識も消えかけている。
 力無くゼロスの左胸を叩いてもこれではなんの効果も無いだろう。

「ざ、残念……じゃ、最後にあの、遺跡の、武器の正体も、わから……そ、そうじゃ……!」

 懐から遺跡で拾ったあの武器を取り出す。
 震える手で何とかボタンを押し武器を起動させる。
 木の板をへこませる程の威力があったのだから、心臓に刺激を送ることぐらいできる筈だ。

『Information. please register your biometric information……Start registration』
「たの、む……これで、ゼロスを……!」

 トゲの出る部分をゼロスの左胸に当てる、そして三秒経つとバン、という大きな音と共にゼロスが跳ね上がる程の衝撃が遺跡の武器から放たれる。
 まるで医療用の電気ショックを与えたかの様に一瞬だけ全身が動いた。

「ごほ!? がは!? ごほごほ!?」
『biometric information……Recognition completed。language、統一を、start』
「な、なに……? はは、そ、そうか……この、武器は、人に……使ってから……」

 咳き込むゼロスを他所に遺跡の武器から音声が聞こえてくる。
 しかも一瞬だが聞き覚えのある言語での言葉が聞こえた、それがあの時見たような鎧へ繋がるのなら、きっとあの蜘蛛の化け物にも勝てる筈だ。

「ゼロス、よ……後を、頼んだ、ぞ……」
「ぐ、は……がは、ごほ……なん、だ? なにが、起こったんだ……全身が、痛ぇ……」

 肩で呼吸をしながらゼロスが起き上がる。
 腕に何かが乗っている感触がして、とりあえずその物体に触れると。

「これは、あ!? と、父さん!? 父さんは無――」

 辺りを見渡して、驚きのあまり呼吸が止まった。
 ゼロスが辺りを見渡して見た物は、薙ぎ倒された木々、砕けて爆発し炎を上げる風光走機、そして、下半身が無くなって息絶えているパラスだった。

「とう、さん……? 父さん? お、おい……なに寝てるんだよ。は、早く母さんとニケを助けに行かないと……」

 嫌な冗談だ辺りに広がる焦げた臭いと血の臭いに息が詰まりそうになる。
 目の前の光景を理解する事を何時の間にか拒否している、だってそうだろう、仲の良かった親が目の前で死んでいるなんて。
 そんな事はもっともっと未来の話しだと思っていた、大人になって自分も結婚して孫を見せて子供が巣立ったら釣りでもしながら馬鹿な話をして老衰で死んでいってその時にやっと覚悟が決まるものだと思っていたのに。
 こんな、こんなあっさり大切な人が消えるなんて、予想できるものじゃない。

「父さん、父さん……起きて、起きて、くれよ……俺、俺どうすれば、いいんだよ……!」
『language……統一完了した、今後は新言語による会話を行う』
「だ、誰だ!?」

 男の声が聞こえた。
 感情の起伏の少ない、人とは思えない声だ。

『第15世代型対兵器用強化服転送装置のAIだ。ゼロス、君のDNAデータを会得し少し記憶を見せてもらい言語の同期を行った、君はこのガジェットを使う権利が与えられる』
「な、何を言ってるんだ……? っていうか普通に俺達の言葉で喋れたのかお前!?」
『喋れるようになったのは今だ、君達の使う言語とこちらの使っていた言語はニュアンスが若干違うようで生体情報を得るまで言語の再編成が出来なかったからだ……そんな事より早くこの場を離れるべきだ、あのサイボーグが戻ってくるかも知れない』
「で、でも父さんが……」
『残酷だが君の死んだ、見ればわかるだろう』
「まだ熱があるんだ……! 俺の手に、まだ父さんの皺が増えてきた手の感触が、あるんだ……!」
『パラスの遺言を聞いた、後を頼んだ、と言っていた』
「そ、れは……」

 何を頼まれたのかは、考えなくても解っていた。
 それならば、こんな場所で立ち止まってる訳には行かない。
 先に進まなければならない、一秒でも無駄にしている時間は無いのだから。



 沢山の悲鳴が、聞こえていた。
 早く母と妹を助けねばと思っていたのにその足が止まった。
 燃える自分の家と血まみれの腕を広げている蜘蛛の化け物を見てしまった。

『遅かったか』
「母さん、ニケ……」

 山道を歩いて帰る事になった為にかなり時間をかけてしまったのもあるのだろう。
 辺りに倒れている人達の中には警備隊の人も含まれている、抵抗した後はあるのだがあの蜘蛛の化け物には分が悪かったのだろう。

「シャー!!」
「いやあああ!?」
「っ!? エニュオ!!」

 蜘蛛の化け物の腕がエニュオの元へ向かっていた。
 恐らく家が燃えていると聞いて様子を見に来たのだろう。
 そんな彼女に飛びかかる様にして何とか蜘蛛の化け物の攻撃から身を守る。

「ゼ、ゼロス!? 大変なの! おば様が! ニケちゃんが……!」
「……ああ、解っている。逃げよう、あんな化け物どうしようもない」
『いや、ここは戦うべきだ』
「え? それ、喋ってる、の?」
「何言ってるんだ!? あんなのにどうやって!?」

 警備隊の武器も通用してない、警備隊の武器は対怪獣用と対人用に作られているのでその両方が通用してないのは見ればわかる。
 しかし、切り札を持っているのはゼロスの方だ。

『装着するのだ、ティターンスーツを』
「ティターン……スーツ?」
「ゼロス! またあいつが来る!」
「シャー!!」
「うおっと!?」

 蜘蛛の化け物は標的をゼロスに変えた様で六本の腕をゼロスに突き刺そうとしてくる。
 転がる様に回避する事で少しだけ蜘蛛の化け物と距離ができた。

『天にこの装置を掲げてボタンを押すんだ、そうすれば戦うために必要な鎧を装着する事ができる』
「鎧……!? そうか、父さんの言っていた……!」

 最初にこの武器を発見した時、持ち主は鎧を着ていたと言っていた。

「俺が鎧を着る事ができるのか!?」
『君の生体情報を会得した、正確には君しか着る事ができない。君がティターンスーツを使ってあの化け物と戦うんだ。そうしなければ被害が広がる一方だろう、今の人類にあの化け物を倒せる程の武器は存在しない様だ』
「俺……が……?」

 体が震える。
 戦う? 自分が、あの化け物と?
 ただの一般人の学生が生死をかけて戦えというのだ。
 怪獣とも違う、未知の脅威と、戦わなくてはならない。

(怖い……ああ、正直怖いさ……でも、俺しかいないのなら。俺しか守れないのなら……俺が!)

 父パラスの言葉が脳裏に過る。
 相手に自分の恐怖心を悟られてはいかん、恐怖心を感じ取られればあっさりとやられてしまうものじゃ。
 そうだ、恐れている暇はない、ハッタリでいい、カッコつけでいい。
 子供の時から憧れていたアルケイデス王の様に、強く戦う英雄を演じればいい。
 だから、自分じゃない誰かになって恐怖心を抑え込みたい。

「解った、やってやるさ」
『では、今一度皮膚に先を当てろ、承認を完了させてガジェットのボタンを押せばティターンスーツを使える』
「ああ!」
『biometric information Authentication completed.titan suit to start』

 手のひらに打ち付ける様に生体承認を完了する。
 そしてガジェットを天高くに向けて叫んだ。

「転身……!」

 ボタンを押すと美しい青白い光がゼロスを包み込む。
 頭から足先へと光が移動しその光が無くなった時、ゼロスは白い鎧を着た戦士へと変わっていた。

『Attachment completion』
「ゼロス……?」
「なんだぁ……? なんだ、それは?」
「……変わった! 行くぞ!」

 一歩、走り出した瞬間に先ず驚きが勝った。
 こんな重そうな全身鎧を着込んでいるのに重さを一切感じない。
 それにこのティターンスーツの使い方が全て解る、それ故にこの力が確実に相手を倒せるモノだと言うのが解った。

「シャー!!」
「ぐ!? うおおお!?」

 警告と共に蜘蛛の化け物の腕がゼロスを突き刺そうとする。
 ゼロスはその警告通りあっさりと蜘蛛の化け物の腕を掴んだのだがその腕が回転を始めた。
 ティターンスーツで強化された握力は回転する腕が火花を上げようとも何とも無い。

「う、おりゃあ!!」
「ぐぎゃあああ!?」

 蜘蛛の化け物の腹部に蹴りを入れながら掴んだ腕を思いっきり引っ張る。
 今の人類が使っているサイボーグパーツより強固な腕が金属部分と共に引き千切れきりもみ回転をしながら吹き飛び建物の壁を打ち壊す。

「す、凄い……」
「……こりゃ、強すぎるな」

 感嘆の声を呟くように絞り出すエニュオに対してゼロスはこのティターンスーツの力に恐ろしさを感じていた。
 自分の様な怪獣とのまともな戦闘経験の無い素人が怪物を圧倒する力を手に入れている。
 恐ろしい力だ、しかし今はその力に感謝しなくてならない。

「父さんと、母さんと……ニケの敵だ!」
「うがあああああ!!」

 瓦礫を跳ねのけて立ち上がった蜘蛛の化け物を見て転身する時に使ったガジェット、ティターンスーツを着た時に得た情報で言うとタイタンブレスレットを変形させて右腕に装着する。

『Titan smash ready』

 腰を低く落とし右腕を肩の上付近、左腕を右脇腹の付近に構え力を溜める。
 こんなポーズをする必要は本来無いのだが何時自分の中で緊張の糸が切れるか解らない。
 相手が自分の恐怖心を理解する前に、このティターンスーツの力を完全に理解する前に押し切らねばならない。

「殺す、殺ぉすううううう!!」
「う、らあ!!」

 蜘蛛の化け物がゼロスに殺意を向けて走る中、ティターンスーツの右腕と右足にエネルギーが補給される。
 タイタンスマッシュ、そう機能説明されたこのスーツでできる一番威力の高い攻撃。
 腕にエネルギーを纏わせて相手に最初の一撃を送り込む。
 この時腕に纏っていたエネルギーを全て蜘蛛の化け物に送り込む、このエネルギーは相手の動きを止めると同時に次の一撃への布石だ。

「ぐえ!? が、ああ!?」
「お、りゃああああ!!」
「が、ぐぎ!? あ、あああああああああ!?」

 そして今度は右足で飛び蹴りの様に蜘蛛の化け物を蹴り穿つ。
 この時にも足に溜めていたエネルギーを相手に流し込む。
 流し込んだ二つのエネルギーが蜘蛛の化け物の中で合わさり膨大な熱量になる、その熱量が限界を超えて蜘蛛の化け物は爆音と共に爆発した。

「……お、終わった、のか?」
『ああ、あのスペックのサイボーグに粒子と反粒子の衝突には耐えられない筈だ』
「お、おお……よく分かんねぇけど不吉な一撃な気がするぞこの攻撃」
「ゼロス……」

 脅威が無くなったのに、それでも先ほどの恐怖が残っているのか震えながらそれでもエニュオはゼロスの元へ歩み寄ってくれる。

「エニュオ、大丈夫だったか?」
「うん……でも、ゼロスの方こそ、大丈夫?」
「……俺は、そうだな。今は、解んないよ」

 燃える自分の家を、何処か夢の様にぼんやり見つめる。
 これがまだ、始まりでしかないというのはこの場に居る誰もが知りえない事だった。



「……ほお、はは、はっはっはっはっはっ!!」
「何だやかましい……騒ぐなヴァルカン」

 コルキスにある地下施設の一つでヴァルカンが高笑いを上げた。
 その声にしかめっ面で一人の男性が入ってくる。
 他の対放射線改造手術とは違う、最初から戦闘向けに作られた旧人類最強の戦力。
 その名は――

「マルスか、これが騒がずに居られるか……どの様な手段を使ったか知らんが儂の作った改造戦士を劣化人類が倒したのだ」
「ほお、衰退人がお前の改造戦士を……? それほどまでにヨクトシステムを使いこなし始めたのか?」
「あのシステムは確かに劣化人類の意思で進化が可能だ……これは面白くなってきた、マルスよ。怪獣の発生原因の調査はどうなっている?」
「あれか、一通り目星は付いたがこのボディの燃費では調査には向かない……何か代わりのボディはないか?」
「ん? そうさな、あの女の作った人形のプロトボディがある筈だ、使うがいい。こっちは次の改造戦士を作らねばならんから手助けは出来んぞ」
「手助けなどいらん、プロトボディなら怪獣と戦うのにもスペックは十分だろう、使わせてもらう」

 その会話を最後に、マルスはヴァルカンの元を離れていく。
 マルス自身は彼の研究成果にはあまり興味はない、しかし今の人類が強くなるのなら話は別だ。

「使いこなしてみろ……ヨクトシステムを、そして戦えるようになって見せろ……我の、我の渇きを潤して見せろ……」

 歪んだ笑みを見せるマルスの言葉を聞く者は誰も居ない。
 もし居たとしても、言葉を投げかける事は無いだろ。
 戦いに飢えた狂人は、もう英雄ではないのだから。
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