ヒトの世界にて

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9話 【形—ニンギョウ—】

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「おぉ……こんな本まであるんですね、今日のおかず20選」

 自分の3倍は高い本棚に収まっている一冊を取り出してローデが思わず呟く。
 今ローデがいるのはキプロの街、クラトスを乗員に迎えたスパルの村からアルゴナウタイで一週間程の場所だ。
 このキプロの街は300年以上も前から本の街として有名で世界各地の様々な本が納品されているとの事だった。

「これは、遺跡の本……ディータさんは喜ぶかな? でも実地調査派って言っていた様な……?」

 ローデは今一人でこのキプロの街にある中央本屋に来ている。
 アルゴナウタイの娯楽データとして文字を読むのも好きなのだがやっぱりこういった紙の本が欲しくなってしまう。

「後は……あ、そういえばイアソン王自伝の新刊が出てた様な……! ん?」

 色々な本を物色していると目を疑う光景があった。
 一見すると人の姿をしているのだが関節部分には球体の部品、陶磁器で作られた肌、植物繊維で作られた髪、つまり人形が勝手に動いて、その上喋っていた。
 大きさはローデと同じくらいで無機質な外見をしているのに人の言葉を流暢に喋っている。

「おい、パンの作り方はこの本に書いてあるのか?」
「は、はい……初心者向けのパン作りの本はこれですけど……」
「よし、金額はこれで足りっか?」

 店員も困惑しているが人形は自分達と同じ様にお金を払い少々口悪く買い物をしている。

「は、はい……」
「よーし、んじゃ釣りはいらねーぜー」
「え!? お、お客様……!?」

 銅貨2枚で買える本に対しその10倍くらい価値のある金貨を置いて行く。
 流石に金額に差がありすぎるので店員が呼び止めようとするが全く意にも介さず去っていってしまう。

「え、えぇ~……どうしようこれ……私離れられないし」
「あ、あの……呼び戻してきましょうか?」

 流石に見かねたローデが店員に一声かける。

「あ、ありがとう~……流石にお店離れるのは店長に怒られちゃうかもだし。えっとこれがおつりで——」
「す、すいま、せん……ここ、ここに、ゼェ、はぁ……人形が、ゲホ、おえ……」
「わ、大丈夫ですか……!?」

 細身でメガネをかけたカバの様な顔の大男、オーク族がふらふらになりながら走ってくる。
 普段から運動をしてないのか、それとも走りすぎたのか体力自慢のオーク族にしては珍しく咳き込みながら本屋のカウンターに手をついて荒い呼吸を繰り返している。

「……人形って、さっきの?」
「はぁ、はぁ……や、やっぱりここに来てたのか……ガラテアの奴、急にパンを作りたいだなんて……」
「えっと……あのお人形さんは一体……」
「あ、あぁ……あれは僕の発明品なんだけど……えっと、本を買って行ったのかい?」
「え、えぇ……金貨で、あ。関係者の人ならおつり渡しますよ?」
「あぁもう教えていた物価を学習しきれてないじゃないか……ありがとう、えっと、君は?」
「私は偶々見ていただけです、と……ごめんなさい」

 ローデがポケットから長方形の通信端末を取り出す。
 前にレアが使っていた物と同じ物でアルゴナウタイで色々な端末を操作している間にすっかりこの手の操作にも慣れてきた。

「はい、アレスさん……えっと、今本屋です。えっと、はい……マリオンさん、ですか? 私はちょっと……」
「ん、マリオンって僕の事かい? っていうかそれ、通信端末かい?」
「え? わ、解るんですか……? あ、えっとこっちにマリオンさんが居たみたいで……え? 連れて来てほしい? はい、聞いてみますね」

 アレスからの通信に受け答えしている間にもメガネの男性、マリオンはローデのもつ通信端末を興味深そうに見ている。

「えっと、マリオンさん、ですよね?」
「あぁ、この街でマリオンって名前は僕だけだ」
「その、アレスさんが情報端末にマリオンさんの名前があったから確認をしたいって……遺跡の機械を弄ってましたか?」
「え、ま、まぁ……そうだけど……君は一体……」

 アレス達がキプロの街に居るのにはちょっとした事情があった。



「ほお、お主を作ったエンスの研究所がある、と?」
「でも遺跡があるって情報はないはずですよ?」
「えっと、地図だとキプロの街がある場所だよ。アレスさん」

 キプロの街まで残り二日程の距離だろう。
 これから向かう場所付近の地図を見てアレスが地図を見ながらDr.ウェヌスのラボがあるであろう場所を指差していた。
 そんな話をディータとローデとレアが頷きながら聞いていた。

「位置的には街の外れにあるんだが……Dr.ウェヌスは軍の中でも重要な立ち位置に居た人なんだ」
「……成る程、重要な人物の研究所だ。人に見つかりにくい筈だ」
「つっても500年前の場所だろ? 戦争もあったし誰かが見つけてもおかしくはねぇなぁ」

 クラトスとトリトも同じように、船員の皆が船橋に集まっていた。

「遺跡に精通しているディータが知らない以上発見はされてないと思うが。何かのデータがあると思うから調べに行きたいんだがいいか?」
「問題はないじゃろう? 船長はお主なんじゃしお主の事が分かるなら調べてみるべきじゃろ」
「だな、自分の事がわかんねぇのは困るだろうし調べてこいよ」
「ありがとう、キプロの街に用事がある人は居るか? 確かキプロは本の多い街何だろ?」
「は、はーい! 私! 私行きたいです! ……あ」

 ぴょんぴょん、と普段大人しいローデが手を上げて跳ねる。
 その姿にその場の皆唖然としているとローデがほんのり頬を染めてはにかむ。

「え、えへへ……その、アルゴナウタイの本は面白いんですけど……やっぱり紙の媒体が欲しくて、ですね? キプロの街は本の集まる街として有名なんです」
「ふむ、別に問題ないじゃろ。ワシも行くぞ? まだ見ぬ遺跡となるとワクワクするわい!」
「解った」
「ローデが行くんならオレもいくぜ? どうせ自分で持てない量の本買うことに何だからよ」
「に、兄さん……間違っては、ないですけど……」
「オレは残らせてもらう……まだ体が本調子じゃないからな」
「アタシはどうしようかなぁ、正直本を見るのはあんまり得意じゃなくて……」
「明後日の朝までに決めておいてくれればいい、それじゃあ解散だ」

 アレスのその言葉に他の皆がどうしようか、と話ながら部屋を出て行こうとする。

「あ、そうだディータ」
「何じゃ~?」

 ふと思い出したかの様にアレスがディータを呼び止める。
 アレスにしては珍しくど忘れした人の様な感じだ。

「そこの棚にアルゴナウタイのデータボックスが置いてあるんだが」
「おぉこの前頼んでおいた火器の内容じゃな? 使う機会は無い様にしておきたいが性能の把握だけはしておきたいしの」
「あぁ、使い方はわかるな? モニター横の蓋を開けてそこにそのボックスを入れるんだ」

 アレスが指をさしたのは棚に置いてある金属の四角い箱だった。
 大きさはちょっと大きめの鍋位で重さもそれなりにある。
 この箱は所謂データの入った箱なのだがその99%がデータの容量では無くデータの機密を守る為の機能である。
 アレスの時代には電波だけでも中のデータを盗む技術があった。
 その為必然的にセキュリティを重視した作りになってしまう。

「お、これじゃなこれじゃな」
「少し重いが大丈夫か?」
「なぁにこの程度問題ないわい、む本当に重いのぉ……しかしこの程度なら」

 両手で抱えるように箱を持ってしっかりとした足取りで歩き出す。
 大丈夫そうだな、と船の操舵に戻ろうとした時だった。

「む、ここに持ち手があるではないか……よ、ホォ!?」
「……嫌な音が鳴ったな、いや聞こえなかったが雰囲気的に」

 箱を持ち替えようとしたディータが少し無理な体勢を取ったからだろうか。
 腰に嫌な感覚が走り全身の力が抜けて軟体動物の様にへにゃへにゃと地面にお尻を突き出したまま、猫の背伸びの様な格好で倒れる。

「……腰か?」
「さ、最近アルゴナウタイで、執筆作業ばっかり、して、おった、から……」
「喋るな、傷は深いぞ」
「深いんじゃダメじゃ——あぁ!? ツ、ツッコミを、させるで、ない……!」

 尻を突き出したまま涙目でビクビクと震える。
 一見すると男性を誘う蠱惑的なポーズなのだがその経緯がぎっくり腰となると目を覆いたくなる惨状だ。

「今回キプロの街に行くのは諦めろ」
「そ、そうする……」
 
 レアを看護係としアレスとトリトとローデが街に出ることになった。



「成る程、世界中の遺跡を再調査しているのか……アレスってロボットと一緒にねぇ」
「はい、アレスさんを作った博士のラボがこの近くにあると聞いたので寄ったんです」

 簡単に事情を説明するとマリオンは何度も頷いて話を聞いていた。
 驚いたことに彼にはロボットや過去の技術の知識があるようで話はすんなりと進んでいた。
 しかし今は先程の人形、ガラテアを捕まえるために少し急いで移動している。

「となると……僕が遺跡の認証システムを変えちゃったから……」
「あ、あの……解るんですか?」
「あぁ、ちょっと事情があってこの街の遺跡は僕だけの秘密にしていたんだ……まぁそもそもこの街の人々は本にしか興味が無いから公表しても気にもされなかったと思うけど」

 本の街、という事もありキプロではそれ以外をあまり見ていない事も多い。
 読書を楽しむ、という文化はここ数年で一般に浸透して行ったのだがそこからブームの進行も凄まじくこの国では基本的に娯楽は読書か劇を見ることになっていた。
 怪獣の脅威がある中でそれを忘れる様に没頭出来るものが欲しかったのだ。

「……もしかして、あのガラテアさんも?」
「あぁ、遺跡のデータを見て僕が作ったロボットだ……勿論データの全てを理解できた訳じゃないしこの時代じゃ作れない金属も沢山あったよ」

 それ故に体の大半を陶磁器で補うことになった。
 陶磁器はこの時代安価な上に魔法で加工もしやすくなっている。

「まぁそれよりも彼女のAIを作る方が何倍も大変だったけどね」
「AI……確か作られた心、でしたっけ?」
「そう、元々遺跡の中に入っていたAIを使おうと思ってたんだけど……うまく起動してないみたいで僕が作ったAIを補助に入れているんだ……まぁあんまり言う事聞いてくれないんだけど」

 先程のガラテアの様子を見てその苦労っぷりは見てとれる。
 人の様に話人の様に動いているのにどうにも世間知らずの様な言動が目立っていた。

「まだ外に出すのは早いって思ってたんだけど何故か勝手に出ていっちゃって」
「問題を起こすのもいけませんし……早く捕まえないといけませんね。あ! いましたよ!」
「なんだーおめー?」

 早歩き程度の速度で辺りを見渡しながらガラテアを探していると路地裏の猫と戯れていた。
 その手には買い物籠があり中にはパンを作るのに使うのであろう材料が入っている。
 猫は見たことのない人形に話しかけられて目を丸くしておりガラテアに撫でられながら固まっている。
 猫を見たことがないのだろう、抱きかかえて首を傾げている。

「ガ、ガラテア……! 探したぞ……!」
「おーマリオンじゃねーか、パンが出来るまで待ってろって言ったろ?」
「い、いやいや……作り方を調べるのは良いんだけど家にはパン釜がないから材料と本があってもパンは作れないよ……?」
「なん、だと……作れねーのか?」

 ガラテアは表情を不満そうに歪ませる、人形とは思えない程良く動き顔だけ見れば人形に見えない。

「あの部屋にそんな設備を入れるスペースはないだろ……」
「そ、そんな……」
「あ、あの……パンなら釜が無くても作れますよ?」
「ほ、本当かー!?」
「にゃー!?」
「きゃあ!?  は、はい……フライパンがあれば……ですけど……」
「うわぁとと!? あぶな!? 猫投げちゃダメじゃないか……」

 ローデの言葉に目を輝かせ猫を放り投げながらローデに抱きつく勢いで迫る。
 上空に投げられた猫はマリオンにキャッチされ猫と共にため息を吐く。

「よーしさっさとラボに帰るぞー!」
「キャ!? ちょ、ちょっと待ってくださああああああああ!?」
「あぁちょっとガラテアーーーー!?」
「にゃー!?」

 ガラテアがローデを抱えて猛ダッシュで走り出す。
 ローデとマリオンと猫の叫びがお昼の街中に響くのだった。



「……どういう状況だこれ」
「ローデお前何してんだ?」

 隠し研究所前の林の中で待っていたアレスとトリトが担がれたローデとぐったりしているマリオンとマイペースな猫に困惑する。

「い、色々ありまして……」
「……おめー、人じゃねぇな?」
「俺の事か? あぁ、俺はロボットだ。お前と同じだな」
「ロボット……わたしも、か?」

 ロボットと言われたガラテアが自分の体とアレスの体を見比べる。
 素材は違えど、同じ様に無機物で作られてAIで動く存在。
 ならば同じロボットであろう。

「お、驚いた……昔はこんなに人と変わらないロボットがいたのかい?」
「少数ではあったがな……そのロボットは、作ったのか?」
「あ、あぁ……偶々見つけたここの隠し研究所のデータを見て作ったんだ……理解するのに何年も掛かったし今でも半分は理解できてないけど」
「十分だろう……Dr.ウェヌスは俺の時代でも天才と呼ばれていたんだ」

 アレスのコスモAIや武装など、PM戦が発展していく中で白兵戦の武装を中心に開発していたウェヌスは最初は異端と思われていたのだがその卓越した技術は様々な兵器に流用されて行った。
 当時最高の頑強性を備えたアルカイオス合金を超えたヘラクレス合金。
 同じく最高効率を誇っていた汎用エネルギー炉プシュケーを超えた万能変換器クロノス。
 そしてアレスの持っている武装の数々。
 アレスの記憶する最後のウェヌスは25歳だったが、彼女が18歳になって研究者になってからの7年間で人の技術は20年進んだと言われていた。

「だが天才故に理解されない事も多かった」
「あぁ~オレも何となく解るな、あまりに周りとかけ離れてっと嫌な視線を送られんだよ」
「兄さん……」
「とオレの事はどうでもいい……で結局この研究所で何を見つけんだ?」
「そうだな……まずは研究所の中に入るとするか」

 林の岩肌の近くにある一本の木に触れる。
 一見普通の木なのだが、木の表面がスライドしてコンソールが現れる。
 アレスがコンソールを起動すると宙に光の様々な模様が出てアレスが操作を始める。

「それにしても、良くここのパスワードが解ったな」
「あぁ……嫌はは、偶々だったんだよ……この光が綺麗で弄っていたら偶々揃って、僕のデータが登録されたんだ……それでもこの扉を開くのに5年はかかったけど」
「そういうことか」
「お前良く5年も粘ったな……」
「やることも無かったからね」

 アレスのデータは勿論この研究所には入って無かった。
 恐らくアレスが作られるより前に使っていた研究所なのだろう。

「よし、開いたぞ……そういえば思ったが……データを壊したりしてないだろな?」
「そ、それは勿論! まず旧時代の文字を覚えてから弄ったからね!」
「旧時代の文字って……勉強とかできるもんなんか?」
「旧時代文字は遺跡調査に必須ですよ……? 兄さんディータさんと一緒に遺跡調査してましたよね……?」
「……ぶっちゃけ全部ディータに任せてオレは力仕事ばっかしてたわ」

 岩肌が変形しながら開く。
 周りには様々な植物がある中、急に金属の通路が現れる不思議な光景。
 アレスにとっては戦争時代の名残なのだがこの時代で生きている三人にとってはやはり不可思議なものに映るだろう。

「それにしても昔の人達はこんなに長い間整備しないで稼働出来る装置を良く作れたよね」
「あぁ~それは確かになぁ、オレ達の乗ってる船も500年前のなんかすげー奴だし」
「過去の遺産って元々こんなに長続きする様に作られてるんですか?」
「嫌、アルゴナウタイは特に保存状態が良かっただけに過ぎない。それにこういう遺跡に関しては元々隠す事や隠れる事も目的に作られているから頑丈な作りになっているだけだ……ディータの持っている部品なんかは劣化が激しかっただろ?」

 流石に500年も時間が経てば過去の遺産とはいえ劣化もする。
 アルゴナウタイやアレスは偶々保存状態のいい遺跡の奥にいたので劣化を免れたのだろう。
 この研究所もアレス以外にはわからない劣化が所々に見られておりフレーム単位だがドアの開閉が鈍くなっている。

「ふむ、プシュケーのエネルギー炉は生きている……それ故にシステムが生きていたか」
「ん? そうなんですか? 使って無い方が壊れないんじゃ無いんですか?」
「槍や剣も定期的にメンテナンスをしないと錆びるだろ? データ保存に使われる機械には潤滑油が塗ってあってそれが揮発してしまわない程度に動かさなければならないんだ」
「あ~お前を見つけた時も定期的に稼働してた見たいだしな」
「そうか、その辺は僕らの時代の道具と変わらないんだね……ん? ガラテア、どうかしたのかい?」

 先ほどから言葉を発さなくなったガラテアはずっとアレスの事を見ていた。

「俺がどうかしたのか?」
「……なんでもねーよ」
「そ、そうかい? と、ここが一番奥だね。ここの機械を使って色んな事を調べたりガラテアを作ったりしたんだ」

 話をしながらも研究所の奥へ到着するとそこには一つのパソコンが置かれていた。
 ウェヌス一人が使っていたパソコンなのでモニターは小さめなのが一つしか無いがそこに繋がれている箱状の機械は4m以上の高さと5mの横幅のある大きな機械だ。

「うお、でっけぇなおい……何に使ってたんだこんなの」
「この位の大きさなら小規模だな、データ容量も少なめだからAIを調整する専用のコンピューターだったのかも知れないな」
「こ、これで小さいのですか……?」
「やっぱりとんでもないね、500年前の技術って……」
「少し調べ物をするから待っててくれ」

 アレスがコンソールを起動してパソコンをいじり始める。
 トリトやローデには、何回もこのパソコンをいじっていたマリオンですら舌を巻く速度で様々なデータを読み取っている。

「凄いな……これは、こんな速度で動くのか……僕が使ってたのはこの機械の機能の一端だった様だね」
「オレからしたらこれを動かしてるお前も十分すげーけどなおい」
「そうですね……アルゴナウタイのデータを見るのとは根本から違う気がします」

 アルゴナウタイのコンソールはアレスがローデ達にも使いやすく調整した物である。
 このパソコンは完全に研究職の人間で無ければ扱うことができない複雑さでアレスですら最奥を除くのは困難だろう。

「パスコード、34812629371638261839……指紋認証、音声認識、アビリティーコネクターで突破。最終起動日は一昨日、それ以前、10年以上前の起動データは……AD2132年6月1日。オレを封印した後だな、データとしては。戦争の事は書いてない。ここはやっぱりコスモAIの調整にしか使ってなかったか、なら、ん? コスモAIのデータ解析痕跡があるな……あぁこれでガラテアのAIを作ったのか?」
「あ、あぁ……本当はそこにあるAIをそのまま使おうと思って組み込んでたんだけど上手く動かなくてね……それを参考にして今のガラテアのAIを作ったんだ、一応コスモAIも組み込んであるよ」
「なるほど……そうだ、解析にもう少し時間がかかるから別の事をしててもいいぞ」
「おーそうかーなぁローデ、おれにパンの作り方を教えてくれよ」
「あ、そういえばそうでしたね、兄さん。薪を集めるのを手伝って下さい」
「おぉ? 分かった」

 パソコンの作業に集中し始めたアレスを見てガラテアとローデが外に出る。
 薪を集める為にトリトがその後をついていく。

「お前はどうする?」
「え、あぁ僕かい……? やることも無いし僕も薪集めを手伝いにいくかな」
「分かった、データの解析が終わったら呼ぶ」

 アレスの一言にマリオンが手を振ることで返すのだった。



「お~い、そっちはどうだ?」
「あぁ、こっちの薪は少し湿ってるよ。少し前の雨のせいだと思う」
「あ~そうだったか? 船で旅してっと天気とか気にならなくなっちまうんだよなぁ」
「船か……凄い旅だね、古代の遺跡を古代の船で巡る。楽しいかい?」
「ローデから話を聞いたんだったな、楽しい旅だぜ?」
「そうか、なんだか羨ましいよ……僕はオーク族の中でも非力でね、仲間外れにされてる所であの遺跡を見つけたんだ」

 オーク族は基本的に力が強く怪獣と戦う戦士になるか土木建築に携わる事が多く力の強さが種族間で重要視される。
 その中でマリオンのような力の無いオークは珍しく爪弾きにされるだろう。

「やる事も無かったってのはそういう事か?」
「ああ、力の無いオークは大きな仕事は回されない。ちょっとした手伝いをして細々と生活してたんだけど……この遺跡を見つけてからはずっとここに入り浸っていたんだ」

 遺跡の事を周りに知らせなかったのもその為だろう。
 オーク族に取ってはなんの取り柄も無い自分が何かに熱中出来ていた。
 仲間とは違った方向性だけどそれでも誇り高く熱い気持ちになれた。

「君達の話を聞いて思ったんだけど。ガラテアの調整が終わったら、僕も旅に出たいな」
「旅か?」
「ああ、今ガラテアは陶磁器を使っているけどその内サイボーグの技術を応用した体を用意してあげたいんだ。今の体は替えは効くんだけどどうしても脆すぎてね。旅をするにはもう少し頑丈な体を作ってあげたい、彼女をアレス君の様な立派なロボットにするのが僕の夢なんだ」
「お前ってさ。力仕事よりもそう言う頭使う仕事のが向いてるんじゃねぇか?」
「あはは、そう言ってもらえるならありがたいよでも異端児はどこでも嫌われる物さ、異端を生かそうとすればする程周囲からいい目では見られない」
「……それも、そうだな」

 特質した才能は時に自身を孤立させる。
 そんな経験がトリトにもある。

「なぁ、お前さ……旅に出るならオレ達と一緒にこねぇか?」
「え? 君達と、かい?」
「オレ達の船さ、結構色んな奴がいるんだぜ? 部屋も余ってるし何よりちょっと変わった奴が多いんだ」

 ロボットに魔族に海人に獣人にエルフ。
 この世界の様々な人が同じ船で生活をしている。

「力の弱いオークだって否定はされねぇだろうさ、俺が受け入れられてるんだからな」
「トリト……君、何かあったのかい?」
「妹を守るのに必要だと思った事が、裏目に出た、それだけだ……あぁそうだ、ガラテア、だっけか? アイツももっとマシなパーツをアレスの野郎なら作れるんじゃねェか?」
「そうかも知れない……彼の技術は僕らのそれを遥かに超えているからね。うん、君達と一緒に旅をするのも、楽しいかも知れない」
「おう、お前が望むなら、アレスもきっと受け入れてくれるだろうさ。アイツ自分は機械だって言ってるけど基本的にお人好しだからな」

 ここ二週間程ですっかり馴染んだトリトが肩をすくめながら微笑む。

「うん、魅力的な誘いだ、戻ったらガラテアとも話してみようと思うよ」
「おう、きっと——何だ?」
「ん? どうかしたのかい?」
「……戻るぞ、出来るだけ早く」

 自分達のやってきた道を睨むようにトリトが鋭い目を向けた。



「えっとですね、やる事は基本的に普通にパンを作るのと変わらないんですよ」
「そーなのか?」
「仕上げの焼き上げだけをフライパンで、蓋をしながらじっくり焼くだけですから、釜戸を作ったらパンを捏ねましょうか」

 その辺にある石を組み合わせて簡単な釜戸を作る。
 この時代に生きる人としては子供の時に誰でも習う技術で怪獣の脅威がある以上何処でも料理が出来る様に、とこの時代の人々が会得した技術である。
 そして。

「材料は……さっき買ってましたね。そういえば、なんでパンを作りたいんですか?」
「……笑わねーか?」
「え? えぇ……どんな理由かはわかりませんが」
「……アイツに。マリオンに恩返しがしてーんだ」

 目を逸らしながら、ぽつりと呟く。
 表情のパターンが少ないのか、ガラテアの表情は変わってない様に見えるがその雰囲気はどこか照れた様に見える。

「ふふ、そうですか、恩返しですか」
「お、おう、恩返しだ。なんでか解らないけど最近そんな気分なんだ」
「ふふ、ガラテアさん、それはきっと——」
「は、あ~いお嬢さん方~ぼくちゃんとお茶しな~い?」

 ローデとガラテアの会話を遮るように、一人の男が何故か踊りながら歩いてきた。
 その表情は赤と白の仮面に隠れており一見してみると道化師の様な雰囲気を感じる。
 髪の毛が無く鉄の体を持っておりアレスの様に身体中が機械の部品になっていて所々装甲が剥げている。
 現代の人から見ればサイボーグの様な見た目で身長は180cmを超える大柄な男だ。
 体の所々は機械なのだが筋肉質な体をしてる様にも見え、その体に何故かデフォルメされた骨つき肉が描かれている。

「ん、ん? んん?」
「なんだあの格好、変態って奴か?」
「あーぼくちゃんの格好はどうでもいいのよ、地の字ですら説明難しいしぶっちゃけお茶とかも冗談で本当はお仕事しにき——嫌待ってお嬢ちゃん本当にお茶しない?」
「へ? わ、私ですか?」

 踊りながら歩いていたので今になってローデの顔を見たのだろう。
 困惑しているローデを更に混乱させた。

「そうそう、ここ最近見た奴でイッチバン美人だわいや本当昨日抱いた女とは大違い、俺様ちゃん一目惚れ! 今日のホテルに断り入れておくから合鍵あげちゃってもいい?」
「コイツ碌なやつじゃない気がするぞ」
「あ、あの……そういうのって私経験がなくて……! 急にそんな風に誘うのはダメだと思います……!」
「おっほ清楚~! 嫌だってこんな可愛らしい見た目なのよちょっと説明してあげてよ!」

 ローデはウェーブのかかった青いセミロングの髪、整った顔立ちで少しふんわりとした柔らかな雰囲気を感じる。
 身体つきは女性らしく確かな膨らみのある胸に日々の家事のおかげなのか適度に引き締まった体。
 美人と可愛らしいの間、丁度大人の女性になりかけてるそんな見た目だ。

「おめーさっきから誰に話しかけてんだ?」
「あ、気にしくていいよー」
「あ、あの……私やっぱりそういうお誘いは、ディータさんから話でしか聞いたことが無くてその……」
「ん~いいねいいねその初心な反応! ますます誘いがいがあるね! 安心してよぼくちゃんが手取り足取り色々教えちゃうよ次の日はお互い腰が抜けちゃう程に楽しませちゃうぜ——アップポン!?」

 ローデに歩み寄って手を取ろうとした瞬間、ローデの背後から飛んできた青龍刀の石突きがサイボーグの額に直撃する。
 謎の悲鳴を上げながら面白い様に回転してサイボーグの男が吹き飛ぶ。

「お? なんだ?」
「あ、あの槍は……」
「テメェ……ローデにナンパ仕掛けるたぁどういう了見だぁ?」

 まるで鬼の様な顔をしたトリトがのしのしと歩いてくる。
 先程まで持っていた縛った薪をマリオンに投げ渡してサイボーグの男を確認した瞬間に青龍刀を投げつけていた。

「ァーォ……! お義兄さん!」

 両手を頬に当てて息を呑むサイボーグの男にトリトは警戒心を緩める事はない。

「誰がお義兄さんだゴラァ!?」
「う、うわぁ凄いなこれ」
「あれ人の顔に見えねーんだけど」

 怒り狂うトリトにマリオンとガラテアが若干引き気味で唖然とする。

「ローデぇ! そいつから離れろぉ!」
「に、兄さん……あの、えっとこの人も変な格好してますけど悪い人じゃ——」
「いいや、そいつは極悪人だ」
「……Uh-huh、よく分かったなぁ?」
「え? と、トリト、どういう事だ!?」

 トリトが柳葉刀を抜刀する、それを見たサイボーグの男は手をヒラヒラさせつつ仮面が無ければニヤニヤと頬を歪めているだろう。

「テメェ、オレ達が薪を拾いに行ってる間にそんな殺気を隠さないで近付いてきて気がつかねぇとでも思ってんのか?」
「O~K、O~K~? この時代にも骨のある奴が居るとは思わなかったぜ……久しぶりの仕事で俺様の感が鈍ってたようだなぁ」
「え? ぁ……!?」
「こ、コイツ……!?」
「マリオン? どーしたんだ?」

 サイボーグの男の雰囲気がガラリと変わる。
 先程と同じようにおちゃらけた口調はそのままに背筋が凍るような視線に変わる。
 怪獣と対峙した時にも感じられない、そこに居るだけで呼吸が詰まりそうになる空気感。
 ローデやマリオンの様な戦闘の経験がない者にも理解が出来る、これが殺気だ。

「ガ、ガラテア! こっちに来るんだ!」
「お、おー?」
「に、兄さん……!」
「テメェ、何者だ?」
「俺? 俺様はポイボス、しがない傭兵だよ。そこにいる人形のAIを破壊しろって言われてなぁ」
「ガラテア、を……!? な、なんでだ!?」
「あ~詳しいことは俺様もわかんねぇけどな。その人形を起動するのに使ったAIをぶち壊せってお仕事を貰ってんだよ」

 ポイボスが腰のホルスターから銃を抜いてガンプレイを始める。
 その行動も口調もどんどんおちゃらけた雰囲気が消えていき氷の様に冷たい空気だけが残っていく。

「か、彼女を壊すわけには……!」
「え~? だって人形だろ~? また作り直せばいいじゃねぇか、そのAIだけなんだよ壊さねぇといけねぇのは。なんなら頭だけでいいからよ」
「だ、ダメに決まってるだろ! 彼女は、ガラテアは僕の娘も同然だ! お、お前がどんな目的があってもガラテアを渡すわけにはいかない!」
「マ、マリオン……」

 震える足を必死に押さえてマリオンがガラテアの前に立つ。
 ポイボスの殺気に当てられるだけでも今にも腰が抜けてしまいそうだがそれでも自分の夢を壊させる訳にはいかない。
 睨みつけるだけでも精一杯の勇気を振り絞っていた。

「あそー……んじゃしょうがねぇなぁ諦めっかぁ~」
「あ?」
「え?」
「え? え?」

 ふ、と氷の様な冷たい空気が軽くなる。
 あまりの変わり身にローデやマリオンどころかトリトも唖然とする。
 ポイボスはため息を吐くように頭上で回していた銃を下ろそうとし。

「おら死ね」

 ダダンダダン、と一瞬で四発。
 マリオンの頭に二回、胸部に二回目がけてトリガーを引く。
 その一瞬で声を上げる刹那すら存在せずマリオンに全ての銃弾が命中する。
 勿論即死、銃撃は確実にマリオンの命を絶った。

「マ、マリオンさん!?」
「あ? て、テメェ!? ローデ! アレスから貰ったアレを使え! 狙いはガラテアだ!」
「お~い油断はいけねえよ? 俺様ってば仕事はキッチリこなしたいタイプなのよっておうお!?」

 背中の剣を抜刀し飛び込んできたトリトの一撃を受け止める。
 殺気を収めたと思った矢先、まるで呼吸をするかのようにマリオンを殺した。

「マリオン? どうした? なんで寝てるんだ……?」
「ガラテアさん! こっちです、私の近くに……!」
「オットー? 俺様の目的は悪魔でそこのお人形さんなんだ、ぜ!?」

 トリトの体を縫うように更に銃撃。
 狙いはガラテアの頭部だったが。

「コードD02! シールド!!」

 ローデが腕輪の赤いボタンを押すとガラテアと二人を囲むように薄緑の膜が現れてポイボスの放った銃弾を弾く。
 アレスが念の為にと持たせていたシールドをあのまま持っていたのだ。

「ん!? アイギスだと!? おいおいお前さん何者だ? そのシールド発生装置は——」
「答えて、やるもんかよ!! オラァ!」
「ぐ、おぉ!?」

 シールドを見て驚いているポイボスにトリトの柳葉刀が襲い掛かる。
 2、3回お互いの剣が交差してから距離を取る。

「ち、コイツ……」
「へぇ強えぇじゃんお前……俺様も長い間戦ってるけどここまでやれるのは片手で数える程だぜ?」

 剣と銃をくるくると余裕そうに回すポイボスにトリトが舌打ちをする。
 今の交差だけでお互いの実力が解った。
 目の前のポイボスと言うサイボーグ、ふざけた言動だが凄まじい実力だ。
 シールドを使うように言っておいて良かった、正直後ろを気にして戦える相手では無い。

「てめぇ見てぇな奴に褒められても嬉しかねぇよ」
「俺様も野郎は褒めたくねぇよ」

 柳葉刀だけでは無く多節棍を即座に組み立てて構える。
 勢いに任せて青龍刀を投げつけた事に少し後悔しつつ隙をついて拾っておきたい。

「仕事はsmartに済ませるべきなんだがぁ」
「言ってろ、とことん邪魔してやるよ!」

 多節棍を半端に分解しつつ鞭の様に振るう。
 ポイボスはそれに合わせて銃を何度も何度も打ち続ける。
 凄まじい連射だが発砲の度に指を動かしているので指の動きだけで連射しているようだ。

「ちぃ回避できるのかよ!」
「銃が直進的にしか飛ばねぇって知ってんだよ!!」

 顔や手足を狙う銃弾は少し体を動かせばトリトは回避可能だ。
 問題は胴を狙ってくる弾だが多節棍を使って弾く事ができる。
 しかし銃の弾が何回飛んでくるかは流石に解らない、アレスに銃の事を聞いて無ければ一般的に売っている単発の銃と勘違いしそうだった。

「しょうがねぇなぁ!」

 銃弾を弾く姿を見たポイボスは即座に銃を捨ててもう一本の剣を抜刀する。
 トリトの攻撃を何度も受け止め弾き反撃すら入れる。

「オラァ!」
「グア!?」
「兄さん!!」

 剣の斬撃では無く回し蹴りをトリトに当てる。
 直撃ではなく肩でガードし、地面に転がる前に体勢を立て直し着地する。

「くそ……」
「骨がある、とは言ったがまぁ、経験が違うわなぁ、特にお前らは自分よりデカい怪獣と戦ってんだからな」

 ポイボスの言う通りだった。
 トリトの戦い方は自分より大きな怪獣との戦いを考えて作られた戦い方だ。
 つまり大きく回避し大きな攻撃を当てなければ怪獣は倒せない。
 一方ポイボスは人を殺す事に長けている。
 人の動きを回避し人の動きを狩る為の動き、この時代には基本的に必要の無い対人の戦い方だ。

「悪いけどお前一人じゃどうしようも無いぜ?」
「言ってくれるじゃねぇか」
「おい! さっきの銃声はなんだ!?」
「アレスさん!?」

 銃声を聞きつけたのか、遺跡の中からアレスが飛び出してきた。

「アレス、だと……? んじゃお前がマルスの言っていた奴か」
「その名前、お前は500年前の人間か……!?」
「ポイボスってケチな傭兵だ……さて、流石に分が悪りぃか?」
「アレス、手を出すんじゃねぇぞ……!」
「トリト?」
「お~? さっきまでのやりとりで俺様に勝てないのは分かってるんじゃねぇか?」

 剣を回す余裕を見せるポイボスを見ていると怒りが込み上げてくる。
 それではいけない。
 目を見開いたまま死んでいるマリオンを見ると仇を取らねばと己を鼓舞できる。
 それでもいけない。

「しかし相手は——」
「黙って見ていろ」

 イメージするのは湖。
 無風の波立たぬ湖の様に己の心を律する。
 それは舞う泡の様に、舞う羽根の様に。

「お、らぁ!」
「おいおいそんなんじゃ俺様は倒せな——ぅおう!?」

 トリトの攻撃をあっさり回避しその首を断とうと剣を振るった。
 しかしその攻撃は紙一重で回避されてその回避の動きのままに柳葉刀を振るう。
 突然動きが変わった事に驚きながらも剣を盾にしてその攻撃を弾いた。

「おぉっとおいおいおい……随分動きが変わったじゃねぇか?」

 ポイボスが再び剣を振るうが同じように回避され攻撃を返される。
 今度はポイボスもそれを予想していたのか再び剣で受け流す。

「トリト……あの動きは……」
「わ、私には解らないです……」
「う、らぁ!」
「ちぃ!? そっちから攻撃してくるのにこっちのは全部回避だとぉ!?」

 理不尽だ、とポイボスが叫ぶがそれでもトリトに攻撃を当てることができない。
 トリトが何をしているのか、そう聞かれれば答えは酷く単純なものだ。
 集中して全ての攻撃を回避してその隙に攻撃している、たったそれだけの事だ。
 しかしその集中力は彼の生い立ちによって確立された技法とも言えるものである。
 トリトとローデは今いる国であるアイギーナより東にある雪国オリュンポスの生まれである。
 その国は怪獣の被害が三国の内最も過酷でどの国民も怪獣との経験がある程だ。
 そんな国のとある部族、一つの武器を使う技術をひたすらに磨き上げ、怪獣と戦う道を選んだ部族の街がトリトとローデの故郷だ。

「くそ、やるじゃねぇか……ここまでとはな、この時代の奴でここまでやるとは」

 一旦距離を離したポイボスをトリトは追わない、瞬きする瞬間以外はずっとポイボスの目を見ている。

「その眼……気に入らねぇな、殺気とも違う観察するような眼だ」

 その故郷でトリトとローデは孤児だった。
 別段珍しくもない、両親は怪獣と戦い戦死した。
 ローデは幼く覚えてないがトリトはその時点で妹を守る為に早く一人前の戦士になる事を望んだ。
 だから観察した、誰かに武器の使い方を教えてもらいながら部族の仲間の動きを観察し学んでいった。
 一生に一本の武器を極める部族の中で彼は妹を守るために様々な武器を使えるようになった。

「にしても解ったぜ、その動き、後の先を取る技だな?」
「後の、なんだ……? 何言ってんだ?」
「トリトっつったか? 自分から仕掛けておきながら返し技で迎撃する、なんて俺にも出来ねぇ技だ」

 その部族でトリトは異端児として扱われた。
 一人が一生かけて会得する武器の扱い方をトリトは観察し一瞬で会得してしまう。
 自分が妹を守る、そう決意しひたすら研鑽を続けた少年は何時しか誰からも技術を盗もうとする盗人として扱われやがてローデと共に街を追い出された。
 そんなトリトが得た物は観察眼、相手の筋肉の動きですら的確に見切り返し技を行う、それがトリトが今使っている技だった。

「そうかよ、何度も言うがテメェに褒められても嬉しくはねぇよ」
「そういうなって……その技術に免じて今日はこれで引く、仕事はキッチリやる主義だが装備が足りねぇし何より……もう手遅れだ」
「手遅れ……?」
「マリオン……我を、庇って……死んだのか……?」

 凛とした声に、その場の全員が視線を向ける。
 その声の主はガラテア、死んだマリオンの瞼を閉じさせその胸に抱き締めていた。
 先程とはうって変わって人の様に流暢に喋っている。

「ガラテア、さん?」
「何だ、何があった……?」
「そいつに組み込まれていたコスモAIが目覚めたんだよ、いくらウェヌスのデータがあったとは言えこの時代の奴が死を理解するAIを作れるもんかよ」
「それは、その通りだ……」

 動かなくなったマリオンを見て最初は首を傾げるだけだった。
 アレスも研究所に残っていたデータを見ていてガラテアのAIがどういうものか理解できていた。
 なのでガラテアが今マリオンの死を理解している事に彼自身も驚いている。

「コスモAIって、確かアレスさんも……?」
「あぁ、俺にもそのAIは組まれている……ポイボス、お前はコスモAIを破壊していたのか?」
「そう言う依頼なんだよ、でも壊すのは覚醒前、つまり起動前のコスモA Iだ……理由はぼくちゃんも聞いてないのよ~ん」

 剣と銃をしまうと先程のふざけた雰囲気に戻る。
 そんなポイボスの姿にトリトは柳葉刀を向ける。

「……テメェマリオンを殺しておいて逃げられると思ってるのか?」
「Uh-huh、そりゃ勿論……だってぼくちゃん頭さえ残ってれば後はいくらでも再生出来るんだぜ?」
「ならその頭を潰してやるよ……!」
「そうくると思って~対策してましった~GI⭐︎BA⭐︎KU!!!」
「は? 何言って——」
「トリト!!」
「あ? オブア!?」

 ポイボスの頭だけがポーン、と上空に飛び立つ。
 何事かとトリトが首を傾げると、アレスが飛び出してトリトを蹴り飛ばす。
 その蹴り飛ばした瞬間、残ったポイボスの体が爆発を起こす。

「わ!? 兄さん!? アレスさん!?」

 大きな爆風にアレスは完全に飲み込まれアレスが見えなくなる。

「ア、アレス……!」

 アレスが蹴り飛ばしたおかげかトリトはギリギリ爆風から逃れる事が出来た。

「……ふう、大丈夫だ。あのくらいの爆発で傷は付かない」

 爆風で出来た黒煙が晴れると無傷のアレスが立っている。
 当たり前だがポイボスの頭部はその間に離脱しており、アレスのレーダーでも追う事は出来ない位置にもう飛んでいる。

「よ、よかった……二人とも無事ですね……」
「追跡は不可能か……恐らくアイツは俺と同じ時代の……」
「……クソォ!!」

 追跡が出来ない、そう言われたトリトが地面を思いっきり殴りつける。
 やり場の無い怒りにそうする事しか出来なかった。

「兄さん……」
「……慣れてる筈なんだがな。この時代怪獣の被害がある以上何時顔見知りや自分が死ぬかなんて解らねぇし実際何度も仲間が死んできた、昨日一緒に酒を飲んだ奴が次の日にペシャンコになってる何てもの……」
「トリト、その感覚は忘れない方がいい……俺も、そう思う」

 敵を撃てなかった、クラトスの様にその場で取り乱す事は無かったがそれでもマリオンが殺された事に奥歯を噛み締めていた。

「我も、そう思う……我がマスターの死を悲しんでくれるなら、短い間でも友で居てくれたお主が怒ってくれて我がマスターも喜んでくれてると思う」
「ガラテアさん……な、何だか随分と喋り方が変わりましたね……」
「そういやそうだな……」
「ふむ? そういえばそうだな……多分我に埋め込まれていたコスモAIの基盤は男性人格だったのかも知れぬな」

 マリオンを抱き上げるガラテアの雰囲気の違いに少々驚くが今は他にやる事があった。

「……すまぬが、せめてマスターの墓を作りたい。手伝ってはくれぬか?」
「あぁ、いいぜ。オレはそのつもりだったしな」
「はい……」
「俺も手伝おう……そういえば彼に親族はいないのか?」
「いや、マスターに親族は居ない」
「そうか……だからアイツ、旅に出たいって言ってたのかもな」

 異端だった自分に居場所は無かった。
 周りから違うと言われ努力だけではどうしようもない差に打ちのめされ。
 そんな彼が最後に成し遂げた事、それが原因で命を落とすなど酷い皮肉だった。



「……よ、し。こんなもんだろう」
「本当に、ここで良かったのか?」

 ウェヌスの研究所の近くに墓を掘り彼を埋めた。
 オーク族の墓地では無くここに掘るべきだ、とトリトとガラテアに言われたのだ。

「いいんだよ、アイツはオーク族で孤立していたからな……アイツにとってこっちのが馴染み深いとオレは思うんだ」
「そうか……そういえば途中からガラテアとローデが居なくなっていたが」
「あぁそれは恐らく——」
「兄さ~ん! お待たせしました~!」
「うむ、これでうまく出来た筈だ……こんな形で作るのは我としても不本意だったが……せめてこれぐらいはしたい」

 ローデとガラテアが焼きたてのパンを持ってくる。
 先程話していたフライパンで作るパンを作っていたのだ。

「ローデ、これは……?」
「先程ガラテアさんがマリオンさんに作りたいと言っていたんです」

 アレスが首を傾げる中焼きたてのパンを墓の前に置く、昔どこかの国でこういった習わしがあるとガラタのAIが知っていたのだ。
 この時代では一般的に行う行為では無かったが墓石に生前好きだった酒をかけたりする習わしがあったりする。

「そうか、ガラテア。お前これからどうすんだ?」
「我は、しばらくここでマリオンと一緒に居たい……トリト殿、お主は我がマスターを旅に誘ってくれていた様だな」
「あぁ、こんな結果になっちまったがな」
「この研究所で、旅に耐えられるボディを製作したら我も旅に出たいと思う。それがマスターの意志だった、我がそれを引き継ぎたい……アレス殿、設計図だけでも作れるか?」
「あぁ、設計図だけなら直ぐに作れる……製作にはこの施設では少し時間がかかると思うが平気か?」
「ありがたい……すまぬな、マスター。我はまだ、泣く事も出来ないのだ」

 墓石に手をかけてガラテアは寂しく呟く。
 そんな彼女に声をかける事は誰にも出来なかった。
 一つの人形が、一人の人になった瞬間だった。
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