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1章

【過去編】朝霧

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※椎名家の真実に触れる為、胸糞注意※


彼は私の全てだった。


貧しい家の生まれだった私は、食い扶持を一人減らすために6歳の頃、遊郭に売られた。


あの頃の時代には良くある事で、売られるという事実よりも家より美味しいものはあるのだろうかという思考が真っ先に浮かんだ。


今考えれば、あれは6歳の私が心を守る為にした現実逃避の一種だったな。


私が売られた遊郭は呼び出し昼三の花魁がいる有名店だった事もあり、禿として様々な知識を得る事が出来た。


先輩遊女も花魁を夢見て日々頑張っていたし、いつの間にか禿として遊郭にいるのが楽しくなってきたそんな時、楼主から呼び出された先で最高級花魁はいた。


「わっちは夕霧でありんす。雛菊、わっちの禿になりんせん?」
「夕霧どんの禿……」
「雛菊は容姿も良いし、他の遊女からの評判も高い。本当はこっちで引込禿にして教養を身につけさせようと思ったんだけどねぇ」
「わっちの禿になれば琴も教えてあげんしょう」
「はぁ、全く……雛菊。夕霧はこの街で一番の花魁だ。引込禿としての教養を振新になるまでに身に付けさせるって条件も飲んだし、お前には良い機会だと思うよ」
「わっち、夕霧どんの禿になりんす!」


それからは、この街一番と名高い夕霧が迎えた禿という事で必然的に私にも注目が集まるようになり、彼女から多くの教養を受け継ぎ、いつの間にか彼女と同じ呼び出し昼三になっていた。


「朝霧、お前は本当に愛らしいな。巷の女では太刀打ちできない教養と容姿にその体型。全てが儂を魅了する」
「それはわっちが主さんを愛しているからでありんすえ」
「儂も愛しているぞ、朝霧」


私が振新になって、夕霧と一緒に客を取り始めた頃、夕霧の客として来たのが彼、九郎。


彼は私を見るなり、一目惚れしたと言い放ち、それからは私を指名しにほぼ毎日足を運ぶ上客になった。


花魁になって雛菊から朝霧に改名してからも私一筋の変わった人。


数え切れないほど肌を重ねて、年々上達する技術をその度に褒めてくれて、優しく頭を撫でてくれる彼にいつの間にか絆されたのはいつからだろうか。


「今日も愛い姿だった。お前は何度抱いても飽きない所か更に深い沼に落ちていく心地だ」
「主さんの傍にいたい一人の女の意地でありんす」
「そうか。なぁ、朝霧。儂に身請けされるつもりはあるか?」
「身請けでありんすか?」
「そうだ。儂の家系は陰陽師でな。優秀な嫁を貰い受けて優秀な子孫を残す義務がある。お前は花魁の中でも特に優秀な女だ。お前が望むのならば身請けしてここから出してやろう。その代わり、私との子を産んでもらうのが条件だ」


身売りされてから12年。
夕霧も身請けされ、ここを去った。
外の世界は良く分からないけど、彼を信じてみようと決めた。


「さぁ、朝霧。今日からここがお前の家だ。お前は賢いから身請けまでの間に覚えた廓言葉ではない言葉遣いも覚えてきたな?」
「はい、九郎様。九郎様の妻として恥じぬよう優秀な子を育てます」
「安心しろ、お前が母となっても儂は変わらずお前を愛する。夫婦仲が良ければ子も優秀になると巷では噂されているらしいしな」
「勿体無い幸せです、九郎様」
「……では早速、私の子種をお前の中に注いでやろう。朝霧、分かるな?」
「はい、九郎様」


それからは彼の妻として、ひたすら子種を注がれた。
身の回りの世話は全て女中が行い、女に出来る仕事はないと昼夜問わず彼に抱かれるだけの日々。


たまに外に連れて行ってくれたり、抱かれた後は以前のように優しく頭を撫でて褒めてくれた。


……これが愛されるという事。


本物の愛を自覚した私に、妊娠という最大の喜びの便りが届く。


彼に報告すれば、とても喜び、自慢の妻だと今までで一番褒めてくれた。


より優秀な子を産むためには、お腹に子を宿している段階から新たに子種を注ぐ必要があるらしい。


具合が悪くても、お腹が張って苦しい時も、全ては優秀な子を産むためだから耐えて欲しいと頭を撫でながら子種を注ぐ彼の言う事は正しく聞こえた。

無事に娘を出産した後は、彼が雇った乳母に全てを任せ、私はまた子種を注がれる毎日に戻る。


そんな生活を続けていると昼夜の区別もつかなくなり、外に出たのはいつなのだろうと部屋の外を見る事もなくなり、娘は元気にしているだろうかという思いも薄まり、ただ目の前にいる彼に注がれる子種という愛情しか見えなくなっていた。


あれから月日は流れ、彼の要望通り優秀な子を沢山産んだ。
中でも一番最初に産んだ娘は、大変見目麗しい子に育っていると女中から話を聞くほど。


娘は私が花魁になった16歳を迎えたばかり。
これからどんな男性に出会って、どんな娘になるのだろうか。


「すまない、朝霧。仕事が忙しくなってしまって、しばらく遠方に出向かなくてはならない。儂が戻るまで大人しくここで待っていられるか」
「はい、九郎様。ご心配なさらず、あなた様の朝霧はここでお待ちしております」
「歳を重ねても本当にお前は愛い奴だ」


そう言って、ずっと変わらない頭を撫でて、彼は旅立っていった。


それから2年の月日が流れ、ようやく彼は戻ってきた。隣に知らない女とその腕に抱かれる子を連れて。


「おかえりなさいませ、九郎様」
「あぁ」


私をいない者のように目を合わさない彼。
そしてその隣で私に助けを求めるように見つめる見目麗しい若い女。


「母上……」


あぁ、天の神よ。
私は何か悪い事を致しましたか。


大変見目麗しい娘
最近女中から話を聞く事が無くなった娘
娘の腕に抱かれる子
2年振りに帰ってきた彼


全てが繋がってしまった。


「九郎様……これは……?」
「朝霧、お前のおかげだ。お前が優秀な娘を産んでくれたおかげで、私はその娘を使って更に優秀な子を産ませる事が出来た。全部お前のおかげだ、朝霧。あぁ、安心しなさい。娘にも私の子種を注いだからな、産まれてきた子も私の血を引く正統な子だ」
「何を仰っているのですか……?」
「最初に言ったろう?優秀な子孫を残す義務があると。この娘はな、お前以上の容姿と体型に育ってくれた。教養はまだお前の方が上だが、それでも見た目も年齢もお前では敵わない。そこで儂は考えた。この娘に儂の子種を注げば更に優秀な子が生まれるのではないか、と」


彼に優しく頭を撫でられるのはいつもの事なのに、どうしても悪寒が止まらなかった。


「お前はもうこれから老いるだけ。今のお前の姿は呼び出し昼三の面影すらない」


そう言って彼は立ち上がり、立ち尽くす娘の肩を抱き、私に見えるように体の線をなぞっていく。


「この娘はあの頃のお前と同じくらいの歳。これからはこちらに子種を注いで優秀な子孫を作っていく。だからお前は安心して眠りなさい」
「愛していると仰ったではありませんか」
「そんなもの嘘に決まっているだろう。誰が多くの男と関係を持つ女を愛するというのか。儂はただ優秀な子孫を残せそうなお前を使えると判断しただけだ」


その瞬間、何かが弾けた音と共に思考がハッキリしてくる。


「おや、術が解けたか」
「術……?」
「お前が何も疑念を持たずに儂の言う事だけを信じるように術をかけていたんだよ。忘れたか?儂は陰陽師だぞ」


彼が再び私の頭を撫でると、胸に激痛が走る。
耐え難い痛みに叫びすら上げられない。


「お前はよく頑張った、朝霧。頭を撫でる事で様々な術式が発動するようにお前の中に組み込んでおいて正解だった。後10分もすればお前は楽になれる。ご苦労だったな」


そう言って娘と共に部屋を後にする彼を睨みつける事すら出来なかった。


痛い。
苦しい。
辛い。
どうして。


何度自問自答しても答えは出ない。
あの娘の様子から、彼女もまた術にかけられているのだろう。


私が愛だと思っていた日々は何だったのか。
苦しい思いをしながら、彼を受け入れ続けた日々は何だったのか。


もう考えることすらしんどくなってきた。


でもどうしても彼だけは許せなかった。
彼だけじゃない、この家自体も。
私自身も。


脳裏に浮かぶ助けを私に求める娘の声。


これ以上子供達を傷付けたくない。
それが何も出来なかった最後に思い出せた母としての愛。


にくい。
ニクイ。
憎い。


より一層強い痛みを感じた後、私の身体は黒い何かに包まれ、どこかに連れ去っていく。


私の知らない部屋の襖が開くと、彼に組み敷かれた怯えた娘の姿があった。


「許さない」
「なッ……お前、その力は……」
「ゆるさない」
「何故お前が……陰陽道を……」
「ユルサナイ」


こんな家など


壊れてしまえ。










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