6 / 18
『好きです。』
6
しおりを挟む
京都駅へ行くと、集合時間にはまだ少し早かったけど、先生たちと生徒たちがちらほらと既に集まっていた。
4班の皆とも無事に合流できた。
湯川さんは何も聞いてこなかったけど、ごめんねと言っても無視されたので怒っているのだろう。
由梨が気を効かせてくれたので、私と青柳くんの逃避行は、先生に伝わっていなかった。
集合時間を三十分ほど過ぎた頃、京都駅から観光バスに乗って奈良へと移動した。
今度はそこで一泊することになる。
生徒がいなくなったというような話題は一切出なかったので、青柳くんは無事に戻って来たのだろう。
私は顔を合わせていないので、栞の彼女と会えたのかどうかは分からない。
3日目は、午前中に奈良を観光し、午後には大阪へ移動する。
そこで大阪城と水族館を観光したら、2泊3日の修学旅行も終わりだ。
私は、大きな水槽を見上げて、ぼーっと眺めていると、何だか自分の心まで水の中に吸い込まれていくように思えた。
「ありがとう」
少し離れた隣の方から声がした。
顔を見なくてもわかる。青柳くんだ。
会えたの、と私が聞くと、静かにうんと答えてくれた。
周りは、やけに静かだった。
さっきまで一緒に見て回っていた4班の皆は、いつの間にか先に進んでしまったらしい。
私は、特に話すこともなく、黙って水槽を見上げていた。
先に沈黙を破ったのは、青柳くんだった。
「お前、やっぱ変なやつだな」
「失礼ね。青柳くんには負けるよ」
「あの時、神泉苑で何を祈ってたんだ」
私は虚を突かれて青柳君を見やった。
彼は、水槽の中を泳いでいるマンタを目で追っていた。
「橋の上で、手を合わせて一生懸命。なんか祈ってただろ」
見られていたのか。恥ずかしい。あの時は青柳くんを見つけるのに必死で、周囲のことも気にせず祈っていたような気がする。私は、恥ずかしさを誤魔化すように、どこかで聞いた台詞を口にした。
「………ひみつ」
「雨乞い」
「んなわけあるかっ」
思わず突っ込んでしまった。
ぱちりと青柳くんと目が合う。
いつもクールな青柳くんは、笑うと目元が優しい印象になる。
ああ、やっぱりこの人が好きだなと思った。
青柳くんが水槽の方に顔を戻す。
「俺の親、転勤族でさ。
子供の頃から転校なんてしょっちゅうで、友達が出来てもすぐに別れなきゃいけない。
だから、いつの間にか人と距離を置くようになってた」
水槽の中で、大きなエイが私たちの目の前を悠々と泳いでいく。
「京都の友達も、もう俺のことなんて忘れてるだろうと思ってたけど、皆覚えてくれてたよ。
お前のおかげ、本当ありがとう」
胸が苦しくなった。
急にそんな優しい台詞を吐くなんて、ずるい。
枯れようとしていた花に水をやるようなものだ。
「わ、私……」
告白するなら今しかない。
私は、そう思って口を開いた。
「俺、中学卒業したら転校するんだ」
青天霹靂とは、まさにこのことだ。
転勤族なのだから、また転校するという可能性は、もちろんあるだろうに、全く考えが及ばなかった。
「じゃあ、高校は……」
「うん、皆とは通えない」
私が言葉を返せないでいると、青柳くんは、お礼、と言って小さな紙袋を私に手渡した。
「またな」
それだけ言うと、青柳くんは去って行った。
入れ違いに由梨が探しに戻って来てくれたので、私は、受け取った紙袋を一旦リュックにしまい、あとで開けてみた。
中には、静御前の舞う姿が描かれた栞が入っていた。
* * *
「こーら、何サボってんだ。
まだ段ボールの片付けが終わってないぞ」
ひょいっと私の手元から一冊の日記帳を取り上げると、彼が言った。
「あ、ちょっと返して! 私の黒歴史!!」
「なんだこれ、日記か?
へぇー、中学くらいの時だな。
どれどれ、俺のことも何か書いてあるかな」
やめてぇー!と私は内心叫びながら、ずっと前から気になっていたことを聞くチャンスだと思って、聞くことにした。
「そう言えばさ、昔、告白された女の子に“君が静香御前で、俺が義経なら”って言ったでしょう、あれってどういう意味だったの?」
彼は、一瞬何の話だっけ、と視線を斜め上にやって思い出した後、さも当然だろうというように答えてくれた。
静御前と義経は、運命の相手だから、と。
好きです。あなたのことが。
とてもとても、好きなんです。
完
4班の皆とも無事に合流できた。
湯川さんは何も聞いてこなかったけど、ごめんねと言っても無視されたので怒っているのだろう。
由梨が気を効かせてくれたので、私と青柳くんの逃避行は、先生に伝わっていなかった。
集合時間を三十分ほど過ぎた頃、京都駅から観光バスに乗って奈良へと移動した。
今度はそこで一泊することになる。
生徒がいなくなったというような話題は一切出なかったので、青柳くんは無事に戻って来たのだろう。
私は顔を合わせていないので、栞の彼女と会えたのかどうかは分からない。
3日目は、午前中に奈良を観光し、午後には大阪へ移動する。
そこで大阪城と水族館を観光したら、2泊3日の修学旅行も終わりだ。
私は、大きな水槽を見上げて、ぼーっと眺めていると、何だか自分の心まで水の中に吸い込まれていくように思えた。
「ありがとう」
少し離れた隣の方から声がした。
顔を見なくてもわかる。青柳くんだ。
会えたの、と私が聞くと、静かにうんと答えてくれた。
周りは、やけに静かだった。
さっきまで一緒に見て回っていた4班の皆は、いつの間にか先に進んでしまったらしい。
私は、特に話すこともなく、黙って水槽を見上げていた。
先に沈黙を破ったのは、青柳くんだった。
「お前、やっぱ変なやつだな」
「失礼ね。青柳くんには負けるよ」
「あの時、神泉苑で何を祈ってたんだ」
私は虚を突かれて青柳君を見やった。
彼は、水槽の中を泳いでいるマンタを目で追っていた。
「橋の上で、手を合わせて一生懸命。なんか祈ってただろ」
見られていたのか。恥ずかしい。あの時は青柳くんを見つけるのに必死で、周囲のことも気にせず祈っていたような気がする。私は、恥ずかしさを誤魔化すように、どこかで聞いた台詞を口にした。
「………ひみつ」
「雨乞い」
「んなわけあるかっ」
思わず突っ込んでしまった。
ぱちりと青柳くんと目が合う。
いつもクールな青柳くんは、笑うと目元が優しい印象になる。
ああ、やっぱりこの人が好きだなと思った。
青柳くんが水槽の方に顔を戻す。
「俺の親、転勤族でさ。
子供の頃から転校なんてしょっちゅうで、友達が出来てもすぐに別れなきゃいけない。
だから、いつの間にか人と距離を置くようになってた」
水槽の中で、大きなエイが私たちの目の前を悠々と泳いでいく。
「京都の友達も、もう俺のことなんて忘れてるだろうと思ってたけど、皆覚えてくれてたよ。
お前のおかげ、本当ありがとう」
胸が苦しくなった。
急にそんな優しい台詞を吐くなんて、ずるい。
枯れようとしていた花に水をやるようなものだ。
「わ、私……」
告白するなら今しかない。
私は、そう思って口を開いた。
「俺、中学卒業したら転校するんだ」
青天霹靂とは、まさにこのことだ。
転勤族なのだから、また転校するという可能性は、もちろんあるだろうに、全く考えが及ばなかった。
「じゃあ、高校は……」
「うん、皆とは通えない」
私が言葉を返せないでいると、青柳くんは、お礼、と言って小さな紙袋を私に手渡した。
「またな」
それだけ言うと、青柳くんは去って行った。
入れ違いに由梨が探しに戻って来てくれたので、私は、受け取った紙袋を一旦リュックにしまい、あとで開けてみた。
中には、静御前の舞う姿が描かれた栞が入っていた。
* * *
「こーら、何サボってんだ。
まだ段ボールの片付けが終わってないぞ」
ひょいっと私の手元から一冊の日記帳を取り上げると、彼が言った。
「あ、ちょっと返して! 私の黒歴史!!」
「なんだこれ、日記か?
へぇー、中学くらいの時だな。
どれどれ、俺のことも何か書いてあるかな」
やめてぇー!と私は内心叫びながら、ずっと前から気になっていたことを聞くチャンスだと思って、聞くことにした。
「そう言えばさ、昔、告白された女の子に“君が静香御前で、俺が義経なら”って言ったでしょう、あれってどういう意味だったの?」
彼は、一瞬何の話だっけ、と視線を斜め上にやって思い出した後、さも当然だろうというように答えてくれた。
静御前と義経は、運命の相手だから、と。
好きです。あなたのことが。
とてもとても、好きなんです。
完
0
お気に入りに追加
6
あなたにおすすめの小説
ダブル シークレットベビー ~御曹司の献身~
菱沼あゆ
恋愛
念願のランプのショップを開いた鞠宮あかり。
だが、開店早々、植え込みに猫とおばあさんを避けた車が突っ込んでくる。
車に乗っていたイケメン、木南青葉はインテリアや雑貨などを輸入している会社の社長で、あかりの店に出入りするようになるが。
あかりには実は、年の離れた弟ということになっている息子がいて――。
先生!放課後の隣の教室から女子の喘ぎ声が聴こえました…
ヘロディア
恋愛
居残りを余儀なくされた高校生の主人公。
しかし、隣の部屋からかすかに女子の喘ぎ声が聴こえてくるのであった。
気になって覗いてみた主人公は、衝撃的な光景を目の当たりにする…
【完結】maybe 恋の予感~イジワル上司の甘いご褒美~
蓮美ちま
恋愛
会社のなんでも屋さん。それが私の仕事。
なのに突然、企画部エースの補佐につくことになって……?!
アイドル顔負けのルックス
庶務課 蜂谷あすか(24)
×
社内人気NO.1のイケメンエリート
企画部エース 天野翔(31)
「会社のなんでも屋さんから、天野さん専属のなんでも屋さんってこと…?」
女子社員から妬まれるのは面倒。
イケメンには関わりたくないのに。
「お前は俺専属のなんでも屋だろ?」
イジワルで横柄な天野さんだけど、仕事は抜群に出来て人望もあって
人を思いやれる優しい人。
そんな彼に認められたいと思う反面、なかなか素直になれなくて…。
「私、…役に立ちました?」
それなら…もっと……。
「褒めて下さい」
もっともっと、彼に認められたい。
「もっと、褒めて下さ…っん!」
首の後ろを掬いあげられるように掴まれて
重ねた唇は煙草の匂いがした。
「なぁ。褒めて欲しい?」
それは甘いキスの誘惑…。
【R18】エリートビジネスマンの裏の顔
白波瀬 綾音
恋愛
御社のエース、危険人物すぎます───。
私、高瀬緋莉(27)は、思いを寄せていた業界最大手の同業他社勤務のエリート営業マン檜垣瑤太(30)に執着され、軟禁されてしまう。
同じチームの後輩、石橋蓮(25)が異変に気付くが……
この生活に果たして救いはあるのか。
※サムネにAI生成画像を使用しています
奴隷の少女がどうやら伯爵令嬢みたいです
えながゆうき
恋愛
主人公とヒロインがイチャイチャするちょっとエッチな物語をただただ書きたかった。
苦手な方はご注意下さい。よろしくお願いします。
ひょんなことから奴隷の少女を買うことになった、プラチナ級冒険者のエルネスト。しかしその少女はどう見ても伯爵令嬢で――全力でご奉仕するタイプだった。
そんな彼女のもくろみは既成事実を作ること!? 彼女の全力投球にあわあわしながらも、それを何とか受け止めるエルネスト。
周囲の人たちのナイスアシストもあって、段々その仲は良くなっていき……持ってくれよ、相棒ー!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる