3 / 13
【夢三輝石】時空図書館
しおりを挟む
目を覚ますと、少し埃っぽい羊皮紙の匂いがした。
顔を上げると、強張った身体がきしむ音がした。
うーん、と背筋を伸ばして首筋をもむ。
読みかけの本が開かれたまま机の上に置かれている。
どうやら本を読みながら眠ってしまっていたようだ。
圧迫されて痛む頬をさすりながら首を周囲にやると、壁一面が本棚で埋め尽くされていた。
【時空図書館】
ここは時の流れと無縁の場所。
永遠に本を読んでいられる場所。
世界中のあらゆる時代の本がここには収められている。
私は、読みかけていた本の続きを読み始めた。
西洋のファンタジーで、一匹の鼠が魔法使いを救うため旅に出る物語だ。
主人公の鼠が一生懸命で可愛く、魔法使いへの一途な想いがよく伝わってくる。
鼠を食べようと追い掛ける猫のキャラクターも味があって面白く、ちょうど魔法使いが捕まっている城へ侵入するところまで読んで眠ってしまった。
そういえば、眠っている間に夢を見なかったなと思い、ふと《夢》とは何だっただろうか、と首を捻った。
まぁ、いい。あとで《夢》について書かれた本を探して読んでみればいい。ここには、どんな本だってあるのだから。とにかく今は、早くこの本の続きを読みたい。
本のページを捲ると、私はファンタジーの世界へと飛び立った。
大理石の床をこつこつ音を立てながら、長い廊下を歩いていく。
左右の壁にある本棚には、床から天井までびっしりと本が詰まっている。
脚立で届かない高さには、木製の通路が壁に沿って作られており、どこかの階段から上へ登れるようだ。
ここでは、自分の読みたいと思う本が自然と見つかる魔法がかかっているようで、足は自然と目的の場所へと向かった。
やがて円形の広間に辿り着いた。ぐるりと周囲の壁に沿って本が陳列されている。その中で、赤い一冊本を手にとり、近くにあった長椅子に腰を下ろした。緑色のビロード張りの長椅子で座り心地が良く、いつまでも座っていられそうだ。
本の表紙には、『夢についてのあらゆる検証と知見』と書かれている。私はページを捲り、五百ページ以上に渡って記されたその記述に目を通した。概略はこうだ。
――《夢》とは、睡眠中にあたかも現実で経験しているかのように感じる一連の観念や心像のことで、脳が見せている幻覚だとこれまでは考えられてきた。
しかし、西暦二〇××年、脳科学研究の第一人者であるミュラー博士は、脳には異次元の世界へ跳躍する力を持つ部位があると発表した。その力を使って眠っている我々に異次元の世界を垣間見せているのが《夢》なのだという。
発表当時は全く信憑性がないと否定されていたが、《夢●●》が発見されて、その説が正しいと証明された。
《夢●●》とは、輝石の一種で、脳の夢を見る部位だけにある特定の影響を与えることが判明された。それは、異次元の世界に跳躍する脳の部位を特定の座標に固定するというもの。
つまり、自分の好きな夢、望む異次元の世界を生き続けることができるのだ。――
私は、読み終えた本をぱたんと閉じた。所々黒塗りで潰れた文字があったが、どこかで聞いた話のような気がする。……が、やはり思い出せない。
ここにある本は、過去、現在、未来のあらゆる時代の本なのだ。
遠い未来に実現していてもおかしくはない。
本を元にあった場所へ戻しながら、私だったらどんな夢を見るだろうかと考えて、はたと思い当たる。まさに今ここにこうしていることがそれだとしたら……。
一瞬、頭の奥がちりちりと痛む。
しかし、すぐにその考えを打ち消すように頭を振ると、痛みはすっかり消えていた。
きっと気にし過ぎだろう。
次はどんな本を読もうかな、と目を泳がせた先に、『魔法書』と書かれた本が目に留まった。私は、目を輝かせて手を伸ばす。本を開いた時には、もうすっかりさっきまでのことは忘れていた。
読みたい本はたくさんある。
アレクサンドリア大図書館の蔵書や、イワン雷帝の蔵書、焚書など、過去に失われて読むことができない本も、ここなら読むことができる。
ここにある本の全てを読むことが私の今の《夢》なのだ。
時間ならいくらでもある。ここでは時という概念がないのだから。
不思議と空腹や喉の渇きを感じないのは、その為だろう。
時折やってきていた眠気も、本を読むうちに感じなくなっていった。
貪るように本を読み耽る女の様子を、三階の通路からじっと見ている影がある。
それは、その時まで動くことはない。タイミングが大事なのだ。
突然、図書館の一角から火の手が上がった。
それは次々と周囲の本を食らい勢力を広げていく。
そして、円形の広間に辿り着くと、壁に沿って床から天井までをぺろりと舐めあげた。周囲を火に囲まれても、女は本を読み続けた。熱さも息苦しさも感じていないようだった。ただ彼女に見えているのは、目の前に広げた本の世界だけ。
そんな自分に近づく謎の影の存在にすら気が付かない。
影は、女のすぐ背後まで迫ってきていた。
煌々と燃え上がる炎に照らされて、黒い服を着た男の姿が浮かび上がる。
男は、ぬっと伸ばした手を女の後頭部へと突っ込むと、何かを掴んで抜き取った。
同時に、女の姿が煙のように消えていく。
否、読みかけの本の上に小さな小さな紙魚がいた。
それが女の成れの果てだった。
女は自分が紙魚になったことにも気づかず本を読み続けた。
男が掌を開けると、そこには光る石が乗っていた。
男はそれを確認すると、あっと言う間に姿を掻き消した。
残った本と虫も、すぐに炎に飲み込まれて灰となった。
顔を上げると、強張った身体がきしむ音がした。
うーん、と背筋を伸ばして首筋をもむ。
読みかけの本が開かれたまま机の上に置かれている。
どうやら本を読みながら眠ってしまっていたようだ。
圧迫されて痛む頬をさすりながら首を周囲にやると、壁一面が本棚で埋め尽くされていた。
【時空図書館】
ここは時の流れと無縁の場所。
永遠に本を読んでいられる場所。
世界中のあらゆる時代の本がここには収められている。
私は、読みかけていた本の続きを読み始めた。
西洋のファンタジーで、一匹の鼠が魔法使いを救うため旅に出る物語だ。
主人公の鼠が一生懸命で可愛く、魔法使いへの一途な想いがよく伝わってくる。
鼠を食べようと追い掛ける猫のキャラクターも味があって面白く、ちょうど魔法使いが捕まっている城へ侵入するところまで読んで眠ってしまった。
そういえば、眠っている間に夢を見なかったなと思い、ふと《夢》とは何だっただろうか、と首を捻った。
まぁ、いい。あとで《夢》について書かれた本を探して読んでみればいい。ここには、どんな本だってあるのだから。とにかく今は、早くこの本の続きを読みたい。
本のページを捲ると、私はファンタジーの世界へと飛び立った。
大理石の床をこつこつ音を立てながら、長い廊下を歩いていく。
左右の壁にある本棚には、床から天井までびっしりと本が詰まっている。
脚立で届かない高さには、木製の通路が壁に沿って作られており、どこかの階段から上へ登れるようだ。
ここでは、自分の読みたいと思う本が自然と見つかる魔法がかかっているようで、足は自然と目的の場所へと向かった。
やがて円形の広間に辿り着いた。ぐるりと周囲の壁に沿って本が陳列されている。その中で、赤い一冊本を手にとり、近くにあった長椅子に腰を下ろした。緑色のビロード張りの長椅子で座り心地が良く、いつまでも座っていられそうだ。
本の表紙には、『夢についてのあらゆる検証と知見』と書かれている。私はページを捲り、五百ページ以上に渡って記されたその記述に目を通した。概略はこうだ。
――《夢》とは、睡眠中にあたかも現実で経験しているかのように感じる一連の観念や心像のことで、脳が見せている幻覚だとこれまでは考えられてきた。
しかし、西暦二〇××年、脳科学研究の第一人者であるミュラー博士は、脳には異次元の世界へ跳躍する力を持つ部位があると発表した。その力を使って眠っている我々に異次元の世界を垣間見せているのが《夢》なのだという。
発表当時は全く信憑性がないと否定されていたが、《夢●●》が発見されて、その説が正しいと証明された。
《夢●●》とは、輝石の一種で、脳の夢を見る部位だけにある特定の影響を与えることが判明された。それは、異次元の世界に跳躍する脳の部位を特定の座標に固定するというもの。
つまり、自分の好きな夢、望む異次元の世界を生き続けることができるのだ。――
私は、読み終えた本をぱたんと閉じた。所々黒塗りで潰れた文字があったが、どこかで聞いた話のような気がする。……が、やはり思い出せない。
ここにある本は、過去、現在、未来のあらゆる時代の本なのだ。
遠い未来に実現していてもおかしくはない。
本を元にあった場所へ戻しながら、私だったらどんな夢を見るだろうかと考えて、はたと思い当たる。まさに今ここにこうしていることがそれだとしたら……。
一瞬、頭の奥がちりちりと痛む。
しかし、すぐにその考えを打ち消すように頭を振ると、痛みはすっかり消えていた。
きっと気にし過ぎだろう。
次はどんな本を読もうかな、と目を泳がせた先に、『魔法書』と書かれた本が目に留まった。私は、目を輝かせて手を伸ばす。本を開いた時には、もうすっかりさっきまでのことは忘れていた。
読みたい本はたくさんある。
アレクサンドリア大図書館の蔵書や、イワン雷帝の蔵書、焚書など、過去に失われて読むことができない本も、ここなら読むことができる。
ここにある本の全てを読むことが私の今の《夢》なのだ。
時間ならいくらでもある。ここでは時という概念がないのだから。
不思議と空腹や喉の渇きを感じないのは、その為だろう。
時折やってきていた眠気も、本を読むうちに感じなくなっていった。
貪るように本を読み耽る女の様子を、三階の通路からじっと見ている影がある。
それは、その時まで動くことはない。タイミングが大事なのだ。
突然、図書館の一角から火の手が上がった。
それは次々と周囲の本を食らい勢力を広げていく。
そして、円形の広間に辿り着くと、壁に沿って床から天井までをぺろりと舐めあげた。周囲を火に囲まれても、女は本を読み続けた。熱さも息苦しさも感じていないようだった。ただ彼女に見えているのは、目の前に広げた本の世界だけ。
そんな自分に近づく謎の影の存在にすら気が付かない。
影は、女のすぐ背後まで迫ってきていた。
煌々と燃え上がる炎に照らされて、黒い服を着た男の姿が浮かび上がる。
男は、ぬっと伸ばした手を女の後頭部へと突っ込むと、何かを掴んで抜き取った。
同時に、女の姿が煙のように消えていく。
否、読みかけの本の上に小さな小さな紙魚がいた。
それが女の成れの果てだった。
女は自分が紙魚になったことにも気づかず本を読み続けた。
男が掌を開けると、そこには光る石が乗っていた。
男はそれを確認すると、あっと言う間に姿を掻き消した。
残った本と虫も、すぐに炎に飲み込まれて灰となった。
0
お気に入りに追加
0
あなたにおすすめの小説
えっ俺が憧れの劉備玄徳の実の弟!兄上に天下を取らせるため尽力します。
揚惇命
SF
三国志の三英雄の1人劉備玄徳が大好きな高校生の劉義賢が劉備玄徳の墓を訪れるが、くまなく調べると何かの装置が作動し墓の中に落ちる。
辺りを見回すと奥に劉備玄徳愛用の双股剣があったので触れると謎の女性の『玄徳様の運命をお変えください』という言葉で光に包まれ目を覚ますとそこは後漢末期の涿郡涿県楼桑村だった。
目の前にいる兄だと名乗る劉備殿に困惑しながらも義勇兵を結成し、激動の時代を劉備殿の天下のために尽力する物語。
1章 黄巾の乱編 完結
2章 反董卓連合編 完結
3章 群雄割拠編 完結
4章 三国鼎立編 完結
5章 天下統一編 鋭意製作中
※二次創作ではありますが史実に忠実ではなくオリジナル戦記寄りとなってます。
数多くの武将が出るため、誰が話しているかわからなくなることを避けるために「」の前に名前を入れます。
読みにくい場合はコメントなどで教えてもらえるとありがたいです。
オリジナルキャラも登場します。
※小説家になろう様・カクヨム様でも掲載しています。
婚約者が、私より従妹のことを信用しきっていたので、婚約破棄して譲ることにしました。どうですか?ハズレだったでしょう?
珠宮さくら
恋愛
婚約者が、従妹の言葉を信用しきっていて、婚約破棄することになった。
だが、彼は身をもって知ることとになる。自分が選んだ女の方が、とんでもないハズレだったことを。
全2話。
採取はゲームの基本です!! ~採取道具でだって戦えます~
一色 遥
SF
スキル制VRMMORPG<Life Game>
それは自らの行動が、スキルとして反映されるゲーム。
そこに初めてログインした少年アキは……、少女になっていた!?
路地裏で精霊シルフと出会い、とある事から生産職への道を歩き始める。
ゲームで出会った仲間たちと冒険に出たり、お家でアイテムをグツグツ煮込んだり。
そんなアキのプレイは、ちょっと人と違うみたいで……?
-------------------------------------
※当作品は小説家になろう・カクヨムで先行掲載しております。
王侯貴族、結婚相手の条件知ってますか?
時見 靜
恋愛
病弱な妹を虐げる悪女プリシア・セノン・リューゲルト、リューゲルト公爵家の至宝マリーアン・セノン・リューゲルト姉妹の評価は真っ二つに別れていたけど、王太子の婚約者に選ばれたのは姉だった。
どうして悪評に塗れた姉が選ばれたのか、、、
その理由は今夜の夜会にて
海道一の弓取り~昨日なし明日またしらぬ、人はただ今日のうちこそ命なりけれ~
海野 入鹿
SF
高校2年生の相場源太は暴走した車によって突如として人生に終止符を打たれた、はずだった。
再び目覚めた時、源太はあの桶狭間の戦いで有名な今川義元に転生していた―
これは現代っ子の高校生が突き進む戦国物語。
史実に沿って進みますが、作者の創作なので架空の人物や設定が入っております。
不定期更新です。
SFとなっていますが、歴史物です。
小説家になろうでも掲載しています。
婚約者の浮気を目撃した後、私は死にました。けれど戻ってこれたので、人生やり直します
Kouei
恋愛
夜の寝所で裸で抱き合う男女。
女性は従姉、男性は私の婚約者だった。
私は泣きながらその場を走り去った。
涙で歪んだ視界は、足元の階段に気づけなかった。
階段から転がり落ち、頭を強打した私は死んだ……はずだった。
けれど目が覚めた私は、過去に戻っていた!
※この作品は、他サイトにも投稿しています。
Lv.
雪鳴月彦
ミステリー
本州から離れた場所にひっそりと存在する孤島、那鵙島(なげきじま)。
そこに集められた、九人の男女。
その内の一人に依頼され、共に島へと向かった主人公、白沼 恭一とその妹白沼 マリネ。
誰もいない無人島へと招かれた彼らは、正体のわからない殺人鬼、〈CONVICT〉により次々と死体へと変えられていく。
脱出不能、通信不能の島の中で行われる、理解不能の皆殺しゲーム。
果たして、全員が断罪されてしまう前に犯人の正体を暴くことは可能なのか――?
‡登場人物‡
白沼 恭一 (24) 便利屋
白沼 マリネ (19) 恭一の妹・浪人生
絵馬 詩織 (26) 高校教師・恭一の友人
笠島 健次 (51) 映画評論家
美九佐 行典 (64) 音楽指揮者
花面 京華 (25) 心理カウンセラー
貴道 勇気 (58) 元料理長・料理評論家
伊藤 和義 (36) 部品製造業者
月見坂 葵 (26) 海外ボランティア団体会員
木ノ江 明日香 (33)医師
川辺 久 (65) 世話人
※この作品はフィクションです。登場する人物・団体・地名等は全て架空のものとなっています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる