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第三話【縁談】

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 黄月ルナが黄月英として黄承彦邸に住み始めてからひと月が過ぎた。ひと月生活してみると、ほんの少しだけこの世界についての知識も付いて来た。
 この世界は古代中国のような世界観。ルナはそもそも古代中国がどのようなところなのかわからないが、なんとなく雰囲気で。

「月英はどこだ?」

 一通りの家事を終え、休憩がてら日光浴……肌を焼いていたルナ。そんな彼女を黄承彦が探している。
 この世界の日差しは優しい。元の世界では黒ギャルであるルナも戸惑うほど日差しが強烈な日もあったが、ここではそんな心配はいらなそうだ。

「月英なら庭にいますよ」
「そうか、ささ、こちらです」

 妻がそういうと、黄承彦は足早に庭へ向かった。彼の背後に背の高い男の姿を確認した妻は慌てて

「あなた!今、月英は肌を焼いて……」

 そう言った時には、もう二人の姿は見えなかった。早く追いかけなくてはと思いつつ、火を使っているため手を放すことが出来ない。妻はため息をつき、再び料理を続けた。

「月英!いるか?」

 ルナはお手製のウッドチェアに寝転び、これまたお手製のビキニを身に纏い、優雅に日光浴を楽しんでいた。そこへ黄承彦がやって来た。

「あ、パパ!ちょうど良かった!」
「月英!お前さん、なんて格好……!」
「あ、わかる!?これさ、ママが町で安く買って来てくれた布で新しく作ったんだよー!ちょっとトラ柄みたいで可愛くない!?ていうか、聞きたいことがあったの!ここサンオイルないじゃん?だから、そこら辺にあった油適当に肌に塗ってんだけどさ、大丈夫だと思う?荒れちゃうかな?一応、ママに聞いて綺麗な油だって言ってたし、使っていいよーって言ってたんだけど……」

 ルナはいつものようにベラベラと話すが、黄承彦の反応はいつもと違った。いつもの調子なら「似合うじゃないか。月英は本当に器用だな」とか「私も肌に塗ったことはないから……よくわからない」とか言ってくれそうなものだけれど。変に思ったルナは、黄承彦の後ろに背の高い男が立っていることに気付く。
 黄承彦はしまったと思った。ルナが庭にいるということは十中八九、日光浴だ。ビキニという局部だけが隠れるものを身に着けて。いい話をルナに聞かせてやろうと浮かれていたのか、すっかり忘れていた。

「あ、お客さん?初めまして、黄承彦の娘の月英でーす」

 あまりにも緩すぎる自己紹介。黄承彦に連れて来られた長身の男は固まっている。若干、眉上がひくひくと痙攣していた。

「月英!とりあえず早く服を……!」
「そんなに慌てないでよ。別に全裸なわけじゃないんだから。水着よ水着」
「いいから!」

 ルナは仕方なくすぐそばに置いていた着物を羽織った。

「で、何?何か用があったの?」
「……まあ」
「ていうか、その人は?」

 酷い落ち込みようの黄承彦も気になるが、後ろで固まっている長身の男も気になる。先ほどから一言も発していないこの男はいったい何者なのか。老人にすり寄る詐欺師などではあるまいな。なんとなく胡散臭い顔をしている。ルナが勝手な妄想を膨らませていると、男が口を開いた。

「失礼……私は諸葛亮しょかつりょう。字を孔明こうめいと申します」
「諸葛亮……孔明……?」

 どこかで聞いたことがある名前だ。でも、どこだったか思い出せない。確か偉い人の名前だったような……。

「黄承彦殿、申し訳ございませんが……用事を思い出しました。先ほどの件、少し考えさせて貰えますか?」
「あ、あぁ……こちらこそ、申し訳なかった……」

 諸葛亮は一礼すると、そそくさとその場を後にした。残された黄承彦は意気消沈といった感じ。よくわからない状況に、ルナはただ首を傾げた。

「縁談!?お見合いってこと!?」

 夕食時、家中にルナの大声が響く。

「あぁ、良かれと思って諸葛亮殿を連れて来たんだが……お前さんが日光浴中だったとは……」
「ごめんね……私もすぐ止めれば良かったのに……」
「いやいやいや、私、結婚とかそういうの……よくわかんないし……」

 ルナはこう見えて交際経験がない。人を好きになったことは勿論ある。告白されたこともある。しかし、いつも上手くは行かなかった。なので、交際を通り越して結婚など、考えるのも難しい。

「……こっちに来てまだひと月だ。私が少し早まりすぎたのかもしれないな」
「そんなことないよ……」

 落ち込む黄承彦を見て、ルナは申し訳なく思った。自分がビキニで身体中に油を塗ったくっていたばかりに、せっかく父が持って来た縁談が破談になったのだ。
 郷に入っては郷に従え。ルナは十分理解しているつもりだった。この世界は、だいぶ古い時代背景のようだし、女は別の家に嫁ぐのが普通なのかもしれない。

「……私たちももう結構な年だ。もし、何かあったら……お前さんが一人になってしまったら……そんなことを考えてしまってね」

 黄承彦の優しさは十分理解出来た。こんな知らないところに一人になってしまったら、生きていく術がない。
 でも……

「……私、あの人タイプじゃない」
「タイプ?」
「好みじゃないってこと……本当ごめんなんだけど」

 正直すぎるルナの言葉に、妻は吹き出した。

「笑うな……諸葛亮殿に失礼だぞ……」
「あら、あなただって口角が上がってますよ」

 反省モードの空気が一変し、いつもの食卓になった。

「たぶん、向こうも私のこと好きじゃないと思う。インテリっぽいし」
「でも、諸葛亮殿は変わり者だから……」
「変わり者だったら、もっと奇抜な人が好みなんじゃない?」
「お前さん、自分が奇抜ではないと……?」
「私はちょっと派手なのが好きなだけ。だいたいさ、すぐ帰っちゃうなんてちょっと失礼じゃない?」
「月英は可愛いのにね。服もそうだけど、いろんなものが作れるし、器用でいい子なのに」
「ママ~!嬉しい~!これでも一応、工業高校出身だからね」

 ルナ、月英が嫁ぐなど相当先の話になりそうだ。誰もがそう思った。
 しかし、諸葛亮という男に出会ってしまったことにより、ルナの運命は更に大きく動いて行く。
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