保健室で秘密の関係

星空永遠

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保健室で秘密の関係

前編

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「ねぇ、知ってる?実はこのクラスメイトの中に吸血鬼がいるってウワサ!」
「え!?うそ!?」
「それって女子?男子?」
「そこまでは知らなーい」

「朱里ちゃんは誰だと思う?」
「わかんない。私、そういうの疎くて」
「そっかぁ」

「そもそもホントにクラスの中に吸血鬼がいるのかな?」
「あれ?霧姫さん帰るの?」
「最近、帰るの早いねー」

「コ、コンビニのバイト始めたから……」
「へー、そうなんだ」
「バイト頑張ってね~」

「ありがとう。また明日」

放課後。私は教室を出ると気持ち駆け足である場所へと足を進めた。

今の時代、吸血鬼は珍しくない。一昔前は都市伝説として扱われていたけど、今はクラスに1~2人はいるくらい数は増えている。とはいっても、吸血鬼は怖い存在として言い伝えられてきたから自分から極力関わりを持つ人は滅多にいない。

げんに悪いウワサしか聞かない。いきなり血を吸われたり、無理やり眷属にされたり、とか。

吸血鬼と関わらずに暮らせるならそれがいい。私だって残りの高校生活を平凡に過ごしたい。と、以前までは思っていた。

―――あの人と関わるまでは。

ガラッ

「柊君、起きてる?」
「今にも死にそう。ていうかカーテン開けたらすぐ閉めてくれ」

「ごめん。すぐ閉めるね」

保健室のベッドで半分死にかけている彼の名前はひいらぎ黒炎こくえん君。私と同じクラス。
そう、彼こそがクラスメートの女の子たちがウワサしていた吸血鬼。一日の半分以上をこの保健室で過ごしている。なんでも太陽が出ている時間帯は体調が優れないとか。

「霧姫、いつもの」
「ちょっと待ってね」

それは吸血鬼にとって必要不可欠なモノ。

「やっぱり男の子の前で肌を見せるのは恥ずか……」
「心配しなくても霧姫の肌は綺麗だぞ」

私の言葉を最後まで聞く前にこれだ。

「っ」

制服のボタンを外す前に柊君の手が伸びる。ボタンを1つ、2つ外される。この行為が恥ずかしいから自分で脱ごうとするのに、柊君はそれさえも待ってくれない。

「痛いかもしれないが少しの間我慢してくれ」
「…んっ」

赤い瞳が私を捕らえる。決して逃げることはできない。

放課後の保健室。私は毎日のように血を吸われていた。柊君が吸血鬼と知っているのは私だけ。これは私と柊君2人だけの秘密。

「ごちそうさまでした」
「満足した?」

「満腹かと言われると腹7分目ってとこだな」
「お腹いっぱいになるまで吸わないの?」

「そんなことしたら霧姫が貧血で倒れるだろ」
「心配してくれるんだね」

吸血鬼が怖いって最初に言い出したのは誰だろう?  柊君はただのクラスメイトの私にもこんなに優しいのに。

「こっちこそ俺の都合で悪いな」
「いいの!ぜんぜん大丈夫!」

柊君とこんな関係になった理由は単純明快。私が体育でケガをして保健室に行った時に柊君がほぼ瀕死状態で保健室の真ん中で倒れていたから。心配で駆け寄るといきなり吸血されちゃって。流れで今の関係がずるずると続いてる。

「霧姫のそんな格好見てたらまた吸いたくなってきた」
「え?」

!?  ブラが見えるか見えないかくらいの露出。

「これ以上見るの禁止っ」
「なんで?」

「まな板みたいな胸、見られるの恥ずかしいんだもん」

高校生になっても私の胸は一向に成長しない。体重は増えてるのになんで胸は大きくならないの?  食べた栄養がぜんぶ胸にいけばいいのに…。

「霧姫の身体で駄目な部分なんてないぞ。どこを見てもお前は綺麗だ」
「そ、そういうことは恋人に言ったほうが喜ばれるよ」

柊君は私が自分自身を卑下するとすぐ否定して励ましてくれる。褒めてくれるのは嬉しいんだけど、これだと口説かれてる気がして心臓がいくつあっても持たない。

「前にも話したと思うが俺に恋人はいないぞ」
「だったら尚更私を口説くのはやめない?」

「口説いてるつもりはない」
「……」

無自覚ってこわい。

「俺に褒められるのは嫌なのか?」
「イヤってわけじゃない、けど」

「けど?」
「とにかくダメなものはダメ!」

「人間の女って難しいな」

俺のなにがダメだったんだ?みたいな顔をして考え込んでいる。

「今日はもういいんだよね?」
「ああ」

私は制服の乱れをなおした。

「私がいうのもなんだけど、ちゃんと卒業できるの?」
「俺が吸血鬼だってバレたら退学させられるかもな」

「退学!?」
「なんで霧姫が驚いてんだよ」

だって退学だよ? 驚かずにはいられない。 私たちは高3だし、ここまで頑張ってきたのにバレたら退学ってひどくない?  吸血鬼はクラス内にいてもおかしくないっていうのに。

「私、先生に柊君を退学にしないでって言ってくる!」
「待てって」

柊君は私の腕を掴む。

「彼女でもない私がそこまでするのは余計なお世話だった?」

って、この聞き方だと私が面倒くさい女みたい。

「彼女どうこう以前に俺が吸血鬼だって他の奴らにバラすつもりか?」
「え?」

「え?ってお前…」
「柊君。先生にも自分が吸血鬼だってこと黙ってるの?」

「当たり前だろ。教師には身体が弱いって言って保健室登校を許してもらってるんだ」
「え?え?」

あれれ?  てっきり担任の先生くらいには話してるとばかり。

「じゃあ私に話してくれたのは?」

そこまで信頼してるような仲でもないんだけど。

「あの状況で隠すのとか無理あったし」
「あ……」

柊君の側に行ったらすぐに吸血されたんだよね。あれで吸血鬼じゃないですって言い訳のほうが苦しいか。

「それって別の女の子だったとしても血を吸ってた?」

私ってばなんてことを聞いてるんだろう。 こんなの「ああ」って肯定された日には私のほうがダメージ大きいのに。柊君は吸血鬼なんだし、なにも私だけが特別ってわけじゃない。

「それはないな」
「なんで?」

「今までだって何度か死にかけのところをクラスの女に見られてる」
「バレた時どうしてたの?」

「体調不良だって言って誤魔化してきた。だけど霧姫のときは我慢できなかった」
「なんで?」

「理由は俺にもわからない。ただ……」

ただ……なに?

「これ以上いえない」
「そっか」

その続きが聞きたかったけど、私もそれ以上聞くのはよくない気がした。

「もう遅いし家の近くまで送ってやる」
「でも柊君に迷惑がかかるし、柊君の身体も心配だから」

「今からは俺たち吸血鬼の時間だ。心配しなくていい」

柊君はカーテンを開けた。瞬間、日が沈む。
あたりが暗くなる中、唯一明るいのは、

「どうした?」
「その目、綺麗だね」

柊君の赤い瞳。それは吸血鬼である証拠。宝石のルビーよりも美しくて、私はその瞳から視線が逸らせなかった。

「そうか?俺は生まれた時からこうだからなんとも思わないな」
「綺麗だよ!見れることならずっと見ていたいもん」

「告白?」
「ち、ちがうよ!?」

「ははっ。そんな動揺しなくてもわかってるって」
「……」

始まりは、ただ柊君の食料として。だけど、いつの間にか私は柊君に恋をしていた。たとえ柊君が私のことを好きじゃなくても、私は構わない。こんな関係でも柊君に必要とされるならそれでいい。

「付き合うならさ」
「うん?」

「霧姫が付き合うならさ。吸血鬼じゃなくて、ただの人間にしたほうがいい」
「なんで?」

「俺たち吸血鬼は死なないんだ。孤独になるくらいなら誰かを好きになるなんて……したくない」
「……」

だから恋人がいないって言ってたんだ。恋人ができないんじゃなくて、作らない。

人間の寿命は吸血鬼からしたらほんの一瞬。仮に人間と恋に落ちても、遅かれ早かれ人間のほうが先に死ぬ。そのあとに残されるのは吸血鬼。寿命がない吸血鬼が恋人を失った悲しみは想像するだけでも心が痛くなる。

「でも相手がいないのも寂しくない?」
「好きな奴の死を見るほうが俺にとっては辛い」

「そうだよね。ごめん、変な話しして」
「いや、俺こそ悪いな。霧姫は人間なんだから人間の誰かと恋しろよ。人を好きになることは悪いことじゃないからさ」

「うん……」

人を好きになることは悪いことじゃない。じゃあ、吸血鬼に恋をするのは悪いこと?
その好きな誰かは柊君です……っていったら、あなたはどう思うの?
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