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三章

32話ルリエを助ける方法

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「お願いだ、紅蓮。ルリエを助けてくれ」
「以前話していた同居人は彼女のことだったんですね」

「俺の魔導書じゃルリエを治すことが出来ないんだ。俺が、俺が弱いから……」

「龍幻」
「な、なんだよ」

「一旦落ち着いてください」
「こんな状況で冷静でいられるか。紅蓮、お前にとってルリエはなんでもない存在かもしれないが、俺にとっては大事な人なんだ」

「それはわかっています。まずは自分の家に行きましょう。着いてきてください」
「あぁ……」

 俺はルリエを抱え、紅蓮の家に足を進めた。微かに心臓は動いているものの、今にも止まりそうだ。身体はどこを触っても冷たいまま。

 ルリエ……このまま死んだりしないよな。
 俺はまだルリエに何一つ伝えていない。

「ひとまず、このベッドに彼女を置いてください」
「……あぁ」

 俺はルリエをそっとベッドに置いた。ルリエの反応はない。まるで死体のようだ。これ以上ルリエを見るのは辛い。けれど、今、現実から目を背けたら駄目だ。

「自分の魔導書で回復魔法をかけてみますが、おそらく完全に治すことは不可能です」
「だったらどうすればいい?」

「彼女と出会った時から今までのことを話してくれませんか?」
「そんなことをしてるうちにルリエが死んだらどうする!?」

「回復魔法をかけ続けているので死ぬことはありません。それに大事なことです。貴方の……龍幻の話を聞けば彼女を助ける方法がわかるかもしれない」
「っ……わかった」

 紅蓮の魔導書は光り続け、ルリエの傷を治そうとしていた。が、それをルリエ自身が拒んでいるのか、一向に傷は塞がらなかった。だが、傷がそれ以上広がることもなかった。

 俺はルリエを召喚した時のことからルリエの家族や担任、今まで起きたことを包み隠さず話した。

「もしかしたら彼女の姉なら彼女を治せるかもしれませんね」
「それは本当か!?」

「確証はありません。ですが、彼女と血を分けた者なら彼女を何とか出来るかもしれません。おそらく彼女の両親でも可能だとは思いますが……。
いくら一人前のサキュバスになるためとはいえ、両親が連絡の一つもしないのは彼女との関係はあまり良好ではないと考えるべきです」

「そう、だよな」

 なんとなくそうだろうとは予想はしていたが、紅蓮も俺と同じ考えだったようだ。

「ですが、彼女の姉がいるのが魔界だとすると、自分と龍幻じゃ行くことが出来ません」
「なら、前みたいに魔界の扉が開いたときに入れば……」

「魔界へ繋がる扉は魔族にしか開けられない。いつ魔族か来るかわからないのに、いつまで待つつもりですか」
「わかっています、そんなこと。でもそれ以外に魔界に行く方法がなければ待つしかないだろ!?」

 アレンたちがいつ攻めてくるかもわからない。その間にルリエの容態が急変するかもしれない。

 いくら紅蓮の魔力が強くてもルリエの回復魔法をかけ続ければ、いつか魔力は限界を迎える。

 そうなればルリエは死ぬ。そんなこと、わかっている。けれど俺たちじゃ魔界に行くことすら出来ない。俺にもっと力があれば……。何度悔やんだだろう。

「他にルリエを助けられる方法はないのか? 俺の命を引き換えにルリエを生き返らせるとか」
「龍幻。自暴自棄になりすぎです。……それは自分がさせない」

「っ……」

 両手に肩を置かれた。その力は強くて、俺のことを本気で心配している目だった。

「貴方がこの世から消えたら僕は悲しい。せっかく来世でこうして出会えたのにまた消えるの? それに彼女だって龍幻自身が犠牲になることを望んでいない。彼女が次に目を覚ましたとき、元気な姿を見せるのが君の役目です」

「紅蓮……俺が悪かった」
「わかってくれたならいいです」

「だが、実際のところ何も解決策は見つかってないんだよな」

「龍幻。その携帯は魔界と繋がるんですよね?」
「そうですけど……。こっちからかけるのは無理ですよ? なんでも一方通行だし、これが壊れたら代わりがないとかで」

 俺は携帯をジッと見るが特に反応はない。当たり前だ。こっちからは何も出来ないのだから。歯がゆい気持ちになる。魔界へ繋がる唯一のアイテムがここに存在するっていうのに……。

 ピピピピピ。

「!」

 静けさの中に響き渡る甲高い着信音。間違いない。魔界からの電話だ。

「龍幻。自分がいることは内密に。彼女の担任の正体がわからない以上、自分と一緒にいることがバレると厄介です」
「……わかりました」

 そうだ。ルリエの担任は何かを隠している。だって電話が掛かってくるタイミングがあまりにも不自然だ。ルリエが撃たれてから30分も経たないうちにかけてくるなんて怪しすぎる。

「も、もしもし」

 俺はなにも知らないフリをして、その電話に出た。

「龍幻さんですか? お久しぶりですね。お元気でしたか?」
「っ……」

 どの口が言っているんだろう? そう思ったが俺は怒りをおさえた。今、怒鳴れば相手の正体はわからないままだ。

「久しぶりです」
「その後、ルリエとはどうですか?」

「上手くやっていますよ。あの、聞きたいことがあるんですけどいいですか?」
「……どうぞ」

「もしもルリエが風邪を引いたりしたらどうすればいいんですかね? 指を切って怪我をしたりとか。そういう場合ってやっぱり魔界で静養って形で一時期に戻るんですか?」
「それも試練のうちなので魔界に戻ることはないです。その場合は自力で治してもらうしかないですね」

「もしそれが大きな怪我だった場合でも?」
「龍幻さん。……プレゼントは受け取りになりましたか?」

「っ……!」

 最初から気付かれていた。気付かれた上で泳がされていたんだ。電話だったからまだいいものの、実際の会話なら間違いなく俺は首を落とされていただろう。

「導を操ったのはお前か?」
「お前だなんて口が悪いですよ。私はルリエの担任なのに」

「担任だったらどうしてルリエを雑に扱う!? ルリエの親に話したからと言って何の連絡もなくルリエを人間界に置くわけがない。ルリエは魔界学校だけじゃない。家でも居場所がないんだな?」
「この短期間の間にそれなりに勉強したんですね。大方、隣にいる魔法使いのお陰ですか?」

「っ……」

 俺は紅蓮の上に覆いかぶさった。どこから攻撃が来ても守るためだ。今、紅蓮まで失えばルリエも死に、紅蓮もいなくなる。そんなのは耐えられない。

「龍幻?」
「紅蓮は俺の側から離れるな」

「……龍幻さんはお友達思いなんですね。でも大丈夫ですよ。彼を攻撃するつもりはありませんから」

「だったら導を操る必要もなかっただろ!? どうして導にルリエを……! 導はルリエがサキュバスだと知っても変わらず仲良くしたはずだ。俺が導に隠したばかりに……アイツは誰に対しても優しい。俺は知ってる。アイツの優しさを。そんなアイツの優しさを利用してお前は心を、身体を操った。楽しかったか? 動揺した導を見て。少しも心は悲しんだりしなかったのか?」

「魔族の私に情があるとでも?」
「なん、だと?」

「導さんだから操った? そんなわけないでしょう? 誰でも良かったんです。ルリエの近くにいたのが導さんだったから操った。ただ、それだけのこと」
「たまたま? ……ふざけるな!!」

 俺は導がルリエを撃った時の顔が未だに脳内に焼きついて離れない。

 導はどんなことがあっても簡単に逃げる奴じゃない。だからあの時は本当に動揺していたんだ。
 自分の意思じゃなかった。けれど、それ以上に見えない敵に目を向けられるほど俺に余裕がなかったのもまた事実。だからこそ導を怒鳴ってしまったのは悪いと思っている。

「どうして教え子を殺そうとした?」
「あ、その言い方だとまだ生きてるんですか?」

「ルリエを殺してお前になんの得がある?」
「ルリエの心臓さえ無事なら私たちはいいんです。五日後、ルリエを回収に向かいます。ルリエは一人前のサキュバスになれませんでしたね。ルリエは親にも愛されていない孤独なサキュバス。人間界で一人孤独に死んでいく」

「その必要はない」
「なんですって?」

「俺が今から魔界に向かう。それでお前には謝ってもらう」
「私が貴方に謝ることなんてありませんよ?」

「ルリエは孤独じゃない!」

 ……もう隠す必要はないよな。この際だから言いたいことは全て言ってしまおう。相手も隠す気がないようだからな。まさか、こんなに早く化けの皮が剥がれるなんて思わなかった。

 俺の予想は当たっていたってことだ。今になって思えば、大切な生徒をルリエのような……なんて普通は言わない。いくら特別枠とはいえ、一年早く人間界にそのまま居させるなんてことはありえない。

 ルリエの親だってそうだ。ルリエが人間界に来れるってことはルリエの親だって来れるはずなんだ。

 アクションの一つも起こさないってことはルリエの親は紅蓮の言うようにルリエとあまりいい関係ではないのだろう。大方、厄介払いが出来て良かった。そんなところか。

「ルリエは俺と出会って笑った。それにお前に止められていた普段通りのルリエも見せてくれた。まわりがルリエを変に思ったんじゃない。お前とルリエの親がルリエをまわりから遠ざけるようにわざとそうした。それに一般人である導にも酷いことをした。ルリエと導に謝罪をしてほしい。だから俺は魔界に行く」

「私がただの一般人の貴方に屈するとでも?」
「お前は前に言ったよな」
「?」

「俺のような一般人がルリエを召喚出来るわけないって」
「……!」

「俺はお前を殺さない。ただ、俺は二人に謝ってほしいだけだ。ルリエを助ける方法を見つけたあと、お前にも会いに行く。だから、それまで顔を洗って待ってろ!」
「誰が謝るも……」

 ガシャーン。俺は携帯を床に投げつけた。俺は自らルリエの担任との連絡手段を切った。

「龍幻……」
「紅蓮。俺、今すぐ魔界に行きたい。ルリエを助けたいんだ」

 ルリエの親がルリエにひどいことをしている。その確証はないけれど、ルリエの姉だけは違う。ルリエは姉を尊敬してるし、好きだとも言っていた。ルリエを助ける方法はルリエの姉に会うこと。今はそれに賭けるしかない。

「ですが、魔界の扉は自分では開けません」

 紅蓮の魔導書はルリエの側を離れるとルリエの傷は広がってしまうため、ルリエから引き離すことは出来なかった。

「それに魔導書無しでは自分も使える魔法が限られます」

 普通なら、手元に魔導書が無ければ魔法は全く使えない。が、紅蓮はそれなり強いのか炎を出す魔法と防御魔法が使えるらしい。ただ、魔導書無しなので威力は最弱だとか。あくまでも護身用程度。

「それでも構わない。紅蓮がいたら俺も心強いから」
「自分も龍幻一人だと心配ですから、ついていきますよ」

「ありがとな紅蓮」

 ギィィィィ。と、重い音がした。それはまるで扉が開いた音と似ている。

「紅蓮、これって……」
「魔族たちが帰る時に出現した扉と同じですね」

「それなら行けるな」
「待ってください」

「……うぇ」

 俺が扉に向かって足を進めようとする直前、首根っこを掴まれた。普通に痛い。

「どうして止めるんだ!?」
「あまりにも危険すぎる。扉が開いたということは中から魔族が出てくる可能性もあります」

「……っ」

 俺は魔導書を持ち、魔法を放つ準備をしていた。 が、数分経っても魔族が現れる気配はなかった。

 瞬間、強い風が俺たち側に吹いた。

「うわぁっ!?」
「龍幻!」

「大丈夫、だ。なんか紙が俺の顔目掛けて飛んできただけ」

 って、なんで紙なんかが?

 ……そこには俺のことをよく知る人物からの手紙だった。

『ルリエを助ける方法。それはルリエの姉、レナを人間界に連れてくること。魔界の扉は開けておきました。まずは幻覚の森を抜け、記憶の湖のどこかにルリエの姉はいます。センパイならルリエを助けられる。こんなことするのも最後ですから。勘違いしないでくださいね? 
だけど、普通の人間が魔界に居られるのも四日が限界。センパイの身体が壊れる前に人間界に戻ってくること。……次に会った時は敵同士ですから忘れないで』

「暁月……」

 なんでルリエがピンチなこととか、俺が魔界に行こうとしてることとか知ってるんだよ。だが、やはりルリエを助けるにはルリエの姉が必要なんだな。
 
 魔界へ繋がる扉を開いたのは暁月だった。

「さすが、俺のストーカーだな……」

 ありがとな。今はお前に感謝してもしきれない。俺が普通の人間……なのかはわからないが、魔法がほとんど使えない俺は一般人と変わらない。

 タイムリミットは四日。それまでにルリエの姉、レナを人間界に連れてくる。だけど、レナはなんで湖なんかにいるんだ?

「俺が紅蓮のことも守るから一緒についてきてくれ」
「貴方は自分の心配をしててください」

「俺たち親友だったよな?」

 あまりにも冷たすぎる態度に俺はショックを受けていた。

「……彼女の担任に啖呵切る龍幻を見るためにも自分は怪我しないようにします」

 そうだ。俺はレナを連れ出したあと、ルリエの担任を見つけなければならない。今回の件はルリエの担任の単独ではないことはわかっていた。

『ルリエの心臓が無事なら私たちはいいんです』

 担任の後ろには誰かがいる。

 私たち、とは一体誰のことを言っているのか。やはり魔族なんだろうか。どちらにしても会って詳しく聞き出さないといけないな。

「そういうの、死亡フラグっていうんだぞ」
「自分は簡単にくたばりませんから」

「……」

 俺は魔導書の横で寝ているルリエを見た。寝ている、というわりにはとても苦しそうだが。当たり前だ。あんな思いをしたのだから。

 痛かったよな……いきなりで驚いたよな。
 ごめんな、ルリエ。

「魔法で結界も張ったので敵が彼女を攻撃してもしばらくは安心です」
「そうか……」

 それを聞いて俺は安堵した。敵は五日後にルリエを回収に来ると言っていた。またルリエを物みたいに扱いやがって……許せねぇ。一日でも早くレナを連れてこなくちゃならない。

「それじゃあ行くか、紅蓮」
「そうですね」

 俺たちは魔界へ繋がる扉の中へと入っていく。  

 ……待ってろよ、ルリエ。必ずお前を助けてみせるから。
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