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舞が壊れた日3
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話もそこそこに、狂島は本題へと向かうため穴を降りていく。垂直に空いたそれは梯子がついており、3メートル足らずで底が見えてくる。
わざわざ貼ったのだろうか、冷たいタイル張りの通路がそこにあった。高さは1メートル半、舞以外は屈まないと通れない道の先はほのかに明るい。
かつ、かつと足音が反響する。この先に何があるかわからないと、小さな物音ですら神経質になるようだが、事情を知る狂島はともかく、変なものを食べて気が狂った舞も恐れ知らずにずんずんと前に進んでいた。
老いて新堂の中腰の姿勢の維持がきつく感じられる頃、そこに終着点があった。
「……おや、お客さんかな?」
「加賀部長?」
「んー、部長職は返上したのだからそろそろ博士と呼んで欲しいな。これでも昔は大学で教鞭をとっていたのだからね」
通路の先、開けた空間にいたのは複数人の職員であり、見知った顔に新堂はその名を呼ぶ。
加賀 鞠。元調査部部長であり、今は定年を迎え再雇用を経て一般職員として働いている。彼の言葉の通り、大学教授だったところをこの会社がヘッドハンティングした形だ。
当時から未知に溢れていたダンジョンは新発見の宝庫であることに間違いなく、そこが科学者気質を刺激されたのだろう、二つ返事でダンジョンワーカーに来た変人でもあった。
学者らしく年齢も相まって相当に細い身体、年齢のわかる白髪に深く刻まれた皺。人よさそうな笑みはどこか怪しげであり、加賀の目線は思わぬ来客を一周した後、一人の少女で止まっていた。
「なるほど、彼女が」
「舞がどうかしましたか?」
またどこぞで粗相でもしたのだろうかと疑う新堂に、加賀はいやと首を振る。
そして、
「ここには何用かな? 正直見てもつまらないものしかないが」
「狂島部長の手伝いに来ました! なんでも言ってください!」
「手伝い……?」
「はい!」
舞の、異常なまでに元気な声を聞いて、加賀は眉を顰める。
その態度ではっきりとわかるのは、決定的にボタンの掛け違いが発生しているということだ。狂島と舞を交互に見る目には疑念が浮かび、言葉が出ないでいる。このままでは埒があかないことは明白で、
「すみません、こいつが無理を言って。それでうちの部長はここで何をしているんですか?」
「何……しているんだろうね。たまに研究結果を盗み見ているくらいで特に手伝ってもらった覚えはないよ」
「そりゃね。僕は研究が危ない方面に向かわないかのストッパーをしているだけだし。ダンジョンから出る情報を世の中に流すにはまだ早いことがたくさんあるからその舵取りをしているんだよ」
「誰の命令で?」
「総理大臣より偉い人、かな」
こともなさげに狂島は言う。果たしてそんな人物などいるのだろうか、いるとしたならばと想像した新堂は考えるのを止めた。
好奇心は猫をも殺す、首を突っ込んだら最後、絶対にろくな目に合わない未来が見えてしまったからだ。
「それっててん――」
「言わんでいい。やめろ聞きたくない。いい加減そういう怖いもの知らずなところは直せよ、まじで」
何かを言いかけた舞の口を背後から物理的に閉じる。余計なことを言えばどこで反感を買うかわかったものでは無い。
しかし、そんな思惑をぶち壊す人は舞以外にもいた。
「任期が終われば無責任に放り投げる役職と国民の人気取りで政策変える政党にこの国難は任せられないからねぇ。昔はお飾りと言われたものだけどだんだんと発言力も増しているし王政復古も近いんじゃないかな」
「部長!? 政治批判は不味いですって! ただでさえうちの会社は省庁関係からの出向が多いんですから不用意な発言は控えましょうよ!」
「大丈夫だって。人事部は政治色のない子達で揃えているし」
気軽に言うが、どこで漏れるともわからない話に新堂は身を固くする。
確かに狂島の言う通りで、舞は一般人、戸事は裏社会の関係者、一応新堂は警察庁の管轄だが本人の気質が政治に興味がなく、ここにいない辛も他国籍と、よくもまぁざっくばらんに集められたものである。余計な紐付きが無いとはいえ、派閥でまとまることも出来ないこともまた事実であった。
数は力、発言も束になれば無視できない、それと引き換えに得たものはなんだろうか。余計なしがらみがない代わりに閑職に追いやられて、周りからはいいように使われているようにしか見えていなかった。
「そんなことはどうでもいいんです! 仕事、やることをください!」
今日限定でワーカーホリックになった舞が騒ぎ出す。とはいえ仕事などあるのだろうか、狂島がここで研究の手伝いでもしていれば別だがただの監視である、そんな人手のいることではないのだから。
「うーん、なんかない?」
「なんかと言われてもなぁ……噂だと嬢ちゃんのほうがダンジョンに詳しいんだろう? むしろこちらからご教授願いたいくらいなんだが……駄目なんだろう?」
「それは流石にね、彼女と関わりのあるハンターにも口止めさせてもらってるくらいだから、僕の一存で許可は出せないよ」
そのハンターが誰かはすぐにわかる、薬師丸の事だ。以前新堂に話せないと言った理由、口止めしているのが誰なのかわかればああいう態度になることも仕方がない。
わざわざ貼ったのだろうか、冷たいタイル張りの通路がそこにあった。高さは1メートル半、舞以外は屈まないと通れない道の先はほのかに明るい。
かつ、かつと足音が反響する。この先に何があるかわからないと、小さな物音ですら神経質になるようだが、事情を知る狂島はともかく、変なものを食べて気が狂った舞も恐れ知らずにずんずんと前に進んでいた。
老いて新堂の中腰の姿勢の維持がきつく感じられる頃、そこに終着点があった。
「……おや、お客さんかな?」
「加賀部長?」
「んー、部長職は返上したのだからそろそろ博士と呼んで欲しいな。これでも昔は大学で教鞭をとっていたのだからね」
通路の先、開けた空間にいたのは複数人の職員であり、見知った顔に新堂はその名を呼ぶ。
加賀 鞠。元調査部部長であり、今は定年を迎え再雇用を経て一般職員として働いている。彼の言葉の通り、大学教授だったところをこの会社がヘッドハンティングした形だ。
当時から未知に溢れていたダンジョンは新発見の宝庫であることに間違いなく、そこが科学者気質を刺激されたのだろう、二つ返事でダンジョンワーカーに来た変人でもあった。
学者らしく年齢も相まって相当に細い身体、年齢のわかる白髪に深く刻まれた皺。人よさそうな笑みはどこか怪しげであり、加賀の目線は思わぬ来客を一周した後、一人の少女で止まっていた。
「なるほど、彼女が」
「舞がどうかしましたか?」
またどこぞで粗相でもしたのだろうかと疑う新堂に、加賀はいやと首を振る。
そして、
「ここには何用かな? 正直見てもつまらないものしかないが」
「狂島部長の手伝いに来ました! なんでも言ってください!」
「手伝い……?」
「はい!」
舞の、異常なまでに元気な声を聞いて、加賀は眉を顰める。
その態度ではっきりとわかるのは、決定的にボタンの掛け違いが発生しているということだ。狂島と舞を交互に見る目には疑念が浮かび、言葉が出ないでいる。このままでは埒があかないことは明白で、
「すみません、こいつが無理を言って。それでうちの部長はここで何をしているんですか?」
「何……しているんだろうね。たまに研究結果を盗み見ているくらいで特に手伝ってもらった覚えはないよ」
「そりゃね。僕は研究が危ない方面に向かわないかのストッパーをしているだけだし。ダンジョンから出る情報を世の中に流すにはまだ早いことがたくさんあるからその舵取りをしているんだよ」
「誰の命令で?」
「総理大臣より偉い人、かな」
こともなさげに狂島は言う。果たしてそんな人物などいるのだろうか、いるとしたならばと想像した新堂は考えるのを止めた。
好奇心は猫をも殺す、首を突っ込んだら最後、絶対にろくな目に合わない未来が見えてしまったからだ。
「それっててん――」
「言わんでいい。やめろ聞きたくない。いい加減そういう怖いもの知らずなところは直せよ、まじで」
何かを言いかけた舞の口を背後から物理的に閉じる。余計なことを言えばどこで反感を買うかわかったものでは無い。
しかし、そんな思惑をぶち壊す人は舞以外にもいた。
「任期が終われば無責任に放り投げる役職と国民の人気取りで政策変える政党にこの国難は任せられないからねぇ。昔はお飾りと言われたものだけどだんだんと発言力も増しているし王政復古も近いんじゃないかな」
「部長!? 政治批判は不味いですって! ただでさえうちの会社は省庁関係からの出向が多いんですから不用意な発言は控えましょうよ!」
「大丈夫だって。人事部は政治色のない子達で揃えているし」
気軽に言うが、どこで漏れるともわからない話に新堂は身を固くする。
確かに狂島の言う通りで、舞は一般人、戸事は裏社会の関係者、一応新堂は警察庁の管轄だが本人の気質が政治に興味がなく、ここにいない辛も他国籍と、よくもまぁざっくばらんに集められたものである。余計な紐付きが無いとはいえ、派閥でまとまることも出来ないこともまた事実であった。
数は力、発言も束になれば無視できない、それと引き換えに得たものはなんだろうか。余計なしがらみがない代わりに閑職に追いやられて、周りからはいいように使われているようにしか見えていなかった。
「そんなことはどうでもいいんです! 仕事、やることをください!」
今日限定でワーカーホリックになった舞が騒ぎ出す。とはいえ仕事などあるのだろうか、狂島がここで研究の手伝いでもしていれば別だがただの監視である、そんな人手のいることではないのだから。
「うーん、なんかない?」
「なんかと言われてもなぁ……噂だと嬢ちゃんのほうがダンジョンに詳しいんだろう? むしろこちらからご教授願いたいくらいなんだが……駄目なんだろう?」
「それは流石にね、彼女と関わりのあるハンターにも口止めさせてもらってるくらいだから、僕の一存で許可は出せないよ」
そのハンターが誰かはすぐにわかる、薬師丸の事だ。以前新堂に話せないと言った理由、口止めしているのが誰なのかわかればああいう態度になることも仕方がない。
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