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幕間 銭湯にて2
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そんな会話も終わり戸事が次の話を模索している時だった。物事には順序というものがあるように、本題に入る前に場を温めなければならない、そんな思惑は舞に通用するはずもなく、
「で、どうしたんですか急に」
熱気から恋焦がれるように頬を赤く染めた少女が頭を傾け短い髪を湯船に浸しながら覗き見ていた。
職場では無いためいくらか滑りの良くなった舌でも急にそんなことを言われれば言葉につまる。戸事は頭に巻いたタオルに手を当てながら目を閉じて、
「……ちゃんと謝っておこうと思ったのと、その後の話を少しね」
「別に構わないんですけど」
「いいのよ、私がしたいと思った事だから」
何がいいのかという疑問は無視された。普段から自分勝手な振る舞いをする舞には反論する余地はなく、戸事は顔も見ずに明後日の方向に目を向けて話し続ける。
「変に嫉妬してごめんなさい。あとありがとう、辛さんと色々話しして、仲直りしたわ」
「良かったです。本当に」
「それでもあなたへの好意は止まらないようだけど。まぁ命まで助けて貰ったら当然か」
「一応課長と六波羅部長もいたんですけど」
決して舞だけでどうにかなった訳では無いと注釈を入れるが果たしてどれほど効果があるか。新堂は除くとしても六波羅がいなければそもそも山ゴブリンの元へ辿り着けたかも怪しい、そう考えれば勲等賞は彼にもあってしかるべきである。
それを聞いて戸事は鼻で笑う。
「男に取られるくらいなら夜巡さんの方がマシよ」
ということらしい。女の感性とは難しいものだ。
「それと、実家にも話つけてきたわ」
「やくざの?」
「えぇ。なんて言うか拍子抜け、怒るでもなく淡々と聞いた後好きにしろって。思えばここに入るのだって何がなんでもっていう必死さみたいなのはなかったし元から期待されてなかったのかな……」
語尾は小さく、戸事の顔が湯に沈んでいく。子はいつまでも子というわけか、親から見放されていると考えてしまえばさもありなんといった態度であった。
「違うんじゃないですか?」
ただ横で聞いていた舞はそれを否定する。
不思議に思っていたのだ、話を聞いた最初から。それこそあの浜辺で独白を聞いていた時からのことである。やくざ家業、しのぎがどう言ったものかは知らないが情報を得るというならもっと上手いやり方などいくらも思い付く。特に人事課という金儲けに1番遠い部署は選ばない。
それにどれほど密に情報提供しているかは分からないが社内で得た内容を辛と共有する自由さは監視の目がないと言ってもいい、果たしてそんなことが有り得るのだろうか、甘すぎやしないかと考えても不思議なことではなかった。
「そう?」
気付いていないのか戸事は疑問を浮かべ、たいして舞は、
「親ですもの。子供に家業が向いていないと思ったから別の生き方を見つけて欲しくてこの会社に押し込んだとか。まぁ親になったことないし両親死んでるんでわかんないですけど」
「その闇ぶつけるの止めなさい」
真面目に推論を話してむず痒くなったのか、茶化すような言い方になる。あったことも話したこともない人の心情など分かるはずもなく、当てずっぽうを過信されても嫌だからと予防線を貼ったがための言動だった。
だから真正面から受け止めないで欲しいという舞の思いと裏腹に、
「……でもそっか。そうなのかな……そうだったらいいかも、ね」
戸事は何度も頷いて、あまつさえ薄く笑みを作る。
そうなれば耐えきれなくなるのは舞のほうで、いい事を言ったというような雰囲気にいたたまれなくなり、湯船から立ち上がる。
「――熱い! 上がる!」
「少しは感傷に浸らせなさいよ、まったく」
後ろから聞こえる声にも答える素振りすら見せず、舞は顔まで赤くなった身体をふらつかせながら出口へと向かっていた。
昔ながらの番頭がいる銭湯ではなくちゃんとした受付のある銭湯は舞たちが想像していたものよりずっと広く、そして綺麗であった。最近改築されたのだから当然と言えば当然なのだが、それでも昔ながらを彷彿とさせるものもある。
それが瓶の牛乳だ。自動販売機で売られているところは何となく風情が感じられないが、蓋を外す針の付いた栓抜きのようなものが紐にくくられて垂れ下がっている。
レパートリーもいくつかあり、コーヒー味やいちご味、フルーツ味とバリエーションに事欠かなく、郷に入っては郷に従え、舞と戸事も火照る身体を冷ますように一息で瓶を空にする。キンッと冷えた液体が喉を通る感触は何事にも変えがたく、思わず感嘆の声が漏れるのも致し方無し。
そうして余韻に浸るもつかの間、あとは帰るだけという時間になったのだがそこで舞はそわそわと周囲を見渡していた。何事かと思えばなんてことはなし、いつもの通りの時間がやってきたというわけで、
「喫煙所寄ってもいいですか?」
指さした先にあったのは煙を吐く煙草のマーク、これ以上わかりやすいことなどない意思表示に、戸事は首を縦に振る。
「いいわよ……私も1本貰える?」
「……50円です」
「金取るの!?」
喫煙者でないと気にも留めないだろうが昨今値上がりに値上がりを繰り返したせいで1本当たりの値段も馬鹿にならなくなっていた。それよりも手間暇かけているのが舞の手製煙草である、他の人にも販売している手前無償で譲るという訳にはいかなかった。
「当然じゃないですか、前にも言いましたけどこれ全部1から作ってるんですよ? もっと値上げしてもいいくらいだし、課長も長く楽しむためにうちに来てシーシャ使ってるんですから」
「課長、あなたのうちに行ってるの?」
「週3できてますけど」
どこかで評価の下がる音がした。まだ下がるのかと舞は感心していた。
「あの人は……まぁいいわ。1本貰うわ」
と、財布から取り出されたのは硬貨が1枚、穴のあいていない銀色が眩しい100円玉だった。
「お釣り、あったかな。それとも2本にします?」
「いいわよ。お詫びとして受け取っときなさい」
「やっすいお詫びだなぁ」
缶ジュース1本にもならない気持ちが、むしろ受けとりやすいと舞は煙草を1本差し出す。そして喫煙所に入るなりサービスと言わんばかりに火のついたライターを差し出し、戸事の小さな口に咥えられた紙巻の先端を炙る。
一息、しっかり火がついたことを確認して舞も煙草を吸う。
「はぁ……これのためにお金をかける人の気持ちが分からないわ」
「生産者の前でいうことじゃないですよー」
「いいのよ私、あなたの前では遠慮とかしないことに決めたから」
垢抜けて笑う様子に気負いなどなく、本来の彼女の可憐さのようなものが滲み出ていた。
「なんすかそれ。そもそも遠慮してくれている誰かが見当たらないんですけど」
「……そう言われてみればそうね。気にしてた私が馬鹿だったわ」
「で、どうしたんですか急に」
熱気から恋焦がれるように頬を赤く染めた少女が頭を傾け短い髪を湯船に浸しながら覗き見ていた。
職場では無いためいくらか滑りの良くなった舌でも急にそんなことを言われれば言葉につまる。戸事は頭に巻いたタオルに手を当てながら目を閉じて、
「……ちゃんと謝っておこうと思ったのと、その後の話を少しね」
「別に構わないんですけど」
「いいのよ、私がしたいと思った事だから」
何がいいのかという疑問は無視された。普段から自分勝手な振る舞いをする舞には反論する余地はなく、戸事は顔も見ずに明後日の方向に目を向けて話し続ける。
「変に嫉妬してごめんなさい。あとありがとう、辛さんと色々話しして、仲直りしたわ」
「良かったです。本当に」
「それでもあなたへの好意は止まらないようだけど。まぁ命まで助けて貰ったら当然か」
「一応課長と六波羅部長もいたんですけど」
決して舞だけでどうにかなった訳では無いと注釈を入れるが果たしてどれほど効果があるか。新堂は除くとしても六波羅がいなければそもそも山ゴブリンの元へ辿り着けたかも怪しい、そう考えれば勲等賞は彼にもあってしかるべきである。
それを聞いて戸事は鼻で笑う。
「男に取られるくらいなら夜巡さんの方がマシよ」
ということらしい。女の感性とは難しいものだ。
「それと、実家にも話つけてきたわ」
「やくざの?」
「えぇ。なんて言うか拍子抜け、怒るでもなく淡々と聞いた後好きにしろって。思えばここに入るのだって何がなんでもっていう必死さみたいなのはなかったし元から期待されてなかったのかな……」
語尾は小さく、戸事の顔が湯に沈んでいく。子はいつまでも子というわけか、親から見放されていると考えてしまえばさもありなんといった態度であった。
「違うんじゃないですか?」
ただ横で聞いていた舞はそれを否定する。
不思議に思っていたのだ、話を聞いた最初から。それこそあの浜辺で独白を聞いていた時からのことである。やくざ家業、しのぎがどう言ったものかは知らないが情報を得るというならもっと上手いやり方などいくらも思い付く。特に人事課という金儲けに1番遠い部署は選ばない。
それにどれほど密に情報提供しているかは分からないが社内で得た内容を辛と共有する自由さは監視の目がないと言ってもいい、果たしてそんなことが有り得るのだろうか、甘すぎやしないかと考えても不思議なことではなかった。
「そう?」
気付いていないのか戸事は疑問を浮かべ、たいして舞は、
「親ですもの。子供に家業が向いていないと思ったから別の生き方を見つけて欲しくてこの会社に押し込んだとか。まぁ親になったことないし両親死んでるんでわかんないですけど」
「その闇ぶつけるの止めなさい」
真面目に推論を話してむず痒くなったのか、茶化すような言い方になる。あったことも話したこともない人の心情など分かるはずもなく、当てずっぽうを過信されても嫌だからと予防線を貼ったがための言動だった。
だから真正面から受け止めないで欲しいという舞の思いと裏腹に、
「……でもそっか。そうなのかな……そうだったらいいかも、ね」
戸事は何度も頷いて、あまつさえ薄く笑みを作る。
そうなれば耐えきれなくなるのは舞のほうで、いい事を言ったというような雰囲気にいたたまれなくなり、湯船から立ち上がる。
「――熱い! 上がる!」
「少しは感傷に浸らせなさいよ、まったく」
後ろから聞こえる声にも答える素振りすら見せず、舞は顔まで赤くなった身体をふらつかせながら出口へと向かっていた。
昔ながらの番頭がいる銭湯ではなくちゃんとした受付のある銭湯は舞たちが想像していたものよりずっと広く、そして綺麗であった。最近改築されたのだから当然と言えば当然なのだが、それでも昔ながらを彷彿とさせるものもある。
それが瓶の牛乳だ。自動販売機で売られているところは何となく風情が感じられないが、蓋を外す針の付いた栓抜きのようなものが紐にくくられて垂れ下がっている。
レパートリーもいくつかあり、コーヒー味やいちご味、フルーツ味とバリエーションに事欠かなく、郷に入っては郷に従え、舞と戸事も火照る身体を冷ますように一息で瓶を空にする。キンッと冷えた液体が喉を通る感触は何事にも変えがたく、思わず感嘆の声が漏れるのも致し方無し。
そうして余韻に浸るもつかの間、あとは帰るだけという時間になったのだがそこで舞はそわそわと周囲を見渡していた。何事かと思えばなんてことはなし、いつもの通りの時間がやってきたというわけで、
「喫煙所寄ってもいいですか?」
指さした先にあったのは煙を吐く煙草のマーク、これ以上わかりやすいことなどない意思表示に、戸事は首を縦に振る。
「いいわよ……私も1本貰える?」
「……50円です」
「金取るの!?」
喫煙者でないと気にも留めないだろうが昨今値上がりに値上がりを繰り返したせいで1本当たりの値段も馬鹿にならなくなっていた。それよりも手間暇かけているのが舞の手製煙草である、他の人にも販売している手前無償で譲るという訳にはいかなかった。
「当然じゃないですか、前にも言いましたけどこれ全部1から作ってるんですよ? もっと値上げしてもいいくらいだし、課長も長く楽しむためにうちに来てシーシャ使ってるんですから」
「課長、あなたのうちに行ってるの?」
「週3できてますけど」
どこかで評価の下がる音がした。まだ下がるのかと舞は感心していた。
「あの人は……まぁいいわ。1本貰うわ」
と、財布から取り出されたのは硬貨が1枚、穴のあいていない銀色が眩しい100円玉だった。
「お釣り、あったかな。それとも2本にします?」
「いいわよ。お詫びとして受け取っときなさい」
「やっすいお詫びだなぁ」
缶ジュース1本にもならない気持ちが、むしろ受けとりやすいと舞は煙草を1本差し出す。そして喫煙所に入るなりサービスと言わんばかりに火のついたライターを差し出し、戸事の小さな口に咥えられた紙巻の先端を炙る。
一息、しっかり火がついたことを確認して舞も煙草を吸う。
「はぁ……これのためにお金をかける人の気持ちが分からないわ」
「生産者の前でいうことじゃないですよー」
「いいのよ私、あなたの前では遠慮とかしないことに決めたから」
垢抜けて笑う様子に気負いなどなく、本来の彼女の可憐さのようなものが滲み出ていた。
「なんすかそれ。そもそも遠慮してくれている誰かが見当たらないんですけど」
「……そう言われてみればそうね。気にしてた私が馬鹿だったわ」
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