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夏、海、カツオ9
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その時――。
「あ」
辛の背後から蠢くものを舞の目が捕らえる。上裸に申し訳程度のブーメランパンツ、色濃く焼けた小麦色の肌と太陽を反射する頭頂部。ビーチの視線を独り占めする垂涎の肉体美を見せつけるのはあのカツオさんというモンスターだった。
「どうしましょう。真っ直ぐ来るわね」
振り返り、辛が言う。その言葉通り真っ直ぐと姦しい3人の、その先にある海へ向かっていた。
モンスターである、がしかし敵対している訳では無い。特に今は水着、まともな防具もなく――それはカツオさんも同様だが――あの恵まれた身体から繰り出される徒手空拳を受ければ青痣だけでは済むまい。
辛も荒事は望まぬようで艶やかな声に危機感はない。彼女1人ならたいしたモンスターでないにしろ守りながらとなると事故が怖いようだ。
「敵対していないんですよね。道開けて通り過ぎるのを待ちましょう」
舞の提案を否定する声は上がらず、3人は二手に別れて間に道を作る。
ゆつくりと、しっかり噛み締めるように砂を踏む、しかしいい身体してるなと右に1人避けた舞が眺めている時だった。
ガシッ。
「へ?」
あまりにも情けない声が出たのはまるで意識をしていなかったから。出前の岡持ちのように襟首を掴まれて、舞は風に揺れる洗濯物のごとく手足をふらつかせながら海へと引きずり込まれていた。
カツオさんに誘拐する意図があったようには見えず、ただたまたま手が触れて反射的に掴んでしまったようだ、現に腕に不自然な重みを感じた魚顔が振り返り目を丸く、いや元から丸かったから違うのかもしれない。
「舞ちゃん!?」
あっけに取られたままろくな抵抗もせずに入水、サーフボードのようにバタフライで泳ぐカツオさんの背にちゃっかりと乗った舞はそのまま遠ざかっていく。連れ去られた方も連れ去った方も、見ているだけの2人も予想外の展開に時が止まって、辛が声を上げた時には海上のだいぶ先で髪をたなびかせる少女の姿があった。
急いで追いかけるが踝まで水に浸かった時辛は足を止める。歯がゆさに拳を握りしめるがそれ以上進まず、俯いたまま踵を返していた。
「辛さん、どうしましょう!?」
「どうするもなにも……困ったわ。とりあえず課長に報告しましょう」
「舞が? ……うーん」
報告を受けた新堂が唸る。
腕を組んで考える姿を周囲は見つめたまま動かない、何を考えているのか、その意図を汲み取ろうと辛と戸事の目は厳しく突き刺さる。
「どうするんですか?」
戸事が言う。普段の彼女からは想像できない積極的な言動にも新堂は気にする余裕もなく、痒くもない頭をかいて、
「正直言って、助けようがない。安全地帯から出たら二次被害は免れないし助けようにもこの馬鹿みたいに広い海のどこを探せって言うんだか」
「見捨てるんですか!?」
まさか怒鳴られるとは思ってもみなかった新堂はこうなると弱く、叱られた子供のようにたじろぐことしか出来ずにいた。
「お、おう……とりあえず舞が自力で戻ってくることを期待するしかない」
「わ、私が――」
1歩前に出たのは辛であり、会社随一の戦闘力を持つ六波羅と対等に渡り合える時点でその実力は折り紙つきである。が、新堂は視線だけで彼女の動きを制した。
「辛、分かっていってるなら注意じゃ済まされないぞ」
「どういうことですか?」
「聞くな」
厳しい口調にも理由がある。辛の体質によるもので、モンスターとなった辛は水にめっぽう弱くなっていた。体積の3倍ほどの水に浸るだけで体組織が薄まり、身体の形を保てなくなる、そのことを知っているのは舞を含めてあの場にいた4人のみ、明確な弱点と人間がモンスターに変わるという情報を扱いきれず他言無用となっていた。
だから辛を救出には向かわせられないし、事情も話せない。結果として上から押さえつけるよう言い方になるのも仕方のないことだった。
普段見られない真面目くさった表情に戸事は開きかけた口を閉じる。その時、1人離れていた波平が両腕を振りながら走ってきていた。
「大変です課長」
到着するや否や息も整えずに告げる。その状況から新たな問題が発生したことは明白であり、こういう時ばかりはよく当たる勘に頼らずともこれから押し寄せる厄介事に新堂は顔を顰めていた。
「どうかしたか?」
「密猟者らしき人物が続々とダンジョンの中に入ってきています」
「……次から次へと、たく」
今朝の話が現実味を帯びたことに嘆かないでいられる人などいるものか、と肩を落とす。明日はお祓いに行こう、と心に誓っていた。
青い空、広い海、照りつける太陽に白い波飛沫。夏真っ盛りという訳ではないが、潮風にはまだ秋の匂いは遠く感じられる。
その海原を舞は上下に揺れていた。下には人の背中、なんのために存在しているのか目の前には魚の尾鰭がありビチビチと左右に振れるそれをハンドル代わりに掴んでいた。
カツオさんに拉致されてしばらくが経った。どこへ向かうか想定もできないまま、イルカショーよろしくその背に乗って、時折顔にかかる海水に目を痛めながらなすがまま。
「あ」
辛の背後から蠢くものを舞の目が捕らえる。上裸に申し訳程度のブーメランパンツ、色濃く焼けた小麦色の肌と太陽を反射する頭頂部。ビーチの視線を独り占めする垂涎の肉体美を見せつけるのはあのカツオさんというモンスターだった。
「どうしましょう。真っ直ぐ来るわね」
振り返り、辛が言う。その言葉通り真っ直ぐと姦しい3人の、その先にある海へ向かっていた。
モンスターである、がしかし敵対している訳では無い。特に今は水着、まともな防具もなく――それはカツオさんも同様だが――あの恵まれた身体から繰り出される徒手空拳を受ければ青痣だけでは済むまい。
辛も荒事は望まぬようで艶やかな声に危機感はない。彼女1人ならたいしたモンスターでないにしろ守りながらとなると事故が怖いようだ。
「敵対していないんですよね。道開けて通り過ぎるのを待ちましょう」
舞の提案を否定する声は上がらず、3人は二手に別れて間に道を作る。
ゆつくりと、しっかり噛み締めるように砂を踏む、しかしいい身体してるなと右に1人避けた舞が眺めている時だった。
ガシッ。
「へ?」
あまりにも情けない声が出たのはまるで意識をしていなかったから。出前の岡持ちのように襟首を掴まれて、舞は風に揺れる洗濯物のごとく手足をふらつかせながら海へと引きずり込まれていた。
カツオさんに誘拐する意図があったようには見えず、ただたまたま手が触れて反射的に掴んでしまったようだ、現に腕に不自然な重みを感じた魚顔が振り返り目を丸く、いや元から丸かったから違うのかもしれない。
「舞ちゃん!?」
あっけに取られたままろくな抵抗もせずに入水、サーフボードのようにバタフライで泳ぐカツオさんの背にちゃっかりと乗った舞はそのまま遠ざかっていく。連れ去られた方も連れ去った方も、見ているだけの2人も予想外の展開に時が止まって、辛が声を上げた時には海上のだいぶ先で髪をたなびかせる少女の姿があった。
急いで追いかけるが踝まで水に浸かった時辛は足を止める。歯がゆさに拳を握りしめるがそれ以上進まず、俯いたまま踵を返していた。
「辛さん、どうしましょう!?」
「どうするもなにも……困ったわ。とりあえず課長に報告しましょう」
「舞が? ……うーん」
報告を受けた新堂が唸る。
腕を組んで考える姿を周囲は見つめたまま動かない、何を考えているのか、その意図を汲み取ろうと辛と戸事の目は厳しく突き刺さる。
「どうするんですか?」
戸事が言う。普段の彼女からは想像できない積極的な言動にも新堂は気にする余裕もなく、痒くもない頭をかいて、
「正直言って、助けようがない。安全地帯から出たら二次被害は免れないし助けようにもこの馬鹿みたいに広い海のどこを探せって言うんだか」
「見捨てるんですか!?」
まさか怒鳴られるとは思ってもみなかった新堂はこうなると弱く、叱られた子供のようにたじろぐことしか出来ずにいた。
「お、おう……とりあえず舞が自力で戻ってくることを期待するしかない」
「わ、私が――」
1歩前に出たのは辛であり、会社随一の戦闘力を持つ六波羅と対等に渡り合える時点でその実力は折り紙つきである。が、新堂は視線だけで彼女の動きを制した。
「辛、分かっていってるなら注意じゃ済まされないぞ」
「どういうことですか?」
「聞くな」
厳しい口調にも理由がある。辛の体質によるもので、モンスターとなった辛は水にめっぽう弱くなっていた。体積の3倍ほどの水に浸るだけで体組織が薄まり、身体の形を保てなくなる、そのことを知っているのは舞を含めてあの場にいた4人のみ、明確な弱点と人間がモンスターに変わるという情報を扱いきれず他言無用となっていた。
だから辛を救出には向かわせられないし、事情も話せない。結果として上から押さえつけるよう言い方になるのも仕方のないことだった。
普段見られない真面目くさった表情に戸事は開きかけた口を閉じる。その時、1人離れていた波平が両腕を振りながら走ってきていた。
「大変です課長」
到着するや否や息も整えずに告げる。その状況から新たな問題が発生したことは明白であり、こういう時ばかりはよく当たる勘に頼らずともこれから押し寄せる厄介事に新堂は顔を顰めていた。
「どうかしたか?」
「密猟者らしき人物が続々とダンジョンの中に入ってきています」
「……次から次へと、たく」
今朝の話が現実味を帯びたことに嘆かないでいられる人などいるものか、と肩を落とす。明日はお祓いに行こう、と心に誓っていた。
青い空、広い海、照りつける太陽に白い波飛沫。夏真っ盛りという訳ではないが、潮風にはまだ秋の匂いは遠く感じられる。
その海原を舞は上下に揺れていた。下には人の背中、なんのために存在しているのか目の前には魚の尾鰭がありビチビチと左右に振れるそれをハンドル代わりに掴んでいた。
カツオさんに拉致されてしばらくが経った。どこへ向かうか想定もできないまま、イルカショーよろしくその背に乗って、時折顔にかかる海水に目を痛めながらなすがまま。
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