半官半民でいく公益財団法人ダンジョンワーカー 現代社会のダンジョンはチートも無双も無いけど利権争いはあるよ

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幕間 食堂3

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「お邪魔しまーす」
 トレイを持った2人が置き場に選んだのは、未だ努力の成果が見えない六波羅のテーブルだった。他にいくらもスペースがあるのにも関わらず、そこを選んだ理由として、
「……笑いに来たのか?」
「へ?」
 舞の渾名あだなの事を知っていたならそれは当然の反応で、ただ舞は見当つかないと首を傾げて、
「えっと……一応戻りましたっていう報告しておいた方がいいと思ったんですけど……」
「それなら知ってる。部下から聞いた」
 ぶっきらぼうな、突き放す物言いに以前までの穏和おんわな感じはなく、むしろただただガラの悪い男の様相に意表をつかれて怒られた子供のように口を噤む。
「ださ」
 その横柄ともとれる態度に口を挟んだのは辛で、普段の面倒見がいい彼女からは想像もつかないほど冷たい声に、六波羅は一瞬固まっていた。聞き間違いかと思ってしまうほど呟きに、本人も言ったことを忘れているかのように何食わぬ顔で8人掛けのテーブルへ六波羅のはす向かいに座り、箸をもっていただきます、と手を合わせていた。
 困ったのはまだテーブルについていない2人であり、六波羅の鋭い、物言わぬひとみに気圧されながら、今更移動してもそれは気まずいと、舞が六波羅の向かいに、後から来た新堂がその隣に座る。
 圧迫面接のような重い雰囲気の中、まずスプーンを手に取ったのはいち早く座った辛であり、献立通りであるならば主菜はコンソメスープなのだがそこにあったのは深海を想像させる深い蒼、金色の澄んだ色のはずが絵の具でも混ぜたかのように一色に染まり、底すら見えないありさまだ。
 日本人にとってあまり好ましくない食事の色合いであるがそこはモンスター食、時折とんちきな色合いになることも仕方がなく、鮮やかなショッキングピンクよりはましであった。過去1番おぞましかった色は燦然と輝く緑色で、味はいつも通りお察しなのにそれに加えて発光中の蛍光色、皆1様に安全性を疑問視していたが即効性の毒はないと食堂の運営側から告げられていた。
 さて今回のスープだが、辛は躊躇うことなくスプーンを突き刺し山盛りの具をすくい上げると、もう我慢ならないと口に頬張る。傍から見ればあたかも刑罰のようだが、
「……」
 辛はすぐに飲み込むでもなく、しっかりと顎を使ってもぐもぐ、そして茶碗の白米を1口分取って追加で放り込む。そこには苦痛も悲哀もなく、食べ飽きたカップラーメンを啜るような義務感で空腹を満たしているといった表情で、
「ふぅ……不味いね」
 飲み込み、出てきた感想は紙よりも薄く、しかし吐き出すことなく飲み込み2口目に取り掛かる。
「ほんと? いただきます」
 話を聞いていたのか聞いていないのか、隣で見ていた舞もスプーンでかきこむようにスープを流し込む。行儀悪い行為だが吐くよりまし、余程お腹がすいていたのだろう、小さな口いっぱいに頬張って数度噛み飲み込むと、白米をまたかきこむ。まるで町中華の絶品炒飯の如し勢いではあるが、
「うーん、確かに不味い。カブトムシみたいな味するわ」
 その感想はいかがなものか、食べたことがあるなら児童相談所へ連絡した方がいいようなことを口走り、しかし手を止める様子は無い。食べっぷりだけで言うなら相当美味しそうではあるが、本人たちは不味い不味いと口を揃えて言うのだから、見ている側の頭がおかしくなりそうであった。
 淀みないペースで、時折笑みを零しながら食べ進める2人に、おまけの1人、新堂も匙を持つ。聴衆からは止めておけ派が多数だが、もしかして行けるのか派も恐ろしいもの見たさに様子を見守り、
「――っ!?」
 口に運んだのは舐め取れるだけの量にも関わらず、しかし沽券にかけて吐き出さないよう口を手でおさえたせいで鼻から盛大に噴き出すと、いささか安堵の吐息が場に満ちる。
「うわ、きったな」
 隣の舞がもっともな感想を述べるも、新堂はうるせえと悪態を余裕もなく、眼光だけでその意思を伝えると離席、手洗い場へと向かう。スープの入ったお椀を傾けながらその後ろ姿を見つめていた舞は、不意に視線を感じて顔を向ける。
 いや見られていたのは舞ではなく辛の方で、向かいに座る六波羅は黙々と食べ進める彼女の手を見て、
「……美味いのか?」
「不味いです」
 素っ気ない返答は事務的で、誰から見ても不機嫌である様子。料理が不味いせいでは無いようで、しかしその前兆が分からず舞は眉をへの字に曲げる、せっかくの食事の場なのだから仲良くして欲しいのだけれど、互いに刃物を向けるようなギスギス感は収まる気配がない。
「――箸が進んでいないようですけど」
 ……あーもうなんでそういうこと言うかなぁ。
 人の機微きびに疎い舞でも言わなくていい一言だと分かり、辛から言葉を向けられた六波羅は眉を寄せいつもの仏頂面をさらに色濃くしたまま、負けじと予備のスプーンを掴む。掴むまではいいがその先はなかなか進まない、発破かけられた程度で食べられるようになるなら最初からしていることで、
「……あの」
「舞ちゃん、話さなくていいから」
 手を出そうとして叩かれる、そんな状態では会話もできず、
「――説明してよっ!」
 仕方なく逆ギレする舞であった。
「そうね、私も聞きたいわ」
「……俺だって聞きたい」
「なんでよ、部長が舞に当ったのが先でしょ」
「当たっていない。ただの言いがかりは止めろ。嘲笑するために来たのかと言ったはずだぞ?」
「そ、なら笑ってあげるわ。給食食べられないで居残りしてる小学生みたいですね!」
 売り言葉に買い言葉、本来なら殴ってでも止める場面だが、立場的にも実力的にも止められる人は近くにいないか、近くでゲロ吐いている。
 ……これ私がどうにかするの?
 このままでは食堂がしばらく使い物にならなくなってしまう、今はまだ座っている2人だがいつ立ち上がって殴り合いの喧嘩になるか、戦闘力が他と一線を画すため簡単には止められず暴風雨が去るのを待つように安全地帯でガタガタ震えているしかないのだろうか。否、なにか出来るはずと必死に頭を巡らせて、
 ……い、舞よ。
 お、おじいちゃん!?
 ……舞よ、仲良くなるには共に同じ釜の飯を食う事じゃ。
 おじいちゃん!
 それもひとつの真理である、それで揉めているという現状を無視すれば。
 久方ぶりの幻聴に、しかし舞は活路を見出す。険悪な雰囲気の中、双子のように同じ腕組みをし神経質に指で腕を叩く2人、そのうち六波羅へ視線を流す。
「部長」
「舞ちゃ――」
「辛さんごめん、今は駄目。で、やーさんと一緒にいた時ダンジョンの中でモンスター食べたことありますか?」
「……」
 答えない。答えたくないのではなく、恩師の名前を出されては無下にできず、深く刻まれた皺が過去を模索し、悩み悩んで、
「……あった、かな?」
「ならあったんだと思いますよ」
 六波羅の記憶に抜けがあることは薬師寺が話していた。ハンターの中でもダンジョンで寝泊りする無茶をする人だから食糧を現地調達するなんて日常茶飯事、一緒にいた六波羅も巻き込まれた可能性が高いと舞は当たりをつけていた。
 だから、
「あと一歩なんだよなぁ」
「何がだ?」
「いや、こっちの話です」
 舞はここに来て言葉を濁す。薬師寺と六波羅の間の約定に背く訳にはいかないからなのだが、六波羅の眉間に不信感が浮かび、
 ……仕方ないなぁ。
 このままではいけない、荒療治であるが仕方ないと舞は席を立つ。
 向かう先はテーブルの向かい、六波羅の左隣、気付いた辛が止めようとする前に、舞は持ってきていたスプーンをまだなみなみと残る六波羅のスープに入れて、一際大きなサメの肉の塊を掬い口に入れる。
「舞ちゃん、何するつもり」
 辛が見たこともない暗い表情になるが舞は目もくれず、ある程度口の中でこなれてきた時、椅子に立ち、
「――んっ!?」
「ちょっ! はぁっ!?」
 六波羅の頬を両手で固定して、口付けを交わしていた。
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