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ダンジョン攻略13

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 適度に湿気を含んだ砂混じりの石の中を何故か引っかかることなく滑り落ちる感覚というのはなかなか味わうことの出来ないもので、その速度から途中で生き埋めになることは無いのだろうなという安心感すら生まれていた。手を上に挙げ、ウォータースライダーさながらに流れ、程なくして闇が光に変わった時、久々の自由落下の感覚と臀部への強い衝撃から目の前に星が散る。
「――っ!?」
 声にならない悲鳴を挙げ悶え転げる舞へ追い討ちをかけるようにセンシが降ってきており、目を閉じていた舞の腹をクッションに使われてしまう。
「ぐっ……」
 一瞬くの字に曲がった身体は、へなへなとしおれていく。瞳から光り輝く宝石がこぼれ落ちるが拭う気力もなく、
『……大丈夫か?』
 無事五体満足で降り立ったセンシが声を掛けるがもはや返事をすることも出来ず、何も映らない虚ろな目が天を向いていた。



「……さて」
 十分な時間を置いて、それでもまだ痛みが残っているのか腹部に手を当てて眉を寄せているが、どうにか立ち上がった舞は周囲に目を向けていた。
 ……どこだここ?
 サンドワームのことを話でしか聞いたことがなかったため、どれだけ長く落ちたのか想像もつかない。この状況で分かることといえば、二次遭難しているということくらいか。そうならないように注意していたはずなのに、やはりダンジョンは予定通りに進ませてくれないものだ、とこの女は反省しない。する必要がないとすら考えていた。
 何はともあれ新天地にたどり着いたからにはすることは1つ、よくよく耳をすませて危険が迫っていないかの確認である。
 ……。
 ……ン。
 ……ツン。
 よしっ!
 聞こえる範囲、具体的に言うならば右の壁の向こう側から奇怪な音が聞こえているが、それ以外は平穏そのもの。きっと、おそらく、いやたぶん危険は間近に迫っていないことに舞はほっと胸をなでおろしていた。
 ……な訳ないじゃん。
 本当に真横、薄い土壁1つ挟んだ距離から、地面に叩きつけるような音が何度も聞こえているのだ。たまにある土砂崩れではなく、かといって類似する音もすぐには思いつかず、まさかと一抹の不安を抱えながらもこの後の行動に頭を悩ませていた。
 行くか、行かざるべきか。当たりなら何が待っているのだろうか、はずれならどんな怪物が鎮座していることだろうか、なんにせよ皆目見当もつかないのであれば、聞かなかったことにしてまずは退路をしっかりと確保することが最も賢い選択であるからして。
 ……しゃーない。
 こういう時、最も信用ならない勘が告げるのは最悪の事態で、現実はそれ以上に悪いことが往々にしてある。やらぬ後悔よりもやる後悔、同じ後悔ならやったほうがましというのも頷ける話ではあるが、そも後悔したくないのが人情である。ましてや仲間の命を背負っているのであれば尚のことであるが、舞の決心は固く、立ち上がり壁沿いに進んでいく。
 音の発生源を中心に進んでいけばたいした時間もかからずに目的の場所へとたどり着く。そこで目にしたものは、
 ……でっか。
 舞を2つ重ねてもなお余る巨体であり、その枝豆のような映える緑の背中であった。勝てるかと問われれば勝てない相手であり本来すぐにでも回れ右して見なかったことにしないと悪夢を見る羽目になるモンスターであり、舞もそっと踵を返して撤退しようとしていたのだが、背中から生えるそれを見つけてしまい足が止まる。
 ほんの5センチも無い、血濡れの切っ先が光った、見てしまったからには、その先がどうなっているかなど考える前に走り出そうとして、
『待て、勝てない』
「うるせぇ黙ってろ!」
 センシが止めるように腕を掴み、舞は振り払う時間も惜しんで引きずっていく。
 10メートルと少し。近づいていくにつれ状況は鮮明に見えてくる。モンスターの巨体、その背中に突き出した剣がどうしても異質に映り、だらだらと流れ落ちる血潮も相まってあそこまで深く刺さっているならば絶命までそう遠くないはずだった。さっさとくたばっておけよと思わず考えていると、モンスターの身体からはみ出した細く艶かしい肢体の揺れる様に、
「待った!」
 あれがなんなのか、頭の上から飛び出した人の姿は、足があらぬ方向に曲がり伸びきっていて、服も所々ちぎれ飛び、アラミドのプレートの1つが今にも剥がれ落ちそうにふらふらと揺れている。モンスターはその人の胴を掴み、きゅうりか焼き鳥か、そんなことは重要じゃなくて、頭からかぶりつくように口を開いていたのだった。
 やらせるか、と石を拾い、そのまま跳ぶ。狙いは背中にある剣の切っ先で、舌なめずりするモンスターは気付かずに背中を晒していたから、両手を振り上げ狙い通りに石を叩きつける。
 ――あっ。
 剣はそのまま深く刺さり、モンスターの身体を一刀両断、そんな未来はどこへ行ってしまったのか、剣は石が当たったところを中心にモンスターの背中側へ回転、そのまま舞の上を通過して闇の中へと吸い込まれていってしまう。
 どこか遠くでもカランと無常の音が鳴る。どうしようか、一瞬真顔になった舞は閃き、モンスターの身体をよじ登りながら、
『センシ、首!』
『了解』
 剣ならもう1本ある。元々死に体のモンスターにはそれで十分致命傷になるはずだった。誤算があるとするならば呼応したセンシが思いの外勢いよく剣を突き出したことで、登る舞のすぐ脇を掠め深深と後頭部から口まで突き抜ける鋭さを持っていたことだろう。一歩間違えたら決闘の時にそうなっていた可能性もあり、背筋に氷塊をぶつけられたような冷たさに身を震わせながら、頂点を目指していた。
 天井すれすれ、立ち上がるのもやっとという高さが急に1段下がる。絶命しているのだろう、下を見れば1つ目の怪物、サイクロプスが白目を剥いて膝をついている。そしてその手に握られていたであろう人物は、屠殺場の家畜並に無惨な姿で地面に横たわっていた。
「辛さん! 無事!?」
 降り注ぐ言葉に人事部の女性、要救助者は口を開き掠れた声で何かを口走る。全くもって聞こえはしないが儚くも朗らかに笑みを浮かべる様子から、案外余裕を感じていた。
 が、それも一瞬、突如世の全てに絶望したような、深海を思わせる葵表情と共に、ひび割れた指を伸ばす。
 ……んー?
 必死に何かを伝えようとしているがやっぱり分からず、下を見ても既に魂すら抜けた死体がどうにか立っているだけ。あぁ、なるほど、不安定な足場がいつ崩れてしまうか、あまつさえそれが自分の方向に倒れてきてしまうのではないか、その心配をしているのだろうと思い当たり、意外にも安定していることを示すため何度か足踏みしながら、
「辛さん、安心して」
 能天気に返答する。
「……助けに、来てくれ、あり……がとう……」
 息も絶え絶え、それでも慣れてきた耳はどうにか言葉を拾うが、舞は途端に顔を渋らせる。見つけた助けたハッピーエンドで終わらない事情があり、
「ごめん、こっちも迷子だからまだ助かってないの」
 隠し通せるわけもないため、素直に白状した言葉に、辛は白目を剥いて力尽きていた。
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