47 / 138
ダンジョン攻略7
しおりを挟む
階段を降りてすぐ、先頭を歩く舞が足を止め、続く2人もそれに習う。
突き当りが丁字路になっている道だった。分岐の端で立ち止まった舞は壁沿いに頭だけを出して左右を確認すると、その上に新堂、六波羅と続き団子を作る。若干舞と新堂の間が離れているのは身長差だけでなく、服が汚れることを嫌ったようだ。
視界には早朝の、カーテンから漏れる光に照らされた室内のような明るさが続いていて、よくよく目を凝らしても果ては闇の中にあり、
「……あれは……ゴブリンか」
「山ゴブリンです」
その中でモゾモゾと動く影を見つけた六波羅へ舞が訂正する。その姿形は熟練のハンターでも区別が難しいほど差異がなく、また差異を考える必要がないほど生態が似通っていた。
周囲には他に影はなく、珍しく単独で行動しているゴブリンへ六波羅が1歩踏み出すが、その進行方向に舞の腕が伸びていた。待て、という合図に特に疑問も持たず従う彼を置いて、代わりに舞が出ていた。その不用心な足取りは真っ直ぐ伸びて、わざとらしい気配に当然山ゴブリンも反応する。
相手から滲み出る警戒の色が強くなり、それでも詰め寄る舞の姿に後ろで見ている大人2人は心中穏やかでなく、そもそも彼女が何をしたいのかすらわからないのだ、心配の仕方すら悩む始末に初々しいカップルよろしく顔を見合わせていた。
やれ伏兵だ、奇襲だと考えられる中で、舞は喉を鳴らす。おおよそ人が判別出来ない騒音のようなダミ声で、
『おーい』
『何者だ!?』
意思疎通が出来ているのかいないのか、山ゴブリンは腰に帯いていた、錆の浮く茶色く煤けたナイフを舞に突きつける。様子見していた大人達は流石に看過できないと身体を乗り出すが、それを見ることが出来ない舞はただ笑顔を浮かべて、
『生まれたばかり、仲間、家族』
『お前、変な臭い』
「ぶっ殺すぞ」
飛び出したのはただの地声で。当然相手には伝わらず、肌が裂けるほど引き攣った笑みは道化のようで、道化は道化らしくしておけということのなのだろうか、山ゴブリンの視線は舞の後ろへと注がれていた。
ナイフの切っ先が揺れ、
『家族、大事。後ろ、敵?』
刺された方向に舞も振り返る。案の定というべきなのだろう、頭だけ出していたはずの男共が通路の真ん中まで飛び出している姿を見て、
……もう少し隠れときなさいよ。
予定ではもっと穏便に話を進めるつもりだった目論見が破綻し、そもそもの原因は舞の説明不十分によるところが大半どころか全てを占めていたが、彼女はそのことを一分も脳裏によぎることなく、急な作戦変更に頭を悩ませていた。
『敵、違う。手下』
『大きいの、敵。手下、違う』
……むぅ。
ゴブリンのくせして頭の回るやつだと舞は口を尖らせる。山ゴブリンの言うことはもっともで、ダンジョン内最弱のモンスターなのだ、外敵しかいないしその殆どが自分よりも大きいのだから異物に対して過敏すぎる反応をしていかなければ生存は難しい。
と同時にそれほど文化が発達していないことも、舞は知っていた。原始的な生活を送る彼らにとって優先される意見とはなにか、それさえわかっていればこの後すべき行動の道筋も見えてくる。
『待て』
舞は大見得を切るように手のひらを見せる。はたしてそれが山ゴブリンにも伝わるジェスチャーなのかは置いておくとして、言うことをやけに素直に聞くのは今の舞の姿が人間の姿とは程遠く、同族と認められているからなのだろう。泥まみれの肌はゴブリンの緑かかった茶色によく似ていて、身長もたいした差がない。このままゴブリン社会に溶け込んだほうが生きやすいのではないかというほど、今の舞はゴブリンそのものだった。
警戒しながらもおとなしくなった山ゴブリンをよそに、舞はくるりと反転する。だんだんと乾いてきた泥が数枚剥がれ落ちてきているが、 それは彼女の心根の汚さには何1つ影響しないようであった。
一連の流れを見続けて、結局何をしているのか理解できていない大人たちのもとへ、舞がその小さな足をゆっくりのんびり、とても優雅とはかけ離れた足取りで戻ってくる。少しの自信をにじませた表情は上手く事が運んでいるようにも見えて、
「お前……話せたんだな」
「片言ですけど」
新堂の言葉にやや投げやりな返答をすると、舞は六波羅へ向けて両手を広げていた。それが意味することとは、やはり見当がつかず次の言葉を待つ2人へじれったそうに腕が上下に振られる。
「……えっ、なに?」
「肩車ですよ、こんな小さな子供が手を伸ばしたらそれしかないじゃないですか」
そうだろうか? いやそうなのかもしれない。
言いくるめられるように六波羅は丸太みたいな腕を伸ばして下から舞の脇に手を入れる。紙のように軽い少女の身体は煙のようにするすると持ち上がり、茶色く濁った水を足先から垂れ流している。うわぁ、と怪訝そうに見つめる新堂に、六波羅も一瞬躊躇して手が止まっていた。汚い臭い変な病気になりそうと、否定する言葉はいくつも浮かぶが足を振って催促する少女に、いやいやながら、本当に嫌だと顔に貼り付けてもなお、生来の人の好さが出てしまっているのか六波羅は目を閉じて少女を肩に乗せていた。
天井すれすれ、少しの弾みでぶつけてしまうのではないかという危惧も、新しい視線を味わう少女には届かず、
『どうだ!』
『手下だ、手下だ』
頭上で地獄の底のような雑音で話す舞と、それに合わせて明日亡くなるだろう老人の盆踊りさながらぎこちなく手足を動かす山ゴブリンの姿に、これが現実で起きていい事なのか、もしくはあの煙草が実は危険なもので幻覚でも見せられているのではないかと不安が六波羅の顔に出ていた。
そんなこと露も知らず、
『族長、会う。連れてけ』
『戦士、案内する』
山ゴブリンは何か叫ぶと、1人ダンジョンの奥へと消えていく。
「行きましょう」
「待って、説明してくれないとなんにもわかんないんだけど、これ本当に大丈夫なんだよな?」
六波羅の頭をベチャベチャの手のひらで叩く舞に、新堂が問いかける。答えなど当然の権利のようになく、ただ小さな少女が癇癪を起こす前にその指示に従うしか道は残されていなかった。
突き当りが丁字路になっている道だった。分岐の端で立ち止まった舞は壁沿いに頭だけを出して左右を確認すると、その上に新堂、六波羅と続き団子を作る。若干舞と新堂の間が離れているのは身長差だけでなく、服が汚れることを嫌ったようだ。
視界には早朝の、カーテンから漏れる光に照らされた室内のような明るさが続いていて、よくよく目を凝らしても果ては闇の中にあり、
「……あれは……ゴブリンか」
「山ゴブリンです」
その中でモゾモゾと動く影を見つけた六波羅へ舞が訂正する。その姿形は熟練のハンターでも区別が難しいほど差異がなく、また差異を考える必要がないほど生態が似通っていた。
周囲には他に影はなく、珍しく単独で行動しているゴブリンへ六波羅が1歩踏み出すが、その進行方向に舞の腕が伸びていた。待て、という合図に特に疑問も持たず従う彼を置いて、代わりに舞が出ていた。その不用心な足取りは真っ直ぐ伸びて、わざとらしい気配に当然山ゴブリンも反応する。
相手から滲み出る警戒の色が強くなり、それでも詰め寄る舞の姿に後ろで見ている大人2人は心中穏やかでなく、そもそも彼女が何をしたいのかすらわからないのだ、心配の仕方すら悩む始末に初々しいカップルよろしく顔を見合わせていた。
やれ伏兵だ、奇襲だと考えられる中で、舞は喉を鳴らす。おおよそ人が判別出来ない騒音のようなダミ声で、
『おーい』
『何者だ!?』
意思疎通が出来ているのかいないのか、山ゴブリンは腰に帯いていた、錆の浮く茶色く煤けたナイフを舞に突きつける。様子見していた大人達は流石に看過できないと身体を乗り出すが、それを見ることが出来ない舞はただ笑顔を浮かべて、
『生まれたばかり、仲間、家族』
『お前、変な臭い』
「ぶっ殺すぞ」
飛び出したのはただの地声で。当然相手には伝わらず、肌が裂けるほど引き攣った笑みは道化のようで、道化は道化らしくしておけということのなのだろうか、山ゴブリンの視線は舞の後ろへと注がれていた。
ナイフの切っ先が揺れ、
『家族、大事。後ろ、敵?』
刺された方向に舞も振り返る。案の定というべきなのだろう、頭だけ出していたはずの男共が通路の真ん中まで飛び出している姿を見て、
……もう少し隠れときなさいよ。
予定ではもっと穏便に話を進めるつもりだった目論見が破綻し、そもそもの原因は舞の説明不十分によるところが大半どころか全てを占めていたが、彼女はそのことを一分も脳裏によぎることなく、急な作戦変更に頭を悩ませていた。
『敵、違う。手下』
『大きいの、敵。手下、違う』
……むぅ。
ゴブリンのくせして頭の回るやつだと舞は口を尖らせる。山ゴブリンの言うことはもっともで、ダンジョン内最弱のモンスターなのだ、外敵しかいないしその殆どが自分よりも大きいのだから異物に対して過敏すぎる反応をしていかなければ生存は難しい。
と同時にそれほど文化が発達していないことも、舞は知っていた。原始的な生活を送る彼らにとって優先される意見とはなにか、それさえわかっていればこの後すべき行動の道筋も見えてくる。
『待て』
舞は大見得を切るように手のひらを見せる。はたしてそれが山ゴブリンにも伝わるジェスチャーなのかは置いておくとして、言うことをやけに素直に聞くのは今の舞の姿が人間の姿とは程遠く、同族と認められているからなのだろう。泥まみれの肌はゴブリンの緑かかった茶色によく似ていて、身長もたいした差がない。このままゴブリン社会に溶け込んだほうが生きやすいのではないかというほど、今の舞はゴブリンそのものだった。
警戒しながらもおとなしくなった山ゴブリンをよそに、舞はくるりと反転する。だんだんと乾いてきた泥が数枚剥がれ落ちてきているが、 それは彼女の心根の汚さには何1つ影響しないようであった。
一連の流れを見続けて、結局何をしているのか理解できていない大人たちのもとへ、舞がその小さな足をゆっくりのんびり、とても優雅とはかけ離れた足取りで戻ってくる。少しの自信をにじませた表情は上手く事が運んでいるようにも見えて、
「お前……話せたんだな」
「片言ですけど」
新堂の言葉にやや投げやりな返答をすると、舞は六波羅へ向けて両手を広げていた。それが意味することとは、やはり見当がつかず次の言葉を待つ2人へじれったそうに腕が上下に振られる。
「……えっ、なに?」
「肩車ですよ、こんな小さな子供が手を伸ばしたらそれしかないじゃないですか」
そうだろうか? いやそうなのかもしれない。
言いくるめられるように六波羅は丸太みたいな腕を伸ばして下から舞の脇に手を入れる。紙のように軽い少女の身体は煙のようにするすると持ち上がり、茶色く濁った水を足先から垂れ流している。うわぁ、と怪訝そうに見つめる新堂に、六波羅も一瞬躊躇して手が止まっていた。汚い臭い変な病気になりそうと、否定する言葉はいくつも浮かぶが足を振って催促する少女に、いやいやながら、本当に嫌だと顔に貼り付けてもなお、生来の人の好さが出てしまっているのか六波羅は目を閉じて少女を肩に乗せていた。
天井すれすれ、少しの弾みでぶつけてしまうのではないかという危惧も、新しい視線を味わう少女には届かず、
『どうだ!』
『手下だ、手下だ』
頭上で地獄の底のような雑音で話す舞と、それに合わせて明日亡くなるだろう老人の盆踊りさながらぎこちなく手足を動かす山ゴブリンの姿に、これが現実で起きていい事なのか、もしくはあの煙草が実は危険なもので幻覚でも見せられているのではないかと不安が六波羅の顔に出ていた。
そんなこと露も知らず、
『族長、会う。連れてけ』
『戦士、案内する』
山ゴブリンは何か叫ぶと、1人ダンジョンの奥へと消えていく。
「行きましょう」
「待って、説明してくれないとなんにもわかんないんだけど、これ本当に大丈夫なんだよな?」
六波羅の頭をベチャベチャの手のひらで叩く舞に、新堂が問いかける。答えなど当然の権利のようになく、ただ小さな少女が癇癪を起こす前にその指示に従うしか道は残されていなかった。
0
お気に入りに追加
2
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

クラスメイトの美少女と無人島に流された件
桜井正宗
青春
修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。
高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。
どうやら、漂流して流されていたようだった。
帰ろうにも島は『無人島』。
しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
ヤンデレ美少女転校生と共に体育倉庫に閉じ込められ、大問題になりましたが『結婚しています!』で乗り切った嘘のような本当の話
桜井正宗
青春
――結婚しています!
それは二人だけの秘密。
高校二年の遙と遥は結婚した。
近年法律が変わり、高校生(十六歳)からでも結婚できるようになっていた。だから、問題はなかった。
キッカケは、体育倉庫に閉じ込められた事件から始まった。校長先生に問い詰められ、とっさに誤魔化した。二人は退学の危機を乗り越える為に本当に結婚することにした。
ワケありヤンデレ美少女転校生の『小桜 遥』と”新婚生活”を開始する――。
*結婚要素あり
*ヤンデレ要素あり
日本新世紀ー日本の変革から星間連合の中の地球へー
黄昏人
SF
現在の日本、ある地方大学の大学院生のPCが化けた!
あらゆる質問に出してくるとんでもなくスマートで完璧な答え。この化けたPC“マドンナ”を使って、彼、誠司は核融合発電、超バッテリーとモーターによるあらゆるエンジンの電動化への変換、重力エンジン・レールガンの開発・実用化などを通じて日本の経済・政治状況及び国際的な立場を変革していく。
さらに、こうしたさまざまな変革を通じて、日本が主導する地球防衛軍は、巨大な星間帝国の侵略を跳ね返すことに成功する。その結果、地球人類はその星間帝国の圧政にあえいでいた多数の歴史ある星間国家の指導的立場になっていくことになる。
この中で、自らの進化の必要性を悟った人類は、地球連邦を成立させ、知能の向上、他星系への植民を含む地球人類全体の経済の底上げと格差の是正を進める。
さらには、マドンナと誠司を擁する地球連邦は、銀河全体の生物に迫る危機の解明、撃退法の構築、撃退を主導し、銀河のなかに確固たる地位を築いていくことになる。
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる