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初仕事2

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 キーッっ甲高い悲鳴をあげて車が止まる。中から2人の男女が出てくると、それぞれ辺りを見渡してから扉を閉める。
 牧歌的な田園風景と言えば聞こえはいいが、延々と田んぼが広がっている。里山すらない真っ平らな土地はここが関東平野であることを強く意識させた。
 それでも北上したからか都心よりいくらか肌寒く、舞はスーツの前を閉じるように身を寄せる。
「で、ここで何するんですか?」
 今まで聞いていなかった本題をついに口にする。ワンボックスカーの後ろからいくつかの機材を抱えた新堂は、あぁと前置きして、
「どうしようかなぁ」
「いやこれ仕事ですよね。なんにも知らないと困るんですけど」
「だって余計なこと言いそうだし」
 悪びれもなく内心を吐露とろする。1日にも満たない時間でここまで理解ある上司を称えればいいのか、舞は悩んでいた。
 それはそれとしてついてまわるだけの金魚のふんもいやだと考え、
「その余計なことすら分からないままの方が怖くないですか?」
「……」
 両肩に大量の荷物を下げた新堂があごに手を置いて思案する。
 一理あると言いたげな表情の彼は2度舞の顔を見たあと、
「黙ってろって言って黙るくらい大人しいならそもそも悩んでないか」
「それ、わざわざ口にする必要ありました?」
「これから行くのは所有する雑木林にダンジョンが出来てしまった民間人のところなんだが」
 苦情を聞いていないことにして、新堂は北を指さす。
 そびえ立つ屋敷。駄々余りの土地をこれでもかと使った建物は、茅葺かやぶき屋根にこけが生え白塗りの土壁は風雨によって薄汚れ、一部が剥がれていた。
 廃墟はいきょとまでは行かないが、栄枯盛衰えいこせいすい哀愁あいしゅうが漂っている。昔は大地主おおじぬしだったのだろうと舞が眺めていると、新堂は話を進めていた。
「過去何度か雑木林の土地の買収を提案しているんだが相手方は首を縦に振らなくてな。その間にもダンジョンは大きくなるし、まぁ定期的に様子見がてら気が変わっていないか確認しにいくってことだ」
「無理でしょ」
「何がだ?」
「土地の買収ですよ。先祖代々の土地を簡単に売るなんてできるわけないじゃないですか」
「そんなこと分かってるが実害が出たら土地の所有者が罪に問われるんだぞ?」
 新堂が問い詰めるように言う。
 現行の法律では、ダンジョンの所有権はその土地の所有者にある。ならばモンスターによる利益不利益もその土地に依存する。所有者の許可なくモンスターを討伐することは器物損壊罪に当たり、周りに被害が出れば過失傷害罪となるのだ。要するにペットと同じ扱いをされていた。
 これにより被害を受けた人は多く、度々ニュースにもなっている。普通に人が死んでいるし、家屋の損害なども報告されている。それでも現行の法律がまだ変わっていないのは反対意見も多いからだ。
 上手くやっているところは下手に手を突っ込まれることを嫌う。ダンジョン運営を円滑えんかつに進めるには初期投資がものを言う為、金のある団体ほど政治家への根回しも強く、法改正が進まない原因でもあった。
 というわけでびた家の持ち主が一発逆転を賭けられるほど甘い世の中ではなく、しかし政府はその対応をせずと、悪循環が繰り広げられていた。
 その権利の譲渡のために、2人が派遣されたことは理解したが、
「新堂さん」
「なんだ?」
 準備を終えた新堂が返事をする。1人では抱えるのもやっとな程の数多の機材を持って。
「それで行くんですか?」
「二度手間だからな。どうせ売らないんだからダンジョンの規模くらい測らないと何しに行ったんだって叱られるし」
「……阿呆ですね」
「阿呆阿呆言うな。合理的な判断だろ」
「初対面の人がそんな準備万端で土地を売ってくださいとか喧嘩けんか売ってるようにしか見えないですよ。体面くらい気にしたらどうですか?」
「いいんだよ、どうせヘルプなんだし法務部も期待なんかしちゃいないんだから。うちはこんな感じでやってんの」
 新堂が恥ずかしげもなく威張る。何度もずり落ちそうになる機材を掛け直しながら目的地へと1人向かっていた。
 ……ろくでもない。
 それは負け犬の理論だ。そう呆れながら舞は横に並び、新堂の手からバッグを分捕った。



「帰れ」
 開口一番、老人が活を入れる。静かな口調の中にハッキリと怒気が現れていた。
 舞の予想通りの結果になったことへため息すら出ない。それでも上司は中身のない笑顔を貼り付けてへこへこと頭を下げていた。
蓬田はすださん、お願いしますよ。その歳じゃ間引きも出来ないでしょう? 保険だってないんだし周りに被害が出てからじゃ遅いですよ」
 どこぞの地上げ屋のような台詞で交渉する新堂は至って真面目に話しているつもりのようだ。ただ最初に渡した名刺が4分割され地面に横たわっている通り、成果は芳しくない。
 事前に何もしなくていいと口酸っぱく釘刺くぎさしされていた舞はその後ろ姿をただ見つめていた。いくら成果を期待していないとはいえ、こうも情けない姿を見せつけられると萎えるなぁと目を細めながら、老人の背後、玄関から覗く家の中に視線が注がれていた。
 ……仕方ないよね。
 自分を誤魔化すために頷く。話せば話すだけお互いフラストレーションをめるだけの、掘った穴をただ埋めるが如き行為を止めさせるには、後で延々と愚痴を聞かされる覚悟をしなければならない。
 必要なことは1歩前に出ること。舞は食い下がる新堂の横に立ち、そのスラックスを握りしめ、
「パパ、もうやめようよ」
 そして、時を止めた。
 
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