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初仕事1

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 車内。
 関越自動車道を飛ばす車の中で舞は流れる景色を眺めていた。都会の防音壁を抜けて田舎の防音壁に変わる。見えるものは大して変わらず、唯一の変化は見下ろすようにそびえ立つビル群がめっきりとなくなってしまったことくらいだ。代わりにパチンコ屋とラブホテルの看板が目立つようになってきたが。
 焦点の合わない灰色の風景を目に収めながら、こうなった経緯を反芻はんすうする。



「あ、そうそう。これからいさおっちは法務部のヘルプね」
「はい?」
 愛称で呼ばれた男が素っ頓狂な声をあげる。予想だにしない事態から子供のように驚く新堂へ、
「いやぁいつも助かるよ」
 狂島は聞き返しのための言葉を了承の意味に捉えていた。
 ……わざとだろうなぁ。
 もはや言及するのも面倒くさいと、舞は口を閉ざすためにパイプをくわえる。特別製の葉っぱの香りは口の中で甘くとろけ、頭頂部を優しくしびれさせた。
「いや、待ってください。俺はまだ新人研修の途中で――」
「別に問題ないよね。ヘルプだって見学みたいなものだし」
「……連れてくんですか?」
 こいつをと指さされ、舞は唇を尖らせる。せっかく気分よくいたのに側溝に足を突っ込んだ気分になる。
 ……我慢じゃ、我慢するのじゃ。
 脳内の会ったこともないおじいちゃんが待ったをかける。ビークール、ビークールと唱えて傾いたパワーバランスの行く末を見つめていた。
「教育係なら当然でしょ」
「それは……そう、ですけど。ヘルプなら総務が――」
「総務部は実働1部のヘルプで人がいないって」
「でしょうけども……」
 面白いように言いくるめられる上司の姿が滑稽に思えて、舞の口元が緩み始める。
 まだ何か言いたげな新堂に、
「じゃあよろしく頼むね」
 そう言って狂島が手渡したのは車の鍵だった。
 そのまま背中を向けて手を振り去っていく部長の姿を見守った後、2人は何も言わずに顔を見合わせていた。
 4月の風はまだ少し寒かった。


「で、何処に向かってるんです?」
 埼玉も半分を過ぎて、2度目のパーキングエリアに立ち寄った時、舞は尋ねていた。
「次のインター降りて、そっから1時間ってところだな」
 スマホを片手に煙草を吹かす新堂が告げる。
 ……結構近いな。
 頭の中にだいたいの地図を思い浮かべながら舞はそんな感想を抱いていた。
 まだ何をするのか聞いていないが、十中八九そこにダンジョンがあるのだろう。法則性なく突然湧くダンジョンが都市近くにあることはメリットデメリット共に存在していた。
 デメリットはなんと言っても破壊できない建造物が存在していることだろう。スコップも重機も、ダイナマイトやミサイルですら傷1つ付けることができない。既存の道を破壊されればまた道路を敷設し直さなければならないのだ。
 またモンスターによる被害もあるが適度に管理されていればダンジョンからあふれることは無い。むしろ人の寄り付かない山中にダンジョンができると管理も出来ず、凶悪なモンスターが溢れ出ることになる。一部地域ではモンスター由来の素材を販売することで以前より地域活性化しているところもあった。勿論もちろん食材としての利用は除くが。豚すら食わないから飼料としての使い道もないのだ。
「近いダンジョンは助かりますね。山の中に入ったりすると思ってましたよ」
 社交辞令のような笑みで話しかける。今は移動中ということで長く楽しめるパイプではなく市販の紙タバコを灰皿に投げ入れた。
 ……あれ。
 何かしらの返答がすぐに帰ってくるかと想定していた舞は、無言のまま固まる男性に目を向ける。眉を寄せる顔を見て、何処に失言があったのかと考えていると、
「3時間の移動は近いって言わねえだろ」
「違います、インターから1時間が近いって言ったんです」
「……なるほどってなるか。十分遠いわ」
 そうだろうか、と舞は小首をかしげる。
 田舎なら山のひとつ先に集落があるのは普通だった。どこもかしこも高速道路が走っている訳では無く、街灯のない真っ暗な山道を走れば1時間なんて余裕で経過してしまう。
「都会っ子ですねぇ」
「生まれも育ちも東京だよ。はぁ、新年度一発目からこんな何にもない田舎くんだりまで出向くなんてついてねぇなぁ」
 悪態をつきながら最後の一口を吸い終え、感情を吐き出すように灰皿に投げ込んでいた。
 ……なんもない、か。
 舞は周囲を見渡してから新しい煙草に火をつける。まだ建物の多い地域だ、本当の田舎なら田畑どころか雑木林しかないことを知らないのだろう。
 その時、
「すみません少しよろしいでしょうか?」
 急に声をかけられ、2人は振り返る。
 そこに立っていたのは特徴的な制服に身を包んだ2人の男性だった。
「なんでしょうか?」
 上司が応対する。その横で舞は財布から1枚のカードを取り出して、
「未成年じゃないですので。お疲れ様です」
 流れるような手つきで免許証を渡す。受け取った警察官は舞の顔と手元の写真を何度も見比べてから、
「……ご協力ありがとうございます」
 舞に返して含みのある表情で帰って行った。
「こういう時って警察絶対笑わないですよね」
 免許証を戻しながら、場を和ますための軽口を叩く。
「良くあることなのか」
「こんな見た目ですから。10年前で成長止まっちゃったみたいなんですよね」
 遺伝的には大きくなるはずなんだけどなぁと、愚痴がこぼれる。
 新堂が頭の上からつま先まで眺めると、
「別にいいんじゃないか」
「ほー、その心は?」
「肘置きにちょうど良さそうだ」
 そう言って脇を広げる彼に、舞はローキックで返答していた。
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