8 / 120
初仕事1
しおりを挟む
車内。
関越自動車道を飛ばす車の中で舞は流れる景色を眺めていた。都会の防音壁を抜けて田舎の防音壁に変わる。見えるものは大して変わらず、唯一の変化は見下ろすようにそびえ立つビル群がめっきりとなくなってしまったことくらいだ。代わりにパチンコ屋とラブホテルの看板が目立つようになってきたが。
焦点の合わない灰色の風景を目に収めながら、こうなった経緯を反芻する。
「あ、そうそう。これからいさおっちは法務部のヘルプね」
「はい?」
愛称で呼ばれた男が素っ頓狂な声をあげる。予想だにしない事態から子供のように驚く新堂へ、
「いやぁいつも助かるよ」
狂島は聞き返しのための言葉を了承の意味に捉えていた。
……わざとだろうなぁ。
もはや言及するのも面倒くさいと、舞は口を閉ざすためにパイプを咥える。特別製の葉っぱの香りは口の中で甘く蕩け、頭頂部を優しく痺れさせた。
「いや、待ってください。俺はまだ新人研修の途中で――」
「別に問題ないよね。ヘルプだって見学みたいなものだし」
「……連れてくんですか?」
こいつをと指さされ、舞は唇を尖らせる。せっかく気分よくいたのに側溝に足を突っ込んだ気分になる。
……我慢じゃ、我慢するのじゃ。
脳内の会ったこともないおじいちゃんが待ったをかける。ビークール、ビークールと唱えて傾いたパワーバランスの行く末を見つめていた。
「教育係なら当然でしょ」
「それは……そう、ですけど。ヘルプなら総務が――」
「総務部は実働1部のヘルプで人がいないって」
「でしょうけども……」
面白いように言いくるめられる上司の姿が滑稽に思えて、舞の口元が緩み始める。
まだ何か言いたげな新堂に、
「じゃあよろしく頼むね」
そう言って狂島が手渡したのは車の鍵だった。
そのまま背中を向けて手を振り去っていく部長の姿を見守った後、2人は何も言わずに顔を見合わせていた。
4月の風はまだ少し寒かった。
「で、何処に向かってるんです?」
埼玉も半分を過ぎて、2度目のパーキングエリアに立ち寄った時、舞は尋ねていた。
「次のインター降りて、そっから1時間ってところだな」
スマホを片手に煙草を吹かす新堂が告げる。
……結構近いな。
頭の中にだいたいの地図を思い浮かべながら舞はそんな感想を抱いていた。
まだ何をするのか聞いていないが、十中八九そこにダンジョンがあるのだろう。法則性なく突然湧くダンジョンが都市近くにあることはメリットデメリット共に存在していた。
デメリットはなんと言っても破壊できない建造物が存在していることだろう。スコップも重機も、ダイナマイトやミサイルですら傷1つ付けることができない。既存の道を破壊されればまた道路を敷設し直さなければならないのだ。
またモンスターによる被害もあるが適度に管理されていればダンジョンから溢れることは無い。むしろ人の寄り付かない山中にダンジョンができると管理も出来ず、凶悪なモンスターが溢れ出ることになる。一部地域ではモンスター由来の素材を販売することで以前より地域活性化しているところもあった。勿論食材としての利用は除くが。豚すら食わないから飼料としての使い道もないのだ。
「近いダンジョンは助かりますね。山の中に入ったりすると思ってましたよ」
社交辞令のような笑みで話しかける。今は移動中ということで長く楽しめるパイプではなく市販の紙タバコを灰皿に投げ入れた。
……あれ。
何かしらの返答がすぐに帰ってくるかと想定していた舞は、無言のまま固まる男性に目を向ける。眉を寄せる顔を見て、何処に失言があったのかと考えていると、
「3時間の移動は近いって言わねえだろ」
「違います、インターから1時間が近いって言ったんです」
「……なるほどってなるか。十分遠いわ」
そうだろうか、と舞は小首をかしげる。
田舎なら山のひとつ先に集落があるのは普通だった。どこもかしこも高速道路が走っている訳では無く、街灯のない真っ暗な山道を走れば1時間なんて余裕で経過してしまう。
「都会っ子ですねぇ」
「生まれも育ちも東京だよ。はぁ、新年度一発目からこんな何にもない田舎くんだりまで出向くなんてついてねぇなぁ」
悪態をつきながら最後の一口を吸い終え、感情を吐き出すように灰皿に投げ込んでいた。
……なんもない、か。
舞は周囲を見渡してから新しい煙草に火をつける。まだ建物の多い地域だ、本当の田舎なら田畑どころか雑木林しかないことを知らないのだろう。
その時、
「すみません少しよろしいでしょうか?」
急に声をかけられ、2人は振り返る。
そこに立っていたのは特徴的な制服に身を包んだ2人の男性だった。
「なんでしょうか?」
上司が応対する。その横で舞は財布から1枚のカードを取り出して、
「未成年じゃないですので。お疲れ様です」
流れるような手つきで免許証を渡す。受け取った警察官は舞の顔と手元の写真を何度も見比べてから、
「……ご協力ありがとうございます」
舞に返して含みのある表情で帰って行った。
「こういう時って警察絶対笑わないですよね」
免許証を戻しながら、場を和ますための軽口を叩く。
「良くあることなのか」
「こんな見た目ですから。10年前で成長止まっちゃったみたいなんですよね」
遺伝的には大きくなるはずなんだけどなぁと、愚痴がこぼれる。
新堂が頭の上からつま先まで眺めると、
「別にいいんじゃないか」
「ほー、その心は?」
「肘置きにちょうど良さそうだ」
そう言って脇を広げる彼に、舞はローキックで返答していた。
関越自動車道を飛ばす車の中で舞は流れる景色を眺めていた。都会の防音壁を抜けて田舎の防音壁に変わる。見えるものは大して変わらず、唯一の変化は見下ろすようにそびえ立つビル群がめっきりとなくなってしまったことくらいだ。代わりにパチンコ屋とラブホテルの看板が目立つようになってきたが。
焦点の合わない灰色の風景を目に収めながら、こうなった経緯を反芻する。
「あ、そうそう。これからいさおっちは法務部のヘルプね」
「はい?」
愛称で呼ばれた男が素っ頓狂な声をあげる。予想だにしない事態から子供のように驚く新堂へ、
「いやぁいつも助かるよ」
狂島は聞き返しのための言葉を了承の意味に捉えていた。
……わざとだろうなぁ。
もはや言及するのも面倒くさいと、舞は口を閉ざすためにパイプを咥える。特別製の葉っぱの香りは口の中で甘く蕩け、頭頂部を優しく痺れさせた。
「いや、待ってください。俺はまだ新人研修の途中で――」
「別に問題ないよね。ヘルプだって見学みたいなものだし」
「……連れてくんですか?」
こいつをと指さされ、舞は唇を尖らせる。せっかく気分よくいたのに側溝に足を突っ込んだ気分になる。
……我慢じゃ、我慢するのじゃ。
脳内の会ったこともないおじいちゃんが待ったをかける。ビークール、ビークールと唱えて傾いたパワーバランスの行く末を見つめていた。
「教育係なら当然でしょ」
「それは……そう、ですけど。ヘルプなら総務が――」
「総務部は実働1部のヘルプで人がいないって」
「でしょうけども……」
面白いように言いくるめられる上司の姿が滑稽に思えて、舞の口元が緩み始める。
まだ何か言いたげな新堂に、
「じゃあよろしく頼むね」
そう言って狂島が手渡したのは車の鍵だった。
そのまま背中を向けて手を振り去っていく部長の姿を見守った後、2人は何も言わずに顔を見合わせていた。
4月の風はまだ少し寒かった。
「で、何処に向かってるんです?」
埼玉も半分を過ぎて、2度目のパーキングエリアに立ち寄った時、舞は尋ねていた。
「次のインター降りて、そっから1時間ってところだな」
スマホを片手に煙草を吹かす新堂が告げる。
……結構近いな。
頭の中にだいたいの地図を思い浮かべながら舞はそんな感想を抱いていた。
まだ何をするのか聞いていないが、十中八九そこにダンジョンがあるのだろう。法則性なく突然湧くダンジョンが都市近くにあることはメリットデメリット共に存在していた。
デメリットはなんと言っても破壊できない建造物が存在していることだろう。スコップも重機も、ダイナマイトやミサイルですら傷1つ付けることができない。既存の道を破壊されればまた道路を敷設し直さなければならないのだ。
またモンスターによる被害もあるが適度に管理されていればダンジョンから溢れることは無い。むしろ人の寄り付かない山中にダンジョンができると管理も出来ず、凶悪なモンスターが溢れ出ることになる。一部地域ではモンスター由来の素材を販売することで以前より地域活性化しているところもあった。勿論食材としての利用は除くが。豚すら食わないから飼料としての使い道もないのだ。
「近いダンジョンは助かりますね。山の中に入ったりすると思ってましたよ」
社交辞令のような笑みで話しかける。今は移動中ということで長く楽しめるパイプではなく市販の紙タバコを灰皿に投げ入れた。
……あれ。
何かしらの返答がすぐに帰ってくるかと想定していた舞は、無言のまま固まる男性に目を向ける。眉を寄せる顔を見て、何処に失言があったのかと考えていると、
「3時間の移動は近いって言わねえだろ」
「違います、インターから1時間が近いって言ったんです」
「……なるほどってなるか。十分遠いわ」
そうだろうか、と舞は小首をかしげる。
田舎なら山のひとつ先に集落があるのは普通だった。どこもかしこも高速道路が走っている訳では無く、街灯のない真っ暗な山道を走れば1時間なんて余裕で経過してしまう。
「都会っ子ですねぇ」
「生まれも育ちも東京だよ。はぁ、新年度一発目からこんな何にもない田舎くんだりまで出向くなんてついてねぇなぁ」
悪態をつきながら最後の一口を吸い終え、感情を吐き出すように灰皿に投げ込んでいた。
……なんもない、か。
舞は周囲を見渡してから新しい煙草に火をつける。まだ建物の多い地域だ、本当の田舎なら田畑どころか雑木林しかないことを知らないのだろう。
その時、
「すみません少しよろしいでしょうか?」
急に声をかけられ、2人は振り返る。
そこに立っていたのは特徴的な制服に身を包んだ2人の男性だった。
「なんでしょうか?」
上司が応対する。その横で舞は財布から1枚のカードを取り出して、
「未成年じゃないですので。お疲れ様です」
流れるような手つきで免許証を渡す。受け取った警察官は舞の顔と手元の写真を何度も見比べてから、
「……ご協力ありがとうございます」
舞に返して含みのある表情で帰って行った。
「こういう時って警察絶対笑わないですよね」
免許証を戻しながら、場を和ますための軽口を叩く。
「良くあることなのか」
「こんな見た目ですから。10年前で成長止まっちゃったみたいなんですよね」
遺伝的には大きくなるはずなんだけどなぁと、愚痴がこぼれる。
新堂が頭の上からつま先まで眺めると、
「別にいいんじゃないか」
「ほー、その心は?」
「肘置きにちょうど良さそうだ」
そう言って脇を広げる彼に、舞はローキックで返答していた。
0
お気に入りに追加
2
あなたにおすすめの小説
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
💚催眠ハーレムとの日常 - マインドコントロールされた女性たちとの日常生活
XD
恋愛
誰からも拒絶される内気で不細工な少年エドクは、人の心を操り、催眠術と精神支配下に置く不思議な能力を手に入れる。彼はこの力を使って、夢の中でずっと欲しかったもの、彼がずっと愛してきた美しい女性たちのHAREMを作り上げる。
体育座りでスカートを汚してしまったあの日々
yoshieeesan
現代文学
学生時代にやたらとさせられた体育座りですが、女性からすると服が汚れた嫌な思い出が多いです。そういった短編小説を書いていきます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる