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第2章 メイドな隊長、誕生

第40話 メイド(兼 隊長)さんと一緒

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 州都レージュの門をくぐった馬車はすぐに大通りをれ、城壁のすぐ内側に位置する訓練場へ移動する。

 こちらの訓練場はさっきまでいた場所訓練所とは異なり、正規兵が日常的に訓練を行っている場所だった。

「そういや、元々の予定はここの視察でしたね……」

 レオナが幌に覆われた荷台から降り、周囲を見渡す。
 弓矢の的や打ち込み用の案山子カカシ相手に、武装した兵士たちが訓練にいそしんでいるのが遠くに見える。

「街の外にある旧砦の訓練所へ行くなんて、最初からバカ正直に言ってたら、あちこちから邪魔が入るからな」
「最初から知ってたら、わたしも邪魔してましたよ……」
「だから黙ってたんじゃないか」

 笑うティアをレオナが頬を膨らませて睨みつけていると、背後からクレアが声をかけてきた。

「じゃあ、アタシたちは酒場へ戻ってるねー」
「うん、よろしく。そっちの準備は任せるよ」

 クレアはここまで乗って来た馬車へと戻り、御者台へ飛び乗る。
 クレアとルックアは二人、これから例の酒場へと先に戻ることになっていた。

「馬車を帰しちゃったら、わたしたちの帰りはどうするんですか?」

 レオナはともかく、太守であるティアが街中まちなかを堂々と歩かせるわけにもいかない。(変装してよく出歩いてるけど)

「全部ここの責任者に手配させているから安心しろ」
「ああ……グエンさんですか」

 グエンは、先日のゴブリン討伐直後に昇進し、ここを含む後方支援の部隊を任されていた。
 というか、ティアに「波風立たないように昇進させろ」と言われてそんな書類を作成したのは、レオナだったりする。

(彼も、これから大変だぁ)

 旧砦の方の訓練所も、グエンの所掌だ。
 今頃は補給物資を抱えてあちらに戻り、現場の惨状を見て頭を抱えていることだろう。

(グエンさん、ゴメンナサイ……)

 レオナは心の中で手を合わせた。

「さて。ではアリバイ工作といこうか」

 ティアが身も蓋もないことを口にして、訓練場の奥へと進んでいく。

「はいはい」

 今のレオナは使用人メイドの立場に戻っているので、黙って後ろをついていくだけだ。
 ちなみに使用人の立場なので、メイド服はそのままなのだが、双剣を挿していた革ベルトは外している。

「これは太守様!」

 ティアが近くを通ると、剣を振るっていた兵たちがその手を止め、敬礼を送ってきた。
 ここからでも、全身が緊張に包まれていることが判る。

 まあ、そうされて然るべき立場の人物ではあるのだが、今日の目的を知るレオナとしては、いたたまれないことこの上なしであった。

(みなさーん、この女はアリバイ工作にみなさんを利用してるだけですよー。そこまで気を使わなくていいですからねー)

 そうやってしばらくに場内を見回っていたティアに、やがて背後から声がかかる。

「ティア様、帰りの馬車の用意が整いました。ご案内いたします」

 レオナが振り返ると、そこに立っていたのは、きらびやかな近衛の装備をまとったサイカだった。
 馬車の用意を整えている間に、グエンの手で用意されていた近衛装備に着替えたらしい。

 戻った時に護衛が付いてないと大騒ぎになるということで、グエンが手配してくれていたものだ。

(こうやって見ると、やっぱカッコいいヒトなんだよなー)

 凛としたたたずまいを見せるサイカに、ゲルダを取り逃がしたときの姿は欠片も見当たらない。

「うむ」

 対するこちらティアも、見事に太守な威厳で受けている。

 二人ともさっきまでとは所作も態度も表情も見事なほど切り替え、今は一介の使用人メイドでしかないレオナには目もくれない。
 そんな二人に、レオナはただ使用人として、黙って後ろをついていく。

 途中、通り過ぎるティアに、兵たちが訓練の手を止め、緊張した面持ちで次々と敬礼を送ってくる。

(みなさーん、騙されてますよー)



   ■■■



「では、その灰になった魔術師は指揮者リーダーではなかった、ということか?」

 訓練場から屋敷へ戻る途上。
 太守専用の豪華な箱馬車の中で、ティアは正面に座るレオナに問いかける。

 ティアからは、さっきまでの威厳など、もうどこかへ行ってしまっていた。
 元々開いている服の胸元に指を引っけてさらに隙間を広げ、反対の手でパタパタと空気を送り込んでいる――外から見えないのをいいことに、気を抜いているのがアリアリな姿だった。

「はい……周囲の偵察に送ったクレアの報告では、外の木の上にいた男が、あの多数の賊たちを指揮していたとのことです」

 顔を赤くしたレオナが膝に手を置き、身を固くして縮こまった状態で答える。

「そういえば、クレアが一度背後を取ったにも関わらず取り逃がしたと悔しがっていましたね」

 聞こえるサイカの声に、レオナはさらに身を固くする。

「捕らえて背後を聞き出したくはあったが――クレアがそこまでしても無事逃れるような相手では、しかたないな」
「申し訳ありません。せめてわたくしが、主力らしき無駄……女を捕らえていれば……」

 今回の襲撃で、指揮官らしき男やゲルダと名乗るサイカ曰く無駄乳女、竜牙兵を率いた魔術師――それどころか、雑兵すらも誰一人、生かしたまま捕虜とすることができなかったのだ。

「気にするな。まさか州都の足元であんな戦力の奇襲を受けたにも関わらず、全員無傷のまま撃退できただけでも、十分称賛に値する」
「それは隊長の見事な指揮のおかげですっ」

 腕に力を込めて力説するサイカの暖かい吐息を、レオナがビクッと肩をすくめた。

「いえ、それは隊員のみんながとんでもなく凄いからで――ってかティア様ぁ、このサイカさんなんとかしてくださいぃ……」
「好きにさせてやれ。隊長として、部下の働きぐらいねぎらってやらんとな」
「今はただのティア様付きのメイドですよぉ」
「なら、主人からの命令だ――好きにさせてやれ」
「そんなぁ……」

 涙目のレオナは今、隣に座るサイカにられていた。
 訓練所のお風呂のお陰か、サイカ本人のいい匂いがいつも以上にレオナの理性をさいなんでくる。

 しかも、近衛隊の鎧を着たサイカは抱き着いてもなにか物足りないのか、馬車に乗り込んだ直後からレオナの頭に頬ずりし続けていた。

(髪に顔をうずめて吸-わーなーいーでー。お風呂で髪を洗っておいてよかった――じゃなかった、恥ずかしすぎるんですけどおぉぉ……!)

 本気で断れば、サイカも無理強いすることはないのは判っている。
 ティアも、それ以上は言わないだろう。(今も面白がっているだけだし)

 なのに、「やめろ」と言ないレオナであった。
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