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第四章【双子の恋路】
第20話「時が巡るのを待っていた」
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「穂乃花ちゃんが勾玉を集めてるの? 私たち、どう動くか悩んでたのよ」
長い黒髪を耳の下で二つに結った育葉は、夏生より目元がおっとりしている。
だがキビキビ動くさまは面倒見のいい姉の顔をしていた。
ここは安全だと気がゆるみ、穂乃花はまだポーっとする状態で部屋を見渡す。
壁際の棚には整頓された薬草の束。
その中からすでに煎じてある薬草の入った小瓶を手に取り、ささっと穂乃花に飲むよう促した。
「飲まなきゃダメ?」
「だーめ。まだ熱があるんだから」
やさしい顔立ちのわりに育葉は気が強い。
体調を崩して幼心に戻った穂乃花は甘えたい気分なのに、育葉は手厳しかった。
薬を受け取るとチビチビと喉に流し込む。
(にが……)
ここにいるのは育葉と夏生、そしてずっと心配の眼差しを向けてくる深琴だ。
(あれ?)
「うみちゃんは?」
「あー、うみっこには食事の準備をしてもらってる」
深琴のとなりにあぐらをかいて座った夏生。
大きなあくびを隠しもせずに親指で山小屋の外を示す。
「うみちゃんは料理が上手だから。今は外でテキパキ頑張ってるかな」
家庭的な植実の作る料理なら間違いなくおいしい。
夏生が作れば焦げた魚しか出てこないと思い出して笑った。
(……深琴、ずっとしかめっ面だ)
ずっと黙り込む深琴が気にかかるので、チラッと顔を覗き込む。
急な接近に面を食らった深琴は背中をのけぞり手で顔を隠す。
「深琴?」
「すまねぇ。ちょっと、外出てるわ……」
そう言ってそそくさと出ていった。
深琴にしては珍しく言葉を詰まらせており、声もかすれていた。
滅入った様子に穂乃花は立ち上がろうとして……やめた。
(追いかけたいなんて……。だって私たち、そんなのじゃないのに……)
たまに深琴との接し方に悩んでしまう……なんて弱音は吐けない。
煮え切らない気持ちに布団を握りしめてうなだれた。
「穂乃花ちゃん。……無理、してない?」
「えっ?」
「ごめんなさい。本当はみんなが千種ちゃんのところに集まればいいことなのに」
育葉の謝罪に穂乃花は取り乱して育葉の肩を掴む。
「ちがっ……! 儀式が失敗したのは私のせいだから! 私が責任もって勾玉を集めてそれで……」
――それで姉たちの苦労がなくなるわけではないのに?
勾玉を集めたところで姉たちの協力がなければ八ツ俣は封印できない。
穂乃花が勝手に罪を感じ、一人で勾玉を集めようと躍起になっているだけだ。
(千種ねぇ……)
姉妹たちを引っ張ってくれた心優しい長女を思い出す。
”人柱となって八ツ俣を封印する”と告げたときの苦痛に満ちた顔は忘れられない。
今は仮封印で八ツ俣を弱体化出来ているから、人柱にならなくていい。
必要なものをそろえて正しく扱えば希望はある。
その希望を届けてくれたのは深琴だったと、穂乃花の中に熱い気持ちが湧きあがった。
(八ツ俣を封印すれば解放される。守里ちゃんだって遊佐さんといっしょになれる)
身体が弱い守里に「ごめんね」と言わせてしまった。
穂乃花が意固地になるものだから、虚弱さを理由に勾玉を差し出した。
守里がそうするしかないように穂乃花が扇動した。
(気にかけてくれた守里ちゃんを突き放したんだ)
姉たちの平穏を願う。
八ツ俣に関する苦しみは姉たちに必要ないと切り捨てていた。
「どうして穂乃花ちゃんが責任を感じているの?」
思い乱れる穂乃花に育葉は鋭く問い、罪悪感を刺激してくる。
「それは……私が怖くなって逃げようとしたから」
「怖がってたのはみんな同じだって。穂乃花のせいじゃないだろ」
「だけど……!」
すぐさま夏生が訂正したが、この意識はそう簡単に消えてくれない。
八ツ俣を封印するのに失敗したのはまぎれもない事実。
失敗の背景にあるのは”姉たちが倒れていく光景に恐れを抱き、すべてを台無しにした”穂乃花の行動だった。
(ずっと後悔してた。そうやってずっとずっと、時が巡るのを待っていた)
……その目覚めが深琴の口づけをきっかけとするのは予想外であったが。
暗くなっていた穂乃花に恥じらう気持ちが浮上して、ポッと赤くなり唇を隠す。
それを見ていた二人の姉が目を合わせて和やかに笑った。
「まぁ、少なくとも儀式に失敗したのは穂乃花のせいじゃないって」
「少なくとも、じゃなくて間違いなくよ!」
「いてっ!」
適当に言い放つ夏生に、育葉が夏生の頭を叩く。
ふてくされた夏生は育葉に背を向け、唇を尖らせて心外だとブツブツ言っていた。
二人の言いたいことは一致しており、責められないことに焦燥感を抱く。
「どうして……そう思うの?」
「儀式に巫女の感情は関係ないでしょ? 物理的に問題があったから失敗した。そう考えるのが打倒でしょ?」
物理的となれば、封印に必要だった”勾玉・鏡・剣”が当てはまる。
これらに問題があったとして、想定されるのは鏡か剣だ。
その二つを守っていた姉妹の顔が思い浮かんで、喉が焼け付くようにヒリヒリした。
長い黒髪を耳の下で二つに結った育葉は、夏生より目元がおっとりしている。
だがキビキビ動くさまは面倒見のいい姉の顔をしていた。
ここは安全だと気がゆるみ、穂乃花はまだポーっとする状態で部屋を見渡す。
壁際の棚には整頓された薬草の束。
その中からすでに煎じてある薬草の入った小瓶を手に取り、ささっと穂乃花に飲むよう促した。
「飲まなきゃダメ?」
「だーめ。まだ熱があるんだから」
やさしい顔立ちのわりに育葉は気が強い。
体調を崩して幼心に戻った穂乃花は甘えたい気分なのに、育葉は手厳しかった。
薬を受け取るとチビチビと喉に流し込む。
(にが……)
ここにいるのは育葉と夏生、そしてずっと心配の眼差しを向けてくる深琴だ。
(あれ?)
「うみちゃんは?」
「あー、うみっこには食事の準備をしてもらってる」
深琴のとなりにあぐらをかいて座った夏生。
大きなあくびを隠しもせずに親指で山小屋の外を示す。
「うみちゃんは料理が上手だから。今は外でテキパキ頑張ってるかな」
家庭的な植実の作る料理なら間違いなくおいしい。
夏生が作れば焦げた魚しか出てこないと思い出して笑った。
(……深琴、ずっとしかめっ面だ)
ずっと黙り込む深琴が気にかかるので、チラッと顔を覗き込む。
急な接近に面を食らった深琴は背中をのけぞり手で顔を隠す。
「深琴?」
「すまねぇ。ちょっと、外出てるわ……」
そう言ってそそくさと出ていった。
深琴にしては珍しく言葉を詰まらせており、声もかすれていた。
滅入った様子に穂乃花は立ち上がろうとして……やめた。
(追いかけたいなんて……。だって私たち、そんなのじゃないのに……)
たまに深琴との接し方に悩んでしまう……なんて弱音は吐けない。
煮え切らない気持ちに布団を握りしめてうなだれた。
「穂乃花ちゃん。……無理、してない?」
「えっ?」
「ごめんなさい。本当はみんなが千種ちゃんのところに集まればいいことなのに」
育葉の謝罪に穂乃花は取り乱して育葉の肩を掴む。
「ちがっ……! 儀式が失敗したのは私のせいだから! 私が責任もって勾玉を集めてそれで……」
――それで姉たちの苦労がなくなるわけではないのに?
勾玉を集めたところで姉たちの協力がなければ八ツ俣は封印できない。
穂乃花が勝手に罪を感じ、一人で勾玉を集めようと躍起になっているだけだ。
(千種ねぇ……)
姉妹たちを引っ張ってくれた心優しい長女を思い出す。
”人柱となって八ツ俣を封印する”と告げたときの苦痛に満ちた顔は忘れられない。
今は仮封印で八ツ俣を弱体化出来ているから、人柱にならなくていい。
必要なものをそろえて正しく扱えば希望はある。
その希望を届けてくれたのは深琴だったと、穂乃花の中に熱い気持ちが湧きあがった。
(八ツ俣を封印すれば解放される。守里ちゃんだって遊佐さんといっしょになれる)
身体が弱い守里に「ごめんね」と言わせてしまった。
穂乃花が意固地になるものだから、虚弱さを理由に勾玉を差し出した。
守里がそうするしかないように穂乃花が扇動した。
(気にかけてくれた守里ちゃんを突き放したんだ)
姉たちの平穏を願う。
八ツ俣に関する苦しみは姉たちに必要ないと切り捨てていた。
「どうして穂乃花ちゃんが責任を感じているの?」
思い乱れる穂乃花に育葉は鋭く問い、罪悪感を刺激してくる。
「それは……私が怖くなって逃げようとしたから」
「怖がってたのはみんな同じだって。穂乃花のせいじゃないだろ」
「だけど……!」
すぐさま夏生が訂正したが、この意識はそう簡単に消えてくれない。
八ツ俣を封印するのに失敗したのはまぎれもない事実。
失敗の背景にあるのは”姉たちが倒れていく光景に恐れを抱き、すべてを台無しにした”穂乃花の行動だった。
(ずっと後悔してた。そうやってずっとずっと、時が巡るのを待っていた)
……その目覚めが深琴の口づけをきっかけとするのは予想外であったが。
暗くなっていた穂乃花に恥じらう気持ちが浮上して、ポッと赤くなり唇を隠す。
それを見ていた二人の姉が目を合わせて和やかに笑った。
「まぁ、少なくとも儀式に失敗したのは穂乃花のせいじゃないって」
「少なくとも、じゃなくて間違いなくよ!」
「いてっ!」
適当に言い放つ夏生に、育葉が夏生の頭を叩く。
ふてくされた夏生は育葉に背を向け、唇を尖らせて心外だとブツブツ言っていた。
二人の言いたいことは一致しており、責められないことに焦燥感を抱く。
「どうして……そう思うの?」
「儀式に巫女の感情は関係ないでしょ? 物理的に問題があったから失敗した。そう考えるのが打倒でしょ?」
物理的となれば、封印に必要だった”勾玉・鏡・剣”が当てはまる。
これらに問題があったとして、想定されるのは鏡か剣だ。
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