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第三章【深琴の道中、刀を求めて】
第14話「乙女心は複雑」
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翌日から伊佐治の指示にしたがって忙しなく動いた。
あれを用意しろ、これを取ってこいと目が回る速さだ。
穂乃花が手伝おうとすれば断られてしまったので、時間を持て余す状態だ。
「へぇ~。守里ちゃんに会ったのらっ」
「勾玉を預かったんだ。守里ちゃんも鍛冶屋さんにお世話になってるんだよ」
「そうなのら~。みーんな運よく助かったというわけなのら!」
本当にそうだと穂乃花は物思いに沈む。
腹立たしいことはあれど深琴がいなければここまでこれなかった。
ともに時間を過ごすうちに深琴が誠実なことも知った。
今も穂乃花が何もできないでいる時間に責務を果たそうと必死になっている。
八ツ俣を封印するには”勾玉、鏡、剣”が必要だ。
勾玉を集めるだけでは足りないものだらけだ。
深琴と出会ったのはあながち必然だったと……ほんの少し頬が熱くなった。
「伊佐治の奥さんが亡くなったの、一年くらい前なのら」
村の人が言っていたそうだ。
「伊佐治に助けてもらって勾玉のことも話したのら。そしたら出てけって言われたのら」
どうやらその言われ方が不服だったようで、ハムスターのように頬を膨らませる。
「言いたいことはわかるのらっ! 伊佐治のこと放っておけない気持ちもわかってほしいのら!」
足をジタバタさせ、涙目に気落ちしていた。
一人になれば消えてしまいそうな伊佐治に植実の不安は日に日に大きくなった。
「うみちゃんは伊佐治さんになにを見てるの?」
「それは……かなしくて、あったかい色なのら」
植実には人に見えない色が見える。
色と形容しがたいものらしく、感受性の豊かな植実には少し痛みが伴っていた。
今の伊佐治は声を出さなければ気づけないほど影が薄い。
名前を呼ばれなければ自分の存在を確認できないように。
希薄さを心配するのは出会ったばかりの少女という矛盾だった。
「うみちゃんはやさしいよね」
ポツリと奥に潜んでいた想いがこぼれる。
「私は深琴に腹立ててばかり。なんだかね、ムッとしちゃう」
「キライなのら?」
その疑問に首を横に振る。
「そうじゃないの。深琴は誰にでもやさしいし、調子のいいことばっかり言う」
だからモヤモヤする、とは言いづらい。
嫌いではないのに怒るのは天秤が左に傾いたり右に傾いたりと不安定だからだ。
怒ってばかりでは可愛げがない。
一生懸命がんばる深琴を応援したい。
けれども脳裏に浮かぶのは深琴に対して嫌だと思った感情ばかりだった。
「ほのちゃんは考えすぎなのら」
植実は穂乃花の手を両手で握り、慈しむ心をにじませる。
「みーくん、とってもやさしいのら」
「……そっか。そうだろうね」
植実が言うのならばそうなのだろう。
巫女の力をどう扱うかわかっている植実や守里がほんの少しだけうらやましかった。
(だいたい深琴が初キスを奪わなければ嫌いになんてならなかったのに――……)
唇に触れて、考えたくないと思考から放棄する。
だが至近距離に見た深琴の瞳を思い出し、むずがゆさに太ももを擦り合わせた。
***
外から戻っても休憩をとろうとしない深琴のために穂乃花はおにぎりを握る。
「ありがとな、穂乃花」
いつもより声に覇気がないと胸が苦しくなる。
寄り添い方がわからなくて気持ちが塞ぎ、握ったおにぎりに一口かじりつく。
ほどよい塩味にほっと息を吐いた。
味噌汁も作りたかったが、即席で作ることは出来ずひとまずおにぎりだけとなった。
「あの……大丈夫?」
ようやく言葉が出せたところで気の利いたことは言えない。
「ん? あぁ心配すんな。これくらいどうってことねぇ」
一日単位で出る日もあれば、数日帰ってこないこともあった。
刀を直すのにどう必要なのか疑問を抱くも口には出来ない。
(伊佐治さんしか頼りに出来ない。……はがゆい)
八ツ俣の封印はもう長く持たない。
その証拠にポツポツと水害が起きている。
のんびりしていられないが、急いでなんとかなる話でもないと頭を抱えた。
「穂乃花はやさしーなぁ」
「は……えっ……と。そんなことは……」
「ずっと気を張りっぱなしな必要はないからな」
それは深琴のことだろう、と頬を膨らませて睨む。
対して深琴は目を細め、やさしい色に笑んでいた。
「オレは今が踏ん張りどころなんだ。普段の旅くらいは気楽にやっていこうぜ」
頭をポンポンとされれば途端に顔が熱くなる。
そんなに気が舞えていたかと肩をすくめ、視線を膝に向けた。
勾玉を集めるのは自分の責務。
姉たちにそれを強いることは出来ない。
それは当然だ……と思い悩んでいると、深琴が穂乃花に顔を近づけた。
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