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第二章【番としての恋路】

第15話「単純に好みで言えば」

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「バカもの!!  あの秘薬を勝手に持ち出しただけでなく使用するとは!」

「申し訳ございません~!」

朝から大目玉を喰らい、宗芭に土下座して謝罪をする。

昨日の柚姫の暴走について報告をしたところ、宗芭の怒りに触れてしまった。

柚姫の恋を応援するため、宗芭の蔵から勝手に秘薬を盗み出し、軽率にクッキーに混入させた。

大事にならなかっただけよかったと宗芭は息をつき、いたたまれない様子で目を反らす葉緩をいちべつする。


「それで、何ともないのか?」

「はぁ……? 特にはなにも……」

そこで葵斗に壁への擬態がばれてしまったことを思い出す。

唇が重なったことを思い出し、ダラダラと汗を流して宗芭の顔を見れなくなった。

「……なにも」

宗芭が目を見開いていると、尻目に気づいたが憂いを隠し切れずに唇をなぞる。

「そうか。……なら良い。そろそろ学校に行かねば間に合わんな。もういいから行きなさい」

「本日も行ってまいります!」

一礼をし、装束を変えると急ぎ足で部屋を飛び出す。

恥ずかしさに思い出しては唇を手で擦り、秘薬を通じて感じた甘い香りを思い出した。

あの秘薬は興奮剤の一種であり、人体に害はないが本音を隠すことが難しくなる。

昨日の出来事は秘薬による影響が大きく、クッキーを口にした柚姫は興奮して本音がダダ洩れになっていた。


一方、忍びの血を引く葉緩に秘薬は違う効力を発揮する。

忍には”番”という認識があり、それはあまりにの甘美さに引き寄せられるもの。

出会った瞬間にわかるという好ましい香りに葉緩はまだ出会っていなかった。

(望月くんのあの香り……。でも今までかいたことのない香りでした)

嗅覚が人一倍優れる葉緩だが、葵斗からはなんの匂いも感じなかった。

一度たりとも番を意識したことがなかったが、あの香りは……と疑念を抱いてしまう。

そんなはずはない。

ならば出会った時点で香りを嗅ぐことが出来ていたはずだ。

あれだけ密着して、何も感じないのならば番ではない。

そのはずなのに……と走りながら濡れた唇に指をすべらせた。


***

学校に到着したはいいものの、葉緩は教室を覗き込むように壁にはりついていた。

この気まずさに教室へ足を踏み出す勇気がない。

気配を最小限にするのはクセとなっており、奇怪な行動は特別誰かの目に留まることもない。

「教室、入りにくいです…」

「葉緩、おはよう」

「ふわぁあああああっ!?」




喉から心臓が飛び出そうなほどに叫ぶ。

赤くなるまで茹でられたタコと化した葉緩は、相変わらず気配もないのない葵斗にガツンと頭を殴られた気分だ。

距離感ゼロのボディタッチ、背後から抱きついてくる葵斗にこれ以上好きにはさせてたまるかと暴れ出す。

「望月くん、これはなんですか!?」

「ハグ。これすると葉緩の匂いが近くなるね」

――チュッ……チュ。

人目もはばからず、葉緩の首にキスをする。

さらさらの黒髪がくすぐってきて、葉緩は羞恥に熱を持った。


「何をしておいでですか!?」

「もちろん、葉緩は俺のだから目印を……」

「ストップストップ! それ以上は言わなくていいですっ!」

慌てて葵斗の口元を両手で押さえつける。

だが葵斗が手のひらにまでキスをしてくるので、あまりに恥ずかしくなり涙が出そうになった。

「うっ……何なんですかぁ……」

情緒不安定に喉が焼けると距離をとりたくて力なく抵抗する。

こんなに接近されるのは慣れておらず、好意の受け止め方がわからない。

本来ならば吐き気のするボディタッチも、桐哉に撫でられるときとは異なるが嫌ではない。

むしろ好ましいと思ってしまう自身の貞操の軽さにすら嫌気がさした。

「ね、俺のこと“葵斗”って呼んでよ」

「ええ?」

「葉緩に呼ばれたい」

真っ直ぐ見つめてくる葵斗に下腹部がムズムズしてしまうので、嫌だと目をそらす。

忍びたるもの、常に冷静でなくてはと頭の中に叩きこんだはずなのに、葵斗の遠慮のなさの前では無意味だった。

(なんでこんな動揺ばかり……。恥ずかしいです……)

それに、とチラッと前髪の隙間から見える葵斗の瞳を見た。

(この人の目はキレイすぎる。まるで深い海のようだ)

桐哉は顔立ちも整っており、当然のように女子にモテているが、葵斗はなぜか騒がれない。

美貌のレベルでは二人に甲乙つけがたいというのに。

(単純に顔の好みで言えば、私は主様よりも……)

そんなことが脳裏によぎり、すぐに我に返って葵斗の肩を突き飛ばす。


「どうしたの? 葉緩」
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