5 / 44
第一章【運命はキスから動き出す】
第5話「無差別”壁”襲撃です」
しおりを挟む
主のために動き、幸せを願う。
それが忍びの役割であり、その目標達成の壁を前に葉緩はあわあわする。
追いかけることも出来ず立ちすくむ桐哉、真面目でやさしく穏やかな性格だ。
恋に関しては奥手すぎるのがたまにキズで、普段の勇敢さは欠片も発揮しなくなってしまう。
(ああ……主様が落ち込んでいられる。どうすればいいの!?)
トボトボと落ち込み、歩き出す桐哉に葉緩は胸が苦しくなる。
陰に徹することで、堂々とした応援が出来ない。
これに関しては桐哉が自分で何とかすべき事項のため、葉緩になにが出来ると毎度葛藤してしまう。
主の子孫繁栄が第一であり、そのために恋路には全力でお邪魔虫を追い払うも、相手に接することは本人が頑張るしかない。
忍びが世話焼きをしてもろくなことはない。
くっつける演出は出来ても、忍びは無関係の人間側であり、手を出せばたちまち無力を痛感するものであった。
「我慢強く志しを変えないのは難しいよ。私は忍耐がそこまで強くないというのに」
壁に隠れて葉緩は自己嫌悪に陥る。
一心に桐哉と柚姫の幸せを願うも、二人に身分を明かせないと憂いてしまう。
(ん……? んんん?)
あまりに唐突な視界の変化。
気配に人一倍敏感な葉緩に気づかれず、あくびをしながら前を歩く葵斗。
いつも眠そうだが、今日は一層眠気が強そうで、ふらふらした足取りで歩いていた。
いつ倒れてもおかしくないと、葉緩は壁に徹し無表情ながらに葵斗の動きを観察する。
「……この匂い」
これほどまでにボーッとしているくせに、嗅覚がやたら優れているのか、すぐに鼻をスンと鳴らす。
おだやかに口角をゆるめて、匂いをたどり大股に進む。
「やっぱり、いい匂い。すごくキレイな澄んだ香りだ」
(あれ? 近いぞ? いつのまに望月くんが……)
迷わずこちらに向かってくる葵斗に目を奪われ、身体を硬直させる。
忍びとして匂いは消しているはずなのに、葵斗はいつも葉緩の足跡をたどってくる。
壁としてのポリシーがあり、意地で平静を装っていると、葵斗が壁に手をつき、壁に体重を乗せた。
「……もっと触れたらいいのに。そしたらきっと……」
誰もいない通学路。
チャイムの音が鳴り響く中、壁に重なったものがあった。
音が鳴むまでそれは動くことがなかった。
「遅刻だね。 ……保健室で寝ようかな」
クスッと珍しく声を出して微笑むと、葵斗はご機嫌な様子で去っていく。
姿が見えなくなるまで葉緩は壁と一体化し、ピクリとも動かなかった。
特殊な布がめくれ、顔を出すと葉緩は布を握りその場にしゃがむ。
頭をぐらぐらとさせ、赤くなる頬を誤魔化すように布に顔をうずめた。
(なになになに!? おかしいです! 普通は壁にキスなんてしませんよね!?)
いや、人間とは多種多様な生き物であり、このような奇行をとる人がいてもおかしくない。
だからといって納得できるものでもないが、壁に徹する葉緩に追及が出来るはずもない。
むずがゆいと口元に手をあて、布をはいで姿を現す。
「壁好き? 壁フェチ? そんなバカな……」
わけがわからない。
奇行というより、“新人類”と呼ぶべきか。
ツッコミどころが満載だと、普段はボケ側の葉緩が首をかしげざるを得ない事態だ。
「昨日は教室の壁。今日は外の壁。……はぁ! 無差別の壁襲撃!?」
今まで葉緩の壁に隠れる技はばれたことがない。
むしろその気配隠しは宗芭のお墨付きのため、葵斗にバレているとは想像もしない。
だからこそ余計に葉緩の思考はメチャクチャになり、答えにたどり着かないのだが……。
「なんだか複雑です。モヤモヤします。……壁とはいえ、擬態してるだけの私ですから」
悶々としながらも校舎に入り、どんよりとしながら教室の扉を開ける。
結局遅刻となり、葉緩は担任にこってりと怒られた。
***
時間は流れ、午前最後の授業。
選択授業の家庭科である。
音楽・美術・家庭の三種類の中から選択して実施するのだが、葉緩は躊躇もなく家庭科を選んでいた。
「葉緩ちゃん、頑張って美味しいクッキー作ろうね」
「お任せ下さい、柚姫!」
桐哉が美術を選択する中、葉緩は同じ授業にしなかった。
それはすべて桐哉の愛すべき伴侶(仮)の柚姫が家庭科を選択しているためである。
それが忍びの役割であり、その目標達成の壁を前に葉緩はあわあわする。
追いかけることも出来ず立ちすくむ桐哉、真面目でやさしく穏やかな性格だ。
恋に関しては奥手すぎるのがたまにキズで、普段の勇敢さは欠片も発揮しなくなってしまう。
(ああ……主様が落ち込んでいられる。どうすればいいの!?)
トボトボと落ち込み、歩き出す桐哉に葉緩は胸が苦しくなる。
陰に徹することで、堂々とした応援が出来ない。
これに関しては桐哉が自分で何とかすべき事項のため、葉緩になにが出来ると毎度葛藤してしまう。
主の子孫繁栄が第一であり、そのために恋路には全力でお邪魔虫を追い払うも、相手に接することは本人が頑張るしかない。
忍びが世話焼きをしてもろくなことはない。
くっつける演出は出来ても、忍びは無関係の人間側であり、手を出せばたちまち無力を痛感するものであった。
「我慢強く志しを変えないのは難しいよ。私は忍耐がそこまで強くないというのに」
壁に隠れて葉緩は自己嫌悪に陥る。
一心に桐哉と柚姫の幸せを願うも、二人に身分を明かせないと憂いてしまう。
(ん……? んんん?)
あまりに唐突な視界の変化。
気配に人一倍敏感な葉緩に気づかれず、あくびをしながら前を歩く葵斗。
いつも眠そうだが、今日は一層眠気が強そうで、ふらふらした足取りで歩いていた。
いつ倒れてもおかしくないと、葉緩は壁に徹し無表情ながらに葵斗の動きを観察する。
「……この匂い」
これほどまでにボーッとしているくせに、嗅覚がやたら優れているのか、すぐに鼻をスンと鳴らす。
おだやかに口角をゆるめて、匂いをたどり大股に進む。
「やっぱり、いい匂い。すごくキレイな澄んだ香りだ」
(あれ? 近いぞ? いつのまに望月くんが……)
迷わずこちらに向かってくる葵斗に目を奪われ、身体を硬直させる。
忍びとして匂いは消しているはずなのに、葵斗はいつも葉緩の足跡をたどってくる。
壁としてのポリシーがあり、意地で平静を装っていると、葵斗が壁に手をつき、壁に体重を乗せた。
「……もっと触れたらいいのに。そしたらきっと……」
誰もいない通学路。
チャイムの音が鳴り響く中、壁に重なったものがあった。
音が鳴むまでそれは動くことがなかった。
「遅刻だね。 ……保健室で寝ようかな」
クスッと珍しく声を出して微笑むと、葵斗はご機嫌な様子で去っていく。
姿が見えなくなるまで葉緩は壁と一体化し、ピクリとも動かなかった。
特殊な布がめくれ、顔を出すと葉緩は布を握りその場にしゃがむ。
頭をぐらぐらとさせ、赤くなる頬を誤魔化すように布に顔をうずめた。
(なになになに!? おかしいです! 普通は壁にキスなんてしませんよね!?)
いや、人間とは多種多様な生き物であり、このような奇行をとる人がいてもおかしくない。
だからといって納得できるものでもないが、壁に徹する葉緩に追及が出来るはずもない。
むずがゆいと口元に手をあて、布をはいで姿を現す。
「壁好き? 壁フェチ? そんなバカな……」
わけがわからない。
奇行というより、“新人類”と呼ぶべきか。
ツッコミどころが満載だと、普段はボケ側の葉緩が首をかしげざるを得ない事態だ。
「昨日は教室の壁。今日は外の壁。……はぁ! 無差別の壁襲撃!?」
今まで葉緩の壁に隠れる技はばれたことがない。
むしろその気配隠しは宗芭のお墨付きのため、葵斗にバレているとは想像もしない。
だからこそ余計に葉緩の思考はメチャクチャになり、答えにたどり着かないのだが……。
「なんだか複雑です。モヤモヤします。……壁とはいえ、擬態してるだけの私ですから」
悶々としながらも校舎に入り、どんよりとしながら教室の扉を開ける。
結局遅刻となり、葉緩は担任にこってりと怒られた。
***
時間は流れ、午前最後の授業。
選択授業の家庭科である。
音楽・美術・家庭の三種類の中から選択して実施するのだが、葉緩は躊躇もなく家庭科を選んでいた。
「葉緩ちゃん、頑張って美味しいクッキー作ろうね」
「お任せ下さい、柚姫!」
桐哉が美術を選択する中、葉緩は同じ授業にしなかった。
それはすべて桐哉の愛すべき伴侶(仮)の柚姫が家庭科を選択しているためである。
0
お気に入りに追加
3
あなたにおすすめの小説
逃した番は他国に嫁ぐ
基本二度寝
恋愛
「番が現れたら、婚約を解消してほしい」
婚約者との茶会。
和やかな会話が落ち着いた所で、改まって座を正した王太子ヴェロージオは婚約者の公爵令嬢グリシアにそう願った。
獣人の血が交じるこの国で、番というものの存在の大きさは誰しも理解している。
だから、グリシアも頷いた。
「はい。わかりました。お互いどちらかが番と出会えたら円満に婚約解消をしましょう!」
グリシアに答えに満足したはずなのだが、ヴェロージオの心に沸き上がる感情。
こちらの希望を受け入れられたはずのに…、何故か、もやっとした気持ちになった。
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
夫が寵姫に夢中ですので、私は離宮で気ままに暮らします
希猫 ゆうみ
恋愛
王妃フランチェスカは見切りをつけた。
国王である夫ゴドウィンは踊り子上がりの寵姫マルベルに夢中で、先に男児を産ませて寵姫の子を王太子にするとまで嘯いている。
隣国王女であったフランチェスカの莫大な持参金と、結婚による同盟が国を支えてるというのに、恩知らずも甚だしい。
「勝手にやってください。私は離宮で気ままに暮らしますので」
【完結】側妃は愛されるのをやめました
なか
恋愛
「君ではなく、彼女を正妃とする」
私は、貴方のためにこの国へと貢献してきた自負がある。
なのに……彼は。
「だが僕は、ラテシアを見捨てはしない。これから君には側妃になってもらうよ」
私のため。
そんな建前で……側妃へと下げる宣言をするのだ。
このような侮辱、恥を受けてなお……正妃を求めて抗議するか?
否。
そのような恥を晒す気は無い。
「承知いたしました。セリム陛下……私は側妃を受け入れます」
側妃を受けいれた私は、呼吸を挟まずに言葉を続ける。
今しがた決めた、たった一つの決意を込めて。
「ですが陛下。私はもう貴方を支える気はありません」
これから私は、『捨てられた妃』という汚名でなく、彼を『捨てた妃』となるために。
華々しく、私の人生を謳歌しよう。
全ては、廃妃となるために。
◇◇◇
設定はゆるめです。
読んでくださると嬉しいです!
番から逃げる事にしました
みん
恋愛
リュシエンヌには前世の記憶がある。
前世で人間だった彼女は、結婚を目前に控えたある日、熊族の獣人の番だと判明し、そのまま熊族の領地へ連れ去られてしまった。それからの彼女の人生は大変なもので、最期は番だった自分を恨むように生涯を閉じた。
彼女は200年後、今度は自分が豹の獣人として生まれ変わっていた。そして、そんな記憶を持ったリュシエンヌが番と出会ってしまい、そこから、色んな事に巻き込まれる事になる─と、言うお話です。
❋相変わらずのゆるふわ設定で、メンタルも豆腐並なので、軽い気持ちで読んで下さい。
❋独自設定有りです。
❋他視点の話もあります。
❋誤字脱字は気を付けていますが、あると思います。すみません。
君は番じゃ無かったと言われた王宮からの帰り道、本物の番に拾われました
ゆきりん(安室 雪)
恋愛
ココはフラワーテイル王国と言います。確率は少ないけど、番に出会うと匂いで分かると言います。かく言う、私の両親は番だったみたいで、未だに甘い匂いがするって言って、ラブラブです。私もそんな両親みたいになりたいっ!と思っていたのに、私に番宣言した人からは、甘い匂いがしません。しかも、番じゃなかったなんて言い出しました。番婚約破棄?そんなの聞いた事無いわっ!!
打ちひしがれたライムは王宮からの帰り道、本物の番に出会えちゃいます。
幸せな番が微笑みながら願うこと
矢野りと
恋愛
偉大な竜王に待望の番が見つかったのは10年前のこと。
まだ幼かった番は王宮で真綿に包まれるように大切にされ、成人になる16歳の時に竜王と婚姻を結ぶことが決まっていた。幸せな未来は確定されていたはずだった…。
だが獣人の要素が薄い番の扱いを周りは間違えてしまう。…それは大切に想うがあまりのすれ違いだった。
竜王の番の心は少しづつ追いつめられ蝕まれていく。
※設定はゆるいです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる