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第一章【運命はキスから動き出す】

第5話「無差別”壁”襲撃です」

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主のために動き、幸せを願う。

それが忍びの役割であり、その目標達成の壁を前に葉緩はあわあわする。

追いかけることも出来ず立ちすくむ桐哉、真面目でやさしく穏やかな性格だ。

恋に関しては奥手すぎるのがたまにキズで、普段の勇敢さは欠片も発揮しなくなってしまう。

(ああ……主様が落ち込んでいられる。どうすればいいの!?)

トボトボと落ち込み、歩き出す桐哉に葉緩は胸が苦しくなる。

陰に徹することで、堂々とした応援が出来ない。

これに関しては桐哉が自分で何とかすべき事項のため、葉緩になにが出来ると毎度葛藤してしまう。

主の子孫繁栄が第一であり、そのために恋路には全力でお邪魔虫を追い払うも、相手に接することは本人が頑張るしかない。


忍びが世話焼きをしてもろくなことはない。

くっつける演出は出来ても、忍びは無関係の人間側であり、手を出せばたちまち無力を痛感するものであった。



「我慢強く志しを変えないのは難しいよ。私は忍耐がそこまで強くないというのに」

壁に隠れて葉緩は自己嫌悪に陥る。

一心に桐哉と柚姫の幸せを願うも、二人に身分を明かせないと憂いてしまう。


(ん……? んんん?)

あまりに唐突な視界の変化。

気配に人一倍敏感な葉緩に気づかれず、あくびをしながら前を歩く葵斗。

いつも眠そうだが、今日は一層眠気が強そうで、ふらふらした足取りで歩いていた。

いつ倒れてもおかしくないと、葉緩は壁に徹し無表情ながらに葵斗の動きを観察する。


「……この匂い」

これほどまでにボーッとしているくせに、嗅覚がやたら優れているのか、すぐに鼻をスンと鳴らす。

おだやかに口角をゆるめて、匂いをたどり大股に進む。

「やっぱり、いい匂い。すごくキレイな澄んだ香りだ」

(あれ? 近いぞ? いつのまに望月くんが……)

迷わずこちらに向かってくる葵斗に目を奪われ、身体を硬直させる。

忍びとして匂いは消しているはずなのに、葵斗はいつも葉緩の足跡をたどってくる。

壁としてのポリシーがあり、意地で平静を装っていると、葵斗が壁に手をつき、壁に体重を乗せた。


「……もっと触れたらいいのに。そしたらきっと……」



誰もいない通学路。

チャイムの音が鳴り響く中、壁に重なったものがあった。

音が鳴むまでそれは動くことがなかった。





「遅刻だね。 ……保健室で寝ようかな」

クスッと珍しく声を出して微笑むと、葵斗はご機嫌な様子で去っていく。

姿が見えなくなるまで葉緩は壁と一体化し、ピクリとも動かなかった。

特殊な布がめくれ、顔を出すと葉緩は布を握りその場にしゃがむ。

頭をぐらぐらとさせ、赤くなる頬を誤魔化すように布に顔をうずめた。

(なになになに!? おかしいです! 普通は壁にキスなんてしませんよね!?)

いや、人間とは多種多様な生き物であり、このような奇行をとる人がいてもおかしくない。

だからといって納得できるものでもないが、壁に徹する葉緩に追及が出来るはずもない。

むずがゆいと口元に手をあて、布をはいで姿を現す。


「壁好き? 壁フェチ? そんなバカな……」


わけがわからない。

奇行というより、“新人類”と呼ぶべきか。

ツッコミどころが満載だと、普段はボケ側の葉緩が首をかしげざるを得ない事態だ。

「昨日は教室の壁。今日は外の壁。……はぁ! 無差別の壁襲撃!?」

今まで葉緩の壁に隠れる技はばれたことがない。

むしろその気配隠しは宗芭のお墨付きのため、葵斗にバレているとは想像もしない。

だからこそ余計に葉緩の思考はメチャクチャになり、答えにたどり着かないのだが……。

「なんだか複雑です。モヤモヤします。……壁とはいえ、擬態してるだけの私ですから」

悶々としながらも校舎に入り、どんよりとしながら教室の扉を開ける。

結局遅刻となり、葉緩は担任にこってりと怒られた。


***


時間は流れ、午前最後の授業。

選択授業の家庭科である。

音楽・美術・家庭の三種類の中から選択して実施するのだが、葉緩は躊躇もなく家庭科を選んでいた。

「葉緩ちゃん、頑張って美味しいクッキー作ろうね」

「お任せ下さい、柚姫!」

桐哉が美術を選択する中、葉緩は同じ授業にしなかった。

それはすべて桐哉の愛すべき伴侶(仮)の柚姫が家庭科を選択しているためである。
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