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1.吸血鬼になりました

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 俺の名前は乃々上ノノウエ怜司レイジ
 年齢は18で、じいちゃんばぁちゃんの家で妹と一緒に暮らしている普通の男子高校生だ。

 いや──普通の男子高校生のはずだった。

 俺はあと数秒後に処刑される。
 理由は俺が吸血鬼だからである。

 自分でも何を言っているのか分からないが、断頭台に首と腕を固定され、身動きひとつとれないこの情けない姿を見てもらえれば少しは信じてもらえるだろうか。

 こうなってしまった経緯を説明するには少々時間を遡らなければならない。
 それは学校帰りにいつも通る商店街での事だった。


 ◇ 


『速報です! またも人間が不可解な失踪を遂げました! 目撃者の証言では60から80歳ほどだと思われる年配の女性と会話をしている最中に突如煙のように消えてしまったとのことで、今回の被害者は──』

 商店街の寂れた電気屋にあるテレビがここ最近話題になっているニュースを取り上げていた。
 内容は集団神隠し事件と呼ばれる最近不可解な失踪を遂げる人達についてで、失踪する人間は学生から会社員、さらには無職など年代性別職業は関係なく、ある県では学校のクラス丸ごと神隠しにあったなどの話もある。
 今だ原因は分かっていないが、明らかに異質なこの事件をメディアは毎日のように面白おかしく取り上げている。
 俺もその事件に興味はあるが、結局はどこにでもいる普通の高校生である俺には関係のない話。
 いずれ頭のいい誰かが原因を究明してくれるだろう。

「それにしても今日の晩飯どうすっかなぁ……」

 物心つく前に両親を事故で失った俺はじいちゃんばぁちゃんの家に妹と一緒に住まわせてもらっているのだが、今日は俺と妹を残して2人共老人会の旅行とやらに行っているせいで自分達で夕飯を作らなければならない。

 正直なところ俺は出前でもいいんだが、妹に料理1つできないなんて思われるのも兄としての威厳に関わるからな。 

「とは言っても俺に作れるのなんて目玉焼きくらいなもんだし──」
「ちょいちょいそこのお兄さん」

 俺の壊滅的な料理スキルを補えるような素敵な料理はないかと考えていたところ、突然腰の曲がったおばあさんから声をかけられた。

「はい? どうしました?」
「お兄さん異世界に興味はないかい?」

 なんだこのおばあさん。

「異世界ですか? いや、別に興味ないですけど……」
「そうかい……ならお兄さんを異世界へ送ってあげましょう」

 いや人の話聞けよ!
 
「いや、結構ですので」
「そう言わずに」

 なんなんだ。
 新手の勧誘かなんかか?

「本当に結構です。それじゃあ急いでるので」

 そう言い残して俺はおばあさんを避けるように歩き出したのだが、そんな俺を引き止めるようにおばあさんは俺の腕を掴んだ。

「えっと……本当になんなんですか?」
「それじゃあこれからお兄さんの行く世界についてだが、そこでお兄さんは人間ではない別の何かになるかもしれない」

 おい、さっきから全く会話が成立してないぞ……
 一体なんのつもりなんだ。 

「何になるかは行ってからのお楽しみさ、向こうの神様があんたに適した種族にしてくれる」
「あぁそうですか。じゃあもう分かったんでありがとうござました」

 俺はおばあさんの手を振り払ってその場から離れた。

 異世界ってなんだ、そんなの俺が信じるわけ──

 心の中でそう呟いた次の瞬間、突然周囲の空間がぐにゃりと歪んだ。
 まるで目眩でも起こしているような感覚が俺を襲い、立っていることができずに思わず地面に膝を付いてしまう。

 なんだ……一体何が起きてんだ……

 次第に意識が遠くなり、視界も狭まっていく。
 このままじゃまずい、そう思った時、頭上からさっきのおばあさんの声が聞こえてきた。
 
「新しい人生、せいぜい楽しむことだねぇ、ヒッヒッヒ」

 悪意に満ちた笑い声。
 俺はそのまま何も抵抗できず意識を失った。


 ◇


「どこだここ……」

 意識を取り戻した俺の目に入ってきたのは町だった。
 いつかのアニメや漫画なんかで見た中世風の作りの町。
 通行人の顔も服装も明らかに日本人ではなく、周囲の建物と同じで中世を思い出させる。
 困惑する俺はとりあえず通りかがる人に声を掛けてみることにした。

「あ、あの、すいません……」

 近くを通りががった同じくらいの歳の女性にとりあえず日本語で話しかけてみた。
 しかし、その反応は予想だにしないものだった。

「きゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
「──!?」

 俺が話しかけた瞬間、女性は叫び声を上げて走り去ってしまったのだ。
 よくよく周りを見れば他の人達も俺を見てヒソヒソと何かを話し合っている。

「一体何がどうなって──」

 ここで俺は気がついた。
 自分が服を着ていないことに。

「あ……あ……」

 素っ裸である。
 すっぽんぽんぽんである
 立派な変態さんである。

 あまりの恥ずかしさにその場にしゃがみこんでしまうが、周囲の俺に対する目は厳しい。
 この状況をどう穏便に脱出するかと考えていたところ、鎧を着た2人の大男が俺の元へ走ってきた。

「あいつか! 突然現れた変質者というのは!」

 いや、まぁその通りなんだけどさ。

「あ、えっとすいません! 話だけでも聞いてもらえないですか!」

 俺は自分がなぜこんな事になっているのかを男達に話そうと声を上げた。
 このままでは完全に不審者として捕まってしまう。
 それだけはなんとか回避せねば!

「なっ──!」

 動きを止める男達。
 どうやら俺の話を聞いてもらえそうだ。

 ん、待てよ。
 なんか様子がおかしいぞ……

 目をカッと開き、まるで俺の姿に怯えるように唇を震わす男達。

 どういうことだ。
 俺のアレってそんなに驚かれるほど大きかったか?

 思わず自分の下半身を確認しようとした俺だったが、それは男達の次の言葉によって阻止された。

「「き、吸血鬼だぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」」
「──はい?」

 その言葉と共に俺は男達に取り押さえられた。
 そしてその男達の持つ剣に映った自分の顔を見て俺は絶句した。

 そこに映っていたのは確かに俺だった。
 生まれつき目つきが悪く、それを隠すように少し長めに伸ばしている黒髪。
 他にこれといった特徴があるわけではない自分の見慣れた顔。
 ここまでなら問題ないのだが、肌の色が異常なほど白かった。
 白いというよりは青白いといったほうがしっくりくる、生気を失ったその肌はまるで死人。
 
 そして極めつけはこれだ。

 なんだよこの歯……

 歯で言う犬歯の部分、そこが異常なほど鋭く尖っているのだ。
 その長さは下唇を超える長さで、どう見ても人間の歯の長さではない。
 歯というよりは牙である。

 あまりに変貌してしまった自分の顔に驚きつつ、俺はおばあさんと男達の言葉を思い出した。

『そこでお兄さんは人間ではない別の何かになるかもしれない』
『き、吸血鬼だぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!』

 おいおいまさか……

 そう、俺はこの世界で吸血鬼になっていた。
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