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第三章<空白の谷の魔女編>

05:空白の谷の魔女

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 カフェでセルスと話をした翌日、再び集まったメンバーに俺は昨日のことを説明した。
 セルス自身も『自分は勇者だ』という洗脳を受けていて、洗脳魔法をかけている黒幕は別に存在している。
 話し合いの結果、その可能性は高いのではないかとの結論に至っていた。

「洗脳魔法を使えるような人って、どのくらいいるものなんですか?」

 魔法というもの自体、俺にはよくわからない。聞いてみるのが手っ取り早いと思ったのだが、シェーラが右の掌を上に向けて腕を差し出す。
 すると、その掌の中から発光する丸い球体が出現した。

「魔力の器が小さい者は、魔石を使って魔法を扱うことは説明したな。私やルジェの場合には、魔石が無くとも多少の魔法を使うことができる。だが、それはあくまで限られた種類の魔法だ」

「というと……どんな魔法でも使えるわけではないんですか?」

「オレたちのような人間でも、素質によって扱える魔法の種類には向き不向きがある。属性とでも呼べばわかりやすいか。シェーラならば光や炎、オレの場合は風や氷の属性を得意としている」

 そう説明するルジェもまた、自身の指に氷を纏わせて見せる。保たせようとしていないからなのか、それはすぐに砕けて消えてしまった。

「だが、私やルジェでも他人に干渉するような魔法は扱うことができない。より高度な技術が必要になる上に、訓練を積んだからといって、扱えるようになるたぐいの魔法ではないからだ」

「要は、人を操ることができるような魔法を使える人間は、限られてるってことですよね?」

「そうだ。ましてやこれほどの規模ともなれば……」

 そこで、ルジェの言葉が途切れてしまう。彼は何かを考えるように、難しい顔をして自身の手元を見つめていた。
 その姿を見たシェーラもまた、眉間に皺を寄せている。何か心当たりがあるということなのだろうか?

「何か知ってるっつーツラしてんな」

 グレイの指摘に、ルジェとシェーラは視線を合わせてから一冊の本を取り出した。
 表紙には、真っ白な髪をした綺麗な女性の姿が描かれている。絵本のように見えるのだが、何か関係があるのだろうか?

「……かつて、この世界では魔獣と同じように恐れられた存在があったそうだ。実在したのかは定かではない、空想上の存在ともいえるだろう」

「魔獣と同じように……?」

「私たちもあり得ないとは思ったのだが、これだけの魔法を扱える者となると……『空白の谷の魔女』が関係している、と考えるのが妥当ではないかと思う」

 開かれた絵本のページには、白髪の女性と真っ暗な谷のような背景が描かれていた。
 恐らくこれがシェーラたちの言う、空白の谷の魔女なのだろう。

「空白の谷の魔女とは、絵本の中の存在ではないのですか?」

「オレも聞いたことあるけど、魔女ってそもそもガキ向けに作られた悪役だろ」

「え、魔女って存在しないのか?」

 コシュカとグレイが当たり前のように疑問を持つので、俺は目を丸くしてしまう。
 魔法が使える世界なのだから、魔法使いや魔女という存在は、当たり前にいるものだとばかり思っていたのだ。
 しかし、彼らの反応を見るに、魔女は実在しないと考えるのが常識であるらしい。

「オレもこんなバカげた可能性を挙げることになるとは、想像もしていなかったよ。だが、国全体に洗脳魔法をかけられるような人間は、まず存在しないと言っていい」

「こんな非常識なことができるのは、空白の谷の魔女くらいのものだ。よもや絵本にすがることになるとは、私の頭がイカれたわけでなければ良いのだがな」

 本来ならば、存在するはずのない者が首謀者かもしれない。
 そう考えざるを得ないほどに、現状があり得ない状態だということなのだろう。それならば、さらにあり得ないことが起こったとしても不思議ではないのかもしれない。

「けど、何の手がかりも無いよりずっといいです。伝説の薬草だって、実在するかわからないけど見つけることができたんだ。その魔女を探してみましょうよ! 空白の谷って場所に行けば、魔女の手がかりだって見つかるかもしれない」

 そう、俺たちはすでに『実在するかわからないもの』を見つけているのだ。
 空白の谷の魔女だって、絵本の中の存在だと思われているが、本当はどこかにいるのかもしれない。
 そんな風に考えての提案だったのだが、どうしてかルジェたちは渋い顔をしたままだ。

「手がかりがあるのなら、探してみたいのは山々なんだがな」

「だから、その空白の谷に行ってみれば……」

「無いんだよ、空白の谷などというものは」

「え……?」

 空白の谷と呼ばれる場所にいるのであれば、そこを探せば魔女に繋がる手掛かりが見つかると思った。
 けれど、ルジェは確かに言い切った。そんな場所は無いのだと。

「厳密に言えば、この世のどこかには存在しているのかもしれん。だが、少なくとも地図上に存在するような場所ではない。いつどこに、どのような条件で現れるのか……何もわかっていないのだ」

「そんな……」

「満月の滝の時みてえに、何かの条件が噛み合えば行けたりするんじゃないスか?」

「あの時は、満月の滝という場所がわかっていましたが、今回は場所の目星すらつけられません。あまりに範囲が広すぎます」

 コシュカの言う通り、満月の滝の時とは違って、今回はこの世界すべてが捜索範囲になってしまう。
 特定の場所で条件を満たすことが必要だとしても、まずその『特定の場所』を見つけられなければ意味がないのだ。

「つーことは、実質手がかりゼロってことかよ……」

 室内の空気が落ち込んでいくのがわかる。
 魔女が実在しないとしても、魔女に匹敵するだけの力を持つ人間の仕業だということだけは確かなのだ。
 手がかりがないとしても、洗脳魔法をかけた人物は確実に存在している。それだけは間違いない。

 俺は絵本のページを捲ってみるが、そこには魔女が人間に対して悪事を働き、追放されるまでの物語が描かれているだけだった。
 魔女の隣には猫の姿も描かれている。魔女の使い魔といえば猫の印象が強いが、この世界でもその認識は同じなのだろうか?

「嫌われているもの同士なら、猫のいる場所がヒントになっていたりとか……」

「可能性はあるかもしれんな。魔獣のいる場所に人間は近寄らん、魔女が潜むとすればうってつけだが……空白の谷に繋がる何かがあるかどうかが問題だ」

「空白の谷についての情報は、この絵本以外何もないのでしょうか?」

「そもそもが絵本の中の作り物だ、誰が本気になって空白の谷の存在を探すと思う?」

「せいぜい絵本の物語を本気にしたガキくらい、か。仮に魔女が実在したとしても、よほどの物好きでもなけりゃ会いたかねえだろ」

「…………」

 魔獣でさえ避けられていたくらいなのだから、人を害する魔法を扱える魔女となれば、会いたがる人間など皆無に等しいだろう。
 何をされるかわからないのだし、普通の人間ならわざわざ探すメリットがない。

(……だとすれば、どうして今こんな風に魔法を使う必要があったんだろう?)

 洗脳魔法を使うことがなければ、そんな強力な魔法を扱える人間が実在するなんて、知られることもなかっただろう。
 このタイミングで、俺を偽者の勇者に仕立て上げることが、魔女にとってどんなメリットとなるのだろうか?

「考えてもわからないし、手掛かりも無いけど……じっとしていても、事態が好転するわけじゃない」

 進む道はわからないけれど、俺はこのまま立ち止まっていることなどできない。
 一日でも早くカフェに戻って、アルマに薬を渡して、元の生活を取り戻さなければならないのだ。

「俺は空白の谷を探します。きっと、その場所が今回のことに繋がってると思うんです。……けど、俺の力だけじゃきっと難しい。だから、みんなの力を貸してくれませんか」

 ソファーから立ち上がった俺は、力を貸してほしいと頭を下げた。
 自分一人の力では、成し遂げられないことは理解できている。けれど、仲間たちの力があれば、先の見えない困難も解決できるように思えたのだ。

「ヨウさん、頭など下げないでください」

 俺の手を取ってくれたのは、コシュカだった。顔を上げると、少しだけ口角が持ち上がっているように見える。
 次いでそこに重なった大きな手は、グレイのものだった。

「そうっスよ。頼まれるまでもなく、オレらは店長と行動するつもりなんスから」

「我々も同様だ。むしろ貴様は、国王陛下とディアナ様から頼まれている側の人間だろう。オレもシェーラも、貴様のやろうとしていることに協力しない理由はない」

 無謀ともいえる俺の申し出に、誰一人として反対することなく、力を貸してくれるという。
 国全体が巻き込まれている以上、俺一人の問題ではない。とはいえ、頼もしい仲間ばかりで、俺は自然と表情がほころんでいくのがわかる。

「……ありがとう、みんな」

「まずは、空白の谷について知ってそうな人間の捜索から始めるべきっスかね」

「そのような者がいれば苦労はしないが、地道に探していくしかないな」

「あの……」

 まずは空白の谷に関する手がかりを見つけるところから、という目標ができた。
 実在するかわからないとはいえ、何から手をつければいいかわからない状況よりは、目的があるのは悪いことではないだろう。
 そう思っていた時、声を上げたのはコシュカだった。

「私に、心当たりがあるのですが」
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