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第一章<異世界生活編>
27:新種猫、産まれる
しおりを挟む予期せぬトラブルにも対応していけるよう、精一杯努力していこう。
そう思った矢先、猫カフェSmile Catの入り口には、『臨時休業』の張り紙がされていた。
いや、これは予期できたものだし、そもそもトラブルではないのだ。
「コシュカ、なるべく他の猫たちを近づけないようにしてくれるかな?」
「わかりました、タオルも持ってきますね」
「ありがとう。グレイはとりあえず落ち着いて」
「お、おつち、落ち着いてるっスけど……!」
今日、猫カフェSmile Catの中では、一大イベントが行われようとしていた。
冷静に俺の指示を受けてくれるコシュカとは対照的に、グレイはといえばソワソワしながら、部屋の中を意味もなく右往左往している。
俺はそんなグレイを落ち着かせながら、目の前の光景に集中していた。
まさに今、俺の目の前で行われようとしている一大イベントとは、猫の出産だ。
保護した猫たちの中で、知らぬ間にカップルが誕生していたようだった。去勢手術などは行っていないので、こういったことがあってもおかしくはないと思っていたのだが。
この町に獣医はおらず、俺自身もまた動画やネットを見たり、聞きかじった知識しかないので不安はあった。
けれど、野良猫は外で出産をすることもあるのだ。最低限の準備をするにしても、あとは猫自身が頑張るしかない。
本来なら猫が入れない部屋で、出産に集中させてやりたいと思っていた。けれど、出産の準備を始めてしまった猫は、どの猫でも入ることができる個室の中にある、お気に入りの寝床から動かなくなってしまったのだ。
抱き上げて移動させることもできるのかもしれないが、下手に手を出すのは良くないと考えて、結局その場で産ませることにした。そのため、コシュカには人払いもとい猫払いを頼んである。
グレイは猫の出産はもちろん、人間の出産にも立ち会ったことがないのだろう。それは俺も同じなのだが、新たな猫が産まれるとあって、まるで妻の出産を待つ夫のように落ち着かない様子だ。
出産に集中させるために、暗くした方が良いという話を聞いたことがあった。なので、部屋の明かりを少し落とした上で、段ボールを使って猫の周りに囲いを作ってやる。
その上にバスタオルを被せてやり、猫用の出入り口にも物を置いて通れなくすると、俺とグレイもその部屋を後にした。
人間としてできる限りの準備は整えたので、あとは母猫に任せるしかない。
出産をするといっても、卵を産み落とすようにすぐにポコポコと子猫が産まれてくるわけではないだろう。以前に猫の飼い主のブログ記事を見たことがあるが、数時間かかることもあるようだ。
その間も、俺はなるべく他の猫が個室の方へ近づかないよう気を配りつつ、出産後の準備を進めることにした。
「店長、アイツ放っておいていいんスか? 何か手伝ったりとか……」
「基本的に人間ができることはないよ。見守りはするけど、あとは無事に産まれてくれることを祈るしかないかな」
「そういうもんスか……オレ、何かメシ作ってきます!」
何かしていないと落ち着かないのだろう。俺たちも何か腹に入れておかないとならないし、食事に関してはいつものようにグレイに任せることにした。
時々様子見をしつつ、俺たちはなるべく音を立てないよう静かに過ごすことにする。
けれど、俺たちの様子がどこか違うことが伝わったのだろう。ヨルや他の猫もまた、どこか落ち着かない素振りで店の中を歩き回る姿が見られた。
そうして、どのくらいの時間が経過しただろうか? 小さな鳴き声が聞こえてきた気がして、俺はそっと個室の方へと足を向ける。
囲いの中を覗き込んでみると、母猫の腹の辺りに小さな複数の影がもぞもぞと蠢いているのが見えた。
「コシュカ、グレイ……! 産まれた……!」
俺は思わず大きくなってしまいそうな声をどうにか飲み込むと、別の部屋で作業をしている二人に呼びかけた。
二人もまた、耳を澄ませていたのだろう。俺の静かなる叫びを聞いて、すぐに個室へとやってきた。
「う、わ……ちっさ……! コレ、猫なんスよね……?」
「掌猫より小さいかもしれませんね」
産まれたのは、全部で五匹。この世に誕生したばかりの子猫たちは、羊膜を身に纏っていて、まだ猫らしからぬ姿をしている。グレイが疑問を持つのも無理はない。
そんな子猫たちの身体を、母猫が丁寧に舐めていく。それによって少しずつ羊膜が剥がれ、見慣れた猫の姿が現れていく。
母猫は花猫で、父猫は暗い場所で発光するのが特徴的な発光猫だ。しかし、子猫たちは皆、花猫の特徴しか受け継いでいない。
花猫の遺伝子の方が強いということなのだろうか?
そう思ったのだが、俺はふと思い立って電気を消してみた。
「……やっぱり、これって新種猫だ……!」
子猫たちは皆、尻尾に花の蕾がついている。身体が光っている様子はなかったので、花猫の特徴だけを受け継いだのだと思っていたのだが。
暗くなった部屋の中で、子猫たちの尻尾の蕾が、仄かに発光しているのが見えたのだ。
この世界の猫たちは、不思議な生態を持っているが、交配すれば新しい種が誕生することがわかった。
子猫が無事に産まれたことに安堵したコシュカは、新しいふかふかのタオルを囲いの中に敷いてやっている。
グレイは、やはり妻の出産に立ち会った夫のように涙ぐんでいた。
「お疲れ様。よく頑張ったな」
新たに誕生した子猫たちは、光花猫と名付けることにした。
まだ産まれたばかりなので、客へのお披露目は少し先になるのだが。新たな図鑑に、またひとつ記す種類が増えたことを嬉しく思う。
店の猫たちもようやく落ち着いたのか、子猫が産まれてしばらくすると、各々が自分の寝床へと戻っていった。
「二人とも、今日はお疲れ様。無事に産まれてくれて良かったよ」
「猫ってあんな風に産まれてくるんスね。何かオレ、自分まで出産したような気分になってます……」
「ハハ、そりゃあグレイはずっと落ち着かなかったもんな」
「出産に立ち会う父親になってましたね」
コシュカからも、グレイの姿は俺と同じように見えていたようだ。指摘を受けたグレイは自分の行動を思い出したのか、両手で顔を覆っている。
「……ヨウさんは、本当に猫が好きなんだなと思いました」
「え、何だよ急に。そんなの今に始まったことじゃないだろ?」
猫が好きなことは否定しないし、そもそも俺の猫好きは周知の事実だ。
それは一番付き合いの長いコシュカがよく知ることであるはずなのだが、改めて言われると妙に照れ臭い感じもする。
「それはそうなんですが。出産に付き添うヨウさんの姿を見ていて、改めて思ったんです」
そう言うコシュカは、なぜか俺の方をじっと見つめてくる。
普段は猫の方にばかり集中しているのであまり意識しないのだが、コシュカはやっぱり可愛い。そんな相手に見つめられれば、男ならば少なからずドキドキしてしまうものだろう。
「コシュカ……その、あんまり見つめられると照れるっていうか……」
「照れられると気持ちが悪いので、やめていただきたいんですが」
可愛いと思いはしても、飛んでくる言葉は辛辣だ。それがコシュカらしいと思えるほど、彼女との付き合いを重ねてきているとも思うのだが。
仕方なく俺の方から視線を逸らすことにする。しかし、その視線を再び引き戻したのも、他でもない彼女自身だった。
「……ヨウさん、それとグレイさんも。聞いてほしいことがあるんですが、いいでしょうか?」
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