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第一章<異世界生活編>

18:楽しい猫図鑑制作-後編-

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 カフェの中にいる猫だけでも、十種類近くの姿が確認できる。
 保護活動を続けていけば、まだまだ新たな種類の猫と出会うことができるだろう。それは、俺にとっての楽しみのひとつでもあった。
 図鑑のイラストは、シェーラが引き受けてくれることになった。
 しかし、彼女はあくまでディアナ王妃の従者だ。優先すべきはそちらの仕事であり、絵の作業は二の次になる。当然だろう。

 常に王妃と共にあるシェーラが、一人でカフェを訪れることはない。
 王妃がカフェにやってくる時に、彼女は絵の下書きをしていく。それを城へと持ち帰り、手の空いている時に仕上げてくれる形となっていた。

 一方の俺は、イラストが仕上がってくるまでの間、文章やレイアウトなどを考えている。これは仕事の空き時間や、店の閉店後を主な作業時間としていた。
 猫の種類や生態などは、これまで共に過ごしてきた時間で理解している部分も多い。けれど、俺だけではわからない部分もある。
 そういった部分については、コシュカとグレイも協力してくれた。

風船猫バルーンキャットのバンさんは、相手を警戒している時にも膨らむみたいです。身体をより大きく見せて、威嚇しているのかもしれませんね」

「そうか。バンはおっとりしてるし、身体の大きさを利用して敵と戦わずに済むようにしてるのかもな」

擬態猫カメレオンキャットは、メシ食ってる時は擬態できないみたいっスよ。だから、食事は安全だって思える場所でしかしないっぽいです」

「それは気がつかなかった。グレイもよく見てくれてるな」

 自分一人ではわからなかった部分も、他の意見を取り入れることで、情報がより詳細になっていく。
 従業員だけではない。俺が図鑑を作っていることを知った常連客もまた、情報提供に協力してくれていた。
 特に、過去に猫を譲渡した客たちは、その猫に関する生態を教えてくれる。
 情報が集まってくると、図鑑のページもかなり充実してきた。これならば、大人から子供まで、誰が読んでもわかりやすい本になるだろう。

 やがて完成したイラストが、城からカフェへと郵送されてくる。それを開封すると、取り出された紙の上には見事な猫たちのイラストが描き込まれていた。
 始めは乗り気ではなかったシェーラだが、一度引き受けた仕事は完璧にこなす主義なのだろう。修正が必要なものがあれば、指示を寄越すようにとのメモも添えられていた。

「よし、これで……やっと原稿の完成だ!」

 様々な人たちの協力を得て、俺はようやく図鑑を完成させることができたのだ。
 その図鑑を第一巻として、猫の種類が増えるごとに新たな巻を刊行することも決定した。──これは、国王の強い希望もあってのことだ。

 完成した原稿を町の製本屋に持っていくと、あっという間にハードカバーの本が出来上がった。それが瞬く間に増刷されていく。これらは魔法の力を使用したものだ。
 猫カフェを建てた時といい、俺には魔法がどのような仕組みなのか、未だに理解できていない。ただただ、便利な力だと思った。
 刷り上がった本は、まず猫カフェに置く。図鑑を読みながら、本物の猫たちと触れ合うことで、より猫について理解を深めてもらうことができるだろう。
 そして、希望者は購入もできるように、販売する分も用意しておいた。

 それだけではない。国王の計らいによって、国の図書館にも図鑑を置いてもらえることになったのだ。
 未だ魔獣を恐れている人間や、カフェに興味を持っていない人だって多い。
 そんな人たちの目に触れる機会ができたことで、俺の手の届かない場所でも、魔獣という生き物に対する認識を変えることができるかもしれない。

 これまでは、魔獣を恐ろしい生き物だとする、古い書物ばかりが知られていた。
 けれど、いずれはこの図鑑の方が、正しい知識として広まってくれたらと願うのだ。

 図鑑を置くようになってから数日。
 猫を目当てにやってくる客たちは、図鑑にも興味を持ってくれていた。将来的に猫を迎えたいからと、勉強も兼ねて図鑑の購入を希望してくれる人もいる。
 そんな中、俺が図鑑を作るきっかけとなったあの女の子が、両親と共に再び店を訪れていた。

「リルム、今日はこの前とは違った猫さんがいるみたいだぞ~」

「ねこさん、おうちでねんねしてるの」

 子連れ向けの個室の中では、ハウスに入った数匹の猫が、窮屈そうに丸くなって眠っている。
 活動的な猫は他の部屋に移動していて、一家の傍では遊び相手になってくれそうな猫の姿は見当たらなかった。

「ねこさんいない。リルム、ごほんがいい」

「ご本より猫さんを見てごらん? ほら、あっちに……ええと、あれはなんて名前だったっけな……」

 近くに遊べる猫がいないとわかると、やはり女の子はすぐに飽きてしまった様子だ。
 一方の父親は、娘に猫を見せようと必死なのだが、やっと見つけた猫の種類がわからず頭を悩ませている。
 母親はこうなることを予想していたように、持参した絵本を取り出そうとしていた。

「あの……良かったら、こっちのご本はどうかな?」

 俺が声を掛けると、女の子は藍色のおさげ髪を揺らしてこちらを振り向く。
 持ってきた図鑑を広げてみせると、それを見た女の子の大きな瞳が輝いたのがわかった。

「これ、ねこさんのごほん……!」

 彼女の興味は、たちまち図鑑に移ってくれたようだ。同時に、その父親もまた図鑑を見て目を丸くしている。

「こんな本、以前は無かったですよね?」

「はい。猫たちのことを知ってもらいたくて、新しく作ったんです。猫がお好きなら、ご家族で一緒に楽しんでいただけるんじゃないかと」

「まあ、可愛らしい絵ね。あそこで寝ているのは、この猫ちゃんかしら?」

 父親の膝の上に座って、女の子は図鑑を見る。その横から覗き込んだ母親が、ハウスの中で寝ている猫と図鑑のイラストを見比べていた。

「そうだね、あんなに狭そうなところでくっつきながら寝ているし……あれは友好猫フレンドリーキャットだ!」

「正解です。甘えん坊な種類なので、友好猫フレンドリーキャットは眠る時も一匹じゃ寂しがるんですよ」

「ねこさん、リルムとおんなじ!」

「ふふ、そうね。リルムも甘えん坊さんだものね」

 図鑑を見ながら楽しそうに会話をする親子を見て、俺も自然と笑顔になるのがわかる。
 それから俺は自分の仕事に戻ったのだが、一家は退店するまでの間ずっと、図鑑を眺めて過ごしていた。

 今回、一番の功労者といえるのは、間違いなくイラストを描いてくれたシェーラだ。
 俺には彼女に対してできるお礼が思いつかなかったので、金銭を支払うことで感謝を示そうと思った。……なのだが、その申し出はあっさりと断られてしまう。

「私はあくまでディアナ様のご意向に従ったまでだ。貴様のためにやったことではないのだから、謝礼を受け取る理由などない」

 シェーラいわく、あくまで王妃の命を実行しただけという姿勢を崩すつもりはないらしい。
 国王と王妃は、比較的人当たりが良く交流もしやすいのだが、その従者二人とは未だに打ち解けられる気がしなかった。そんな風に思っていた俺の考えを、王妃は見透かしていたのかもしれない。
 はたまた、彼女が誤解を招きやすい性格をしていると、理解してのことだったのか。

「あの子はああいう物言いしかできないけれど、お前に敵意があるわけではないのよ。久々に絵を描く大義名分ができて、普段より活き活きとして見えたわ」

「シェーラさんは、普段は絵を描かないんですか?」

「そうね、仕事一筋とでもいうのかしら。たまには息抜きをしたらいいと思うのだけど、それができない性分なのね」

 国王や王妃の従者というのはそれだけで、俺には想像もつかないような心労や重責もあるのだろう。
 今でこそ接する機会を与えられてはいるが、バダード国王もディアナ王妃も、本来なら俺では謁見えっけんすら叶わない立場なのではないだろうか?
 そんな人たちと言葉を交わせるような今の状況も、やはり猫の存在あってのものだろう。

「だから、シェーラに絵を描かせてくれたこと、感謝しているわ。何か礼をしなくてはいけないわね」

「そんな、お礼をしなければならないのは俺の方です。シェーラさんの協力がなかったら、きっとこの図鑑も完成していなかったんですから」

わたくしの申し出なのだから、こんな時くらいもっと欲深くなれば良いものを。お前は本当に不思議な男ね」

「国王陛下にも色々とご支援いただいてますし。俺は頂戴しすぎてるくらいですよ」

 これは紛れもない本音だ。こんなに恵まれた環境で猫のために動くことができているのは、バダード国王の後ろ盾があることが大きい。
 彼が猫の存在を受け入れ、カフェの営業を認めてくれていなければ、日々はこうも順調には進んでいなかったことだろう。

「欲深くなれというなら、俺じゃなくスアロの喜ぶことをしてあげてください」

「それはお前に言われるまでもないわ。あの子はわたくしたちの家族なのだから」

 そう言って微笑むディアナ王妃は、城で待つ猫の姿を思い浮かべているのかもしれない。
 それはもう、一国の王妃というよりも、一人の母親の見せる表情のように思えた。

「ディアナ様、そろそろ城に戻りませんと」

 カフェの出口付近で待機していたシェーラが、王妃と俺のいるカウンターの方へと移動してくる。その手には、新しく購入されたスアロ用の爪とぎが抱えられていた。

「ええ、それじゃあ今日はこれで帰ることにするわ。引き続き、保護活動も頼んだわね」

「はい、ありがとうございました。お気をつけて」

 そうして店を出た二人は、見慣れた馬車に乗ってカフェを去っていく。
 本来、スアロに必要なものがあるのなら、城の人間でも寄越せば済む話なのだが。おもちゃ一つにしても、必ず国王か王妃のどちらかが、自ら足を運んで買いに来ていた。

 スアロは愛されている。
 二人の顔を見る度に、そう感じずにはいられないのだ。

 いつか国中の……いや、世界中の猫が、そんな風に誰かから愛される日が来ればいい。
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