呪配

真霜ナオ

文字の大きさ
上 下
27 / 29

27:決着

しおりを挟む

「セラ……セラっ!!」

 全身をバラバラにされた人間が命を繋いでいられるはずもなく、慧斗にもそれはわかっているのだが、それでも名を呼ばすにはいられなかった。

 彼女の抱えていた愛情は、狂気というほかない。犯した過ちは決して許されるものでもない。

 けれど、その狂気を知る瞬間まではかけがえのない存在だった大切な友人への感情を、すぐには切り捨てることもできなかった。

「比嘉くん、來……!!」

 大きな衝撃に思考が停止していた慧斗は、加苅の声に意識を呼び戻される。

<縺薙l縺ァ繧�▲縺ィ豈泌�縺輔s縺ッ遘√�繧ゅ���シ√h縺�d縺冗オ舌�繧後k縺薙→縺後〒縺阪k��シ�>

 セラを殺して復讐を終えたかに思えた宮原妃麻の霊が、不快な音を立てて全身の関節を鳴らし、意味のわからない奇声を発し始めた。

 危険を察知した加苅が彼女に銃口を向けるが、放たれた銃弾は身体をすり抜けて向かい側の壁に当たる。

「チッ、やっぱ効かねえか……!」

 当たらないとはいえ攻撃をされたことが気に食わないのか、宮原妃麻は強烈な力で加苅を床にねじ伏せる。

「ガハッ……!」

「加苅さん!!」

 血を吐く加苅の姿に來が咄嗟に飛び出していくが、宮原妃麻の不自然なまでに大きな瞳が來を捉える。

 次の瞬間、長い黒髪が來の首や四肢へと絡みついたかと思うと、軋む音を立てて彼の身体を締め上げていく。

 足先が地面から離れて身体が浮かび上がる。魂を直接突き刺されているような、鋭い痛みを伴う熾烈しれつな敵意に晒された來はもがくことしかできない。

「ぐっ……ぁ、あ……!」

「來っ……!!」

 慧斗は自分の血にまみれた包丁を拾い上げると、それを使って來に巻き付く髪を切り裂こうとする。

 けれど、加苅の銃弾と同様に髪には触れることすら叶わず、直接掴みかかろうとしても慧斗の手は空を切るばかりだ。

「クソッ、なんでだよ……!!」

「け、とさ……ッ、逃げ……」

 必死に声を絞り出そうとする來の口に、宮原妃麻の髪の毛が入り込んでいく。平屋で彼女と対峙した時、慧斗も同じ状況になったことを思い出した。

 あの時は確かに髪を掴むことができたというのに、宮原妃麻が触れようとする対象が慧斗ではないから、掴めないのかもしれないと考える。

 來の中へと入り込んだ宮原妃麻の姿は影も形もなくなり、慧斗は支えを失い地面に倒れ込んだ彼のもとへ駆け寄ろうとする。

「來……っ」

「来るな!!」

 はっきりと向けられた拒絶にびくりとして、慧斗はその場に立ち止まる。喉元を押さえる來は苦しそうで、とても放ってなどおける様子ではない。

「っ、来ないで……ください……僕が意識を保てなくなったら、あんたを殺すことに、なるッ……」

「けど……じゃあ、どうすんだよ……!?」

 今の來は眼鏡もかけておらず、見れば先ほどのセラとの一件で投げ出されたそれは、レンズが割れて使い物にならなくなっている。

 加苅のように憑りつかれた状態であるというのなら、彼を気絶させれば宮原妃麻は出ていくのかもしれない。

 けれど、その後はどうすれば良いのだろうか? あくまで一般人である慧斗には、來がいなければ彼女への対抗手段も無いというのに。

「……僕ごと、彼女を葬ります」

「は……っ、それって、どういう……」

「そのままの、意味ですよ」

「來を……殺せってことか?」

 当然だと言わんばかりに頷く來の反応に、慧斗は怒りすら込み上げてくる。

 けれど、時間が限られていることを示すかのように、來の皮膚の下をいくつもの黒い筋が這いまわっていく。

「邪魔を排除したつもりなんだろうけど、僕に憑いたのは……好都合だ」

「お前を殺せるわけねーだろ!!」


『対策ができない場合は実力行使をするしかないです』


 以前に彼がそう口にしていたことを思い出す。まさかそれがこんな形での意味だとは想像もしておらず、慧斗は声を荒げる。

 たった今、目の前で大切な友人を失ったばかりなのだ。それが報いであったとしても、慧斗はもう誰も奪われたくないと拳を握り締めた。

「なんか……っ、なんかねーのかよ……!?」

 どんな方法でも構わない。來を犠牲にせずに宮原妃麻を追い出す手段があるはずだと、必死に頭を回転させる。


『そういう時、即効で役立つ栄養剤が慧斗さん』


 片隅に、その言葉が浮かんだ理由は慧斗にもわからない。ただ、彼のために自分にもできることがあるのだと思い出した。

 地面を蹴りつけた慧斗は、迷いなく來のそばに膝をついて、その身体を強く抱き締める。

「ッ、何やって……!? 慧斗さ、」

 彼を傷つけまいと慌てて引き離そうとした來は、ぼやけていた視界がクリアになっていく感覚に、腕の力を抜いていく。

 全身を包んでいた息苦しさや不快感、襲い来る痛みのすべてが慧斗の体温に溶けだしていくみたいに、消えて無くなっていった。

「う、っ……ぉえ゛……!!」

 込み上げてくるそれに咄嗟に横を向いた來は、床に大量の黒い粘液を吐き出していく。

 それはずるりずるりと這いずりながら寄り集まって形になり、再び元の形へ戻ろうと奮闘している。

「ゲホッ……あんた、命が惜しくないんですか」

「こっちのセリフだ、バカ來が」

「……いッ……!」

 口元を拭って慧斗から離れようとした來は、憑りついたそれが抜け出しただけでは消えることのない痛みを思い出して、脇腹を押さえる。

 動き回ったことで余計に出血がひどくなったらしく、新たに溢れる血液が手元を汚していく感覚が不快だった。

「っ、お前まさか怪我して……!?」

「今はいいんです。それより彼女を……」

「良くねーだろ!? お前、だから簡単に憑りつかれてたのか……!」

 こんな状況だというのに、口うるさい男だなどと考えてしまい、少しだけ來の口元がゆるむ。

 ポケットに忍ばせていた透明なナイフを取り出すと、赤い瞳がまっすぐに慧斗を見つめる。

「……慧斗さん、僕を信じてくれますか」





 來の内から弾き出された宮原妃麻の霊は、元の姿へ戻ったかと思えばさらに大きさを増していき、邪魔をする天井のせいで首が不自然に折れ曲がっている。

 相変わらず聞き取ることのできない言葉を発しながら、本来の標的である慧斗を狙う髪が二人の周囲を漂っていた。

「宮原妃麻。キミは、どうしても慧斗さんを連れていきたいんだな」

<豈泌�縺輔s縺ッ遘√�繧ゅ���シ√□縺九i騾」繧後※陦後¥荳€邱偵↓縺ェ繧狗オ舌�繧後k��シ�>

 怒りをぶつけているのか笑っているのか、それすらもわからない不気味な音で訴えかける彼女は、針山のように髪を尖らせて距離を詰めてくる。

「わかるよ。優しさを一度知ってしまったら、独りじゃいられなくなる」

 慧斗はすぐにでも逃げ出したくなる足を踏みとどまらせて、來に触れる手を離さないよう指先に力を込めた。

「でも……ダメだよ」

 來の持ち上げた腕。その手に握られたナイフの切っ先は、彼女ではなく慧斗へ向けられている。

「この人は僕のだから」

 直後、躊躇いもなく振り下ろされた透明なナイフが、慧斗の胸を貫いた。


<繝€繝。縺医∴縺医∴縺医∴縺医∴��シ�シ�シ�シ�シ�シ�シ�シ�シ�>


 それは絶叫と形容するに等しい耳障りな音で、力なく倒れ込んだ慧斗の姿に、宮原妃麻が明らかに動揺したのがわかるほどだ。

 その瞬間を逃さず彼女の横をすり抜けた來は、部屋の中央にある柱のシミを目掛けてナイフを突き立てる。

「封呪」

 來が短く唱えるのとほぼ同時に、亀裂が走った宮原妃麻の胸元からぽろぽろと光がこぼれ落ちていく。


<雖後□��シ∝ォ後□雖後□雖後□雖後□縺�d縺�縺�d縺�縺�d縺�縺�d縺�縺ゅ≠縺ゅ≠縺ゅ≠縺ゅ≠縺ゅ≠縺ゑシ�シ�シ�シ�シ�シ�シ�シ�シ�>


 その亀裂はやがて大きなひび割れにまで広がっていき、彼女の身体は砕け散って跡形もなく消えていった。

 突き立てられたナイフの下には、先ほどまでは無かったはずの小さな人形が括りつけられている。

 これが彼女の霊を呼び起こす核となっており、今度こそすべてを終わらせることができたのだと確信した來は、その場に崩れ落ちていく。

「來……っ!!」

 彼の身体を抱き留めたのは、先ほどナイフを刺されたはずの慧斗だった。その胸元には傷痕らしきものも見当たらない。

「慧斗さん、やりました……」

「わかったから、もう喋んな! すぐ病院……っつーか、救急車呼ぶから!!」

「はは、顔、必死……」

 何がそれほどおかしいのか、來自身もよくわからないままくつくつと笑みを漏らす。

 慌ててスマホの画面を操作する慧斗は、「なに笑ってんだバカ」と抗議の声を上げながらも、繋がった通話先へ事情を説明している。

 笑う度に脇腹がひどい痛みを訴えてくるからだろうか。來の視界は自然と歪んでいき、涙が一筋こぼれ落ちたところで意識がぷつりと途切れた。

しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

トゴウ様

真霜ナオ
ホラー
MyTube(マイチューブ)配信者として伸び悩んでいたユージは、配信仲間と共に都市伝説を試すこととなる。 「トゴウ様」と呼ばれるそれは、とある条件をクリアすれば、どんな願いも叶えてくれるというのだ。 「動画をバズらせたい」という願いを叶えるため、配信仲間と共に廃校を訪れた。 霊的なものは信じないユージだが、そこで仲間の一人が不審死を遂げてしまう。 トゴウ様の呪いを恐れて儀式を中断しようとするも、ルールを破れば全員が呪い殺されてしまうと知る。 誰も予想していなかった、逃れられない恐怖の始まりだった。 「第5回ホラー・ミステリー小説大賞」奨励賞をいただきました! 他サイト様にも投稿しています。

怪談実話 その3

紫苑
ホラー
ほんとにあった怖い話…

三大ゾンビ 地上最大の決戦

島倉大大主
ホラー
某ブログ管理人との協議の上、618事件に関する記事の一部を 抜粋して掲載させていただきます。

ナオキと十の心霊部屋

木岡(もくおか)
ホラー
日本のどこかに十の幽霊が住む洋館があった……。 山中にあるその洋館には誰も立ち入ることはなく存在を知る者すらもほとんどいなかったが、大企業の代表で億万長者の男が洋館の存在を知った。 男は洋館を買い取り、娯楽目的で洋館内にいる幽霊の調査に対し100億円の謝礼を払うと宣言して挑戦者を募る……。 仕事をやめて生きる上での目標もない平凡な青年のナオキが100億円の魅力に踊らされて挑戦者に応募して……。

不動の焔

桜坂詠恋
ホラー
山中で発見された、内臓を食い破られた三体の遺体。 それが全ての始まりだった。 「警視庁刑事局捜査課特殊事件対策室」主任、高瀬が捜査に乗り出す中、東京の街にも伝説の鬼が現れ、その爪が、高瀬を執拗に追っていた女新聞記者・水野遠子へも向けられる。 しかし、それらは世界の破滅への序章に過ぎなかった。 今ある世界を打ち壊し、正義の名の下、新世界を作り上げようとする謎の男。 過去に過ちを犯し、死をもってそれを償う事も叶わず、赦しを請いながら生き続ける、闇の魂を持つ刑事・高瀬。 高瀬に命を救われ、彼を救いたいと願う光の魂を持つ高校生、大神千里。 千里は、男の企みを阻止する事が出来るのか。高瀬を、現世を救うことが出来るのか。   本当の敵は誰の心にもあり、そして、誰にも見えない ──手を伸ばせ。今度はオレが、その手を掴むから。

【一話完結】3分で読める背筋の凍る怖い話

冬一こもる
ホラー
本当に怖いのはありそうな恐怖。日常に潜むあり得る恐怖。 読者の日常に不安の種を植え付けます。 きっといつか不安の花は開く。

短な恐怖(怖い話 短編集)

邪神 白猫
ホラー
怪談・怖い話・不思議な話のオムニバス。 ゾクッと怖い話から、ちょっぴり切ない話まで。 なかには意味怖的なお話も。 ※追加次第更新中※ YouTubeにて、怪談・怖い話の朗読公開中📕 https://youtube.com/@yuachanRio

【短編】怖い話のけいじばん【体験談】

松本うみ(意味怖ちゃん)
ホラー
1分で読める、様々な怖い体験談が書き込まれていく掲示板です。全て1話で完結するように書き込むので、どこから読み始めても大丈夫。 スキマ時間にも読める、シンプルなプチホラーとしてどうぞ。

処理中です...