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27:決着
しおりを挟む「セラ……セラっ!!」
全身をバラバラにされた人間が命を繋いでいられるはずもなく、慧斗にもそれはわかっているのだが、それでも名を呼ばすにはいられなかった。
彼女の抱えていた愛情は、狂気というほかない。犯した過ちは決して許されるものでもない。
けれど、その狂気を知る瞬間まではかけがえのない存在だった大切な友人への感情を、すぐには切り捨てることもできなかった。
「比嘉くん、來……!!」
大きな衝撃に思考が停止していた慧斗は、加苅の声に意識を呼び戻される。
<縺薙l縺ァ繧�▲縺ィ豈泌�縺輔s縺ッ遘√�繧ゅ���シ√h縺�d縺冗オ舌�繧後k縺薙→縺後〒縺阪k��シ�>
セラを殺して復讐を終えたかに思えた宮原妃麻の霊が、不快な音を立てて全身の関節を鳴らし、意味のわからない奇声を発し始めた。
危険を察知した加苅が彼女に銃口を向けるが、放たれた銃弾は身体をすり抜けて向かい側の壁に当たる。
「チッ、やっぱ効かねえか……!」
当たらないとはいえ攻撃をされたことが気に食わないのか、宮原妃麻は強烈な力で加苅を床にねじ伏せる。
「ガハッ……!」
「加苅さん!!」
血を吐く加苅の姿に來が咄嗟に飛び出していくが、宮原妃麻の不自然なまでに大きな瞳が來を捉える。
次の瞬間、長い黒髪が來の首や四肢へと絡みついたかと思うと、軋む音を立てて彼の身体を締め上げていく。
足先が地面から離れて身体が浮かび上がる。魂を直接突き刺されているような、鋭い痛みを伴う熾烈な敵意に晒された來はもがくことしかできない。
「ぐっ……ぁ、あ……!」
「來っ……!!」
慧斗は自分の血にまみれた包丁を拾い上げると、それを使って來に巻き付く髪を切り裂こうとする。
けれど、加苅の銃弾と同様に髪には触れることすら叶わず、直接掴みかかろうとしても慧斗の手は空を切るばかりだ。
「クソッ、なんでだよ……!!」
「け、とさ……ッ、逃げ……」
必死に声を絞り出そうとする來の口に、宮原妃麻の髪の毛が入り込んでいく。平屋で彼女と対峙した時、慧斗も同じ状況になったことを思い出した。
あの時は確かに髪を掴むことができたというのに、宮原妃麻が触れようとする対象が慧斗ではないから、掴めないのかもしれないと考える。
來の中へと入り込んだ宮原妃麻の姿は影も形もなくなり、慧斗は支えを失い地面に倒れ込んだ彼のもとへ駆け寄ろうとする。
「來……っ」
「来るな!!」
はっきりと向けられた拒絶にびくりとして、慧斗はその場に立ち止まる。喉元を押さえる來は苦しそうで、とても放ってなどおける様子ではない。
「っ、来ないで……ください……僕が意識を保てなくなったら、あんたを殺すことに、なるッ……」
「けど……じゃあ、どうすんだよ……!?」
今の來は眼鏡もかけておらず、見れば先ほどのセラとの一件で投げ出されたそれは、レンズが割れて使い物にならなくなっている。
加苅のように憑りつかれた状態であるというのなら、彼を気絶させれば宮原妃麻は出ていくのかもしれない。
けれど、その後はどうすれば良いのだろうか? あくまで一般人である慧斗には、來がいなければ彼女への対抗手段も無いというのに。
「……僕ごと、彼女を葬ります」
「は……っ、それって、どういう……」
「そのままの、意味ですよ」
「來を……殺せってことか?」
当然だと言わんばかりに頷く來の反応に、慧斗は怒りすら込み上げてくる。
けれど、時間が限られていることを示すかのように、來の皮膚の下をいくつもの黒い筋が這いまわっていく。
「邪魔を排除したつもりなんだろうけど、僕に憑いたのは……好都合だ」
「お前を殺せるわけねーだろ!!」
『対策ができない場合は実力行使をするしかないです』
以前に彼がそう口にしていたことを思い出す。まさかそれがこんな形での意味だとは想像もしておらず、慧斗は声を荒げる。
たった今、目の前で大切な友人を失ったばかりなのだ。それが報いであったとしても、慧斗はもう誰も奪われたくないと拳を握り締めた。
「なんか……っ、なんかねーのかよ……!?」
どんな方法でも構わない。來を犠牲にせずに宮原妃麻を追い出す手段があるはずだと、必死に頭を回転させる。
『そういう時、即効で役立つ栄養剤が慧斗さん』
片隅に、その言葉が浮かんだ理由は慧斗にもわからない。ただ、彼のために自分にもできることがあるのだと思い出した。
地面を蹴りつけた慧斗は、迷いなく來のそばに膝をついて、その身体を強く抱き締める。
「ッ、何やって……!? 慧斗さ、」
彼を傷つけまいと慌てて引き離そうとした來は、ぼやけていた視界がクリアになっていく感覚に、腕の力を抜いていく。
全身を包んでいた息苦しさや不快感、襲い来る痛みのすべてが慧斗の体温に溶けだしていくみたいに、消えて無くなっていった。
「う、っ……ぉえ゛……!!」
込み上げてくるそれに咄嗟に横を向いた來は、床に大量の黒い粘液を吐き出していく。
それはずるりずるりと這いずりながら寄り集まって形になり、再び元の形へ戻ろうと奮闘している。
「ゲホッ……あんた、命が惜しくないんですか」
「こっちのセリフだ、バカ來が」
「……いッ……!」
口元を拭って慧斗から離れようとした來は、憑りついたそれが抜け出しただけでは消えることのない痛みを思い出して、脇腹を押さえる。
動き回ったことで余計に出血がひどくなったらしく、新たに溢れる血液が手元を汚していく感覚が不快だった。
「っ、お前まさか怪我して……!?」
「今はいいんです。それより彼女を……」
「良くねーだろ!? お前、だから簡単に憑りつかれてたのか……!」
こんな状況だというのに、口うるさい男だなどと考えてしまい、少しだけ來の口元がゆるむ。
ポケットに忍ばせていた透明なナイフを取り出すと、赤い瞳がまっすぐに慧斗を見つめる。
「……慧斗さん、僕を信じてくれますか」
來の内から弾き出された宮原妃麻の霊は、元の姿へ戻ったかと思えばさらに大きさを増していき、邪魔をする天井のせいで首が不自然に折れ曲がっている。
相変わらず聞き取ることのできない言葉を発しながら、本来の標的である慧斗を狙う髪が二人の周囲を漂っていた。
「宮原妃麻。キミは、どうしても慧斗さんを連れていきたいんだな」
<豈泌�縺輔s縺ッ遘√�繧ゅ���シ√□縺九i騾」繧後※陦後¥荳邱偵↓縺ェ繧狗オ舌�繧後k��シ�>
怒りをぶつけているのか笑っているのか、それすらもわからない不気味な音で訴えかける彼女は、針山のように髪を尖らせて距離を詰めてくる。
「わかるよ。優しさを一度知ってしまったら、独りじゃいられなくなる」
慧斗はすぐにでも逃げ出したくなる足を踏みとどまらせて、來に触れる手を離さないよう指先に力を込めた。
「でも……ダメだよ」
來の持ち上げた腕。その手に握られたナイフの切っ先は、彼女ではなく慧斗へ向けられている。
「この人は僕のだから」
直後、躊躇いもなく振り下ろされた透明なナイフが、慧斗の胸を貫いた。
<繝繝。縺医∴縺医∴縺医∴縺医∴��シ�シ�シ�シ�シ�シ�シ�シ�シ�>
それは絶叫と形容するに等しい耳障りな音で、力なく倒れ込んだ慧斗の姿に、宮原妃麻が明らかに動揺したのがわかるほどだ。
その瞬間を逃さず彼女の横をすり抜けた來は、部屋の中央にある柱のシミを目掛けてナイフを突き立てる。
「封呪」
來が短く唱えるのとほぼ同時に、亀裂が走った宮原妃麻の胸元からぽろぽろと光がこぼれ落ちていく。
<雖後□��シ∝ォ後□雖後□雖後□雖後□縺�d縺�縺�d縺�縺�d縺�縺�d縺�縺ゅ≠縺ゅ≠縺ゅ≠縺ゅ≠縺ゅ≠縺ゑシ�シ�シ�シ�シ�シ�シ�シ�シ�>
その亀裂はやがて大きなひび割れにまで広がっていき、彼女の身体は砕け散って跡形もなく消えていった。
突き立てられたナイフの下には、先ほどまでは無かったはずの小さな人形が括りつけられている。
これが彼女の霊を呼び起こす核となっており、今度こそすべてを終わらせることができたのだと確信した來は、その場に崩れ落ちていく。
「來……っ!!」
彼の身体を抱き留めたのは、先ほどナイフを刺されたはずの慧斗だった。その胸元には傷痕らしきものも見当たらない。
「慧斗さん、やりました……」
「わかったから、もう喋んな! すぐ病院……っつーか、救急車呼ぶから!!」
「はは、顔、必死……」
何がそれほどおかしいのか、來自身もよくわからないままくつくつと笑みを漏らす。
慌ててスマホの画面を操作する慧斗は、「なに笑ってんだバカ」と抗議の声を上げながらも、繋がった通話先へ事情を説明している。
笑う度に脇腹がひどい痛みを訴えてくるからだろうか。來の視界は自然と歪んでいき、涙が一筋こぼれ落ちたところで意識がぷつりと途切れた。
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