最終死発電車

真霜ナオ

文字の大きさ
上 下
2 / 34

02:乗客

しおりを挟む

「……ッ…………ぅ、……」

 ふわふわと、水の中で揺すられているような感覚。
 後頭部の辺りに鈍い痛みを感じて、暗闇の底に沈んでいた意識がゆっくり浮上していく。

 瞼を持ち上げてみると、見えたのは揺れる吊り革と、何かのアニメのアプリの吊り広告だ。
 あれは今年流行していた……ダメだ、さすがにタイトルまで思い出すことはできない。

 僕はどうやら電車の中で仰向けに倒れ込んでいるらしく、手足は問題なく動くように思う。
 片腕を持ち上げて頭を触ってみるが、出血したりもしていないらしい。

 ゆっくり身体を起こすと、僕は車内の異変に気がついた。

「あれ……? みんな、どこ行ったんだ……?」

 忘年会シーズンの、週末の最終電車。
 立ち位置を選ぶことすらできないほど、車内はすし詰め状態だったはずなのに。あれほどいた乗客たちの姿はなくなっていた。

 いや、正確には十名ほどの人間が、僕と同じように倒れているのが見える。

「っ、高月さん……!」

 車両の端に、壁に背を預けるようにして横たわっている高月さんの姿を見つけた。
 僕はすぐに駆け寄って、彼女に声を掛ける。どうやら怪我などはしていないようで、気絶しているだけらしい。

「高月さん、聞こえますか?」

「ん……あれ、清瀬くん……?」

「良かった、起きられますか? どこか痛いところとか……」

「大丈夫、だと思う……何が起こったの?」

「僕にもわかりません。多分、事故なんだと思いますけど……」

 覚えているのは、意識を失う直前の感じたこともないほどの衝撃。けれど、見回した限りでは血痕などは見当たらない。
 僕らが気絶している間に救助が来て、ほかの乗客たちは降りたのだろうか?

「なに、これ……」

 起き上がるのを手伝っていると、高月さんが青ざめた表情で何かを見ていることに気がつく。
 その視線の先を辿った僕は、窓の外を見て絶句した。

 地下鉄ではないのだから、本来そこには街の景色があるはずだ。しかし、窓の外は真っ暗でなにも見えない。

 立ち上がって外を覗き込んでみるが、ガラス越しに僕の顔が映り込むだけだった。
 夜だからだろうかとも思ったが、それにしたって明かり一つないのはどう考えたっておかしい。

「もしかして、事故でどこかに埋もれちゃったの……?」

「いや、多分それはないです。土とか瓦礫も見えないし、車内の電気はついてるし」

 事故で何かの下敷きになっているとすれば、乗客は誰も降りられないだろう。
 それ以前に、あれだけの人数が乗車していたのだから、圧死していてもおかしくない。だというのに、僕たちは怪我らしい怪我もしていないのだ。

「……というか」

 混乱していた僕は、もっとも大きな違和感に気がつく。
 目覚めた時から感じていたはずだが、頭を打った衝撃のせいだと思い込もうとしていたのかもしれない。

「電車、走ってますよね……?」

 吊り革も、僕らの身体も、規則的な動きに揺られている。
 僕たちを乗せた電車は、間違いなく暗闇の中を走り続けていた。

「なんで……? 事故が起こったなら、走るわけないよね? 他の人たちを降ろして、私たちだけ乗せて走るなんて……」

「普通はあり得ないです」

 この状況は普通ではない。大掛かりなドッキリを仕掛けられたにしては、手が込みすぎている。
 それ以前に、ドッキリなんて仕掛けられるような心当たりもない。僕はごく普通の一般人なのだから。

「とりあえず、他の人の様子も見てみませんか? なにか覚えてる人がいるかもしれないですし」

「えっ? ああ、そうだね。そうしよう」

 僕の言葉を受けて、高月さんはようやく他にも乗客が倒れていることを認識したらしい。
 状況は未だに呑み込めていないけれど、人数が多い方が心強いことは確かだろう。 

 車両の端にいた僕たちは、一番近い座席の奥に倒れている人物に近づいていく。
 うつ伏せに倒れている男性の身体を、そっと反転させてみる。その顔を見て、僕は驚いてしまった。

「え、なんで……?」

「うぅん……あれ、清瀬……?」

喜多川きたがわ、帰ったんじゃなかったのか?」

 倒れていたのは、バイト同期の喜多川黄紀こうきだった。
 随分ガタイがいい男だとは思っていたが、まさか喜多川が倒れているだなんて。

「いや、帰ったんだけどバイト先に忘れ物してさぁ……あ、高月さんじゃないスか。お疲れ様でーす」

「……お疲れ様。喜多川くん、大丈夫?」

「はい?」

 僕の隣にいた高月さんの存在を認めると、喜多川はヘラヘラとした様子で挨拶を交わしている。
 どうやら状況を把握できていないらしく、彼女の問いに対して首を傾げていた。

「なんだこれは、一体どうなってる……!?」

「やだ、あたしどうしちゃったの……? き、清瀬先輩!」

「うわ、電車どうなってんだよ? これから三次会あるってのに」

「……どういう、ことだ……?」

 目を覚ました喜多川から少し遅れて、ほかの乗客もどうやら意識を取り戻したらしい。
 声のする方へと顔を上げた僕たちは、恐らく全員が驚愕したことだろう。

 店長の澤部さわべ墨彦すみひこ、後輩の桧野ひの琥珀こはく、そして同期の福村とおる
 それ以外にも、顔と名前が一致する人物が六名ほど。

 同じ車両に乗っていた全員が、顔見知り――僕のバイト先の関係者だったのだ。

「これって……偶然なの?」

「わかりません、だけど……普通じゃない」

 勤めているバイト先の最寄り駅、最終電車。
 同じ電車に乗り込むことはあるだろうし、そこまでなら偶然で片付いたかもしれない。

 けれど、明らかに不自然な状況で、車内に残されているのが知り合いだけだなんて。どう考えても、なにかの意図が働いているとしか思えなかった。

 後から目を覚ました人たちは、状況をまるで理解していない。
 僕だって把握できている情報なんてほぼ無いに等しいが、彼らに今の状況を説明すると、全員が信じられないという顔をする。

「わたしたちだけを乗せて電車が走り続けている? そんなものあり得んだろう!? お前たち、どうにかせんか!」

「まーまー、落ち着いてくださいよ店長。とりま車掌呼びましょ、それで解決ですって」

 誰が悪いわけでもないのだが、説明を受けた澤部店長は、怒りに任せて地面を蹴りつけている。
 それを宥める福村が、出入り口の横に設置された真っ赤な非常停止ボタンを押した。

「……あれ?」

 しかし、押されたボタンはカチカチと無意味な音を立てるだけで、何の反応もない。
 もちろん電車が止まる様子もなければ、車掌が応答する気配もなかった。

「壊れてんのか?」

「ふざけるな! 非常時に押せないボタンになんの意味がある!?」

「ふぇ……店長こわぁい……」

「大丈夫、琥珀ちゃんこっちおいで」

 人の少ない車両の中に、店長の怒鳴り声はよく響く。それに委縮した桧野さんが泣きそうになっているが、高月さんが自分の傍に彼女を呼び寄せていた。

「なんか、これって……都市伝説のやつみたいだな」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

【一話完結】3分で読める背筋の凍る怖い話

冬一こもる
ホラー
本当に怖いのはありそうな恐怖。日常に潜むあり得る恐怖。 読者の日常に不安の種を植え付けます。 きっといつか不安の花は開く。

意味が分かると怖い話(解説付き)

彦彦炎
ホラー
よくよく考えると ん? となるようなお話を書いてゆくつもりです 最後に解説も載せていますので、是非読んでみてください 実話も混ざっております

リバーサイドヒル(River Side Hell)

グタネコ
ホラー
リバーサイドヒル。川岸のマンション。Hillのiがeに変わっている。リーバーサイドヘル 川岸の地獄。日が暮れて、マンションに明かりが灯る。ここには窓の数だけ地獄がある。次に越してくるのは誰? あなた?。

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

八尺様

ユキリス
ホラー
ヒトでは無いナニカ

意味が分かると怖い話まとめ 一気見 【解説付き】

海月
ホラー
意味が分かると怖い話。 有名な話からここでしか読めないオリジナルの話まで! 様々で多くの種類の話がございます。

【実体験アリ】怖い話まとめ

スキマ
ホラー
自身の体験や友人から聞いた怖い話のまとめになります。修学旅行後の怖い体験、お墓参り、出産前に起きた不思議な出来事、最近の怖い話など。個人や地域の特定を防ぐために名前や地名などを変更して紹介しています。

処理中です...