トゴウ様

真霜ナオ

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08:儀式

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 準備を進めていくうちに、日が沈んで室内がいい感じに薄暗くなってきた。
 念のためにホッカイロも持参しているが、もう少し冷えてきたら必要になるかもしれない。

 電気が通っていないことは承知の上だったので、各々が持参した懐中電灯やスマホのライトを点灯させていく。
 俺は懐中電灯は持ってこなかったが、携帯用充電器もあるので恐らく問題はないだろう。

「それじゃあ、まずはそれぞれの人形に髪を結ぶか、血を染み込ませて。血はチョロっとでいいらしいけど、髪は途中で解けたりしないようにしっかりね」

 俺の指示を受けて、女性陣は自身の髪を一本抜いていく。
 互いに手元を照らし合いながら、それを人形の腕や足に結び付けているのが見えた。

「チッ、髪は短すぎて無理だわ。結んでらんねえ。どっかに刃物ねェか?」

「いや、あったとしても綺麗なやつじゃないと破傷風とか危ないっスよ!」

 教室内で刃物を探そうとする財王さんを、牛タルが慌てて引き留める。
 彼の言う通りだ。いくら綺麗に管理されているとはいえ、ここは使われていない廃校なのだから。
 汚れたりびている刃物でも使って、万が一のことがあったら動画だってお蔵入りになってしまうかもしれない。

「財王~。ちょっと痛いけど、ダミーがコレで切ったげよっか? スパッと」

「……任せる」

 ダミーちゃんが持ち出してきたのは、ポケットに入っていたらしいメモ帳だった。
 紙で指を切るのは痛いが、確かに刃物を探すよりずっと安全だし手軽だろう。

「あ、じゃあ俺クンも結べないからそっちで! できればあんまり痛くしないでくれると嬉し……って、痛ってえ!!!!」

「ハイ切れた! ユージもやる?」

「あ~……うん、頼む」

 心の準備をする間もなく、容赦のない動きでダミーちゃんが牛タルの親指の腹を切っている。
 その姿を見た後に頼むのは気が引けたが、俺以外の男二人はやっているのに、自分だけ逃げるのは格好悪い。
 そんな見栄を張りたい気持ちだけで、俺もダミーちゃんに親指を差し出した。



「これで準備完了だな。それじゃあ次は、机を囲むように立ってくれるか?」

 分身人形の準備ができると、その人形を先ほど設置したロウソクの前へ横一列に並べていく。
 それらを取り囲むようにして立つと、ねりちゃんが不思議そうに首を傾げる。

「ロウソクに火って点けないの?」

「ああ、これは人形を隠してから。スタートの合図ってことになるらしいよ」

「ふーん、そうなんだ」

 確かに、ロウソクがあったら火を点けると思うのが普通だろう。
 だが、このロウソクはあくまで人形探しの時間をカウントするためのものなのだ。
 机の上には可愛い人形が並んでいるはずなのに、薄暗いせいかどこか不気味な光景に思えた。

「それじゃあ、俺に続いて同じように三回唱えて。『トゴウ様、トゴウ様。盛物もりものを致しますので、どうか願いを叶えてください』」



「トゴウ様、トゴウ様。盛物を致しますので、どうか願いを叶えてください」

「トゴウ様、トゴウ様。盛物を致しますので、どうか願いを叶えてください」

「トゴウ様、トゴウ様。盛物を致しますので、どうか願いを叶えてください」



 全員が揃ってそう唱えた瞬間、冷たい風が頬を撫でたような気がして、俺は思わず振り返る。
 だが、そこにあるのは閉じられた窓だけだ。綺麗でも古い建物だし、隙間風でも吹いたのかもしれない。

「で、次はお待ちかねの人形隠しタイム?」

「そう。どれでもいいから、自分以外の人形を持って、校舎内のどこかに隠すこと。全員がまたここに戻ってきたら、儀式のスタート……」

「ダミーが一番ノリ~!!!!」

「あっ!」

 俺の説明を聞き終わる前に、ダミーちゃんは自分の一番近くにあったカルアちゃんの人形を掴み取って走り出す。
 そのまま誰かが止める間もなく、嵐のように教室を出て行ってしまった。

「ダミーちゃん、元気だなあ。あれが若さか」

「牛タルも大して変わらないだろ。今はまだ早い者勝ちってわけじゃないんだけど……まあいいか。それじゃあみんなも好きな場所に隠してきて、終わった人からここに集合で」

「自分のさえ見つけりゃいいんだから、どれ選んでも同じことだろ」

 そう言って財王さんが鷲掴みにしたのは、ねりちゃんの人形だ。
 彼の言う通り、どの人形を選んだとしてもそれを上手く隠せばいいということに変わりはない。

 カップルで不正があってはいけないということで、牛タルはダミーちゃん、ねりちゃんは財王さんの人形を選ぶ。
 もちろん、二人が不正をするだなんて誰も思ってはいない。単に、視聴者の目を考慮しての選択だ。
 必然的に残った俺の人形をカルアちゃんが、牛タルの人形を俺が手に取ることとなった。

「全員決まったな。それじゃあ、また後で」

 そう言って、俺たちは教室を後にする。
 西階段と東階段、二手に分かれていくメンバーの姿を見送ってから、俺はスマホをインカメラに切り替える。

「……さて、俺はどこに隠そうかな。こんな時コメントが流れてたら参考にできるんだけど、とりあえずスゲー暗いわ。みんなだったらどこに隠す?」

 何だかんだと日が沈み始めれば暗くなるのは早い。
 窓から月明かりは差し込んでいるが、それだけでは心許こころもとない暗さだ。
 人形とスマホを手に、それらを落としてしまわないようしっかりと握り締める。

「一時間って、長いようでこの広さなら多分あっという間なんだよな。自分の人形見つけたいのはもちろんだけど、どうせなら最後まで見つからない場所に隠したい……と、そうだ」

 闇が深くなって端までは見渡すことのできない廊下を眺めて考えていた俺は、ふと思い立ってきびすを返す。

「灯台下暗しっていうし、この教室に隠すとは誰も思わないんじゃないか?」

 現に、全員が迷わずこの教室を後にしていったのだ。
 恐らく他のメンバーは、校舎の中でできる限り見つかりにくそうな場所を探していることだろう。
 だが俺は、敢えてスタート地点となる教室に人形を隠すことにした。

「机の中はさすがにわかりやすすぎだし、ロッカーも微妙だから……この辺りとか……どう? おっ、結構いい感じじゃないか?」

 俺は教室の後ろに歩いていくと、窓枠の一番端に人形を立てかけるように置く。
 そのままでは不安定だが、端に纏められている白いカーテンで隠すようにすれば、それが上手い具合に支えとなってくれた。

 その様子をカメラで撮影してから、俺は我ながらいい隠し場所を見つけたと満足げに頷く。
 とはいえ、隠すのが早すぎる。このままここにいて、戻ってきたメンバーに姿を見られれば必然的に隠した範囲は限定されてしまうだろう。

 俺は少し時間を潰すために、再び教室を出て周囲の教室を軽く見て回ることにした。
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