冥恋アプリ

真霜ナオ

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28:分かれ道

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 移動をしている間に、今日もまた日が暮れてしまう。
 こんなにも必死に探しているというのに、怪異から逃げ出すための有効な手段は、見つかってくれそうにない。
 気丈に振る舞っていた柚梨だが、日が沈むにつれて口数が少なくなっているのがわかる。
 葵衣も、態度にこそ出さないが不安は同じなのだろう。

(このままあてもなく探し続けてもダメだ……今は見えてなくても、怪異はきっと俺たちのすぐ傍まで迫ってきてる)

 励ます言葉は見つからないが、今は上辺うわべだけの励ましなど必要とはしていないはずだ。
 俺は必死にスマホを操作しながら、何度もワードを変えて、有用な情報が引っ掛からないかと検索を続けていた。

「……なあ、メシ食うか」

「え……?」

 重たい空気にそぐわぬ提案をしてきたのは、丈介だった。
 俺は間の抜けた声を出してしまったのだが、それと同時に腹の虫までもが返事をする。
 それが恥ずかしくて腹を押さえたのだが、狭い車内では隠しようもない。

「プッ……アハハハハ! 今すっごい音した!」

「う、うるさいな……」

「フフ。そういえばお昼食べてないし、お腹空いたね」

 途端に大声で笑い出した葵衣に顔の熱が上がる。
 けれど、柚梨の言うように昼食を食べ損ねていたのだ。腹が鳴ってもおかしくなどないだろう。
 開き直った俺は丈介に頼んで、目に付いた24時間営業のファミレスに立ち寄ってもらうことにする。

 腹が減っては戦はできないというが、本当にその通りかもしれない。
 空腹を満たされた俺は、先ほどまで気が滅入っていたのが嘘のように、やる気がみなぎっていた。

「あのさ、俺はやっぱりお祓いをしてもらうのがいいんじゃないかと思うんだ」

「お祓いって……だって、呪離安凪ジュリアンナさんだって無理だったのに……?」

呪離安凪ジュリアンナさんは無理だったけど、少なからず効果はあっただろ? だから、もっと力の強い人に頼めば、今度こそ祓うことができるんじゃないか?」

 結果こそ残念な形にはなってしまったが、成果が無かったわけではないのだ。
 つまり、やり方自体は間違っていなかったのだと俺は予想している。ただ、あの怪異を祓うために必要な力が足りていなかっただけで。

「……一理ある、かもな。けど、あのオバサンより力の強い奴ってのを、どう探すかが問題だ」

 そう、問題はそこなのだ。それが簡単に見つかるのであれば苦労はしない。

「ネットで検索して……出てこないかな。呪離安凪ジュリアンナさんのことはどうやって見つけたんだ?」

「……ネット」

「だよな」

 やはり、呪離安凪ジュリアンナのことを知ったのも、ネットでの検索がきっかけだったのだ。
 だが、ネット上にはそれらしいうたい文句を並べた詐欺師だって大勢いるだろう。その全員を、本物かどうか確認している余裕などない。
 そうかといって、ネット上の評価を鵜呑うのみにして、上位の人間を頼るというのもリスクが高いように思う。
 呪離安凪ジュリアンナの知り合いを紹介してもらえれば良いのかもしれないが、杉原からの連絡がないところをみると、彼女は今もまだ意識が戻っていないのだろう。

「……あれ」

「樹? どうかしたの?」

「いや、暗黒魔術師さんからメールが入ってる」

 情報を検索しようとスマホを手にした時、一通のメールが届いていることに気がつく。
 送信元は暗黒魔術師と書かれており、俺はどうしたものかと思いながらメールを開いた。

「……!」

「何? 何て書いてあんの? 見せなさいよ」

「これ……」

 葵衣に催促されるまま、俺はみんなにも見えるようにスマホをテーブルに置く。
 暗黒魔術師から届いたメールの中には、有用な情報を渡せずに申し訳ないという謝罪と、とある住所を示したURLが貼り付けられていた。
 それは、彼が常連のコメント主から最後の行き先として聞いたという、霊的なものに対して強い力を持つという人物の住所だった。

「ウソ……もしかして、盗聴されてる?」

「いや、されてないだろ。というか、わざわざ教えてくれたのに失礼だぞお前」

「だって、こんなタイミングでそんな情報寄越す!? まさか、あの暗黒魔術師ってヤツ、ホントは霊能力者だったり……!?」

「たまたまだと思うけど」

 恐らく偶然なのだろう。だが、今まさにその情報が欲しかった俺たちにとっては、そこに飛びつかない理由がない。
 みんなには聞くまでもなかった。全員が、この人物に会いに行ってみようと考えている顔をしていたからだ。

 支払いを済ませた俺たちは、カーナビに住所を登録して、その場所へと向かうことにした。
 暗黒魔術師が教えてくれたのは、とある神社の住所だ。
 続けて書かれていた内容によれば、その神社にいる神主は、かなり強い力を持つ人物なのだという。
 コメント主はそこに向かうつもりだと聞いていたらしいが、辿り着けたのかまではわからないようだった。

「あのブログのコメント主……闇空って人、ここに向かうつもりだったらしい。辿り着けたのかまではわからないみたいだけど」

「……闇空……?」

 俺の言葉に、なぜか葵衣が信じられないと言いたげな表情を見せる。
 その理由がわからず首を傾げたのだが、彼女にどうしたのかと問いかけようとした時だった。

「……樹!!」

 隣に座る柚梨が叫んだかと思うと、俺はそちらを見て驚愕する。
 車内は暗くてよく見えないのだが、走る車が街灯の下を通り過ぎる度に、明かりに照らされて彼女の足元に黒いモヤが見えるのだ。
 そのモヤは徐々に柚梨の脚を這い上り、近づいていこうとしている。

(この間は車の外だったのに、中まで入ってこられるようになったのか……!?)

 それだけ、怪異の力が増しているということなのかもしれない。
 車内には逃げ場がない。それを誰もがわかっていて、バックミラーで状況を把握した丈介が路肩に車を停める。

「走れ!!」

 車がきちんと止まりきるのを待たずに、俺は柚梨の手を引いて車を飛び出していた。
 その後に続いて、葵衣と丈介も俺たちの後を追いかけてくる。
 俺は何も、無闇に外に飛び出したわけではない。

 暗黒魔術師から送られてきた住所は、現在地から比較的近い場所にある神社だった。
 車で行けたならもっと早くに辿り着くことができただろうが、怪異が現れたとなっては移動手段を選んでなどいられない。
 自分たちの足で、神社を目指すことにしたのだ。

「樹、っ……待って……!」

「柚梨、頑張れ……!」

 俺の方が足は速いので、柚梨は俺に引かれるまま必死に走っている。
 振り返りたくはないが、あの怪異は間違いなく俺たちを追いかけてきているのだろう。立ち止まれば追い付かれてしまう。
 そうかといって、ここは知らない土地だ。地図アプリを使いながら、神社までのルートを辿っていたのだが。

「クソ……っ、何でだよ……!?」

 正常に機能していたはずのアプリが、突然落ちてしまったのだ。
 再びアイコンをタップしても、起動する様子はない。これはエラーではなく、怪異の仕業なのだと思った。

(つまり、あの神社に辿り着かれたら困るってことか)

 それならばなおのこと、俺は記憶の中の地図を頼りに走り続ける。
 だが、途中で壁に行き当たってしまう。道は二手に分かれていて、どちらかが神社に続いていたことは間違いない。

「神社……どっちだ……?」

「ハァッ……私も、わかんない……」

 もう少しで神社に行きつけそうだというのに、選択を誤れば真逆の方向へと向かってしまうことになる。
 立ち止まっていた俺たちに、葵衣たちも追いついてきた。つまり、怪異に追いつかれるのも秒読みだ。
 ……いや、もうすでに目の前にいる。

 分かれ道の前に、人の形をした黒い影が立っていたのだ。人間ではない、明らかに怪異だ。
 俺は引き返すべきかと思ったのだが、その怪異は意外な行動を取った。
 腕を持ち上げたかと思うと、分かれ道の右側を指差したように見えたのだ。

「え……? 何よ、まさかアタシたちを道案内しようっての?」

「そんなはず……普通に考えたら罠だろ」

 これまで俺たちを襲ってきた怪異が、ここまできて手助けをする理由などないはずだ。
 だとすれば、怪異の示す方向に進めば神社からは遠ざかってしまうことになる。
 けれど、ここで俺たちはまたしても驚くことになった。

「なっ……後ろからも怪異が来てる……!?」

 道を示す怪異は、俺たちの前方にいる。しかし、俺たちの後方からもまた、別の怪異が迫ってきていたのだ。
 怪異に挟まれた状態で、俺たちは左右どちらかの道を選ばなければならなくなる。

「右……行ってみよう!」

「柚梨!?」

 分かれ道の選択をしたのは、柚梨だった。つまり、怪異の示す方角に従おうというのだ。
 俺はどうすべきか迷ったが、そんな俺の腕を今度は彼女の方が引いて走り出す。

「ああもう……! こうなりゃ、なるようになれだ!」

 そうして走り出した俺たちに続いて、葵衣たちも走り出す。
 柚梨がなぜこちらを選んだのかはわからない。
 けれど、五分ほど走り続けたところで、俺たちの目の前には神社に続く石段が現れたのだった。
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