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24:病院
しおりを挟む救急車を呼ぶよりも早いということで、丈介の車に乗り込んだ俺たちは、呪離安凪を連れて病院へと向かった。
ストレッチャーに乗せられた彼女は、緊急の手術室へと運ばれていく。
俺たちは何があったのかと聞かれたが、どう答えれば良いかわからなかった。
悪霊を祓ってもらっている最中に、その悪霊によってやられました。そんな話が通用するはずもないことは、全員がわかっていたのだ。
粘度のある泥水を大量に飲み込んでしまったと判断された呪離安凪は、胃の洗浄などを行ってもらったようだった。
まだ意識は戻らないが、脈などの数値は安定しているらしい。
事件性があると判断される可能性もあったのだが、話を合わせてくれたのは、呪離安凪の事務の男性だった。
杉原と名乗る彼は、あくまでも彼女自身の不注意による事故だと証言してくれたらしい。
職業柄なのだろうか? こういった時の言い訳を、予め考えていたようだった。
「あの、杉原さん。ありがとうございました」
「いえ……それより、あなた方は大丈夫ですか?」
「え?」
病室で眠る呪離安凪顔を見つめながら、杉原はとても深刻そうな顔をしている。
俺たちに被害が無かったことは、彼の目でも見ていただろうと思ったのだが。どうやら心配していたのは、そこではないらしい。
「呪離安凪は、これまで多くの悪霊を祓ってきました。ですが、こんなことは初めてだ……彼女の手にも負えないほど、あなた方は強烈な悪意に晒されています」
その言葉を聞いて、俺は背筋がゾッとするのを感じた。
恐らく杉原は、ずっと彼女の傍で共に働いてきたのだろう。呪離安凪の姿を見ていた杉原は、彼女の力をとても信頼していたように思う。
そんな杉原が、俺たちの身を案じているのだ。
彼女でも祓うことができない。それはつまり、これ以上の手段が無くなったと言われているようだった。
「僕ではあなた方のお力になることはできませんが、……どうか、この悪意から逃れられるよう、祈っています」
呪離安凪の病室を後にした俺たちは、呆然としたまま待合室のソファーに座り込んでしまった。
最後の手段だと思って彼女を頼ったのに、そんな人物ですらも解決することができなかったのだ。
これ以上、俺たちの手でどうにかできるとは思えない。
「……樹。葵衣ちゃんたちも、ありがとう。だけどもう、いいよ」
「柚梨?」
俯いたままの柚梨は、スマホを手にそんな呟きを落とす。
俺は顔を覗き込もうとしたのだが、それよりも先に彼女は立ち上がってしまう。
「これ以上、みんなを危険な目に遭わせられない。あとは私一人で何とかするから、みんなはもう帰って」
「何言ってんだ……!?」
そんな言葉に、素直に応じられるはずもない。
背を向けたままの柚梨の表情はわからないが、一人で何とかするなんてできるはずがないだろう。
立ち上がって柚梨の肩を掴んだ俺は、彼女を振り向かせる。
「っ……!」
「ゆ、柚梨ちゃん……!?」
その顔は、溝のような目元に舌を垂らした、あの怪異に変わっていた。
俺は咄嗟に彼女を突き放しそうになるが、どうにかその場に踏ん張ると両肩を掴んで、真正面から向き合う。
「俺は、絶対に諦めない。何があったって、お前を一人にしたりなんかしない。だからお前も、絶対に諦めないでくれよ……!」
怪異はきっと、俺を柚梨から引き離そうとしている。だからこそ、こんな風に彼女の姿を恐ろしいものに変化させているのだろう。
そんなやり方に屈したくない。
俺は柚梨を守るって約束したんだ。そんな彼女を一人にして、自分だけが安全な場所に帰るなんてあり得ない。
「い、つき……」
断言した俺の前で、柚梨の顔は少しずつ元の彼女のものへと戻っていく。
その瞳には涙が浮かんでいて、彼女の抱える心細さや恐怖までもが溢れ出しているように見えた。
「そうだよ、柚梨ちゃんを置いて帰るなんてできない。アタシたちはもう、一蓮托生なんだから! 無事に帰したいって思うなら、柚梨ちゃんも無事じゃないとダメなんだよ!」
「葵衣ちゃん……」
「ここで女の子見捨てて帰るようじゃ、コイツの兄貴にも笑われちまうしな。オメェらのダチだってそうだろ?」
「はい、俺はアイツに顔向けできないようなことは絶対にしません」
ここで柚梨を見捨てたりしたら、それこそ幸司に恨まれるだろう。
もしも狙われているのが柚梨ではなかったとしても、友人を見捨てるような人間に、アイツは心底幻滅するはずだ。
俺は幸司が誇れるような人間でありたい。
「そうと決まりゃあ、次の手段を探すぞ」
「はい!」
今は一分一秒も惜しい。
呪離安凪ではダメだったのだから、次の方法を探すしかないのだ。
杉原に後のことを任せて病院を出た俺たちは、手当たり次第に思いつく方法を試してみることにした。
といっても、車があるとはいえどこまでも遠出できるわけではない。
それに何より、今日は行動するには時間が遅くなりすぎていた。どのくらい時間が残されているかはわからないが、不眠不休で動き続けるわけにもいかないだろう。
俺たちは一夜を明かすために、近場のビジネスホテルに泊まることにした。
俺は一人暮らしだから構わないが、柚梨は両親に連絡を入れなければいけない。
今日も友人の家に泊まるというのは通用しないかと思われたのだが、電話口で葵衣が喋りかけていたので、本当に女友達と過ごしているのだと理解してもらえたようだった。
「お前は家に連絡入れなくて大丈夫なのか? 高校生連れ回してるって、結構アレだと思うんだけど」
柚梨の外泊も問題なくなると、残るは葵衣だ。
俺たちも未成年ではあるが、丈介が成人しているので宿泊自体は問題ないらしい。
ただし、親の同意も無しに彼女を連れ回すのは色々とマズイだろうと思ったのだ。
「平気。ウチ親いないし」
「え、いないって……」
何でもないことのように返された言葉を、俺は思わず聞き返してしまう。
柚梨も驚いて彼女を見ていたのだが、丈介は特に気にした様子が無いところを見ると、恐らく事情を知っているのだろう。
「離婚して母親に引き取られたんだけど、事故で死んじゃってさ。父親とは一緒に暮らしたくなかったから、養育費だけ支払ってもらって、兄貴と二人で暮らしてたの」
「そうだったのか……」
「だから今は一人暮らしだし、親に叱られるような心配無いから安心して」
特に変わらない口調で話してはいるが、親の離婚や事故についてはともかく、兄の件はまだ吹っ切れてなどいないはずだ。
事実上は二人きりの兄妹で、きっと仲良く暮らしていたのだろう。
だというのに、母親に続いてその兄をも、こんな形で失ってしまったのだ。
「一応言っとくけど、安い同情とかしないでよね。アタシは兄貴の死の真相を突き止める。それが柚梨ちゃんを狙ってるヤツと同じだっていうなら、ソイツをぶっ飛ばすだけなんだから」
「……そうだな」
彼女がこうして強くあれるのは、元来の性格なのか。それとも、隣に支えてくれる頼もしい存在があったからなのかもしれない。
「ところで、ホテルってツインが二つでいいわよね?」
「ああ、シングルよりは何かあった時に対応しやすいだろうし、それでいいと思う。女子同士もう気兼ねするような仲でもないだろ?」
車での移動中も、すっかり打ち解けた様子で楽しんでいた二人だ。
俺はまだ丈介と二人きりは多少の気まずさもあるものの、特に問題はないと判断したのだが。
「丈介はアタシと一緒。樹は柚梨ちゃんと同じ部屋ね」
「…………ハ!?」
「えっ!?」
俺が予想していたのとはまるで違う組み合わせに、思わず大きな声を響かせてしまった。
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