6 / 34
04:マッチングアプリ
しおりを挟む翌日。
アラームと共に目を覚ました俺の頭は、いつになく重く鈍い痛みを感じていた。
夢も見ないほど深く眠っていたはずだが、やはり昨晩の衝撃が大きすぎたのかもしれない。
スマホを開くと、柚梨からの新しい通知が入っていた。
それを開こうと思ったのだが、その下にある幸司の名前が目に入り、自然と視界が滲んでいく。
「ッ……幸司……」
もう、このトークルームに既読の文字がつくことはないのだ。幸司はもうどこにもいない。
一晩経って、ようやくその現実に心が追い付いてきたのかもしれない。
瞬きの度にこぼれ落ちていく雫が、枕をじわりと濡らしていった。
どうせ授業なんて頭に入らない。大学を休むことも考えたが、柚梨に説明をするのなら直接の方が良いだろうと思った。
何より、今は自宅で一人じっとしていたい気分ではなかった。
(……誰か、生きてる人間と話がしたい)
そう思った俺は、億劫な身体を動かしながら身支度を整えて、いつものように大学へ向かうことにした。
通学の途中で、柚梨には簡単な連絡を入れておいた。
結局連絡を返すことができないままだったことへの謝罪と、話があるという件についてだ。
十分ほどして既読がつくと、白く丸っこい犬のような動物のスタンプが送られてきた。
それを見た俺は、少しだけ肩の力が抜けたような気がして、僅かに口元が緩むのを感じる。
そうして、気の向かない講義を半ば上の空で聞きながら、その日予定していた授業をすべて終える頃。俺のいる教室に、柚梨がやってきた。
「樹、大丈夫? 酷い顔してるけど……」
「ああ、平気だよ。それより、ここじゃなんだから移動しようか」
教室でするような話でもないと、俺は彼女を大学の近くにあるカフェに誘うことにした。
地元の人間しか知らないような穴場で、そこなら落ち着いて話ができるだろう。
柚梨自身も幸司のことについて気になっていただろうが、曖昧な返答のまま口を開きたがらない俺の態度で、何かを察したようだった。
(……どこまで話せばいい)
カフェに着くと、俺はホットコーヒー、柚梨はミルクティーを注文する。
飲み物が届くまでの間、黙ったまま向き合っているわけにもいかない。
それでも、俺にはあの惨状をそのまま柚梨に伝えることは、どうしても憚られると思った。
幸司が死んだということに関しては、遅かれ早かれ柚梨の耳にも入る事実だ。
けれど、その死に方まで詳細に伝える必要はないだろう。もとより、そんな詳細をどう伝えたら良いかもわからないのだが。
「……あのな、柚梨。昨日、あれから幸司の家まで行ってみたんだ。返事も無かったし、無駄足かと思ったんだけど……アイツ、死んでたんだ」
「え……」
できる限り簡潔に、幸司が死んでいたのだという事実を伝えた。
何を言われたのかわからないと言いたげな柚梨も、俺の顔を見てそれがタチの悪い冗談ではないことを悟る。
ここに来るまでの俺の態度からも、きっと予感はしていたのだろうが。
連絡がつかないということから、最悪の事態を一切想定しなかったわけではない。それは彼女だって同じだっただろう。
それでも、親しい友人の死という現実を、昨晩の俺と同様にすぐに受け止めることはできないのだと思う。
どう言葉を続けて良いかもわからず、流れる沈黙を破ったのは、飲み物を運んできた店員の声だった。
軽く会釈をして、それぞれの前に湯気を立たせる飲み物のカップを置いてもらう。
「……死んでた、って……どうして……? だって、幸司くんこの前だって樹と一緒に遊んでたじゃない」
「ああ……警察にもいろいろ聞かれたんだけど、事件性は多分……無いって」
「じゃあ、病気とか? それとも、まさか自殺……?」
「いや、少なくとも自殺ではない……と思う。ただ……」
そこまで口にして、俺は言い淀む。
明らかに自殺という死に方ではなかったが、病死でもなく、正直に言えば事故死だとは到底思えない。
高所から落ちたというわけでもないのに、あんな風に死ぬだなんて。どうしたって、そうなる過程が想像できない。
あの噂が頭の片隅に残って離れないというのもあるのだろうが、幸司の死には何かもっと違った要因があるような気がしたのだ。
「……柚梨、その……馬鹿らしいとは思うんだけどさ、協力してほしいことがあるんだ」
「協力してほしいこと?」
幸司の死因について、曖昧な返答ばかりの俺の態度に、柚梨は不審がる瞳を向ける。
続く前置きと共に向けられた要求には、その瞳がさらに不審の色を増してしまうのがわかった。
「マッチングアプリに登録してほしいんだ」
「マッチングアプリって……樹、こんな時に何言ってるの? 幸司くん死んじゃったんだよ? それなのに彼女探しとか……!」
「違う、誤解だよ……! そういうつもりじゃないんだ!」
当然というべきだが、明らかに誤解をしている彼女に俺は慌てて否定を返す。
もしも自分が逆の立場だったとしても、俺はその要求に激昂していたことだろう。
普通に考えれば、こんな時に出会い専用アプリに登録しろだなんて、頭がおかしくなったとしか思えない。
「そうじゃなくて……幸司がさ、死ぬ前にアプリに登録してたんだよ。俺はアイツの死が、どうしても事故とか病気だと思えなくて……あのアプリに、何か手掛かりがあるんじゃないかって」
そう感じたのは、あの見出しのせいもあるだろうし、タイミングもあったのだろう。
何より、他に手掛かりと呼べるような何かが思い浮かばなかった。
最近の幸司の興味を惹いていたものといえば、やはりあのアプリなのだ。
「だからって……何で私が登録するの?」
「マッチングアプリってさ、異性のページしか見られないようになってるみたいなんだよ。アイツのページを見るためには、女として登録しなきゃならないからさ」
アプリの中にヒントがあったとしても、俺にはそれを確認する術がない。
こんな事情を話して警察が信じてくれるとは思えないし、アプリの運営だって、ただの友人に会員の情報を教えてくれるはずもないだろう。
手元に視線を落としていた柚梨だったが、やがて顔を上げると、頷いて自身のスマホをバッグの中から取り出した。
「……わかった。樹、そういう笑えない冗談言わないし。きっと何かあるんだよね」
「ありがとう、柚梨」
0
お気に入りに追加
18
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
最終死発電車
真霜ナオ
ホラー
バイト帰りの大学生・清瀬蒼真は、いつものように終電へと乗り込む。
直後、車体に大きな衝撃が走り、車内の様子は一変していた。
外に出ようとした乗客の一人は身体が溶け出し、おぞましい化け物まで現れる。
生き残るためには、先頭車両を目指すしかないと知る。
「第6回ホラー・ミステリー小説大賞」奨励賞をいただきました!
就職面接の感ドコロ!?
フルーツパフェ
大衆娯楽
今や十年前とは真逆の、売り手市場の就職活動。
学生達は賃金と休暇を貪欲に追い求め、いつ送られてくるかわからない採用辞退メールに怯えながら、それでも優秀な人材を発掘しようとしていた。
その業務ストレスのせいだろうか。
ある面接官は、女子学生達のリクルートスーツに興奮する性癖を備え、仕事のストレスから面接の現場を愉しむことに決めたのだった。
トゴウ様
真霜ナオ
ホラー
MyTube(マイチューブ)配信者として伸び悩んでいたユージは、配信仲間と共に都市伝説を試すこととなる。
「トゴウ様」と呼ばれるそれは、とある条件をクリアすれば、どんな願いも叶えてくれるというのだ。
「動画をバズらせたい」という願いを叶えるため、配信仲間と共に廃校を訪れた。
霊的なものは信じないユージだが、そこで仲間の一人が不審死を遂げてしまう。
トゴウ様の呪いを恐れて儀式を中断しようとするも、ルールを破れば全員が呪い殺されてしまうと知る。
誰も予想していなかった、逃れられない恐怖の始まりだった。
「第5回ホラー・ミステリー小説大賞」奨励賞をいただきました!
他サイト様にも投稿しています。
校長先生の話が長い、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
学校によっては、毎週聞かされることになる校長先生の挨拶。
学校で一番多忙なはずのトップの話はなぜこんなにも長いのか。
とあるテレビ番組で関連書籍が取り上げられたが、実はそれが理由ではなかった。
寒々とした体育館で長時間体育座りをさせられるのはなぜ?
なぜ女子だけが前列に集められるのか?
そこには生徒が知りえることのない深い闇があった。
新年を迎え各地で始業式が始まるこの季節。
あなたの学校でも、実際に起きていることかもしれない。
女子高生は卒業間近の先輩に告白する。全裸で。
矢木羽研
恋愛
図書委員の女子高生(小柄ちっぱい眼鏡)が、卒業間近の先輩男子に告白します。全裸で。
女の子が裸になるだけの話。それ以上の行為はありません。
取って付けたようなバレンタインネタあり。
カクヨムでも同内容で公開しています。
小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話
矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」
「あら、いいのかしら」
夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……?
微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。
※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。
※小説家になろうでも同内容で投稿しています。
※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる