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25:激しい攻防

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「迎えにきたぞ、依織。待たせてすまない」

 私の姿を見つけた白緑びゃくろくは、安心したような表情を見せる。
 先ほどの攻撃によって、私の周りに張られていた結界も砕け散ってしまった。今なら、白緑のもとへ戻ることができるだろう。

「…………」

「……依織?」

 けれど、私はすぐにその場を動くことができなかった。
 拘束されているわけでもないというのに、自分の脚が言うことを聞いてくれない。

「よそ見をするとは悠長だが、そう簡単に引き渡してやると思うか?」

「ッ、紫黒しこく……!」

 動かないことを勝機と見たのか、私の前に立つ紫黒さんは大鎌から鋭い風を放つ。
 それを避けるために、白緑たちは私から距離を取る。彼らのいた場所は、紫黒さんの攻撃によって地面から抉り取られたようになっていた。

 さらに、空間にはいくつもの裂け目が出現していく。その中から、大量の妖魔たちが這い出してくるのが見えた。

「お前の狙いは俺だろう!? 依織を巻き込むな!!」

「巻き込んだのは貴様だろう。王が聞いて呆れるな」

「白緑様、妖魔はオレたちが引き受けます……!」

 あけさんが、カラスの群れで黒い壁を作る。妖魔たちを、白緑の方へ行かせないためだろう。
 先ほどは気がつかなかったけれど、淡紅あわべにたちの後ろには藍白あいしろの姿もある。彼らが背を預けているところを見ると、和解したのかもしれない。

「寝返るとはな。やはり貴様には荷が重かったか、藍白」

「紫黒……! おまえのやり方、他に方法は無いの……!?」

「無理な相談だ。俺の目的は、妖都ようとの門を破壊することなのだから」

 淡紅と朱さんが妖魔を倒していく中で、白緑と藍白が隣に立って紫黒さんと対峙している。
 二人に、仲の良い兄と妹に戻ってほしいと願っていた。こんな風に協力する姿を見たら、きっと紫土しどくんは喜んだだろう。

(私だって嬉しい。……だけど)

 私のことを取り戻そうと、ここまで来てくれた白緑。彼は、何を思ってやってきてくれたのだろうか?
 もしかすると、紫黒さんに力を奪われては困るからなのではないだろうか?

 紋様があることで、他のあやかしに横取りされる心配がなくなると言っていた。それならば、消えた後はその制約は失われると考えるのが自然だ。

 現に、紫黒さんは私に伴侶にならないかと誘いかけてきた。もしもその誘いに乗っていたとすれば、私の持つ力は紫黒さんものになっていた。
 そうなれば、白緑の力を上回った紫黒さんは王の座を奪えたはずだ。

 そうでなかったら、もうすぐ用済みになる私を、こんな場所まで探しにくる理由がない。

「依織! っ、クソ……紫黒、お前が何かしたのか!?」

「言いがかりだな。藍白も自分の意思で動いていただろう? その女も同様、貴様のもとへ戻りたくないらしい」

「ふざけるな! 依織は俺の婚約者だ!」

 私のことを、まだ婚約者だと言ってくれる白緑。そのことを素直に喜べないのが、こんなにも苦しい。

 刀で真っ向から紫黒さんに挑む白緑は、戦う前から傷を負っている。ここに来るまでについたものなのだろう。
 白緑だけじゃない。淡紅も朱さんも、今は味方となった藍白だって、誰一人として無傷のあやかしはいない。

「ウユーン」

「……! 豆狸、どうしてこんなところに……」

 その時、足元にやってきた二匹の豆狸に驚く。抱き上げてみると、一方の豆狸の毛並みは血で汚れているようだった。幸い、怪我をしているわけではないらしい。
 けれど、臆病な豆狸は本来こんな風に戦いの場に留まるはずがないのに。

「もしかして、私を助けにきてくれたの……?」

「キュン!」

 まさかと思う私に向かって、豆狸は元気よく声を上げる。その声を聞いた時、曇っていた視界が一気に開けたような気がした。

(違う……どう思われているかなんて、関係ない)

 傷だらけになりながら戦う彼らの姿に、私は迷いを感じることが間違いだったと気がつく。
 私にとって、彼らが大切な存在であることに変わりはない。白緑が私のことをどう思っているとしても、私の中に芽生えた感情は本物だ。

「白緑、負けないで……!!」

「……!!」

 情が力になるのだとすれば、押し負けている白緑に力を与えることができるはずだ。
 あなたのことを愛してる。その気持ちを乗せて叫ぶと、白緑の纏う炎が一気に膨れ上がっていく。

 まるで竜巻のように渦を巻いて洞窟の天井を突き破ると、その炎は紫黒さんや残る妖魔たちをも吹き飛ばしてしまった。

「依織……!!」

 私のところへ向かってきた白緑に、思いきり抱き締められる。
 抱いていた豆狸が潰れてしまうのではないかと心配したけれど、あの子たちは素早い。寸前で逃げ出したようだった。

「怪我はないか? 何もされていないだろうな?」

「大丈夫。白緑こそ、傷だらけになってる」

「俺は平気だ。本当なら、こんな所に連れてこさせることだってなかったんだがな」

 いつだって私のことを心配してくれる。彼の言動を、好意として受け取ってはいけないと思うのに。
 白緑から向けられる”情”は、きっと私にも力を与えてくれるのだ。

「もう絶対に、お前を離さないと誓う」

「白緑……?」

 額から頬、それから手を取って甲へ。触れていく白緑の唇に、私は目を丸くする。

「依織、お前を伴侶として迎えたい。仮ではない、本物の伴侶として」

「本物の……伴侶……?」

「そうだ。嫌か?」

 私には、白緑が何を言っているのかわからなかった。

 紋様が消えたら契約は解消されて、私は人間の世界に戻る。そうしてすべてを忘れて、元の生活を続けるのだ。――その選択しか、残されていないはずなのに。

「貴様は、王のままではいられん……望むものを、容易く手にできると思うな……!!」

「依織、来い……!!」

 白緑に気を取られていた私は、底冷えするような声に現実へと引き戻される。
 怒りを露にした紫黒さんと目が合う。その瞳には、どこか悲しみの色が宿っているようにも見えた。

 首元にしがみつく私を抱き締めて、白緑はその場を離れる。間一髪で、大鎌の一撃を避けることができた。
 けれど、大鎌から放たれる鋭利な風が着地をする先々に爪痕を残す。

「白緑、私を下ろして……!」

「ダメだ、もう離さないと言っただろう」

 完全に私が足手まといになっている。だというのに、白緑は私を腕に抱いたまま攻撃を避け続けていた。

 藍白や淡紅たちも紫黒さんを止めようとしているけれど、彼の猛攻撃は隙がない。
 とてもじゃないけれど、距離を詰めるどころか攻撃を防ぐのが精一杯だ。少しずつ、こちらが追い込まれているのがわかる。

(本来は、白緑の方が力が上のはずなのに……)

 いくら紫黒さんが強いあやかしであっても、妖都の王である白緑は、もっと妖力が上のはずだ。
 私を抱えているハンデがあるとはいえ、その差が簡単に埋まるとは思えない。

「やはり、白緑様の力が衰えつつあるのか……」

「朱さん……?」

 攻撃を避けて隣に降り立った朱さんが、そんなことを呟く。
 始めはその意味がわからなかったけれど、藍白も同じようなことを言っていたのを思い出した。

『兄様の力が弱まっているだけのこと』

 淡紅の怪我を治療した時にも、白緑は大量の妖力を使って狐の姿へと変化していた。今もきっと、紫土くんの怪我を治すのに力を消耗しているに違いない。
 けれど、それだけではないのかもしれなかった。

「羽虫が俺の邪魔をするな!」

 大鎌の一振りで、淡紅と藍白は簡単に吹き飛ばされてしまう。
 二人も戦いで力を消耗しているだろうし、朱さんはそもそもが戦闘に不向きなあやかしだ。この中で対等に戦うことができるのは、白緑だけだというのに。

「貴様にも、同じ苦しみを味わわせてやる」

 私を傷つけるつもりはないと言っていた紫黒さんは、怒りに支配されているのかもしれない。
 振り上げた大鎌が私を狙っていて、それを白緑の刀が受け流す。けれど、その衝撃で刀が弾かれてしまった。

「ッ、やめて……!!」

 間を置かずに追撃してくる紫黒さんに、花飾りが強烈な光を放つ。私と白緑を守ろうとしてくれているのだ。
 それでも、妖力の差なのだろうか? 藍白の時のように動きを止めるには足りなかった。

 今度こそダメかもしれない。まだ、白緑に気持ちを伝えることもできていないのに。

「弱い者いじめ、カッコ悪いからやめた方がいいんじゃない?」

 直後、鎖の音と共に大鎌の軌道が明後日の方角に逸れる。 
 恐る恐る顔を上げると、紫黒さんの視線は私たちではなく、その後ろへと向けられているのが見えた。

「……紫土」

 振り向いた先に立っていたのは、鎖鎌を手元に引き戻している紫土くんだった。
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