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22:大切なもの

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 俺には、自慢できる優しい両親と妹がいた。

 母はこのあやかしの世界の王で、強く綺麗で優しいひと。子ども心にも誇らしい存在だった。
 父は母に見初められた人間で、俺たちに惜しみない愛情を注いでくれていた。

 妹の藍白あいしろ
 俺のことを好いてくれていて、何をするにも、どこに行くにも一緒だった。それが邪魔だと思ったことは一度だってない。

 俺の友人とも一緒に過ごすようになって、大人数のきょうだいの一番末っ子のような藍白は、いつだって楽しそうにしていた。――幸せな時間だった。

 けれど、その幸せが崩れ去るのは一瞬だ。俺たちはある時、突然両親を失うことになる。

 聞かされた話によれば、父は俺たちを捨てて、人間の世界に戻ったらしい。
 それは俺たちの知らない世界だが、父にとっては故郷だ。かつて自分の住んでいた世界が、恋しくなったのかもしれない。

 その父を追って、母も失踪してしまった。両親は二人とも、書き置きひとつ残さずに俺と妹を捨てたのだ。
 残された俺は必然的に、母の後継として妖都ようとの王となった。

 時を同じくして、紫黒しこくが消滅してしまったらしい。大切なひとを追って、人間の世界へ行こうとしたのだ。俺たちの母と同じ。

 俺が王の座を継いだことで、世界は崩壊することなく元通りに保たれた。けれど、友人たちはバラバラになり、俺たちの日常は一変してしまった。

 あの日から、ずっと何かを間違い続けていたのかもしれない。

「王になったばかりの頃、兄様が見知らぬ少女と話をしている姿を見たことがある。あれは、間違いなく人間だった」

「それが、今回のこととどう関係しているというんだ?」

 縛り上げられた状態で地面に座らされた藍白は、自身の足元を見つめながら過去の話をする。
 妹の言う通り、確かに過去にはそんなこともあった。だが、そんな昔のことが今に繋がっているとは思いもしない。

「人間不在のこの世界で、兄様は自らの命を削りながら王の役割を果たしてる。伴侶が見つからなければ、いずれその命は尽きてしまうけれど……」

 依織がやってくるまでのこの世界には、圧倒的に人間の力が足りていなかった。
 妖隠しの噂によって人間が寄り付かなかったのだから、それは仕方のないことだ。俺が王となった以上、藍白もそれを理解してくれていると思っていた。

「もし見つかったとしても、その人間の存在によって……兄様も、母様のようになってしまうかもしれない」

「だから門を破壊してでも、俺を王の座から引きずり下ろそうとしたのか?」

「その通りよ」

 吐露とろされる藍白の本音に、俺の中を占める感情は怒りよりも困惑の方が大きい。
 尊敬していた人だとしても、俺は母のようになるつもりなど、毛頭なかった。置いていかれる悲しみを知っているのだから、二度もそんな思いをさせるはずがない。

 だが、藍白にとっては違っていたのかもしれない。妹にとって、俺だけが心の拠り所だったのだから。

「……自分では、どうすることもできない。そんな時、消滅したはずの紫黒と出会ったの。彼は人間の世界に行ったわけじゃなく、一人で息を潜めて生活していた」

「紫黒には、俺が王の座を受け継いだことを話したのか?」

「話したわ。だけど、現状を知った紫黒はこう言ったの。”この世界を壊さないか”……って」

 黒幕は紫黒なのだろうと考えていたものの、そこに至る過程がわからない。

 世界を壊す。門を破壊することで、二つの世界の秩序を乱すことを目的としているのだろう。その上で、俺から王の座も奪い取る。
 そんなことをして、あの男に何の得があるというのか。

「彼がなぜそれを望むのか、理由はわからなかった。だけど、わたしは残された唯一の家族を守りたかった。それだけが最優先だったから」

 しかし、藍白にとってその理由は何でも良かったのだろう。
 俺を王の座から下ろすというただそれだけのために、利害の一致する相手を選んだだけなのだ。

 悪い方へと、タイミングが重なってしまった。これがその結果だ。

「だから、兄様が王の座から解放されるなら、手段は何でも良かった」

「だからって、仲間を傷つけることを白緑が喜ばないこともわかってたでしょ!?」

「……それは、覚悟の上だった」

「だったら……!」

「しょうがないでしょ!!」

 悲鳴のように叫んだ藍白の瞳からは、大粒の涙がこぼれ落ちていた。
 拘束しているから、それを拭うこともできずに顔を濡らしたまま、藍白は大きな藍色の瞳を俺に向ける。

「父様も母様もいなくなって……兄様までいなくなったら、わたしはどうすればいいの……!?」

「……藍白」

 藍白の悲痛な訴えに、俺は返す言葉が見つからない。
 これまでの彼女の行動は、すべて俺を想ってのことだったのだ。たとえ実行したことで、俺に見限られることになるとわかっていても。

 そのやり方が、絶対的に間違っていると理解した上での行動なのだ。

「痛っ……!」

 俺は妹の頬に平手打ちをすると、小さな身体を強く抱き締めた。
 妖力も上がって、昔に比べて成長したと思っていたが、まだまだ幼い。俺が守ってやらなければならない存在だったのに。

「兄様……?」

「お前の気持ちに、気がついてやれなくてすまない。だからといって、他のあやかしや人間を傷つけていい理由にはならない」

「でも、わたしは兄様にこれ以上自分を犠牲にしてほしくない」

「ああ。だが、この世界を壊すのは正しい選択じゃない。お前にとっても、妖都は大切な場所だろう?」

「……それ」

 腕の中で、藍白の力が抜けていくのがわかる。
 少しだけ身体を離してその表情を窺うと、藍白はなんともいえない複雑そうな顔をしていた。

「あの人間にも言われた」

「依織に?」

「わたしにとって、一番大切なのは兄様だけど……そうね。失いたくないものは、他にもあるのかも」

 そう言いながら、藍白はバツの悪そうな顔をして淡紅たちの方を見る。それから思い出したように、俺の着物で顔を拭われたのには困ったが。
 久しぶりに、”藍白”に会えたような気がした。
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