片翼の召喚士-Rework-

ユズキ

文字の大きさ
上 下
261 / 882
初恋の予感編

episode258

しおりを挟む
「いつものお茶を用意しますね」

 アルカネットは立ち上がると、フェンリルの寝ている長椅子のそばのテーブルに行って、小さなガラス瓶を手にとった。

「今日はベルトルド様のお見舞いのために、外へ出られたのでしょう。きっと、まだその時の疲れや興奮が、落ち着いていないのでしょうね」

「そうかもしれない…のかな」

 自分では歩いたりしていないのになあ、とぽつりと呟く。メルヴィンが抱き抱えてくれたり、ゴンドラや車椅子で移動しただけだ。それを思い出すと、胸がちょっとドキッとした。

 ベルトルドの病室では思わず泣いてしまって、そのあとのことは覚えていない。気がついたら、帰りのゴンドラの中だった。

 たったそれだけのことで、こんなに疲れてしまうことに気落ちする。怪我をしてから随分と体力がなくなり、弱くなった。そんな自身に情けなさを感じてがっかりだ。

 これまでずっと一人で生きてきた。だから弱気になってはいけない、不健康じゃ働けない、頼るより自分でなんとかする。それが信条だ。

 なのに今はどうだろう。たくさんの人々に支えられ、優しくされて、甘えきった生活をしている。昔ハドリーが読んでくれた物語の中に出てくる、お姫様のような暮らしをしているのだ。

 たくさん甘えていいと、言ってくれる大人たちがいる。このように恵まれすぎる環境が、自分を弱くしてしまっているのだろうか。

「これを飲めば、自然と眠くなるでしょう」

 思考を停止して、天蓋に向けていた視線をアルカネットに戻す。

 温かな湯気をくゆらせるティーカップを持って、アルカネットはベッドに座った。

 キュッリッキはゆっくりと上半身を起こすと、アルカネットの手に支えられながら枕にもたれた。

 受け取ったカップは、透明なガラスのシンプルなもので、黄緑色の透明なお茶が入っている。レモンのような香りが、ふわりと湯気に混じっていた。

 口に含むとミントのような爽やかさが鼻腔を突き抜けていき、ほんのりとした甘味と、レモンのような香りが口に優しい。

「美味しい」

「飲みやすくて気分も良いでしょう。疲れているときは、これが一番です」

 にこりとアルカネットは笑う。

「気に病むことが、一番身体に障ります。無理をせず、治るに任せていればいいのですよ」

 アルカネットは無理強いしてこない。キュッリッキの嫌がることも、苦手なことも強制してこない。どこまでも優しい。

 優しくされることに慣れていないキュッリッキは、最初の頃はそれがとてもこそばゆくて、戸惑うことのほうが多かった。しかし今は、少しずつ素直に受け入れられるようになってきている。

 ベルトルドと同じように、アルカネットのことも大好きだ。

 カップの中身を空にすると、ぼんやりとしたような眠気が、少しずつ身体を支配していった。落としそうになったカップを、アルカネットは素早く受け取った。そしてサイドテーブルにカップを置くと、アルカネットは瞼を閉じかかるキュッリッキを、そっと寝かせ直してやった。

 完全にキュッリッキが眠ってしまうと、アルカネットは立ち上がり、ガウンを脱いでベッドに入った。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

[R18] 激しめエロつめあわせ♡

ねねこ
恋愛
短編のエロを色々と。 激しくて濃厚なの多め♡ 苦手な人はお気をつけくださいませ♡

寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい

白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。 私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。 「あの人、私が

孕ませねばならん ~イケメン執事の監禁セックス~

あさとよる
恋愛
傷モノになれば、この婚約は無くなるはずだ。 最愛のお嬢様が嫁ぐのを阻止? 過保護イケメン執事の執着H♡

【R-18】クリしつけ

蛙鳴蝉噪
恋愛
男尊女卑な社会で女の子がクリトリスを使って淫らに教育されていく日常の一コマ。クリ責め。クリリード。なんでもありでアブノーマルな内容なので、精神ともに18歳以上でなんでも許せる方のみどうぞ。

【R18】もう一度セックスに溺れて

ちゅー
恋愛
-------------------------------------- 「んっ…くっ…♡前よりずっと…ふか、い…」 過分な潤滑液にヌラヌラと光る間口に亀頭が抵抗なく吸い込まれていく。久しぶりに男を受け入れる肉道は最初こそ僅かな狭さを示したものの、愛液にコーティングされ膨張した陰茎を容易く受け入れ、すぐに柔らかな圧力で応えた。 -------------------------------------- 結婚して五年目。互いにまだ若い夫婦は、愛情も、情熱も、熱欲も多分に持ち合わせているはずだった。仕事と家事に忙殺され、いつの間にかお互いが生活要員に成り果ててしまった二人の元へ”夫婦性活を豹変させる”と銘打たれた宝石が届く。

マッサージ師にそれっぽい理由をつけられて、乳首とクリトリスをいっぱい弄られた後、ちゃっかり手マンされていっぱい潮吹きしながらイッちゃう女の子

ちひろ
恋愛
マッサージ師にそれっぽい理由をつけられて、乳首とクリトリスをいっぱい弄られた後、ちゃっかり手マンされていっぱい潮吹きしながらイッちゃう女の子の話。 Fantiaでは他にもえっちなお話を書いてます。よかったら遊びに来てね。

僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?

闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。 しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。 幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。 お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。 しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。 『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』 さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。 〈念の為〉 稚拙→ちせつ 愚父→ぐふ ⚠︎注意⚠︎ 不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。

処理中です...