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記憶の残滓編
episode208
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「ただいまリッキー、俺がいなくて寂しかっただろう?」
意気揚々と弾んだ声を出し、不敵な笑みを浮かべながら、ベルトルドがベッドに腰を下ろす。
「アナタがいなくても、寂しくなんかありませんよ。ね、リッキーさん」
ツッコミながらアルカネットもベッドの傍らに立ち、柔らかな笑みを向けた。
「ん? どうしたのかな?」
キュッリッキは黙り込んだまま、ベルトルドもアルカネットも見ようとしない。怯えの表情を浮かべている。言葉は喉に詰まって、なにも発せなかった。
帰ってきたら謝ろうと決めていたのに、怖くて声が出ない。そして、ベルトルドがいつ出て行けと言うのか、心がビクビクと怯える。
目を伏せているキュッリッキの顔を、ベルトルドは不思議そうに覗き込んだ。
「顔色が悪いな、また熱でも出たのかな? 下がったと報告を受けているのだが」
アルカネットが身を乗り出して、キュッリッキの額にそっと触れる。
「熱は、大丈夫ですね」
「そうか」
物言わぬキュッリッキの反応が、想像の範囲外だったのもあり、2人は怪訝そうに首を捻った。
「どうしたのかな? リトヴァになにか、言われたのか?」
これには即首を振って否定した。
「判った、ルーファスに悪戯でもされたんだろう」
これにも更に強く否定する。
「どちらも違うのか…」
ベルトルドは首をひねって考え込む。
この屋敷の中にいて、キュッリッキをここまで凹ませる要因が、さっぱり思いつかないのだ。部屋の内装が気に入らなかったのか、足らないものがあったのだろうか。
「じゃあ……何か、心配事でもあるのかな?」
困ったように聞かれて、キュッリッキはチラリとベルトルドを見る。そしておずおずとベルトルドに顔を向けると、消え入りそうな声をようやく発した。
「…怒って、ないの?」
たっぷりと間をあけ、ベルトルドは「はて?」と不思議そうに目を見開いた。
「だって…アタシ、昨夜ベルトルドさんに酷いこといっぱい言ったし、悪い態度とったし…だから」
絶対怒っているはずだ。なのに、そんな素振りが見えない。キュッリッキのよく知る、優しい目をしたベルトルドだ。
キュッリッキからしてみても予想外の態度で、逆にいつこれが怒りに転じるのかと、余計不安に覆い尽くされていた。
「こんなに素直で可愛いリッキーに、酷いことなんか言われてないぞ? 俺は」
「ウソ!」
キュッリッキは悲痛な顔を上げた。
「昔のこと思い出すと、アタシ自分が抑えられなくって、いつも酷いこと言っちゃうの。みんな悪くないのに、みんなが悪いっていっぱい言っちゃって、それですぐ仲良くできなくなるの! みんなを怒らせちゃってダメになっちゃう! 昨夜だってベルトルドさん何も悪いくないのに、ベルトルドさんが悪いみたいなこと言っちゃったから、だからっ」
絶対怒ってるはずだから――!
キュッリッキは身を乗り出しかけ、ベルトルドが慌てて押さえ込む。キュッリッキは左手でシーツを握り締め、目を強く瞑った。
感情が噴き出して、自分が抑えられなかった。荒れ狂う感情を迸らせ、ベルトルドに叩きつけた。
たまたまそこにいたベルトルドが、大人だったから。怒りの矛先が向いてしまったに過ぎない。幼かった自分を、大人は誰も優しくしてくれなかった。大きくなっても、大人は優しくない。
出来損ないの、飛べない片翼だから。だから、大人はみんな自分を嫌うのだ。
意気揚々と弾んだ声を出し、不敵な笑みを浮かべながら、ベルトルドがベッドに腰を下ろす。
「アナタがいなくても、寂しくなんかありませんよ。ね、リッキーさん」
ツッコミながらアルカネットもベッドの傍らに立ち、柔らかな笑みを向けた。
「ん? どうしたのかな?」
キュッリッキは黙り込んだまま、ベルトルドもアルカネットも見ようとしない。怯えの表情を浮かべている。言葉は喉に詰まって、なにも発せなかった。
帰ってきたら謝ろうと決めていたのに、怖くて声が出ない。そして、ベルトルドがいつ出て行けと言うのか、心がビクビクと怯える。
目を伏せているキュッリッキの顔を、ベルトルドは不思議そうに覗き込んだ。
「顔色が悪いな、また熱でも出たのかな? 下がったと報告を受けているのだが」
アルカネットが身を乗り出して、キュッリッキの額にそっと触れる。
「熱は、大丈夫ですね」
「そうか」
物言わぬキュッリッキの反応が、想像の範囲外だったのもあり、2人は怪訝そうに首を捻った。
「どうしたのかな? リトヴァになにか、言われたのか?」
これには即首を振って否定した。
「判った、ルーファスに悪戯でもされたんだろう」
これにも更に強く否定する。
「どちらも違うのか…」
ベルトルドは首をひねって考え込む。
この屋敷の中にいて、キュッリッキをここまで凹ませる要因が、さっぱり思いつかないのだ。部屋の内装が気に入らなかったのか、足らないものがあったのだろうか。
「じゃあ……何か、心配事でもあるのかな?」
困ったように聞かれて、キュッリッキはチラリとベルトルドを見る。そしておずおずとベルトルドに顔を向けると、消え入りそうな声をようやく発した。
「…怒って、ないの?」
たっぷりと間をあけ、ベルトルドは「はて?」と不思議そうに目を見開いた。
「だって…アタシ、昨夜ベルトルドさんに酷いこといっぱい言ったし、悪い態度とったし…だから」
絶対怒っているはずだ。なのに、そんな素振りが見えない。キュッリッキのよく知る、優しい目をしたベルトルドだ。
キュッリッキからしてみても予想外の態度で、逆にいつこれが怒りに転じるのかと、余計不安に覆い尽くされていた。
「こんなに素直で可愛いリッキーに、酷いことなんか言われてないぞ? 俺は」
「ウソ!」
キュッリッキは悲痛な顔を上げた。
「昔のこと思い出すと、アタシ自分が抑えられなくって、いつも酷いこと言っちゃうの。みんな悪くないのに、みんなが悪いっていっぱい言っちゃって、それですぐ仲良くできなくなるの! みんなを怒らせちゃってダメになっちゃう! 昨夜だってベルトルドさん何も悪いくないのに、ベルトルドさんが悪いみたいなこと言っちゃったから、だからっ」
絶対怒ってるはずだから――!
キュッリッキは身を乗り出しかけ、ベルトルドが慌てて押さえ込む。キュッリッキは左手でシーツを握り締め、目を強く瞑った。
感情が噴き出して、自分が抑えられなかった。荒れ狂う感情を迸らせ、ベルトルドに叩きつけた。
たまたまそこにいたベルトルドが、大人だったから。怒りの矛先が向いてしまったに過ぎない。幼かった自分を、大人は誰も優しくしてくれなかった。大きくなっても、大人は優しくない。
出来損ないの、飛べない片翼だから。だから、大人はみんな自分を嫌うのだ。
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